217章 帝国裁判所
スミスは、手錠を両手にはめられ、帝国裁判所へと連れて行かされた。
自分には意識はなかったとはいえ、アモラのように人に危害を加えたかもしれないことを恐れていた。
帝国による調べによって自分が何をしてしまったのかを把握したいと願っていた。
裁判所の傍聴席には、心配なのか、それとも息子が生きていたことを喜んでいるのか分からない面持ちで、父リアムがスミスをみつめていた。
スミスは、痩せこけてしまった父リアムをみて、どのような心痛で過ごしているのかと、心配をめぐらす。
裁判官が、小さな鐘をハンマーで鳴らすと訴訟がはじまった。
「ソロモン家嫡男ソロモン・ライ・スミス
4年前に起こったアモラ襲撃事件の際、アモラとは違えど同じように、モンスター化させられ、その後、多くの者たちを殺めた件について審議を執り行う
被告は、主犯格だと思われるマーレ・ソーシャスに利用された被害者でもある可能性もあるゆえ、拘束することは適当ではないと思われるが、能力の高さから安全を考慮した
ソロモン・ライ・スミス。どこまで事件に関与していたのか、嘘いつわりなく発言することを誓うか?」
スミスは、胸に手をあてて、発言した。
「はい。裁判長。誓います。そして、わたしが何をしたのかについても、受け入れようと思っています」
パニシュメントという検察官がおもむろに、罪状をあげる。
「アモラ襲撃事件において、被告は、惨劇に至るほどの破壊力のあるマナを使用した
サムエル・ダニョル・クライシスによってことなきを得ただけであって、そうでなければ、どれほどの被害が出たのか分からない
また、それだけではなく、アモラ襲撃事件の日以前から首都ドラゴでふたりの男が殺されていた。それらは、獣による殺傷が確認された。
しかも、それはソロモン家のすぐ近くでの出来事で、これもまた、被告が行ったことだと推測される。
マーレ・ソーシャスとの関係があったことから、意識が無かったということも疑わしい。
マーレ・ソーシャスと同じ主犯格であった可能性も捨てられない。
帝国反逆罪
大量殺人未遂
情報漏洩罪
殺人罪
他もろもろの罪において、被告は死刑に値する罪だと推奨します」
死刑の声に、傍聴席の人々は、騒めいた。
―――
ミカエルは、セルフィに、裁判の内容を伝えた。
『セルフィ様。スミス様の裁判ですが、訴訟内容が死刑になるように組み込まれています』
『何!?死刑!?
どうしてだ。そんなこと聞いてないぞ』
『分かりません。裁判官は、スミス様の意識がなかったことを考慮した流れへと導こうとしていたのですが、パニシュメントによる追及が激しく、死刑への流れとなりつつあります。セルフィ様』
『パニシュメント?』
『いわゆる検察官のような存在です。セルフィ様』
『弁護士は、どう反論してるんだ?』
『弁護士のような者はいません。セルフィ様』
『え・・・弁護士いないのか?』
『はい。パニシュメントの質疑応答を被告本人が、正当性を主張するという一方的なシステムが採用されています。セルフィ様』
『死刑になるような証拠などもあげられているということだな』
『いえ、証拠となるものは、依然として提示されてはいません。パニシュメントによる強気な見解が裁判の流れとなっています
ちなみに、帝国裁判では、一度訴えられた罪状は、99%、被告が負っていることが記録で残っています。セルフィ様』
『は?99%?パナシュメントの見解が採用されるってこと?』
『はい。そのようなシステムが組み込まれているようです。セルフィ様』
『そんなの。日本と同じじゃないか!しかも、今回は、死刑なんだろ』
『日本と違うひとつは、処刑は、5日後に執行されるというところです。セルフィ様』
5日・・・。
すぐに、サネル・カパ・デーレピュース上院議員に連絡した。
『セルフィです。スミスの裁判ですが、パニシュメントによる見解は、死刑だとなっているようですが、一体どういうことですか?』
『私も、今、報告を受けまして、驚いているところです・・・』
『問題は訴えられた側が、高い確率で負けてしまうということです』
『そうなのです・・・。これは帝国の悪しき慣習になるものなのです
ですから、なるべく訴える側の内容を配慮しようと動いたのですが、わたしが聞き及んでいた内容とはかけ離れたものでした』
『どうしてそんなシステムになってるのですか?』
『本来・・・話すべきではないのですが・・・帝国はいつしか龍王の意思をないがしろにして、利益に溺れるようになっていったのです
訴えるためには、多額のお金が必要で、訴えれば勝てるということになれば、それだけ数多くの訴訟が行われ稼げるわけです
裁判官もパニシュメントも、裁判制度にすべての認可の義務を牛耳られ、彼らに逆らえないようになっているので、内容はともかく、それは決定事項なのです
残念ながら裁判の内容は、勝ち負けには関係ないということです
だからこそ、わたしも裏に手をまわして話を進めていたのですが・・・』
『パニシュメントの内容もそのまま決定されてしまうものなのですか?』
『いえ、それはありません
どのような刑に至るかは、裁判官の采配の権利があります
ですから、死刑は、まだ決定されているわけではありません』
『そうですか・・・まだ、望みはあるということですね』
『はい。ですから、何とか裏でのやり取りで押し込んで、不正な公訴から適切な決定を下せるように裁判官を裁量を自由になるように擁護するつもりです
裁判官としても良心にしたがって決定できるので、気持ちも楽になるでしょう
皇帝陛下から動くというのも、圧力をかけたと話を盛られてしまうおそれもありますので、控えようとは思いますが、ここぞという際には、最高権力者の行使も辞さないつもりです』
『わたしからも何か出来ることは無いでしょうか?』
『そうですね。モンスター化していたスミス殿を人間に戻されたのは、セルフィ様ですから、どのような状況にスミス殿が置かれていたのかについて、証言者として裁判で発言することは、可能だと思います』
『証言者による内容が、スミス側であれば、裁判官の采配の幅も広がるというわけですね』
『そうですね』
『でしたら、証拠をあげれば、尚よくなるということです』
『証拠?』
『はい。わたしなら、目の前でスミスに意思決定は無かったことを証明できます』
―――数日間にわたってスミスの審議は繰り返されたが、源は、そこで証言者として、アモラ化された数体を持ち込んで、目の前で、モンスター化している状態をみせた。
拘束されているとはいえ、アモラは狂暴で、もし、手足があれば、さらに暴れていたことは明白だった。
とても意思があるとは誰も思えなかった。
源は、数匹のアモラを元に戻すと、人間に戻ったひとたちは、意識を取り戻して、正常な受け答えができるようになった。
そして、スミスと同様に、自分たちがモンスター化した際のことを質問したが、まったく覚えていないと証言した。
誰であっても、モンスター化されてしまえば、人を襲うし、それは本人の意思では抗うことも出来ないことだと証明した。
それで罪を問えるのかといえば難しい。
通り魔に襲われ、本人の選択の余地なく、何か注射を打たれ、意思を無くされた状態になっていたのだから、その際に起こされたものに罪を与えるのであれば、それを意思を持って行わせたマーレ・ソーシャスたちであって、スミスたちに非があるとは言えない。
拳銃で殺人事件が起こったとして、その拳銃に罪を問うなどしない。
その拳銃を人殺しの道具として使用した持ち主が、罪を問われるのだ。
スミスたちは、道具として意思なく利用されたことを源は、証明した。
そして、拳銃のような道具としてスミスを利用したマーレ・ソーシャスは、すでに亡き者とされた。
源とマーレ・ソーシャスの戦いの様子も、レジェンドから持って来たモニターによってミカエルが映像として、傍聴席の人々にもみせた。
アモラ襲撃事件で、モンスター化したスミスと戦った帝国戦士長のパーシー・テリシも証言者として、呼ばれ、源と同じ見解を述べて、スミスを擁護してくれた。
彼も、マーレ・ソーシャスが首謀者だったと発言した。
結局、裁かれるべきものは、すでに裁かれていたということだ。
しかし、マーレ・ソーシャスをさらに利用していたと思われるシンについては、誰も口にすることはなかった。
源は、その他にも、ミカエルによって保管されていた証拠の映像や音声を開示して、みなにみせた。
モンスター化していた時のスミスの映像もみせたが、やはり自分の意思があるとはその映像からは読み取れない。
マーレ・ソーシャスがすべての元凶だったということを主張した。
それでもまだ、スミスを死刑とするのなら、1万4000人のアモラ化したひとたちの処遇もどうするのかという問題にもなる。
パニシュメントは、それでも、スミスのイメージを悪くなるように話つづけるが、証拠もなにも提示しないやり方では、納得する人は少ない。
源は、わざと”証拠、証拠”という言葉を繰り返し、話していたので、スミスも被害者のひとりであるという流れは変えることはできなかった。
裁判官側には、皇帝陛下が直接、正しい采配を行うようにという指示まで送られていたので、裁判官は、自由な裁量で判決を言い渡した。
「被告人。ソロモン・ライ・スミスによる被害は、事実として、その償いはしてもらうこととする
しかし、本人の意思はなく、彼自信も、被害者であることも認められる
そして、被告は、高い能力を持っているので、野放しにすることもできない
ゆえに、帝国騎士による監視を半年間、義務とする
その半年間に、驚異となる行動を起こせば、次に被告に降る罰は、重いものとなる
モンスター化された状態による被害を被った者たちには、納得することができないかもしれないが、事件を起こした首謀者であったマーレ・ソーシャスは、すでにその命で償わせているとして、伝えるしかないだろう
モンスター化される前の、ソロモン・ライ・スミスの評判は、誰に聞いたとしても良いもので、神童とさえ言われていた
帝国に尽くしたソロモン・ライ・リアム騎士団長による帝国を容認した教育がされていたので、アモラ襲撃事件でも、多くのアモラを排除することにも貢献していた
彼に意思があれば、そのように正しき判断を下したということだろう
今は大人のような風貌だが、4年前までは、少年だった彼が、事件の首謀者とは、とても思えない
罪はあれど、死刑はもとより、重い判決をするには値しないものとする」
結局、スミスは、控訴には勝つことはできなかったが、下された罰は、驚くほど、小さいものだった。
パニシュメントは、いつまでも、死刑を宣言していた。
それをみて、源は、あいつをアモラ化してやろうかと思った。
「セルフィ様のおかげで、死刑はまぬがれました
ありがとうございます」
「死刑はさすがにね・・・
それを聞いて、驚いたよ・・・」
「僕が意識がない間に、何をしてしまっていたのか、いくつかの様子をこの目でみれたことは、僕の心を落ち着かせてもらえました
わたしも裁判長と同じで、意思がなかったとはいえ、自分にも罪があると思います
これからは、何とか償っていけるように生きていこうと思います」
源は、なんとかソロとの約束を守れたことに、胸を撫でおろした。