191章 ごめんなさい
ダフキンは、力尽きて、地面に倒れ込んだ。まったく動く気配がない。
体はボロボロになり、血だらけのまま、倒れた兵士と同様に地面に横たわる。
「化け物め・・・」
そう言い残すと、軍隊長もその場で倒れた。
平原一帯は、生き物1つ残されてはいなかった。
―――エバーは、ダフキンを心配して、追いかけた。ダフキンがいなくなれば、生きていく理由など何もなくなるからだ。
森を進むと、数十人が倒れていた。
たぶん・・・追跡者・・・。
犬もまったく動かず、横たわっている。
そこから先、どこに向かえばいいのか分からなくなり、空をみあげると、黒い煙が、いくつかあがっているのを見つける。
「たぶん、あそこに・・・軍隊がいるんだわ・・・」
見つからないように、慎重にゆっくりと森の影に潜みながら、煙の方角へと歩いていくが、まったく兵士などと遭遇することがなかった。
かなりの時間をかけて、森を抜けたが、その光景をみて驚愕した。
「なに・・・!?これ・・・」
平原は、大量の死体で埋め尽くされていた。
「うそ・・・これ全部・・・お父さんが・・・??」
信じられない想いで、地面にへたれ込む。
「うぇ・・・ええええ・・・・」
あまりの強烈な匂いと光景に、吐き気を催しながら、ダフキンを探すが、誰一人として、動く様子がない。
黒い恰好をして倒れているのを見つけて、顔を動かすが、ダフキンではなかった。
「ご・・・ごめんなさい・・・」
震えながら、遺体の顔を元に戻す。
この状況で、生きているわけが無い・・・。
「お父さーん!!お父さーん!!」
エバーは、口に手をやりながら、叫ぶが、どこにもダフキンの姿が見つからなかった。
黒い姿の遺体を見つけては、体格がまったく違っても、確認を繰り返す。
軍の最後尾だと思われるところまで、足を運ぶと、血だらけになったダフキンをやっと発見した。戦いのために顔もかなり損傷して、鼻も切りとられていた。
「お父さん!!」
すぐに、生きているのか確認するが、体中がボロボロで、全身、血だらけになっていて、とても生きているとは思えなかった。
首元に手を持っていく。
「生きてる!!??」
うつ伏せになって倒れているダフキンの体をなんとか、横に転がして、あおむけにして、胸に耳を近づけると、確かに心臓の鼓動が聴こえた。
「やっぱり、生きてるわ!!」
だが、その鼓動は小さくて、早いものだった。いつ死んでもおかしくない。
エバーは、辺りをみわたして、馬車の中にあった鎖のついた板を取り出し、それにダフキンを乗せて、ゆっくりと運び移動した。
すべての生き物は、死んでいたので、馬もなく、エバーひとりで、運ぶしかなかった。
自分を逃がすために、命まで賭けたダフキンをみて、小さい頃からのことを思い出した。
小さい頃は、お父さんに抱き付いて遊んでもらっていた。犬などもプレゼントされて喜んでいた時もあった。
お母さんの葬式には、悲しそうにするお父さんをみて、一緒に泣いた。
ストレスを抱えるようになると、本当はおいしいのに、いつもまずいといって食事に文句をいった。毎日毎日、食事を作ってくれていた。何不自由なく暮らせていたのは、ダフキンのおかげだった。
こんなひどい世界があるなんて思いもよらないほど、裕福な生活を与えてくれていた。
何をしても、笑顔で受け入れてくれていたダフキンを思い出して、涙が流れた。
「ごめんなさいぃ~・・・お・・・お父さん・・・ひどい・・・ひどいことばかりいって・・・ごめんなさいぃ・・・」
エバーは、死体だらけの中をダフキンの体を板に乗せて、歩いた。
「死なないで・・・お父さん・・・わたしをひとりにしないでよぉ・・・ごめんなさい・・・もう・・・ひどいこと言わないからああぁ・・・ああああ」
大粒の涙を流しながら、目的地に向かって、永遠とダフキンの体をひきずる。
何の苦労もせずに過ごして来たエバーの手は、成人男性を運ぶのは、大変だった。
鎖に肉がはさまりながら、怪我をして、血が流れるが、運び続ける。
板は、長い線の跡をつけながら、まっすぐ続いていた。
―――次の日になっても、エバーは、休むことなく、ひきずって前に進み続けていた。ほとんど力がなくなって、数cm動かすだけでも、大変だった。
体中、泥だらけで戦場の死体の血で服も汚れていた。
ダフキンは、目的地に助けてくれる人がいると言っていた。そこまで、なんとかダフキンを連れて行くことができれば、助けられるかもしれないと必死になる。
すべての荷物を捨てて、一心不乱に目的地に向かう。しかし、かなりの疲労がエバーを襲う。
そんなエバーの前に、黒姿の男3人が、立ちはだかる。
「エバー・マット。残念だったな。五老が食事のお前をお待ちだ。ダフキンは、もう死ぬ。最後の別れの時間をやろう」
エバーは、精根尽き果てて、地面に座り込んだ。
手も足もボロボロになっていた。
最後に、倒れたままのダフキンの顔を覗き込む。
「ごめん・・・なさい・・・お父さん・・・わたしは・・最後まで・・・約束・・・まもれなかった・・・なにひとつ・・・やく・・・そく・・」
赤目の男は、フラフラに倒れ込むエバーの髪の毛を後ろから無造作に、掴み地面をひきずっていく。
エバーは、まるで人形ように、動くこともせず、長く生えた髪の毛だけ掴まれ、後ろに、地面をひきずられ連れて行かれた。
体力的にも、精神的にも、疲れ果て、目は希望の欠片すらもなかった。