189章 追跡者
逃亡生活がはじまって1週間、テンドウと別れてから数日、慣れない手つきで、エバーは、馬車を走らせる。
今まで何もできなかったが、旅をすることで新しい自分を発見し続けていた。
馬車には、食料もあり、夜は注意が必要だが、昼間であれば、危険になるほどのモンスターとは出会わずにいられた。
街の外は、危険だと思っていたけれど、以外と生きていけるものだと思った。
エリーが、他の街にいったことを話してくれるだけで、エバーは、ワクワクしながら、それを聞いていたが、今は、それ以上のことをしてしまっていることに不思議な感覚を覚えていた。
モンスターは、夜に現れることが多いので、ダフキンが夜、馬車を走らせたり、警備をすることが多かったが、めずらしく今日は、昼でもダフキンが起きて、荷台の後ろから外を眺めていた。
「とうとう追いつかれたか・・・」
ダフキンが、声をもらす。
「え?何か言った?」
「エバーちゃん。わたしたちの場所を軍隊が、把握して、追いついてきました」
「うそ・・・!どうしてそんなことが分かるの?」
ダフキンは、後ろの景色をみるようにと指をかざす。
「見えるでしょうか。あの方向に砂塵が舞っています」
「砂塵?」
「馬車や馬数匹では、砂塵は、あれほど舞うことはありません。軍隊などで移動をすることで、土煙があがるのですよ」
「すごい数ってことじゃないの!?」
「そうですね・・・よくて数百、悪くて数千単位の可能性もあります」
「ど・・・どうすればいいの!?」
エバーは、手綱を振り回し、場所の速度をあげた。
「エバーちゃん。速度をあげても、あれを突き放すことはできません。それよりも、馬車を捨てましょう」
「え!?馬車を捨てたら、逃げ切れるわけないじゃない!!」
「いえ、彼らはこの馬車の跡を追跡して、追いかけてきているのです
馬車を捨てて、ここからは、徒歩で、行く方が安全です」
「食べ物も全部、持っていくなんて無理よ?」
「持てるだけの荷物だけを持って、あとは馬車に捨てていきましょう」
「そんな・・・馬車がなくて生きていけるわけないじゃない!移動式の家みたいなものだったのに・・・」
「仕方がないのです。彼らもよく頑張ってくれました。ここで馬とも、お別れしましょう」
エバーは、その判断に納得できなかったが、確かに遠くにあった砂塵が、近づいて来ているは分かった。仕方なく、馬車を捨てることに同意して、荷物を背負った。
ダフキンは、馬のお尻を叩くと、馬車は、ふたりとは違う方角へと走っていってしまった。
これでもう、徒歩で目的地に向かうしかなくなった。
しかも、目的地の方角がバレないように遠回りをしながらの移動だったので、かなりの距離がまだ残されていた。その距離を荷物を背負って本当に辿り着けるのかエバーには、分からなかった。
ダフキンは、馬車を走らせた後、すぐに歩き出そうとはしなかった。
「では、エバーちゃんには、歩き方を教えます」
「はぁ??何言ってるのよ!」
「いいですか、普通の歩き方をしては、足跡からわたしたちの方角が察知され、また追いかけられることになるんです
ですから、なるべく足跡が残らないための歩法で、歩くようにしてください」
「そんな歩き方があるの?」
「はい。今履いているわたしたちの靴は、特に足跡をつけないための工夫がされていますが、さらに歩き方を変えることで、わたしたちの行く方向を惑わすことができるようになります
前に進もうと足を出すとわずかながら、足を引きずり地面に跡が残されてしまうのです
その直線状に、目的地があるとバレてしまわけです
ですから、なるべく足を上下に動かして、前に進むことです
足を上げてから、前に足を短い距離に突き出します
足が着地する時も足が踏ん張るように置いてしまうと、これもまた跡を残してしまいます
足をあげ、短く足を前に出して、下へと降ろす
これを繰り返すのです」
「跡を残さないためなら草があるところを踏めばいいんじゃないの?」
「草があるところは、踏んではいけません。草を踏めば、草は折れてしまうので、ここを通った証拠として土の跡よりもハッキリと相手に把握されてしまうからです
森に入っても木や花などをなるべく折らないように進まなければいけないのです」
エバーは、ぎこちなく、慣れない歩法を土を狙って繰りかえした。
しかし、慣れていないので、数m進むだけでかなりの時間がかかってしまう。
「こんなことしていたら、追いつかれちゃうわよ!?」
「いいですか、エバーちゃん。彼らは馬車の跡を今は目印として動いています
ですから、軍隊は、馬車の走り去った方角に向かいます
ですが、馬車の動きが不自然なのをきづいて、馬車を捨てたことを彼らは気づくことでしょう」
「え・・・そうなの?」
「はい。追跡のプロがその罠にずっと騙されるわけもありません
そこで彼らは、馬車の速度とその痕跡からどこで馬車を捨てたのかの大まかな検討をして、ここへと辿りつくのです
軍隊が通るので、痕跡を探すのも困難となりますが、それでも痕跡を見つけるのがプロです
つまり、それまでの時間はあるということです
そして、急いで、足跡の痕跡を残して移動すれば、すぐにそこからおいつかれますが、ゆっくりでも、この場所を痕跡を残さず移動できれば、彼らの追跡は、困難を極め、わたしたちに追いつくのは、難しくなるのです」
「ゆっくりでもいいから、痕跡をなくして、歩けということね?」
「そうです。エバーちゃんは、賢いですね」
「こどもに話しかけるように言わないでよ!分かったわよ」
エバーは、必死で、痕跡が残らないように、慎重に教えてもらった歩法を続けた。
数時間経つと、ダフキンの言った通り、軍隊は、馬車の痕跡を追いかけて止まることなく、ふたりを追い抜いていった。
軍隊がみえるほど近づいたのに、まったくこちらには気づいていなかったので、エバーは、ダフキンがいったことは本当だったと納得した。
しかし、軍隊は、もの凄い数だった。たったふたりを追いかけるために、これほどの数を用意するのかと思うほど、精強な兵士たちが、通りすぎていった。
「何なのよ・・・どうしてこんな大勢・・・」
「組織は、秘密を知るものは、生かしておきません
レジスタンスなどによって情報をわざと広げているような国なら放っておくこともしますが、ワグワナ法国では、そのような罠は実行されていませんからね」
「何?言っていることが分からない・・・」
「組織が、秘密を隠したいと思い、秘密を知ったものを手にかけようとすることは理解できますよね?」
「うん・・・実際、わたしたち狙われてるもの・・・」
「ですが、国によっては、組織は、違う方法で、秘密を守るように仕向けているのです」
「違う方法?」
「はい。組織が、わざと秘密を明かすレジスタンスや公にだした組織をたちあげて、あることないことの情報をばら撒くのです」
「意味が分からないわ・・・組織が、自分から秘密をバラすの?」
「はい。あんなこともある。こんなこともあると、あることないこと普段から広げて情報を流すことで、人々は、秘密というものに耐性ができてしまい。また嘘の情報かと真剣に考えないようにコントロールしていくのです」
「エバーちゃんは、真実をエリーちゃんのお父さんに話しましたが、真実のことほど、普通ではないだけに、信じてらえませんでした」
「うん・・・」
「組織は、そのような人の向ける意識やその意識外をありとあらゆる方向から操作して、自分たちの本当の組織の情報を人々の目から遠ざけるようにしているのです」
「裏の裏の裏といった感じ・・・もの凄く頭がいいのね・・・」
「はい。シェラフが信じていた龍王の意思の書簡には、蛇のように狡猾になりなさいという教えがあると言っていました」
「蛇が狡猾なの?」
「どうやら書簡によれば蛇とは、悪魔のことで、悪魔の狡猾さを理解しなければ、それだけ悪魔のような者たちのやりたい放題されて、騙され続けてしまうので、わたしたちも狡猾な手法を学んで、騙されないようにしなさいという教えのようです」
「お母さんがそんなこと言ってたの?」
「はい。シェラフは、とても賢い女性でしたからね
商人としての知識や龍王の意思によっていろいろな策略を見破る能力を持っていたのです」
「そうだったのね・・・」
「エバーちゃん。慣れない歩き方かもしれませんが、行けるところまで、進んでしまいましょう
ここから痕跡を残さずに、遠くに移動できればできるほど、追いつかれる時間を伸ばすことができます
ゆっくりでもいいので、痕跡を残さないことにだけ集中してください」
「うん・・・」
―――
数日すると、一度通り過ぎた軍隊は、またダフキンが言った通り、馬車を乗り捨てた辺りまで引き戻してきているようで、そこから追跡を再度行っていたが、痕跡らしきものが、どうやらさらにフェイクではないのかと疑いはじめていた。
ダフキンは、エバーが慎重に進んでいる間に、違う場所に移動して、わざと痕跡をのこして違う方角に向かっているように仕向けていた。
ダフキンにとって痕跡を残さない歩法は、体に染みついた日常的なものだったので、素早く動くことができるからだ。エバーの安全も確保しながら、フェイクも作っていく。
それをまた追跡者が、見抜きあらゆる方角へと捜索を広げ始めていた。
追跡のプロとダフキンの戦いは、すでに行われていた。
馬車があった時は、安心感があり、旅を楽しめていたところもあったかもしれないが、馬車を無くしてからは、恐怖の連続で、エバーの疲労はピークに達していた。
歩く疲労ももちろんあるが、夜は、いつモンスターに襲われるのか分からない中、過ごす。
そして、場所を教えるわけにもいかないので火を焚くこともできない。昼は昼で、火を焚いてしまえば、のろしをあげるようなものなので、夜でも昼でも火を起こすことができなかった。
数日絶つと鞄に入れておいた食料も底を尽き、火を通さなくても食べられるものを食べるようになったが、エバーには、とてもきつい事だった。
洞窟などをみつけると小さな火ぐらいは使えたが、使えない場合が多く苦労をしていた。洞窟をチェックするのは追跡者も当たり前のようにするので、見つけたとしても何度も使えるものでもなかった。
固定された空間があるのとないのではこれほど違うのかとエバーは思わされた。
日に日に、エバーがやつれていく様子と、追跡者が近くまで来ているのを把握して、ダフキンは、足を止めた。