200章 怒り
トリアティー師団国女王ゴルバフ・ダレーシアは、駆ける竜種だと言われるラゴットから飛び降りて、ヌーノの町の地面に、無惨にも殺されていた幼子の遺体を抱き上げた。
血で汚れることも考えず、ダレーシアは、少年の遺体を抱きしめながら、悲痛に顔を歪ませながら天を仰いで涙した。
「ゆるさん!ゆるさんぞ!!ワグワナ法国ッ!」
熊種の獣人兵士が、ダレーシアに声をかけた。
「女王陛下
ワグワナ法国の旗が散乱し、これをしでかした兵士たちも大量に殺害されています
ワグワナ法国も我々と同じように被害をこうむっているということです」
ダレーシアは、怒りをぶつけるように言い返す。
「これが同じだとでもいうのか!よくみろ!我らの民は、まるで弄ばれるかのようにいくつもの刀傷が残っている
ワグワナ法国の兵士たちは、ほとんど一撃で殺されているではないか!
この子たちは、苦しんで死んでいったのだ!
同じなわけがあるか!」
女王は、体を小刻みに震わせながら、まわりを見ろという仕草をみせながら叫んだ。
源は、ソースの映像からそれらをみて、少し後悔した。
ワグワナ法国が攻め込んできたことは、すでにトリアティー師団国には筒抜けになっているので、旗や兵士たちを回収することはしなかった。
虐殺された民たちも、勝手に動かすのも自分がしていいことではないと思い手をつけなかった。
だが、トリアティー師団国の女王のあの怒り方からすると・・・話を聞く耳が持てるのだろうかと思ってしまう。
しかし、民を大切に思う女王であることは、ワグワナ法国の元王族であるガマル・ルィール・チェクホンから聞いた通りだと思った。
どうしようかと頭を悩ませる。
『ガマル・ルィール・チェクホン殿下。映像から状況は把握できていますか?』
『みておったぞ。セルフィ殿』
『殿下は、トリアティー師団国の女王と面識があるということでしたが、今の彼女に今回のことは、わざとワグワナ法国を恨ませるために行われたことだと説得できると思われますか?』
『わからん。わからんが、話してみるしかないであろう』
『そうですね・・・
今から一緒に女王のところに行ってもらえますか?』
『もちろんだ。セルフィ殿』
源は、時空空間ゲートを開いて、ガマル・ルィール・チェクホン殿下とトリアティー師団国の女王ゴルバフ・ダレーシアの前に姿を現した。
「何者だ!!貴様ら!!」
トリアティー師団国の兵士が大声をはりあげて、牽制する。
ダレーシアは、その声を聴いて、振り向いて相手をみた。
「ガマル・ルィール・チェクホン殿か。其方、死んだという報告を受けておったが生きておったのか?」
ガマル・ルィール・チェクホンは、両手をあげて、敵対心はないことをアピールしながら、話す。
「はい。命を狙われましたがなんとか、生き延びています
ゴルバフ・ダレーシア女王陛下
わたしたちは、敵ではありません
この隣にいる者は、今回、ワグワナ法国の軍を制圧してくれた者です
彼がいなければ、今頃、ワグワナ法国の軍とトリアティー師団国の軍が戦いを続けていたことでしょう」
ダレーシアは、ワグワナ法国軍を倒したという少年を睨みつけるかのように様子を伺う。
「少年。ワグワナ法国軍を倒したというのは、本当か?」
「はい。女王陛下。ですが、わたしは本来は、この戦いに手出しできない立場ですので、出来れば、口外しない信頼できる護衛のみで、別の場所で詳しい話をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?
そこでわたしのことを話させてもらおうと思います」
ダレーシアは、無言で幾人かの兵士に指を指すと、兵士たちが、速やかに護衛として、女王の前に集まり、話ができそうな無人になった家の屋内を確認して確保した。
「改めまして、わたしは、ドラゴネル帝国から依頼されて、ワグワナ法国を近々、攻める命を任されているレジェンドのセルフィという者です」
「なに!もしかして、例の伝説の天使だという噂が広がっているセルフィとは、其方のことか?」
「はい。その通りです。女王陛下
レジェンドは、帝国に反逆したボルフ王国を滅亡させました
そして、今度は、ワグワナ法国の番ということです
ですから、わたしは、あなたの敵ではありません
帝国側の人間であり、帝国の連盟国であるトリアティー師団国とは、友好的な者だということです」
「友好的かどうかは、分からない
レジェンドと帝国連合軍の戦いにおいて、少なからず我々の兵士もレジェンドによって被害が出ていたのだ
ガマル・ルィール・チェクホン殿がいるので、お主が本物のセルフィだろうとは思うが、完全には信用はできんな」
「そうですか・・・
あの戦いにも参加されておられたのですね
そのことについてはこちらの都合上、生き残るためだったとしか言いようがありまんせんが、今回については、この映像をみてください」
源は、時空空間ゲートを開いて、モニターを取り出した。
トリアティー師団国の兵士は、その行動に身構える。
「安心してください。これはただ映像をみせるだけのアイテムです
害意はありません」
モニターで、中規模都市ヌーノや他の襲われていた3つの村の戦いの様子を映し出し、みせた。
源の指示などもそのまま録音されている。
「わたしは、帝国からの依頼で、ワグワナ法国への侵攻は任されてはいますが、トリアティー師団国を助ける任は受けていません
ですから、レジェンドの兵士たちを使用することは、後々、問題となってしまうので、すぐに名乗り出ることができませんでした
ご了承ください」
女王ゴルバフ・ダレーシアは、映像などをみて、少しは理解してくれたようだった。
「セルフィ殿が、トリアティー師団国の民を守ってくださったのは、理解した
それには感謝する
先の大戦では、戦争という状況から特別レジェンドに恨みを抱ているわけでもない
なので、今回について、レジェンドや新しい国である新大共和ケーシスの兵士たちの介入があったことは、こちらも隠すように手配させよう
だが、なぜわざわざ問題になりそうなことに手を出したのだ?」
「はい。今回のワグワナ法国軍の侵攻は、実はワグワナ法国の本意ではなく、ワグワナ法国を影で操る者たちによって行われたもので、この惨劇をわざと行わせることによって、トリアティー師団国とワグワナ法国が全面戦争を行うように仕向けるための策略だったからです
彼らはどちらの味方でもなければ、敵でもなく、領国が殺し合いをすることを望んでいるのです
ですから、少しでもトリアティー師団国の民の被害を減らし、ワグワナ法国への恨みを最小限にできるように介入させていただきました」
「其方が、ワグワナ法国を滅ぼす任を受けているのなら、今回、問題となってしまうような戦いに参加しなくてもよかったのではないのか?
むしろ、トリアティー師団国がワグワナ法国を恨んでいたほうが都合がいいではないか」
「わたしは、ワグワナ法国をボルフ王国のように亡国にしようとは考えていません
ワグワナ法国は、この10年間で、裏の者たちによって秘密裏に制圧されて、本来の平和主義的な思想を失わされているだけだからです」
「つまり、其方は、ワグワナ法国を攻めるなと言いたいのか?」
「ワグワナ法国への侵攻は、帝国軍、レジェンド、トリアティー師団国の合同軍が一斉に行うことは、前から決められていました
それは変わりません
ですが、感情的にワグワナ法国を攻めることは、無益な被害を増やすだけになってしまいます
本当の悪は、ワグワナ法国ではなく、ワグワナ法国を操ろうとしている者たちだということを理解してほしいのです」
ゴルバフ・ダレーシアは、ガマル・ルィール・チェクホンに目を向けた。
「ガマル・ルィール・チェクホン殿も、セルフィ殿の申すことに相違ないのか?」
「はい。わたしは、立場こそ違いますが、セルフィ殿と同じ意見です」
「ガマル・ルィール・チェクホン殿・・・
わたしの怒りが解るか?理解できるか?」
ガマル・ルィール・チェクホンと源は、その言葉と怒りに震える態度をみて、無言になる。
「ワグワナ法国を冷静に攻撃しろと言われて、それで済むとでも思っているのか?」
反論するほど、怒りを増させそうなので、すぐには言葉を返せない。
「外にいる無惨な民をみて、それでも我々は、ワグワナ法国に恩情を与えよと言われなければいけないのか!
獣人たちが何をした!我らは、姿こそ人間とは違うが、人間よりも相手を思いやり、仲良く暮らそうとしてきた
必要以上に人間に理解されようと恩情ある行動をしてきたつもりだ
トリアティー師団国を好んでくれる人間にも平等に扱ってきたではないか!
その結果が、これか!
ガマル・ルィール・チェクホン
お主も、命を狙われ姿を消さなければいけないようになったとはいえ、ワグワナ法国側であることは間違いない
例え、お主であっても、この怒りは抑えきれないぞ!」
ガマル・ルィール・チェクホンは、ゆっくりと話はじめた。
「女王陛下の仰る通りです・・・
ワグワナ法国は、とんでもないことをしてしまいました
償おうとしても、償いきれないことでしょう
だからこそ、わたしは、本当の敵である者たちに刃を向けたいのです
素晴らしい人格をもたれている獣人たちをワグワナ法国の者たちは、情報を規制されて、今では獣人は恐ろしい存在だと信じ込まされています・・・
まったく愚かなことです
そんな騙され続けている愚かなワグワナ法国の民たちが、このような惨劇を企てたはずはありません
愚かなワグワナ法国の民を愚か者にするための情報操作をしたその者たちが、本当のわたしたちの敵なのです
本当の敵は、少なからずトリアティー師団国の内部にも入り込んでいるはずです」
「トリアティー師団国の内部にもだと?」
源は、話に入っていく。
「はい。その裏の者たちは、多くの国々に入り込んでは、国と国が戦争をするように促しているのです
今回のことで、トリアティー師団国の内部でも、ワグワナ法国への必要以上の制裁を叫ぶ者たちが、現れると思われます
そういった者は、今回の件を女王様のように心からではなく、利用できるものとして、煽り立てるはずです
ですから、国を治める者としては、感情的な思考を抑える必要があるはずです
感情にまかせれば、本当の敵の思惑通りになってしまうからですね」
「愚かなワグワナ法国の民もゆるせんが、確かに敵を見誤ることも愚かなことだ
我々はどうしろというのだ?」
源は、強い意思を表すように伝えた。
「ワグワナ法国に攻め込みます!
そして、徹底的に、組織改革を行っていく必要があります
トリアティー師団国にどれほどのことをしたのかを公にして、悔い改めさせるべきです
操作されているワグワナ法国の政治家は、みな捕らえ、奴隷とします
そして、ワグワナ法国には、龍王の意思である一神教の教えを民にも広げていき、本当の正しさを情報操作によって教え込んでいきます」
「ワグワナ法国は、多神教が多いのに、一神教の教えを伝えるというのか?」
「はい。多神教だからこそ価値観が定められず、悪い情報にも流されてしまうのです
龍王が残した固定された聖書を基準にして、民の考え方を作り出していくのです
そのためには、まず、我々が攻め込み、実験を掌握しなければいけません
ですが、民に必要以上に虐殺などを行えば、それだけまともな民を作り出すことは困難となるでしょう
本当の敵からすれば、平和裏に進められたほうが、被害となるのです」
「ガマル・ルィール・チェクホン殿は、それでもいいと思っているのか?」
「はい。女王陛下
セルフィ殿が作り出した新大共和ケーシスを見させてもらいましたが、トリアティー師団国のように平和でいい国でした
そのような国になるためには、龍王の意思が必要不可欠だということを説得させられたのです」
「一神教だぞ?」
「はい。分かっております」
「其方も歩み寄ろうとしているということなのだな・・・。自国を攻め込むということを知っても尚、それがいいとお主は考えているのだろう・・・」
「はい。女王陛下
今のままのワグワナ法国であっていいわけがありません
トリアティー師団国とも仲がよかったあの時代のワグワナ法国へとわたしは戻したいのです」
「だがな。セルフィ殿。わたしは、この怒りを何とか抑え込むことができたとしても、他の者たちが抑えられるかは、責任がもてないぞ」
「今回の侵攻は、ドラゴネル帝国軍、トリアティー師団国軍、レジェンド軍の3つで、行われる予定ですが、実際に動くのは、レジェンド軍だけにしようと考えています」
「なんだと!?レジェンドだけで、ワグワナ法国を倒せるというのか?!」
「すべてとは、言いませんが、ドラゴネル帝国とトリアティー師団国は、牽制という立場で、軍をワグワナ法国に見せつけてくださればいいと考えています」
「確かに、レジェンドは、本国であるトリアティー師団国軍よりも早く動き、対処して、さらにワグワナ法国を実際に制圧した・・・
結果からすれば、お主たちが優れていることは間違いないだろう・・・
大きな声ではいえないが、さすがは帝国連合軍を追い帰したというべきか
だが、戦いもするなというのなら、獣人たちも黙ってはいられないぞ」
「女王陛下は、どちらがいいでしょうか
これ以上、獣人の被害がひとりも出させず、ワグワナ法国を倒すのか、それとも怒りに任させて、さらにトリアティー師団国軍の兵士の何名かの命を亡くしながら、ワグワナ法国を倒すのがいいのか」
ゴルバフ・ダレーシアは、頭を悩ませるように答えた。
「女王としては、被害がないほうを選ぶべきだな」
「賢明なご判断、ありがとうございます」
しかし、ゴルバフ・ダレーシアの中には、消化しきれない想いがくすぶっていた。