2章 人工知能ミニ
次の日、研究所に行くと、後輩の高村が、倒れたように、机に寝ていたが、源が来た音に反応して、目を覚ましてキョロキョロしていた。
「あ。おはようございます。先輩」
「おはようって、お前、ここに泊ったの?」
「先輩聞いてくださいよ。ミニの文字表記を、音声にしてみたんです」
ミニとは、研究所内のパソコンだけで作り上げた人工知能AIのことで、マインドチップとだけ繋がっている状態にされている。
マインドチップは、動物実験を経て、ようやく人へと移行できたばかりで、人工知能は、前々から同じ研究所で開発されていた。
マインドチップの弊害は数えきれないほどあったのに対して、ミニはトントン拍子で、完成間近にまで辿り着いていた。
以前からAIの研究は、世界中が行っていたことで、情報がそろっていたということも成功の要因だった。
そして、マインドチップとミニを繋げて、数か月が経ったばかりだった。
「マインドチップにアップデートしてみてくださいよ」
「本当に大丈夫なんだろうな・・・」
「実は、8ビットの負荷もなく使えるんですよ」
「8だって?」
「それに昨日から、こっそり、使ってるんです」
「お前なー・・・」
少し飽きれたように源は、顔を振るが、動物に対しても愛情を示す高村の思想を考えると、口をつぐんでしまうが、0ではない危険性を思うと、やはり、注意するべきだろう。
「マインドチップの容量は、規模を超えて設計され、あらゆる措置をクリアしているとはいえ、脳に埋め込まれているものなんだから、スマホみたいにほいほいと新しいプログラムを入れるように使うなよ」
「じゃー先輩はやらないんですか?」
「まず、パソコンで確認させてくれ」
ミニが音声で答えるところをモニター越しに確認をすると、ナビゲーションで使われていた女性の声が無造作に使われていて、発音などもデタラメだったが、言葉としては理解できた。
どこかの犯人が、新聞や雑誌などの文字を切り貼りして、声明文を作ったように、ミニの声は、ツギハギ感があったが、思いの外、上手いプログラムを仕上ていると思った。
源の顔から察したのか、高村は、付け足すように言った。
「誰でもいいんですけど、録音などに協力してくれれば、もっとスムーズな音声にもすぐに出来るんですよ」
「まーこのままナビゲーションの声を使ったら、著作権侵害にもなり兼ねないしな」
「うは」
高村は、誤魔化すように、目を泳がせた。
「誰か音楽とかに詳しい子とか知り合いにいませんか?」
「いないこともないけどな」
すぐに頭をよぎったのは、やっぱり愛だった。教会の人たちも音楽には精通していると候補に考えた。
「ピアノの12音だけでいいので、その高さの「あ」~「ん」までの音声がほしいんですよ。濁音もです。」
「なるほど、それだけでいいんだ」
「注文すると綺麗な女性の声がいいんですよ」
「そりゃそうだけど、調子に乗るなよ」
「うは」
また、誤魔化した。
「ちょっと待ってろ」
源は、朝から、愛にメールを送ってみた。
「おはよう。愛。朝からメールしてみたよ」
すぐに返事が返って来た。
「連絡できないって言った日に、一番早くに連絡してくるなんて、面白いひとね。頼み事はなに?」
「頼み事ってどうして、わかるんだ・・・預言者みたいで、怖いんだけど・・・」
「だから、何?」
「今手掛けてるプロジェクトの1つに、女性の声が必要で、「あ」~「ん」までの言葉を12音でほしいんだ。もちろん、濁音なども含めたものもほしいんだけど」
「それはすぐに出来るし、いいんだけど、わたしの声でいいの?高くつくわよ?」
「高いのは勘弁だけど、愛の声なら、ありがたいし、まずは試しとして使いたいんだ。自分の家族の音声で使えるというアピールとして売り込むアプリにもなりそうだしね」
「音声を作り上げるつもりなら、オクターブを超えた声も考えた方がいい?」
高村に、愛の質問をそのまま投げかけた。
「普通、人の声って1・2音が続くだけで、声が裏返ったりするとか、感情的にならない限り、変わらないようなんですよ。
ですから、12音があれば、十分なんです。
例えば、源さんの彼女が、突然1オクターブも低い声で話はじめたら、ギョっとするでしょ?歌いながら話す人なんて見たことありませんし」
「なるほど・・・怖いね・・・」
「録音スタジオを貸し切って、愛の声を録らせてもらう」とメールすると、愛は、事のほか喜んで、報酬はそれでチャラでいいと返事を返してきた。
「本当に高い報酬を狙っていたのか・・・」と小さく源はつぶやいた。
―――数か月後、愛の声をベースにしたミニの声が登録され、プログラムがきちんと機能するのかチェックをしてみた。
「ミニ聞こえるかい?」
「はい。聞こえます。源」
思わず、「おー」という声を出してしまった。
まるで、愛が話しているようなトーンで、ミニは言葉を口にした。
「ミニ。君は声を出しているんだよ」
「申し訳ありません。理解に苦しみます。わたしは前から言葉を使っております」
「うん。そうだね。君は、言葉を前から使っていた。でも、その言葉を振動という音で、表すことは、これが最初なんだよ」
「音は、振動で言葉を表すものなのですね」
「そうだよ。ミニ。君も、僕の声を文字に変換させて、理解しているように、人間も君の声を振動でとらえて、理解できるようになったんだ」
「音を文字に変換することと、振動だけで理解することは、違うことではありませんか?」
「ごめん。君の言う通りだよ。まったく違うことだね。でも、人間からすると、とても似ていることで、感動したんだよ」
「理解は難しいですが、人に喜んでいただけていることは、理解できて、わたしも嬉しいです」
「嬉しいという言葉をその声で聴かせてくれたことが、人間のようでまた嬉しいよ」
「ありがとうございます。源」
「先輩・・・」
高村は、体を震わせ両手を握りしめながら、思った以上の出来のよさに、感動した様子を見せた。
人間が本当に話しているかと時折、錯覚してしまうほどだった。
「実は、裏で愛が話していたとかいうオチはやめてくれよ」と源が言うと、高村は、苦笑した。
AIは、人ではない。人のように錯覚するように作られただけで、人の脳が錯覚を起こしてしまうのだ。人とAIは、同じことをやっていたとしても、そこに至るプロセスは、まったく違う。
体もなければ、鼓膜もあるわけでもないので、AIは振動を体で感じることもできないからだ。
嬉しいという言葉は使ってはいるが、人間の嬉しいとはまったく違う捉え方で使っているだけなのだ。
その場面では、嬉しいという言葉が適しているというプログラミングがされていて、嬉しいと使っているにすぎない。
でも、人間の脳は、人間の価値観で嬉しいとミニの言葉を判断してしまうというわけだ。
もちろん、AIは、色々なパターンを新たにプログラミングできるので、その精度は、上がっていく。
間違った人間がAIを育てれば、間違った方向に精度は落ちるとも言えるだろう。
精度の上げ下げもまた、人間の価値観にすぎないからだ。
人権を守るように、ものすごく硬くて強靭なプログラミングのファイアウオールが組まれていて、そこは上書きされることがないように、パソコンでもマインドチップでも、表示されないようにもされている。どれだけ消そうとしても、決して消すことのできないプログラミングというわけだ。
このプロトコルのおかげで俺は助けられることになるが、それはまた後の話だ。