198章 逃げる獣人
中規模都市ヌーノのあちこちの建物から煙があがり、叫び声がこだまする。
「殺せー!殺せー!」
ワグワナ法国の兵士たちが、楽しむかのように、虐殺を繰り返していた。
獣人たちは、逃げ惑うが、どこに逃げても兵士たちがいて、街を囲むかのように、徐々に中心へと向かっていくので、逃げる者たちは、外ではなく中へ中へと誘導され、街から抜け出すことができない。
「邪悪な獣人は、すべて処分しろ!」
どこからみても、非戦闘員にしかみえない者であっても、見つけ次第、攻撃を加えていく。
笑みを浮かべる兵士は、目の前に、犬族の少女を見ながら、剣を振り下ろした。
剣は、容赦なく少女に向けられたが、その剣は、少女に当たる前に、はじかれた。
「なんだ!?」
兵士は、何度も剣を振り下ろすが、見えないなにかに弾かれて、斬ることが出来なかった。
―――トリアティー師団国の中規模都市ヌーノから数十キロ離れた場所に、源とダフキンは転移して現れた。そこからほとんど時間をかけずに、ヌーノに到着した。速度強化などをかけて、普段の何倍もの速さを可能にした。源による魔法の効果は、常人の比ではない。
強化魔法はダフキンに付与することができないが、リトシスの効果によって守られる。
もの凄いスピードで空中を移動している最中にも、小さな時空空間ゲートを手元に開いて、ソースをばら撒いていく。
源は、10kmの範囲にリトシスを発動して、ヌーノの状況を確認した。
夥しい数の死体が、ヌーノの街に倒れていた。すべて獣人たちの死体で、トリアティー師団国に住んでいたと思われる人間たちは、脅えて震えてはいたが、ワグワナ法国の兵士たちは、人間には手を出さないでいた。
さらに生き残った獣人たちが、兵士たちに襲われ続けていた。
街の中心街へと逃げ惑っていた。
武器も持たず、逃げるだけの人々を問答無用で襲い掛かっている兵士たちは、興奮しているのか目をギラつかせて楽しんでいた。
すべての兵士がそうではなく、その行為を目の当たりにして、憤りをみせながら、棒立ちになるしかないワグワナ法国の兵士もいた。
784人の兵士。生存している中規模都市ヌーノの住民2209人。
ミカエルによって、色分けされ、住民だと思われる者は、青。あきらかに攻撃的に虐殺を繰り返している兵士ほど、段階的に真っ赤な色で表された。
生き残っている住民だろうと思われる者たちにリトシスの効果を与え、兵士の攻撃から身を守る。
兵士は、何度も何度も、獣人の少女に剣を振り下ろすが、剣が弾かれることに苛立ちながら、息をきらせる。
「どうして斬れねぇんだ!こいつ!!」
次の瞬間、兵士は、首から血を噴き出した。黒い影が、後ろから兵士の首を気づかれることもなく切裂いていた。
危機感を持たずにただ一方的に、虐殺を繰り返す兵士たちを倒すことは簡単だった。
ダフキンは、建物の影を利用しながら、兵士を次々と倒していく。
赤い表示として表されているものは、色の濃さも関係なく、ダフキンは、斬り捨てていった。
虐殺行為をせずに棒立ちになっていた兵士にも、ダフキンの刃は、振り下ろされるが、その攻撃を源はリトシスで弾いた。
ダフキンは、何の障壁なのかと間をあけた。
『ダフキンさん。ワグワナ法国の兵士の中でも、虐殺に手を染めなかった者たちは、生かしておきましょう』
『ですが、そうすれば、わたしたちの介入が露わになってしまいますが、それでもよろしいのですか?』
『その者たちは、わたしに任せてください。生かしておくべき兵士は、緑色で表示させます』
『分かりました。従います』
兵士たちは、住民が斬れなくなったことに戸惑っていたが、さらに影が、自分たちの体をまるで包み込むかのように這い上ってきて、動きを鈍らせてきたことに驚く。
「何なんだ?これは!」
「どこかの誰かが、シャドウ系マナで邪魔してるんだろう」
「ここまで強力なシャドウだと・・・!」
兵士たちは、犯人だと思われるような獣人たちを探すが、誰がマナを使っているのか検討もつかなかった。
動きが鈍くなることで、さらにダフキンが兵士を倒していく。
虐殺をしていない兵士たちは、源の瞬間移動によってレジェンド付近の地下牢屋に転移されていった。
「なんだ!?ボーリスが消えたぞ??」
「はぁ?消えた?獣人に攻撃できない臆病者だから、逃げたんじゃないのか?」
「いや・・・目の前にいたのに、消えたんだ・・・おい・・・あれをみろ!」
異変に気づき始めた兵士が指を指していた方向をみると、多くの兵士たちがいつの間にか、道で倒れてしまっているのを発見する。
走って倒れている兵士たちの様子を確認した。
「おい!し・・・死んでるぞ!!こいつら全員。死んでる!」
兵士は、仲間に大声で伝えながら、仲間たちのほうへと振り返ると、さきほどいたはずの仲間の兵士たちも倒れていた。
「なっ・・・!!」
ダフキンの刃は、鋭く兵士の首に横一線に動き、なすすべもなくその場に兵士は倒れた。
やっぱり・・・瞬間魔法は、燃費が悪すぎる・・・。
源からすれば、瞬間移動させた兵士の数は、さほどではなかったので、問題ではなかったが、マナ力が減った感覚が実感できたことで、意識を失った以前のことを思い出して躊躇する。
少し・・・トラウマだな・・・。
町中に広く配置された兵士たちを把握して一気に倒すことは難しい・・・。愛なら出来ても、俺にはまだ出来ない。
なんとか、兵士たちを一カ所に集めることはできないものか・・・。
リトシスの効果範囲を広げて、町中の生き物は把握することは出来てはいたが、早く倒すとなると間違って逃げている獣人にまで被害が出てしまうと懸念した。
今は、リトシスによって守っているので、大抵の攻撃はレジストできている。
源は、レジェンドの兵士が手に入れていたマナの中の1つ、【通信】を発動させて、逃げ惑う獣人たちに話しかけた。
《現在、他国の兵士が、ヌーノを襲っています
彼らは、外側から内側へと大きな範囲の輪となって、みなさんを中心へとおいやっています
本来なら、なんとか、外側へと逃げるべきですが、中心地に転移空間が発動しているので、街の中心にいけば、逃げ切れます
外に逃げるよりも、敵の思惑通りに、街の中心へと逃げるほうが、生き残る確率が高いと思ってください》
【通信】によって獣人たちに声をかけたが、この言葉を信じてくれるかは分からない
その言葉自体が、敵の罠だと思って外に逃げる者もいるだろう。
ダフキンは、的確に兵士の数を減らしてはくれているが、600人近くの兵士がまだ獣人を襲おうと剣を振り回している。
効果のほどはよく分かっていないが、いきなりの実戦使用だ。
―――兵士たちは、一時、影によって動きを鈍らされていたが、建物の影から遠ざかるようにして、動きを確保していた。
しかし、未だに獣人たちへの攻撃が、弾かれてしまい戸惑っていた。
その中でも弾かれない獣人もいることに気づいて、その者たちに攻撃を加え始めた。
「お!こいつには、攻撃できるぞ!」
「ギャーー!!!殺さないで!」
兵士が、女性獣人の腕に剣を振り下ろすと腕は、斬り捨てられ、女性は、地面へと倒れ込んだ。
他の兵士たちも、攻撃できる獣人たちを探し出しては、その者たちへ攻撃する。
「でもなんだ・・・こいつらちょっとぼやけてないか?」
「攻撃が当たらない奴らは、ハッキリとみえるが、攻撃が当たる奴は、姿がハッキリしていない」
「見分け方が分かったぞ!!ぼやけている奴らを一網打尽にしろ!!」
その情報は、兵士たちに流れて、ぼやけて見える獣人たちを見つけては、剣を振り回す。
―――新しく手に入れたマナ【幻覚】【操作】を試してみたが、案外うまくいったようだ。
攻撃を加えるほうが楽ではあるが、獣人が危険にあう可能性もあったので、精神攻撃で対応してみた。
愛のサポートによって各兵士たちに獣人の民の幻影をみせて、襲わさせて、その間に、本物の獣人たちを中心街へと向かわせた。
外に向かって逃げる獣人もいたが、その者たちにもリトシスを使って守っていたので、何とか守りぬけた。
中心街には、4つの大き目の時空空間ゲートを用意しておいた。
【通信】によって伝えていた通りに、転移空間を目にした獣人たちは、急いで中へと入って避難してくれた。
これ以上の被害は何とか避けられそうだった。
『セルフィ様。首都マーガレイヌに、さらなる急報がもたらされました
ワグワナ法国軍は、中規模都市ヌーノ以外の村々にも、軍を分けて同じように住民を虐殺しているようです』
『その村々には、ソースは、到着していないんだよな?』
『はい。まだソースは、移動できていません。セルフィ様』
ヌーノだけでも、手一杯なのに、さらにいくつかの村々が襲われている・・・人手が足りなすぎる・・・
どうする・・・軍も出すしかないか・・・
後々、レジェンドが問題視されることになるだろう・・・
源は、主要メンバーにミカエルを通して連絡した。
『ワグワナ法国軍は、トリアティー師団国の村々に、兵士を送り出して、各場所の民を虐殺しているようなんだ
その村々には、まだソースが到着していないので、転移することも出来ない状態で、人手が足りない
本当なら、他国の勢力であるレジェンドや新大共和ケーシスは、帝国の許可なく争い事に足を踏み入れるわけにはいかないが、俺とダフキンさんだけでは、どうしようもない
後々、問題となるのを承知で、助けてくれる人だけ、手伝ってくれないか?』
『リリスよ。当然でしょ
こどもたちには、映像を見えなくしてあるけど、わたしたちも、ミカエルの映像から状況を把握していたわ
すぐにでも助けたいと思っていたの
新大共和ケーシスはいつでも、参加可能よ
すでに、広場に戦力は、集めてあるから、あとは転移するだけよ』
『ありがとう。リリス
一番、問題を押し付けてしまいそうなのは、国である新大共和ケーシスだと思うけど・・・本当に助かるよ』
新大共和ケーシスだけではなく、レジェンドも当然だといわんばかりに、ロックとローグ・プレス、ウオガウたちが、準備を整えてくれていた。
『みんな。ありがとう
映像で見ていてわかると思うけど、虐殺に手を下さなかったと思われる兵士たちは、レジェンド付近の地下に瞬間移動させて、閉じ込めている
今、ヌーノにいる兵士たちは、虐殺を平気で行う者たちばかりだ
彼らにも理由があるとは思うが、全滅させる
なるべく、こちらは軍を出したことは、隠しておきたいから速やかな排除を頼む
俺は、これから各村にソースを配っていくから、その間に、ヌーノを攻撃しているワグワナ法国軍を制圧してくれ』
源は、新大共和ケーシスとレジェンドに、時空空間ゲートを出して、ヌーノの中心街へと兵士を固めてもらった。
新大共和ケーシスからは、B+に認定された兵士400人
それに、リリスとアイスドラゴンのフレーと動物たち、エリーゼ・プル、バーボン・パスタボも参加する。
レジェンドの兵士からは、500人の兵士とマナソースを積んだ人型ソースが、500体が集結した。
生き残っているワグワナ法国軍は、ダフキンによって残り500人となった。
マインド系のマナや【影操】を発動していたが、中央にレジェンドと新大共和ケーシスの軍が完全に準備万端になった時点で、解除した。
ソロモン・ライ・ソロからの指示は、とくに表示されなかった。
特に指示する必要もないということだと源は認識して、瞬間移動して、すぐにマッハ12で各村々の場所を探しはじめた。