201章 戦いへの前章
源は、ワグワナ法国軍の虐殺に躊躇して、獣人たちに手をくださなかった者たちのところへとガマル・ルィール・チェクホンと共に足を運んだ。
そのような兵士は、源が瞬間移動魔法で、レジェンドの近域にある地下施設に閉じ込めていたからだ。
彼らは何が起こったのか分からず、状況を何とか把握しようとして、どうにかしてその場所から出ようとしていたが、そこは、1mmほどのソースしか通り抜けできない穴しかなく、壁はグラファイトで覆われていたので、出ることはできなかった。
ガマル・ルィール・チェクホンの姿をみて、数人の兵士たちが声をあげた。
「ガマル・ルィール・チェクホン殿下!!」
「殿下は、死なれたと聞いていたぞ??」
ガマル・ルィール・チェクホンは、落ち着くように、ジェスチャーをして、話し始める。
「ワグワナ法国軍の兵士たち。わたしの話を聞け
わたしは正真正銘、本物のガマル・ルィール・チェクホンだ
ワグワナ法国に寄生虫のように入り込んだ組織によって命を狙われ、あやうく本当に殺されるところであったが、このようにわたしは生きている
こちらにおられる龍王の意思伝えられた伝説の天使族であるセルフィ殿とともに、今回のトリアティー師団国への虐殺行為を止めに入っていた
ここにいる者たちは、例え相手が獣人であっても虐殺を否定し、手を出さなかった者たち293名だ
君たちなら分かるだろう
今回の遠征の違和感を」
兵士たちは、そのことを察していた者たちばかりだったので、特に反論することもなく、その話を聞いていた。
「わたしたちがいるこの場所は、亡国となったボルフ王国の近隣にある地下施設だということだ」
兵士たちは、騒めく。
「ボルフ王国が、亡国?」
「君たちは、ワグワナ法国に流れている情報を信じていることだろうが、三国同盟の1つであったボルフ王国は、すでに滅んでいる
そして、新しい国が誕生しているのだ
つまり、ワグワナ法国は、兵士である君たちにさえ、本当のことを伝えずに、君たちを上官命令ということで、無意味な戦いを押し付けていたのだ
獣人を虐殺しろという無法を命令したのも我々を騙し続けている者たちだったのだ
ワグワナ法国は、すでに乗っ取られてしまっている
わたしが命を狙われ、こうして生きていることがその証拠だ」
死んだとされていたはずの王族ガマル・ルィール・チェクホンが生きて目の前で話しているという不可思議なことをみては、納得するしかなかった。
「トリアティー師団国側が、起こしたとされるいくつかの獣人暴動事件も、トリアティー師団国によるものではなく、ワグワナ法国を乗っ取っている者たちによるものだと睨んでいる
我々、ワグワナ法国は、不確かな情報を基にして無実のトリアティー師団国を襲い虐殺行為を行ってしまったのだ
君たちはそのことに懸念を抱いくことができたので、こうして生かしてあるが、虐殺に加担した兵士たちのほとんどは、すでに討伐されてしまっている」
その話を聞いた兵士の中には、自分たちがしてしまったことについて悔やむ者もいた。
「ワグワナ法国は、平和思想を10年前までは保っていた
それが今では、獣人への恨みを煽るような情報ばかりが流され、我々は踊らされていたのだ
裏で操っている者たちは、わたしだけではなく、平和思想の政治家たちも殺そうとしてきた
多くの平和思想の者たちが、排斥され、逆に戦争を起こそうとするような者たちが、代わりに政治家などに抜擢され、戦争を行い続けているのだ
わたしは、暴走してしまっているワグワナ法国を止めようと思っているが、お前たちは、どう考える?」
「獣人は人を食べるのではないのですか?」
「獣人の中でも、人間を食べる者もいるだろう
しかし、トリアティー師団国の獣人たちは、そのようなことはしない
我々人間と同じ、またはそれ以上に平和を望んでいるのだ」
「ガマル・ルィール・チェクホン様。わたしは獣人に友がいるのです
彼はトリアティー師団国の獣人で、心根の優しい者なので、ワグワナ法国に広がった情報には疑いの目を向けていました
今回の戦いは、敵の兵士なども少なくほとんどが、民への暴力でした
ワグワナ法国のそのような風評や体質を変えることなど、本当にできるものなのでしょうか?」
「完全な保証があることなどあるはずもない
気づいた者たちが変えていくしかない
わたしが今、お世話になっている新大共和ケーシス、ボルフ王国滅亡後に新たに作られた国は、ドラゴネル帝国と連盟している
トリアティー師団国への虐殺行為を行ったワグワナ法国は、連合軍によって攻め立てられ、統制されるようになるだろう
そして、トリアティー師団国の獣人たちには、どうにかして償いゆるしてもらうしかないだろう」
時空空間ゲートからトリアティー師団国の女王ゴルバフ・ダレーシアが護衛ととおに現れた。
その姿をみて、一斉に、兵士たちが、膝をついてひれ伏した。
実際に目にしたことはなくても、その立ち振る舞いからトリアティー師団国の女王だと兵士たちは察した。
自分たちがしてしまったことへの後悔の念が彼らをひれ伏させた。
ダレーシアは、兵士たちに小さな声で話しかける。
「お前たちは、軍からの命令があっても、獣人たちを殺さなかったと聞いている
そして、遠くから、お主らとガマル・ルィール・チェクホン殿との話を聞かせてもらった
正しいことを選ぶという意思がお前たちはあるようだ
しかし・・・」
ダレーシアは、護衛の兵士をみて、うなずくと、護衛は、布で覆われたものを持つ兵士が、前にでて、その白い布を広げていった。
それは、幼子の遺体だった。
兵士たちの顔は青ざめる。
「我々は、このようなことをしでかしたワグワナ法国軍の兵士をゆるすことはできない
お前たちは、獣人を殺していないので、ここで殺すようなことはしないが、我々の怒りは覚えていてもらおう!!
そして、お前たちに償ってもらう
かつての平和的だったワグワナ法国へとまた戻すための努力をガマル・ルィール・チェクホンと共にしてもらう
異論がある者はいるか?」
兵士たちは、次々と武器を床に置いていった。
それは命令に従うという意思表示の表れだった。
ガマル・ルィール・チェクホンは、具体的にどのようにするのかを伝え始める。
「お前たちには、このままワグワナ法国に戻ってもらう
しかし、それはまたワグワナ法国の兵士として従うのではなく、潜入と情報提供の任を与える
寄生されているワグワナ法国をまた我々の国へと奪還するための任務だ」
源は兵士たちに、ソースをそれぞれ持たせた。
ソースさえ持っていれば、その兵士がどのような行動をとっているのかも分かれば、連絡なども可能となり、情報も増えるからだ。
すべての兵士が納得したかは分からないが、ワグワナ法国へと帰した。
このことをワグワナ法国に報告する兵士がいたとしても、それほど問題ではない。
情報という点では、すでにソースがかなりの数、潜伏しているし、兵士の中に、密偵がいるという情報を流してくれれば、それはそれで、ワグワナ法国の負担にもなるからだ。
しかし、ソースで知れる限りでは、ワグワナ法国側にこのことを報告する兵士はひとりもいなかった。
―――ドラゴネル帝国皇帝ヨハネ・ルシーマデル・ウル・サイリュー・スピリカから源に連絡が来た。
『セルフィ。久しいな』
『ヨハネか?』
『フッそうだ。わたしだ
このミカエルというものは、本当に便利なものだな
これほど離れているのに、何の支障もなく会話が可能とは・・・』
『どうかしたのか?』
『また、お前に頼んで外に出たいと思ってな』
『ちょっ!それはもう無理。あの後、サムエル・ダニョル・クライシスに殺すと脅されたんだからな!』
『あははははは』
『あはははじゃないし・・・』
『まあ。それは冗談だが、ワグワナ法国への侵攻の件をお前に伝えようと思ってな』
『皇帝陛下、自らですか』
『友としても、お前と話がしたかったんだ。セルフィ。いや・・・源と言った方がお前はいいのか?』
『本当の名前で呼ばれるのは、久しぶりな気がするよ
セルフィという名前にも慣れたから特に気にしない
帝国の思惑通りに天使族だということを公表したから、隠す必要もないし、どちらで呼んでもらってもいい』
『わかった。プライベートな状況では、源と呼んでやる
ところで、侵攻についてだが、ワグワナ法国がトリアティー師団国を帝国に報告もせずに行ったことで、早目に攻め込もうという意見があがっている』
『あ。その前に、俺たちが、そのワグワナ法国の軍を制圧したことについては、問題になってないのか?』
『サネル・カパ・デーレピュースが、奔走して、その件は、もみ消した
トリアティー師団国側も、お前たちによる関与は一切報告してこなかったしな
ワグワナ法国が騒いだとしても、帝国の敵国なのだから聞く必要もない』
『もの凄く悩んで決断したんだけど・・・。そこまでする必要はなかったのか・・・』
『いや、レジェンドがそれだけ隠密に行動したからこそ隠し通せたんだ
本当なら問題に取り上げる政治家なども出てきたはずだ
こちらとしては、無かったことを隠す必要もなし、否定するほどそれが事実になるので、否定もしないようにして、流している
逆にワグワナ法国がトリアティー師団国を突如として攻め込み多くの民を殺めたことについては、大げさに騒がせたがな』
『さすがです。皇帝陛下』
『忠告だが、レジェンドはともかく、新大共和ケーシスの軍を動かす時は、慎重にしたほうがいいぞ』
『ご忠告ありがとうございます』
『ボルフ王国討伐については、レジェンドに全面的に行動してもらった
レジェンドだけで一国を滅ぼせる力があることを知らしめるためだった
だが、それが証明された以上、お前たちだけに苦労をかけさせるわけにもいかん
したがって、今回の遠征では、ドラゴネル帝国の軍が先頭に立って戦うことを約束しよう』
『いや・・・それが、少し問題があって・・・トリアティー師団国女王ゴルバフ・ダレーシア様が、民に対する仕打ちをかなり遺憾に思われていて・・・トリアティー師団国に戦わせれば獣人たちは、ワグワナ法国軍の兵士をことごとく殺していくことになると思うんだ・・・』
『戦争なんだ。人が死ぬことは避けられんだろ』
『ワグワナ法国は、ボルフ王国の時とは違う
ボルフ王国は、国王による独裁政治が行われていたが、今のワグワナ法国は、王族貴族さえも退けて、ほとんど民主的な国体になっている
そのような国になっている民を必要以上に攻撃すれば、後々、統制する時に、反感が増して厄介なことになる
ワグワナ法国の場合は、なるべく被害者を少なくしたいと思ってるんだ』
『敵側の被害を少なくだと・・・そんなことが出来るものなのか?』
『実際に行い結果をみなければ分からないが、ボルフ王国の時と同様にレジェンドに一任してもらえると助かる』
『帝国としては、帝国兵の危険が少なくなることだから、断る理由もないが、またレジェンドだけに押し付けることになるのは、心苦しいな・・・
しかも、今回は、新大共和ケーシスの軍は使わないのだろ?リリス・ピューマ・モーゼスも参加させずに、本当に制圧可能なのか?』
『ボルフ王国を滅ぼしてから半年以上の時間をもらった
その間に、準備を整えたからな』
『言っておくが、普通の国では、半年だけの時間で、新たに戦争の準備を整えることなどできないのだぞ?』
『確かにそうだな・・・でも、それは、戦争をして、味方に被害が及んだ場合だろ?ボルフ王国との戦いでは、こちらの死者は0だった』
『源・・・お前が本当に規格外だということは分かった
個人能力だけではなく、政治的にも優れ、民の強化を行うその才能は、驚異的だ
だが、あまりやりすぎるなよ
上手くいきすぎる者を目にすれば、それを驚異だとみる者もいるんだからな』
『なんだか、俺の性分なのか・・・少し関わると、助けなければいけない者たちが増えて、彼らのために、早目に解決できるものならと急ぎ足になってしまうようなんだ・・・注意しておくよ』
『俺はお前を信頼しているからいいが、被害が少ないうえに、解決速度も速いとなれば、本来なら驚異とみなして圧力をかけるものだからな』
『ヨハネには、感謝しているよ
君と出会うまでは、どれだけの圧力がかけられるのかを心配していた
帝国ほどの権力からすれば、レジェンドという小さな村など、どうにでもできるわけだしね』
『伝説の天使の恩恵を帝国は利用しているのだから、お互い様だ
俺もお前に感謝している
では、今回のワグワナ法国への侵攻も、レジェンドを中心に進め、帝国軍とトリアティー師団国軍は、その指示に従うようにさせればいいということだな?』
『帝国軍としては、それに問題があれば、変えてもいいが、特に問題がないのなら、そのほうが助かるよ』
『帝国軍人は、上からの指示に従うだけだ
それに不満を持つこともないだろう
しかし、レジェンドだけでどのように制圧するつもりなんだ?』
『ボルフ王国に関しては、問題視され、標的は、国王だったが、今回のワグワナ法国については、全面的な侵攻をしなければいけないと思ってる
各土地に配備された兵士たちを制圧し、少しずつ首都へと足を運んでいくつもりだ』
『急襲でさえないというのか・・・本当にそれは可能なのか?無茶はよせよ』
『俺の第一は、レジェンドの民だ
その民を犠牲にするほど無茶なことはしないよ
兵士の被害も最小限にできる自信があっての今回の作戦だよ』
『巨大な勢力を持っている帝国側からすれば、レジェンドの兵力だけで被害なく制圧するなど不可能にしか思えないが、本当にお前は規格外だな・・・』
『あと、レジェンドが概ね制圧したとしても、参加してくれた帝国軍とトリアティー師団国軍も、平等に評価してほしい
戦いの中でも、ここぞという時に、参加してもらうことになるから、それを彼らの功績にしてほしい』
『お前は、仲間の功績まで気配りをするのか』
『レジェンドばかり評価されても遺恨が残るからな
俺やレジェンドは、別に地位や名誉がほしくて参加しているわけじゃない
なるたけ多くの人が幸せになれるような環境づくりが出来ればそれで満足なんだ
その日その日の食べ物があるだけで充分なんだよ』
『それがクリスチャン精神というものなのだろうな』
『地位や名誉を望むものは、それが手に入らなければ、不満を抱き、それが積み重ねれば、帝国への反乱にもつながる
だけど、禁欲主義の者たちは、質素倹約して最低限生きていけるだけの環境さえあれば、満足するのだから、反乱を起こす可能性も低くなる
帝国さえ、民に尊厳を与えれば、反乱する理由もなくなるんだ』
『虐げなければ、クリスチャンは敵対心を出す必要もないというわけだな』
『そういうことだね。支配者側からすれば民は驚異なのだから、お互いに驚異を感じてあらぬ争いを生まないためにも、多くの人たちがそういった価値観を持ち合わせることが平和の第一歩だということだ』
―――虎の月、23日の明け方。トリアティー師団国の最北端の村、トガー村の広大な草原に、帝国軍、トリアティー師団国軍、レジェンド軍が集結することとなった。
〇帝国軍総勢8万
〇トリアティー師団国軍総勢6万
〇レジェンド軍総勢1万4千
男女合わせたレジェンド兵1500人
ロック率いる猛虎隊50人
ミカエル1000体
女性も戦争に参加したいと願ったサーシャ・クイスが率いるドローン隊2000機
世界中に生息していたウオウルフ1万匹