207章 仕掛け
九重門に派兵された7万のうち、3万は、北上して首都ダリンへと向かうのではなく、逆に南下して、トリアティー師団国へと攻め上っていた。
帝国連合軍は、転移手段があるだけに時間がないとかなりのハイペースで、ワグワナ法国軍は、進んでいたので、トリアティー師団国の村々に到着してしまっていた。
しかし、北部の村々には、獣人の姿はなく、もぬけの殻となっていた。
どれだけ探しても、ひとりとして獣人を見つけることができずに、捕らえることが出来なかった。
そこでさらに南下して、二日目になり、斥候で派遣していた兵士たちが、獣人がいる村を発見した。
そこに速やかに軍を移動させて、すべての村人を捕らえるつもりだったが、村から2kmということころで、大軍が、待ち受けていた。
その数、9万。
ガマル・ルィール・チェクホン殿下の話を聞いても、偽物だとして3万人の兵士たちは、武器を捨てず、ワグワナ法国のために、トリアティー師団国へと攻め上ったが、9万もの大軍が目の前にいることに動揺する。
「転移でもしたというのか・・・」
いるはずもないゴルバフ・ダレーシア女王とセルフィ。
そして、首都ダリンに攻めているはずのトリアティー師団国の兵士たちが、みえる。
「くそっ・・・、侵攻はもう無理か」
侵攻軍総指揮官が、戻るのを考慮して、北側をみるが、いつの間にか、後ろにも、1万匹はいるだろうと思われるモンスターが挟み込むように布陣していた。
前には、9万のトリアティー師団国軍。うしろには、装備した狼系モンスター1万。
どこからともなくゴルバフ・ダレーシアの声が聴こえた。
『ワグワナ法国軍3万に告ぐ
すでに首都ダリンは、完全に制圧され、2万の防衛軍は、捕虜となっている
ワグワナ法国を牛耳っていた政治家300人も捕らえられている
お前たちが考えていることは、すべてお見通しだ
後ろに控えている1万ものウオウルフは、すべてBランク相当の強さだと思うがいい
農民兵が多いお前たちの兵はEランクにさえ達していない
3万すべてを後方の1万にぶつけたとしても、勝ち目もなく、ウオウルフの足から逃げ切ることもできない
投降する者は、武器を捨て、東側へと移動して、軍から離れよ
もうすでに守るはずのワグワナ法国は、戦争に負けている
これ以上、犠牲を出す必要はない
しかし、それでも歯向かうというのなら、虐殺されたトリアティー師団国の民のためにも、お前たちの命で償ってもらう』
それを聞くと大軍に囲まれ震えていた多くの農民兵士たちは、武器を捨てて東側へと移動をはじめた。
トリアティ師団国に3万で攻め込んだのは、首都ダリンへと向かった15万の連合軍をひきつけて、首都ダリンを守るためだった。
しかし、すでに首都ダリンが墜ちているのであれば、進軍する意味がなくなる。
だからといって指揮官が、同じように負けを認めるわけにはいかない。
「ここで諦めては、ワグワナ法国が滅亡するぞ!!国を守るのだ!武器を拾え!!」
侵攻軍総指揮官が叫ぶが、虚しく平野にその声がこだまするだけだった。
残ったのは、3万人中、4000人にも満たなかった。
「ひとりでも多くの獣人を葬り去るぞ!!攻め上れ!!」
4000人が一丸となって、トリアティー師団国軍9万に向かって走り出した。
隊形もなにもなく、がむしゃらに走り込んでくるだけだった。
トリアティー師団国軍の後方から2000機のドローンが姿を現した。
空から進軍してくるワグワナ法国兵士に麻酔針を撃っていく。
動く相手に対して、針を打ち込んでいるので、なかなか鎧の隙間に当たることがないが、それでも、ワグワナ法国兵士は倒れていく。
ゴルバフ・ダレーシアは、右手を挙げ、その手を振り下ろした。
5万ほどのトリアティー師団軍が、ゆっくりと前に歩み出す。
その前列には、ミカエル兵が横一列になってグラファイトの盾をボディを変形させて保持していた。
そして、後ろからは、一斉に、ウオウルフ隊が、ウオガウの叫びとともに、ワグワナ法国軍へと走り込んだ。
4000人をきったワグワナ法国軍と5万のトリアティー師団国軍が、衝突した。
命を懸けて、突撃してきたワグワナ法国軍によってさすがのミカエルも後ろに押し出されそうになるが、物質モンスターの後ろをトリアティー師団国兵士が、支える。
そして、数分後には、後ろからウオウルフ隊のウィングソードによって兵士たちは、斬り倒されていった。
ウオウルフ隊1万の攻撃力は、凄まじかった。
農民兵が少なくなった正規のワグワナ法国軍であっても、その勢いを後ろから喰らえばひとたまりもない。
ワグワナ兵は、ウィングソードに斬られて吹き飛んでいく。
前からは、5万のトリアティー師団国軍。後ろからは1万のウオウルフ軍。そして、空からはドローンによる攻撃。さらに後方には、4万のトリアティー師団国軍が控えている。
農民兵を省いたワグワナ法国の兵士たちであっても、3方同時攻撃には、耐えられず、数を減らしていった。
トリアティー師団軍は、守備に徹するかのように、突進してきたワグワナ法国軍を止めて、逃がさないようにし、後ろからのウオウルフ軍が剣となり、攻めたてた。
両軍が、入り乱れると味方に攻撃してしまう恐れがあったので、ドローンは、退避した。
30分も時間が経過することもなく、ワグワナ法国軍はちりじりとなる。
2000人にも及ぶワグワナ法国軍の死者が出た。
トリアティー師団軍は、守備に徹していたので、23名の死者だけで侵攻軍を完全に制圧することができた。
投降した2万6千の農民兵たちは、最後まで国のために死んでいった兵士たちを想うが、自分たちが負けたことにうなだれ、地面に座り込んだ。
捕らえられた兵士たちは、すべての防具を没収され、トリアティー師団軍の3万の防衛軍によって管理されることとなった。
「ゴルバフ・ダレーシア女王。トリアティー師団国の兵士23名が犠牲となってしまいました
完全には約束を守れず申し訳ありません」
ダレーシアは、女性らしい言い回しで答える。
「セルフィ殿。国と国との戦争で、未だに23名しか犠牲が出ていないのは、ありえないことです
兵士たちは、自分たちが死ぬことを覚悟したうえで戦争に参加しているのです
人質となっていた民たちとは違います
あなたに対しては感謝しかありません」
「あとは、九重門から首都ダリンへと北上し続けている4万のワグワナ法国軍の制圧です
これは、帝国軍とも合流して、叩くことになります」
「それらの軍も場所は、把握できているのですか?」
「はい。常にレジェンドは敵の情報を得て動いています
九重門で二手に分かれず、7万を相手にしていたら、もっと被害が出ていたかもしれません
3万と10万という数の差があって、農民兵を投降させることができたからですね
次も同じように農民兵が投降してくれると助かるのですが・・・」
そう話をしていると源の横に、なぜか老人が四角い黒い物を持って立っていた。
それをダフキンが目にすると、ダフキンは、突然セルフィに飛び掛かるかのように、覆いかぶさり、セルフィの口に手をまわした。
源は、そのダフキンの行動に驚いたが、次の瞬間、まわりが真っ暗になった。
どういうことなのかと声を出そうとするが、ダフキンによって口が塞がれ、体もなぜか動かせないように、左腕をまわしてきていた。
先ほどの近くにいた老人だと思われるが、真っ暗な中で声を出した。
「申し訳ありまッ・・・ぐぇええ」
ズガガガガドガズグ!
その声付近に、何やら凄い音がしたと思うと、源の左腕に、痛みが走った。
愛による補正によって、音から状況を把握しようとみると、左腕に槍がささり、さきほどの老人が地面に倒れ、体中を矢や槍などの武器が刺さっていた。
そして、そこは、さきほどいたはずの場所ではない。
どこかの建物の中だということも分かった。
声を出そうとするが、ダフキンが口を塞いでいるので、出せなかったが、その理由は、たぶん、声に反応する罠か何かが仕掛けられているのだと理解した。
そこで、瞬間移動魔法で、ダフキンを連れて、先ほどの場所に戻ろうとしたが、レジストされて使えなかった。
時空空間ゲートを開こうとしたが、それもキャンセルされた。
音を出さずに、ダフキンとやり取りするには、ダフキンは、ミカエルと同機していないので、ナノイヤホンは使えない。そこで通信を使うことにした。
《一体、何が起こっているのですか?》
《セルフィ様。シンは暗殺するための手段を開発しているのですが、これもまた組織による暗殺のために考えられたものです
遺跡に封印の珠が保管されている部屋を大量の罠で埋め尽くし、そこに転移させると同時に、封印の珠を動かして、発動させ、この状態のまま閉じ込めて、対象を暗殺するのです
この状態では、遺跡のモンスターを倒さない限り、外にでは出ることができません
そして、この罠は、音や空気の流れによって発動するものもあるので、動くこともできないのです》
《ここは遺跡なのですね・・・
だから、瞬間移動魔法や時空空間ゲートも利用できなかったのか・・・
動かずに、モンスターを倒さなければいけないということですか・・・?》
《はい。そうなりますね》
《あれ・・・でもそれって、モンスターも動けば罠で死ぬんじゃないですか?
勝手にモンスターを倒してくれるのでは?》
《いえ。この罠の場合に使われるモンスターは、物理攻撃では倒せない実態がないモンスターの場所を選んでいるのです
どのようなモンスターかはまだ分かりませんが、物理攻撃では倒せないようなものでしょう》
《そういうことですか・・・
あと、近くにいたはずのゴルバフ・ダレーシア女王は、なぜ一緒に飛ばされていないのですか?》
《本来なら、一緒に転移移動してしまうはずですが、確かに、ここにいる気配がありませんね
すみません。わたしにも分かりません》
ゴルバフ・ダレーシア女王まで、飛ばされていたら、守る対象が増えて、さらに脱出が困難になっているところだったと、少し安心した。
だが、状況は最悪。動かずにモンスターを倒さなければいけない。しかも、一瞬のことで、ソースも数体しか持ってこれなかった。
愛によって音を出せれば、暗闇でもみることは可能だが、音が出せない以上、この暗闇は、暗闇のままで、状況を把握することもできない。
『ミカエル。赤外線センサーで状況を把握してくれないか?』
ミカエルに話しかけるが、まったく返答がない。ソースもいくつか体に忍ばせているはずだが、まったく動く気配もなかった。
『源。ミカエルは、個体のソースがそれぞれ電波を経由して、スーパーコンピューターと繋がり、動くことが可能ですが、この場所には、ソースが行き届いていないので、電波が途切れてしまっていて使用できないのです』
そうか・・・。遺跡のこの状態になっても、付近にソースがあれば、電波は通ることは分かっていたが、どこに飛ばされたのか皆目見当もつかない場所だから、経由できないのか・・・。
《ダフキンさん。明かりなどでも罠は、発動しますか?》
《わたしの知っている罠の発動条件は、音と空気の流れ、あとは熱に反応するものでした
ですが、ここは熱では、発動しない罠のようなので、音と空気だけだと思います》
熱に反応するタイプの罠だったら、死んでいたかもしれないな・・・。
感知できれば、リトシスも発動できるけど、今の状態で、無音で攻撃されれば、感知できない。
左腕に槍も刺さってるし・・・。
でも、明かりさえ、付ければなんとか・・・。
源は、マナの光を発動させた。
そこは、かなり大きな空間の部屋で、壁や床は、石で覆われていた。
そして、モンスターは、霧のような白いものに、目のようなものがある3体のモンスターだった。
『源。このモンスターは、ミストと言われるものです
特長としては、サンダー系やファイア系のマナを操り、冷気などの息を吐くといわれます』
《ダフキンさん。これからわたしは、動きますが、安心してください
わたしの持っているスキルは、空気抵抗さえも打ち消すものですから、わたしは、動いても大丈夫です
モンスターは、まかせてください》
《そうですか。分かりました》
ダフキンは、ゆっくりと体を動かして源を放した。
ゆっくりと動き空気を激しく流動させなければ、罠は発動しないようだ。
源はリトシスで、宙に浮きながら、ミストに近づいた。
「グオオオオガオ!」
という声をミストが出すと、辺り一面の罠が発動して、ミストへと大量の攻撃が飛ぶが、それらの攻撃をミストの体は、すり抜けた。
そのすり抜けた罠が、源やダフキンの方へと飛んでくるが、源は、それらの攻撃をリトシスで停止させる。
ミストは、ゆっくりと源のほうへと移動してきたが、近づく間に、電気がほとばしった。
源のまわりに電気が拡散するが、源はまったくダメージを受けなかった。
サンダー系のマナを持っている源は、雷抵抗も高い。
ミストは、ランクでいえば、Bランクぐらいかな。
そう考えながら腰からデフォルメーションを抜いて、ミストに刺した。
ミストは、物理攻撃は効かないが、デフォルメーションにファイアの熱をほどこし、ミストを完全に蒸発、拡散して、吹き飛ばした。
そして、さらに残りのミストに素早く近づき剣を振り下ろし、吹き飛ばした。最後の一匹は、デフォルメーションを変形させて、長く伸ばして、横一線に、斬りつけ、熱によってまたミストは、弾けて消えた。
すると、遺跡の閉鎖された状態が、止まった。
しかし、罠は、そのまま稼働したままなので、声を出すことはできない。
解放されたので、ダフキンと戻ろうと振り向いたが、ダフキンは、吹き飛ばされ、壁に激突した。