194章 死ぬべからず
テンドウは、新大共和ケーシスの検閲官に審査されて国内に入ることがゆるされていたが、ダフキンやエバーは、審査を受けていないので、意識を取り戻し、回復してから聴取を行うこととなった。
エバーについては、こどもなので特に警戒はしていないが、ダフキンは、話によると暗殺者という経歴があると分かり、念入りな調査をすることとした。
エバーよりも先に意識を取り戻したダフキンは、テンドウから状況を聞いて、自分は死んだということにしてほしいと申し出たというので、源とリリスは、ダフキンに面会することにした。
「はじめまして、わたしが新大共和ケーシスの女王リリス・ピューマ・モーゼスです
そして、こちらが、レジェンドの総責任者のセルフィ様です」
ダフキンは、ベッドから起き上がり、深々と頭を下げた。
「テンドウから伺いました
皆様にわたしと娘を救っていただいたこと心から感謝いたします
リリス・ピューマ・モーゼス様。そして、セルフィ様」
リリスは、ベッドからさらに立ちあがろうとするダフキンを止めて、気遣う。
「起き上がる必要はありません
今は安静にしてください
ですが、テンドウさんからわたしも聞いたのですが、死んだということにしてほしいというのは、どういうことですか?」
ダフキンは、また深々と頭を下げる。
「大変申し訳ないのですが、エバーが、目を覚ました時に、そのように伝えてほしいと願っています
わたしは、裏の世界に長らく手を染めてきました
そして、助けていただいた新大共和ケーシスの皆さんにも、わたしたちを助けたことでご迷惑をおかけしてしまうかもしれません
それを少しでも防ぐために、わたしは動きたいと思っています
次こそは生きてはいけないでしょう
また、悲しませてしまうよりは、このまま死んだということにしておいてほしいのです」
「何をなさろうとお考えなのですか?」
リリスが、質問している間に、源は、愛に確認した。
『愛。ダフキンさんは、偽りを言っているか?』
『ダフキン様の発言による真偽は、60%の確率で、真実だと思われます。源』
『60%って低すぎないか?』
『ダフキン様の仕草の反応が、極端に統計心理学から逸脱しています
嘘ではないと思われる内容の時であっても嘘とみえる仕草が検出され、真だという確証がその程度になてってしまいます。源』
源は、リトシスを発動させて、ダフキンの心拍のリズムも測定した。
ダフキンは、リリスの質問に答える。
「わたしが所属していたシンという組織は、わたしのような暗殺者を何人も育成し囲っています
シンは、わたしの命を狙いました
わたしは、シンにもワグワナ法国にも、戻ることもできません
そして、そんなわたしを助けてくださった新大共和ケーシスにシンは、刃を向けて来るかもしれません
わたしが出来ることと言えば、組織に所属している暗殺者を消していくことぐらいだと思うのです
彼らは自分たちで作り出した暗殺者から命を狙われるという立場になることでしょう」
『どうだ。愛?』
『72%の確率で真実をダフキン様は述べられています。源』
『心拍数を測定しても70%なのか!?』
『はい。普通ではありえないほど、あらゆる点で、心を読ませないように体の動きを関連付けられているようです。源』
『心音でもダメなら、他にはどうすれば正確性を増せられるんだ・・・』
『ソロ様が使用されている電脳測定機器を使えば、頭の中の考えることをかなりの確率で読み取れるようになります。源』
「ごめん。リリス。ちょっと話待ってもらえる?」
「どうしたの?」
「ダフキンさん。正直にいいますが、わたしは、あなたが暗殺者だったという経歴からあなたを注意深く調査する必要があると考えています
申し訳ないですが、あなたが真実を語っているのかをある装置をつけて、確かめたいと思っているのですが、ご了承願えますか?」
「もちろんです。どうぞ。ご納得されるように、なさってください」
源は、時空空間ゲートを開いて、予備で作り、保管してあった電脳測定機器を倉庫から取り出して、ダフキンの頭に取りつけた。
リリスは、ミカエルの審査の結果からもダフキンの真偽が定かではないことを知ったので、さらに詳しく調べようとしているのだと理解した。
源は、改めて質問を繰り返す。
「ダフキンさん。組織の暗殺者と戦うので、死んだことにしてほしいということですね?」
「はい。セルフィ様。少しでも皆様に恩返しをさせていただきたいのです」
『嘘ではありませんが、本当のことも言っていません。源』
『どういうことだ・・・』
『ダフキン様の頭のイメージでは、自分の死を連想し、またそれを望まれているようです。源』
源は、ダフキンに待つように手を前にして、止める。
「ダフキンさん。新大共和ケーシスの為ということは、嘘ではないようですが、本心を言われてもいないようですが、本心は、死を望まれているのではないですか?」
ダフキンは、少し沈黙した。
「・・・テンドウから聞いていましたが、新大共和ケーシスは、本当に素晴らしい技術が存在しているのですね
そこまで、人の心を読みとれるのですか」
「どうして、死を望まれるのですか?」
ダフキンは、両手の掌を上に向けて、見つめる。
「わたしの手は、血で汚れています・・・
エバーやわたしの妻と出会うまでに、どれほどの命を奪ってきたのか・・・そんなわたしが、エバーの近くにいることは、わたしの本意ではないのです」
『言葉とイメージが一致しました。真実を述べられています。源』
源は、小さく溜め息をついた。
「人は、あらゆる選択を人生で数多く選び出しますが、多くの決断は、自分の意思で行っているように感じてしまう人が多いでしょう
ですが、人は、どのような情報が脳に埋め込まれているのかで、選択の余地を一方通行のようにしてしまっているのです
生まれたばかりのこどもは、言葉を話すことができません
つまり、0のような状態なのです
そこから、まわりの環境などによって言葉を学び、まわりの人間と同じ言葉を話すようになるということは、まわりの情報が、わたしたちの脳を決定づけているということです
ダフキンさんは、長らくシンという組織に育成されたのなら、それに抗うことは、不可能だったことでしょう
つまり、ダフキンさんをダフキンさんだと至らしめたきっかけが、エバーさんや奥さんであり、選択枠の自由権をやっと選ぶことができるようになった
その時点から本当の人間となられたのではないでしょうか」
ダフキンは、過去を振り返った。殺害しなければいけない少女に手出し出来ないどころか助けたあの時。そして、その後にエバーたちのためにシンからの命令に従わないという考えがすぐに頭をよぎったこと・・・。何だかあの時の温かい気持ちが今、胸の中で感じられるようだった。
「あの時に、わたしは人間となったということですか・・・?」
「わたしは、龍王の意思である書簡の教えを信じる者ですが、それらの書簡には、心から悔い改めた者は、ゆるしなさいと書かれています
多くの者たちを殺めた犯罪者が、処刑される直前に、心から自分の罪を悔い改めました
その者は、天国にいくと神は約束されたのです
ですが、同じ時に処刑される他の一人の犯罪者は、悔い改めることはなく、そのまま命を失ったのです
ダフキンさんは、心からエバーさんを大切に考えられています
自分の命さえもエバーさんのためなら惜しまないでしょう
そこまで、人を想い、悔い改める心があるのなら、あなたの罪もゆるされるのです」
「セルフィ様も、リリス・ピューマ・モーゼス様も、お優しいので、ゆるしてくださるかもしれません
新大共和ケーシスの方々も、その信仰によって悔い改めたわたしをゆるしてくださるかもしれません
ですが、わたし自身が、わたしをゆるせないのです・・・」
「だったら、猶更、ゆるしなさい」
「どういうことですか?」
「自分をゆるせないというものは、甘えです」
「甘え・・・ですか・・・」
「生きているあなたは、木を削って椅子を作ることができますが、死んでしまえば、椅子を作ることはできません
死ねば、何も考えなくてもよくなり、心の苦しみを感じることがなくなり、自分の死によって殺めてきた者たちへの罪を清算したかのように思えるかもしれませんが、実際は、殺された者たちは、戻ってきませんし、あなたが、死んでさらに何もできなくなれば、マイナスになるだけです
ですが、あなたが生きて、次に新しい何かを生み出し、助け、与えれば、プラスになるのです
そこにあなたの感傷は、関係ありません
あなたのように、分かりやすい罪を多く行った人は、自分が罪人だということを認識しやすく、そこから楽になろうと自分の命を軽視しますが、それはただの感情論で、そこで自らを止めてしまえば、生み出すものも、関係も途絶えてしまうだけなのですね
本当に罪を償いたいと願うのなら、生きることです
あなたを恨み続ける者がいても、あなたがどれだけ失敗をしたとしても、生き続けることが、償いになるのですね」
「罪人だからこそ、簡単に死ぬな、ということですか・・・」
「悔い改めない罪人は、世界を破壊するので、自らの撒いた種によって破滅し死に至りますが、心から悔い改めている罪人は、死ぬことはゆるされないのです
悔い改め、償いたいのなら、人を愛し、赦し、助け、与え続けていく人生を嫌でも続けて行くべきなのですね
誰に恨まれ続けようとも、愛を生み出すために生き続けるべきなのですね
簡単に死んでプラスになる要素を手放すより、生きて少しでもプラスになるように、歯を食いしばって、善へと転換するべきなんです」
「愛は厳しいものなのですね・・・」
「はい。愛は簡単ではありません
世の中が真っ暗闇で、すべての人が悪人であっても愛を実行していく常軌を逸した強い精神力が必要なのです
笑われても、貶されても、誹謗中傷されても、それでもプラスを生み出していくのです
また過ちを犯した自分を再度認識しても、プラスになるように生き抜くことです
エバーさんのためだと思うのなら、共に生きるべきなのです
これから何が起ころうとも、続けて行くべきなのです」
「感情を捨てて、愛を選べとは・・・わたしの考えが至っていませんでした。わたしも、まだまだですね」
今回のことで新大共和ケーシスに迷惑をかけてしまうことになったとしても、自分なりにプラスを生み出していく必要があるのだとダフキンは、思い返した。
「そこで、プラスを作り出す新大共和ケーシスのために、シンという組織についての情報をダフキンさんから教えていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
ダフキンは、頷いた。
「はい。わたしが出来ることは、何でもいたします
知っていることは、すべてお話します」
「ありがとうございます。率直に聞きますが、シンとは、一体何なのですか?」
「改めて、シンという組織を語ろうと思うと、とても難しいです
わたしは、小さい頃からシンの組織に育てられてきて、長らく組織の中にいたのですが、わたしなどは、小さな部品の一部であり、シンの所有物としての価値しかありませんでしたので、ほとんどシンのことについての情報は、与えられていないのです・・・
行ってきた暗殺の詳細は、話すことができますが、それらの暗殺が、何のために行われたのかは、まったく分かりません
ワグワナ法国で、商会を立ち上げ、暗殺業から抜け出してからは、ワグワナ法国に、組織の勢力を伸ばすために行われた暗殺などは、理由が理解できるのですが、限られた事件の理由であって、シン全体がどれほどの規模なのかさえも分からないのです」
「でしたら、ワグワナ法国についてのシンの情報を教えていただけますか?」
「はい。シンは、古くから武器商人として財力を伸ばしてきたようです。シンを知る数少ない者の中には、シンを黒い商人とも呼ぶ者もいました
シンは、あらゆる国に潜伏して、あらゆる国に武器や情報を与え、売りさばいては財産としているので、国と国が戦争をするように仕向けるのです
ですが、ワグワナ法国は、平和主義思想が根強くあった国でしたので、ワグワナ法国の内部に深く入り込むために、マット商会が立ちあげられ、政治にお金を流しながら関与していき、戦争を行うように仕向けていくのです
平和を望む政治家や戦争に心から反対する者たちを暗殺しては、戦争の道へと誘導します
マット商会は、資金源としての役割もあり、ワグワナ法国での産業を牛耳るために作られ、多くの政治家や王族・貴族との関りを10年で固め、急成長してきました」
なるほど・・・現世とまったく同じような流れをこの世界でも作ろうとしている者たちがいるということだ・・・。
戦争は、戦争を望む者たちによって作り出されていくものだ。人間がいれば争いが生まれるという発想は、大嘘なのだ。もしそれが本当なら道を歩いていたらあらゆる人たちが殴り合いをしていなければいけない。普通の人は、痛いのも嫌なら、争い事も避けるものなのだ。
「ワグワナ法国には、約30名のわたしのような組織の者たちがいました
組織の中にも、ランクがあり、下の者ほど、情報は与えられず、自分たちが何をしているのか分からない状態で、命令が下され、それを実行しているのです
わたしはマット商会の会長という立場を担ってから、情報量が増えたのですが、それでも、シンを語れるほどではありませんし、決定する立場でもありませんでした」
「結局、シンは、何がしたいのでしょうか?」
「わたしは、商会という経済面と戦争に至ること、政治家などについての案件は、分かりますが、シンの本当の目的は、分かりません
シンは、経済でも利益になっている国だったとしても、捨て去る場合もあれば、シンを支える政治家であっても暗殺する場合もあるのです
利益だけのために動いていないのかもしれませんし、わたしの目からみれば、損益にしか見えなくても、それが利益になっていたのかもしれません
そういった例外もあるということです」
『愛。どうだ?』
『ダフキン様のイメージと会話の一致が多数検出されました。嘘はつかれていません。源』
「ダフキンさんが、正直に教えてくださったことは分かりました。そして、新大共和ケーシスに害を及ぼそうとしていないことも確認させてもらいました
リリス。ダフキンさんたちは、新大共和ケーシスとレジェンド、どっちで保護したほうがいいかな?」
「安全を考えるのなら、レジェンドでしょうけど、今後も商会などを続けて行くのであれば、新大共和ケーシスかもしれないわね
どちらにするかは、ダフキンさんたちに判断してもらえればいいかもしれないわね」
「必要以上の確認をさせてもらったので、ダフキンさんを信用して、普通は教えない話をするのですが、レジェンドは、近々、ワグワナ法国に侵攻する予定です」
「はい。それはシンの組織でも、予想されるものでした」
「レジェンドも新大共和ケーシスも、新しく作られたばかりのコミュニティなので、商会などがまだ育ちきってはいないのです
できれば、ダフキンさんやテンドウさんには、我々のためにも商会を続けていってもらいたいのですが、ここで公にマット商会を再度はじめれば、狙ってくださいと言っているようなものなので、ワグワナ法国との侵攻後に、ワグワナ法国が解放された後から、商会をはじめられてはどうでしょうか?」
「もう商会は、出来ないと思っていました・・・。ですが、もし、マット商会を続けることが出来るのであれば、是非お願いしたいです」
「そうですか、あとお聞きしたいのですが、ダフキンさんたちが、倒れていた場所から数キロ離れた場所に、ワグワナ法国と思われる軍隊が、壊滅していました。あれは、ダフキンさんがされたのですか?」
「はい・・・。その通りです」
やっぱりそうか!あれ全部・・・ひとりでとなると・・・相当な手練れだ。一応、ワグワナ法国の軍隊の形跡は、転移させて消しておいたけど、あれをひとりで倒すのは、並みではない。
「それほどの力がある方が、わたしたちの仲間になってくださるのなら、助かります
こちらからも、我々のところに戦力としても留まってほしいぐらいです
でも、新大共和ケーシスやレジェンドでは、お金はありません
経済的な打ち合わせが必要にあると思いますので、その点はまた、折り合いをつけていきましょう」
「はい。ありがとうございます。わたしの方からも、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「何ですか?」
「新大共和ケーシスでは、転移技術があるようだとテンドウから聞いたのですが、それは本当でしょうか?」
「はい。転移技術がありますね」
「セルフィ様のお話を聞かせてもらいわたしも、お二人は信用にたる方々だと思いました
ワグワナ法国のことについて、役立つとも思いますので、是非、わたしと一緒に、ある場所に行ってもらえないでしょうか?」