218章 大猟
南側の国から旅を続け、ふたりの夫婦が、ペルマゼ獣王国の領土に足を踏み入れた。
夫婦は、自由に暮らしていけるような国を探していた。
そのふたりの横をゆっくりと馬車が通り過ぎようとしていたが、馬車は停車して、獣人の男が優しそうな表情を浮かべて声をかけてきた。
「お二人さん。どこに向かう予定なんです?」
夫は、馬車には、何人いるのかをチラチラみて、警戒しながら答える。
「気ままな旅を続けている者です
どこか近くに街や村はありませんか?」
「ここから北西5kmほど進むとペルザバという町があるよ
俺はそこに住んでるから、馬車に乗っていくかい?」
馬車には、獣人の男ひとりだけで、荷物を運んでいる最中のようだった。
「いいんですか?」
「ああ。遠慮することはないさ
ひとりやふたり重量が増えてもそんなに変わらない
俺はひとりだから話し相手がいてくれたほうがいいしな」
「メリッサ。どうする?」
優しそうな獣人の顔をみながら、頷く。
「ええ。お言葉に甘えましょうよ。あなた」
獣人の男は気さくで、面白おかしい話を続けながら、馬車を走らせた。
「ところであんたたちは、この国にいるってことは家族にはいってあるのかい?」
「いえ、実は国から逃亡するように出てきたものですから、何も伝えてはいません」
「逃亡?」
「わたしたちの国が戦争をはじめ、無理やり兵士にさせられそうになったのです
ひとを傷つけたくないわたしは、妻を連れて、北側の戦争のない国を探しているところです」
「ああ。そういうことかい
徴兵されそうになったというわけだな」
「そうですね・・・。この国は戦争をしていますか?」
「ここはペルマゼ獣王国で、この国の男たちは、戦うことが名誉だと考えているんだ
だから、戦争ばかりの国だよ・・・」
「そうですか・・・」
「あ。でも、安心しなよ。この国では、徴兵なんてことしていないからさ」
「でも、戦争をよくするんですよね?」
「戦うことが名誉の国だから徴兵しなくても、兵士が次から次へと志願してくるのさ」
「なるほど。では、農民は、農業だけ行って生きていけるのですか?」
「兵士たちからは、バカにされたりもするが、命をかける必要もないから、あなたたちには、いいかもしれないね」
メリッサが追従するように聞く。
「ペルマゼ獣王国とは、獣人の国なのですか?」
「基本的には獣人の国だけど、人間も住んでるから安心しなよ
どの種族だろうとこの国は、受け入れる」
「自由な国なのですね」
「ああ。自由なのは、間違いないよ
でも、俺はあんたたちを気に入った
今日は、俺の家に泊まるといい」
「いいんですか?」
「ああ。乗り掛かった舟だ。泊まらせるぐらいわけない
ただ、飯はそんなに美味いわけじゃないからな。はははは」
犬系獣人ロガードは、大笑いしながら、注文する。
「ただし、ひとつだけ条件がある」
「条件?」
「君の美しい奥さんに、御酌をついでもらいたい」
メリッサは、微笑んだ。
「そんなことで、宿を貸してくださるのなら、安いですわ」
「いやいや、安くはないさ。こんな綺麗な女性は、なかなかいない」
「ありがとうございます。ロガードさん」
「はははは。困ったことがあれば、俺に言えばいい。落ち着くまで、家は使ってもらってもいいしな」
「いえいえ、さすがにそこまでは・・・」
馬車は、ペルザバに着いた。町の住民たちは、獣人の比率が高いと思いながら、どのような街なのかを夫ポールは、確認するかのように馬車から眺める。
町の獣人たちは、人間である自分たちをみても、特に反応することもなく、行動していたのをみて、ロガードから聞いた通りだと思った。
気さくな獣人ロガードは、指をさして教える。
「あれが俺の家だ。豪勢な家だろう?」
小さな家をみながら、ポールは答える。
「そ・・・そうですね・・・」
「少し小さいがな。がはははは」
ロガードは、家を通りすぎて、近くにある大き目の建物の前に馬車を止めた。
「少し待っててくれ、荷物をおろすからさ」
「ロガードさん。俺も手伝いますよ」
「ありがとよ」
建物の中から巨躯の熊系獣人が、出てきた。
「よう。ロガード。今日は大猟だな」
「ああ。持ってくるのに苦労させられたよ。でも、今日の晩飯は、豪華だぞ。がははは」
「うらやましいこった」
ロガードに続いて、この獣人も気さくそうだと思いながらポールは、馬車から荷物を降ろしていく。
荷物を全部、運び終えると手続きをしてから、晩飯の食材を買いそろえて、ロガードの家へと案内された。
「飯ぐらい俺がおごるのに、申し訳ないな。ポール」
「泊まらせてくださる家賃のかわりにもなりませんよ。晩飯の食材ぐらい出させてください」
「ありがとよ。すぐ料理するから待ってくれ」
「あ。わたしもお手伝いします」
「そうかい?綺麗な奥さんに手伝ってもらうのは、気が退けるがな・・・」
「料理を作るのは、女性の仕事ですわ。ロガードさんも座っててくださってもいいですよ」
「お酌以上のことをさせてしまったな。ありがとう」
ロガードは、家の奥から中型の樽を持ってきて、台の上にのせ、お酒をコップについで、ポールの前に出した。
「ありがとうございます」
「ああ。一緒に飲んでくれる。仲間ができて嬉しいよ」
馬車の時と変わらない様子で、ふたりが、お酒を飲みながら楽しそうに話しているのを妻メリッサは、作業しながらみて、微笑む。
料理を作り終えて、テーブルに並べるとふたりは喜んだ。
「凄いな。美人だけじゃなく、料理もできる奥さんか」
ほろ酔いになっているロガードは、さらに上機嫌になっている様子だった。
「では、報酬をいただいてもいいかい?ポール」
「報酬?」
「奥さんからのお酌だよ。お酌」
「ああ。もちろんだとも、メリッサ。報酬を沢山あげて」
「おおー。太っ腹だな。ポール。がはははは」
「それにしても、ペルマゼ獣王国って国は、肉が普通に売ってるんだな」
ロガードが、聞き直す。
「肉?」
「うん。俺たちの国や他の国では、普通、肉はすぐにダメになるから生肉として売り出すことはしない
なのに、ペルマゼ獣王国では、切りさばいた肉が、結構多くあった
そんなに肉が大量に手に入るものなのか?」
「馬車でも話したが、この国の兵士たちは、戦うことこそが名誉だと考える
そんな兵士たちは、日々、モンスターや動物を狩ることは当たり前だからだろう」
「なるほどな。俺の国では、肉は、そのまま生きた状態でやり取りするものだったから、綺麗に切られた肉を売っていたのが不思議だとふと思ったんだ」
「ペルマゼ獣王国でも、生きたまま売り買いすることもやってるさ
切り分けるだけの余裕があるだけだな
ところで、ふたりは、サルーベ酒というものを知っているかい?」
「サルーベ酒・・・。うーん。聞いたことないな」
「そうだろうね。ペルマゼ獣王国では、ここぞという時にだけ、お客さんなどに出すお酒のことをサルーベ酒というんだ
ふたりには、是非、飲んでもらいたい」
「何だか、貴重そうなお酒じゃないか。いいのかい?」
「ああ。いいとも、お客さんが来た時ぐらいしか出せないしな」
「ロガードさんは、俺たちみたいなお客さんが多いような言い方だな」
「ついつい、旅をしている人をみたら、声をかけて、助けたくなるんだ」
「いい人だな。ロガードさんは」
ロガードは、奥の部屋に行くと数分して、戻って来た。手には、コップ2杯持って、そのコップをテーブルの上、ふたりの前に置いた。
「さー。飲んでくれ。これが、サルーベ酒だ」
「では、遠慮なく。いただきます」
ふたりは、一緒のタイミングで、サルーベ酒を飲んだ。
「まぁ。美味しいですわ。このお酒」
ポールは、首をかしげる。
「あれ・・・?何だろ・・・この酒・・・さっき飲んでいたお酒とすごく似てる気がする・・・」
「ああ。そうだよ。ポール。サルーベ酒は、ずっと飲んでいたお酒とまったく同じだからね」
「え・・・!?あはははは。こりゃー1本取られたなー。ロガードさんの冗談かよ」
「面白いですわ。ロガードさん。あはは」
「でも、特別なお酒というのは、本当のことだ。お客さんには、いつも出すんだよ」
「この冗談のようなお酒をいつも出す・・・?ロガードさんの冗談の十八番というわけですか・・・あれ・・・なんだろ・・・くらくらする・・・酔ったかな」
「同じ酒の中に、薬をいれて、眠らせるのが目的のお酒。それがサルーベ酒だよ。ポール」
「え・・・?どういう・・・」
「わたしも・・・なんだか・・・」
夫婦は、ふたりともテーブルにもたれかかるようにして、気を失った。
―――
「ゴイの国には、伝わらないのだろうな?」
「はい。ゴイには、きちんと聞いています
国から逃亡するように誰にもいわずに来ているとうことで、ペルマゼ獣王国にふたりがいることも、誰も知りません」
「ほれ、報酬だ」
ポールは、頭がくらくらしながら、うっすらと目を覚ました。
ほんやりとした意識の中で、ロガードの声が聴こえた気がした。
動こうとするが、手足が鎖につながれ、身動きがとれない。
裸・・・?
目をパチクリさせながら、まわりを見渡す。
大量のロウソクが並べられた薄暗い部屋の中で、なぜか拘束されている。何とか、取り外そうともがくが、まったく取れる気配がない。
色々な変な匂いがこの部屋には、たちこめていた。
その変な匂いを消すためなのか、お香のような煙が、部屋を充満している。
この煙を吸うとなんだか、また頭がクラクラしてくるようだった。
意識が戻りはじめ、状況をやっと理解しはじめ、隣をみると、自分と同じように、裸で、鎖につながれていたのは、メリッサだった。
床に何か描かれた上に、大の字になって寝かされている。
「メリッサ!」
ロガードは、小さな袋にはいった報酬を数えると、上目遣いで、狼系獣人をみる。
「分かっている。どこがほしいんだ?」
「妻のもも肉です」
「分かった。用意でき次第、送り届けよう」
「ありがとうございます」
そうお礼をいうと、ロガードは、その部屋から出て行こうとした。
「おい!ロガード!一体、どういうことだ!?」
ポールが、ロガードに叫ぶが、その声にまったく反応することなく、ロガードは、出て行く。
ガチャガチャと、もがき続けるが、鎖の余りの距離しか動くことができない。
「おい。俺たちをどうするつもりだ!?」
「うるさい。ゴイ。黙れ。グオオオオ」
黒い狼系獣人は、黄色い目でポールを睨みつけて、威嚇した。
今にも襲い掛かるかのような威圧に、黙り込む。
「何・・・?ここは・・・」
メリッサが、目を覚ましたようだった。
ギィというドアの開く、音とともに、部屋の中に、大勢の者たちが入って来た。
豚系獣人やその他の獣人たちが、あわせて5人と10人ほどの全身、姿を隠すように三角形のマスクをした者たちが、ゾロゾロと中へはいっていくと、最後に入って来た盲目で目が見えないと思われる獣人の年寄が、ゆっくりとふらつきながら、床にすわり、弦楽器を奏で始める。
ポールやメリッサの足元に、獣人たちが、5匹が、立ち並び。それを囲むかのように、マスク姿の者たちが、何かを唱えながら、体を揺らしている。
何が起こるのかまったく分からない状態で、また部屋に入って来たのは、真っ赤に体中をペイントされた獣人女性たち5匹だった。
ほとんど裸の獣人女性は、まるで踊るかのように軽やかな歩みで、近づいてきたかと思うと、縦に並んで、それぞれが、横に手を伸ばし、まるでアシュラ像のように10本の手を波立だせる。
そして、全員が、同じ言葉を連呼しはじめる。
「「「カーリー。カーリー。カーリー」」」
はじめから、ロガードとともにいた黒い狼獣人は、鞘から17cmほどのナイフを取り出して、ポールに近づく。
「やめろ!!何をするつもりだ!!?」
ポールの声を無視しながら、獣人は、そこそこ深くナイフで、ポールの胸を×になるように、切り裂きはじめる。
「ぐあああああ!!!やめろ!!!やめてくれ!!」
「安心しろ。お前たちは、ひとつになれる。そのための印。クロスボーンだ
我らの神カーリーの力によって、お前たちの生命は、我の中に宿り、お前たちは、俺のお腹の中で、ひとつになれる。喜べ。感謝せよ
まー。人間の脳は、高く売れる。お前たちゴイの首から上は、一つになれないが、ゆるしてくれ。お前の美しい妻も美味しそうだ。グフフフ」
「やめろ!!頼む。俺はどうなってもいい。メリッサだけは・・・ぐはっ」
獣人は、ナイフを腹に深く突き刺し、ゆっくりとナイフをかきまわす
「ああああうぉあああわあ」
「ポール!!ポール!!やめて!!」
狼系獣人は、ポールの顔の横に自分の顔を近づけて言った。
「カーリーの神に感謝を。素晴らしい苦痛をお前たちゴイに与えよう。肉は生きたまま食べるのがいい」
獣人たちは、ポールを囲んで顔を近づけた。
「ポール!!」