186章 すべての裏切り
黒い影が、物音をたてずにダフキンの部屋に忍びここんだ。
「どうした?」
「・・・・やはり、お前に気づかれずに近づくことはできないな。新たな命令を受け取った」
「エバーか?」
「そうだ。五老が、あの娘を食べたいということだ。知っている者の家族を食べることを好まれるからな」
「そうか。しかし、エバーがいなくなれば、ワグワナ法国での隠密行動は、難しくなるぞ」
「五老は、新しい家族を用意すると申されていたが、それほど家族という存在がいるのといないのでは違うものなのか?」
「違うな。商いとは、信頼でなりたつものなのだ。そこに家族がいるということは、約束を反故にできないという意味合いが含まれるのだ。人質とされれば、家族は何もできなくなるというように、家族を担保として構える。だが、家族をコロコロと変えるということは、その家族に価値を持たない者だと判断されるわけだ。だからこそ、エバーは、あれでいて役に立っている」
「しかし、あの娘は、しゃべりすぎだ。親友を死へと追いやったというレッテルを貼っているが、あれだけ主張されると聞く耳を持つ人間も出てくるかもしれない」
「そこは、わたしから忠告すれば済むことだ
ワグワナ法国では都合が悪いのなら、他の国で静かにさせマット商会の娘としての役を担ってもらうこともできる」
「なら、始末して、他国に行っているということにすればいいだろう」
「お前は本当に商いということにうといな。商談中であっても家族が客に顔を少しでも出すことに意味がある。他の替え玉でも意味がない。その少しのことで、信頼とは抱かれるものなのだ」
「マット商会の価値は、上の者たちが守ろうとするだけ高いものだということは分かっている。しかし、それでも今回は、五老自ら、俺に指示を下された。これは決定事項だと言うことだ。都合が悪いのなら、どうにか他の方法で考えることだな」
「勝手な言い草だな。ここでエバーを失えば、それだけまたお前たちの仕事が増えることになると言ってるんだ。今まで始末してきた仕事が泡となって消え去り、また繰り返したいのか。マット商会が軌道から外れれば、それだけ労力を消費することになるんだぞ。指示を受けるだけではなく、提案もできるようになれば、俺のように表で任されるようにもなる。歳をとってもその仕事を続けるつもりか?」
「五老は、あの娘を想い笑みを浮かべられていた。今回は、その望みを与えることをそのまま実行させてもらう。お前の忠告は次回試させてもらおう」
「簡単にいってくれるな。マット商会のごだごだの後始末は、俺がすることになる」
「俺の知ったことではない」
―――エバーは、ダフキンから安全確保のために、学院を休学するようにと言われていた。エリーのことを想い心も痛めていた。
エバーが、エリーを自殺においやったという噂が広まっている学院に行きたいとも思えなかった。
小さい頃からの幼馴染だったエリーは、母シェラフのことも知っていた。想いを相談するのは、エリー以外いなかった。
これからどうすればいいのかと考える。
ダフキンからは、他国か、別の都市に移動して、そこで勉学にはげむことも考えてほしいと言われていた。
確かに、本当のことを信じてくれないこの街にいても前向きにはなれないと思った。
ダフキンが、エバーの部屋の扉をノックする。
「エバーちゃん。食事ができましたよ。後、今後どうするかを決めたので、その話をしたいのですが、いいですか?」
エバーは、何も答えず、下を向いたまま頷くだけだ。
前のように、楽しい学院生活を送れなくなったエバーにとって、もうダフキンを貶す気分にもなれない。
こんな親であっても、最後まで信じてくれたのは、父ダフキンだけだったのもある。
ダフキンの後について、食堂へと向かった。
今日は、なぜか人が多い。いつもは見かけない使用人や兵士などが、壁に静かに並んでいた。武器庫にいるヘッド・ポップも立っていた。
マット商会の取締役のベル・フルートもなぜか壁側で並んで立っている。
館にいる皆を全員集めているのだろうか。
30人近くの人が広い食堂に待機していた。
「今日はどうして、こんなに人がいるの?」
「エバーちゃんには、今後のことについても、そして、今までのことについても、すべて話しておこうと思ったのです
食欲はないかもしれませんが、食べながら聞いてください」
いつもよりも、長テーブルには、多くの食事が置かれていた。
使用人が、皿に盛りつけ、ダフキンとエバーの前に静かに用意する。
エバーは、それに手を伸ばし、食べ始めた。
「エバーちゃんは、マット商会が、ここ数年で大きく成長したことを知っていますか?」
「わたしが小さい頃から大きくなっていったことは、分かるわ。この屋敷は、ずっと変わらないけどね」
「そうですか。では、マット商会が、どうして短期間でこれほど成功したのか理由は分かりますか?」
「運がよかっただけじゃないの?」
「0から事業を起こした者なら、ほとんど運の要素が大きくなりますが、確実に商会を大きくする方法というものがあるのです」
「どうしたの?お父さん、そんな話今までしたことないじゃない」
「次の生活に移行することになりますから、少しでも説明しておきたいと思ってるのです
なので、ここにいる使用人たちにも集まってもらいました」
「確実に成功する方法なんてあるの?」
「あるんですよ。人は集団で生活をしていくので、ルールというものを作って営みを広げていきます
そのルールを作る立場のものが後ろ楯となれば、誰でも成功することができるのです」
「ルール・・・」
「例えば、政治家などとマット商会が関係しているのもそのためです」
「あー。そういうことね。ルールを作る政治家たちと繋がりがったからマット商会は、成功したということね」
「それもあります。ですが、わたしがこの街に来た時には、誰一人政治家の知人はいませんでした。わたしの知っていたのは、その政治家たちをさらに裏で動かしていた者たちだったのです」
「裏で動かす・・・?」
「政治家というものたちは、表に出てきているだけで、彼らが国を動かしているのではないのですよ
彼らは裏にいる者たちの指示を聞いて動くだけの操り人形のようなものなのです」
エバーは、考え込んだ。
「お父さんは、どうして、そんな人と知り合いだったの?」
「いい質問ですね
それも説明しますが、話を戻します
小さかったマット商会が大きく変わっていったように、他にも大きく変わったことがあるのです」
「なんだろう・・・」
「それは、ワグワナ法国ですね
マット商会が、この国に作られたと同時期に、多くの政治家たちが、入れ替わりました
それまでは、トリアティ師団国とも獣人たちに対しても、受け入れようとする思想が広まっていたワグワナ法国でした
シェラフが優しかったのも、その思想の持ち主だったからです」
「お母さんは、獣人はいい人がいるって言ってたわ」
「そうですね
ですが、それらの流れが、急激に変わり、今では獣人は、危険生物とされています」
「ワグワナ法国も大きく変わったということね
分かったわ
それで何が言いたいの?」
「マット商会が大きくなることとワグワナ法国が大きく変わったことには、関連性があるということです」
「え・・・全然違うことのように思えるけど、関係があるの?」
「そうです
関係があるのです
わたしを支えてくれている政治家を操れる人物は、その昔、エジプタスによる知識、戦略、知略を手に入れ、世界に影響力を持つようになったのです
彼らは、あらゆる富を手にしていましたが、その富を手に入れる手段の1つとして、戦争があげられるのです」
「戦争がどうして儲かるの?」
「彼らは、世界中にあらゆる武器や武具などを提供していたからです
戦争があれば、人は武具にお金を使います
そして、武具は消費されるものですから、使えば使うほど、武器商人は、儲かるわけです」
「そういうものなのね・・・」
「はい。ですから、彼らは、戦争を多くしてくれる国を優遇するのです」
「そういうことね・・・いいことじゃない気がするけど・・・」
「彼らは、戦争をする国を優遇するということは、逆に戦争に前向きではない国、武具を消費してくれない国は、冷遇するのです
10年前のワグワナ法国は、他種族であっても認め会う思想が広まっていただけに、平和主義を掲げて、戦争をあまりしませんでした
彼らからすれば、邪魔な存在だということです
そして、彼らは、そんなワグワナ法国を滅ぼそうと考えました」
「え・・・国を滅ぼす・・・・?そんなことできるの?」
「はい。彼らの富は、国をも超えているので、国を滅ぼすことさえも可能なのです」
「そんなにすごいの・・・?」
「つまり、マット商会は、彼らの巨大な富の1つの勢力であって、ワグワナ法国に入り込んだ組織だということです」
「そういうこと・・・全然知らなかったわ・・・」
「はい。エバーちゃんには、何も教えていませんし、マット商会でも多くの者たちは、このことを知りませんからね
知らないのは当然のことです
わたしたちの組織が、ワグワナ法国に入り込んで、あらゆる情報を操作し、ワグワナ法国を戦争をする国へと作り変えていったのです」
「何・・・それ・・・戦争は、国と国との喧嘩みたいなものじゃないの?」
「その喧嘩の火種をわざと作り出すのです」
「わざと・・・?」
「はい。国と国が喧嘩するように、仕向けるのです
仲がよかった友達をわざと仲が悪くさせて、喧嘩させるように仕向けるように、それを国レベルで行うのです」
「意味が分からないわ・・・」
「富を生み出すために、喧嘩をするように世の中に災いの種を蒔くということです」
「例えば、どういうことをするの・・・?」
「エリーちゃんの件が起こるまで、エバーちゃんは、学院のみんなと仲がよかったはずです
ですが、目が光る者たちが情報を操作することで、その仲を破壊するように動きました
また、国レベルで言えば、ワグワナ法国は、獣人の国トリアティ師団国と仲が良かったので、わざとワグワナ法国で、獣人が暴れる事件を起こさせたのです
証拠なども獣人がやったものをわざと残して、その痕跡を発見させるのです」
「もしかして・・・わたしがこどもだった頃に起こった獣人が暴れた事件もわざと起こしたってこと!?」
「はい。あれは我々の組織が起こしたのです」
「100人を超えるひとたちが、死んだって聞いたわよ?」
「そうです
組織は、人の命をまるで転がっている小石のように扱うのです」
「ひどい・・・」
「そして、平和主義を実行する政治家たちは、殺され、それに付属して平和を掲げるような者たちも密かに殺されていったのです
戦争を実行する政治家や思想家たちを優遇して、今のようなワグワナ法国にしたのですね
一見、平和主義者の者だと思わせ、実は戦争を誘発する主犯の政治家や思想家ももぐらせて混乱させるのです
民は、平和主義者であっても戦争に賛成したのだからしょうがないのだろうと思い込ませるためです
ガマル・ワ・ルィール・チェクホン殿下も、リビアン・スザージ議員も、本物の平和主義者だったので、殺されたのです」
エバーは驚いた。
自分がエリーと助けようとした王族を殺したのは、マット商会を支える組織だかもしれないと分かったからだ。
つまり・・・
「わたしとエリーが、見た奴らは、その組織の者たちってこと!?」
「その通りです」
食事部屋の扉が開くと、5人が入って来た。
エバーは、震えた。
その5人は、あの時にみた目を光らせる者たちだったからだ。
学院にきた女もいる。
「どういうこと!?お父さん!!」
5人のうちのひとりがエバーに話しかける。
「わたしが、説明しよう
お前が、このように豪勢な食事ができるのも、我々が裏で働いていたからだ
そして、ダフキンも我々の組織のひとりだということだ
だが、お前は、こともあろうかその組織の存在を公にして、邪魔してきた
お前は、愚かになるように育てられ、操作することは簡単だったが、エリーという娘は、教育されていて賢かったので、先に始末させてもらった」
「お・・・おとうさん・・・」
エバーは、驚愕して言葉を失い、泣きながら手を震わせ、ダフキンに助けを求める。
しかし、ダフキンは、まったく態度を変えず話し始める。
「エバーちゃん。トロイ・モクバという老人が、古い工場に、兵士を送り出し、その者たちも全員殺されたと言っていましたね
だけど、工場では誰も殺されていなかったのです
そんな事実はなかったんです
あのトロイ・モクバという老人は、存在していない
確かに、ガマル・ワ・ルィール・チェクホン殿下の使用人の老人はいましたが、彼は近くの川で水死体で発見されていたのです」
!!!
「どういうこと!?」
男は、自分の顔に手を向けるとその顔が変形していった。その顔は、あのトロイ・モクバという老人のものだった。
「きゃーっ!!」
エバーは、悲鳴をあげた。
トロイ・モクバの顔のまま男が話す。
「使用人からは、拷問して情報を得た。その情報をもとにして、お前たちふたりに近づき、他言しないように促した
エリーという賢い娘を自殺したとみせかけるためにも、それらは家族には内緒にしてもらいたかったからな
そして、お前は、エリーを自殺へと追いやった負い目を背負って、自殺することになる」
エバーは、声を出せずに、震えがある。
顔を振ることしかできない。
「組織のあるお方は、若い女性の肉を生きたまま食べるのが好きなんだ
数日後の食卓には、お前が並べられる」
恐怖のあまり、何を言われているのか分からない・・・
「お前の母も、平和主義者だった。そして、レジスタンスとして活動をしていたために、殺されるはずだったが、ダフキンが、マット商会で使えるとして、主張し、承認されたので生かしていたのだ」
「お・・・お父さん・・・本当!?」
「本当のことです・・・」
「だが、お前の母は、助けられたにも拘わらず、その思想を捨てることをしなかった
だから、ダフキンの手によって殺されたのだ」
「お・・・お母さんは、盗賊に襲われて、死んだのよ?ねーお父さんそうでしょ?」
ダフキンは、目を下にして、無言のままだった。
「うそ・・・うそよ・・・お父さんが、お母さんを殺したの?」
男は、エバーに追い打ちをかけるように、笑いながら伝える。
「そして、次に殺されるのは、お前だ。エバー。あの世でエリーに会えるぞ」
「お・・・お父さん・・・ヘッドさん助けて!!ベルさん!!」
ヘッド・ポップやベル・フルートに助けを求めるが、ふたりは、立ちつくすだけだ。
「お前の母を直接、殺したのは、ヘッドの父だ。そして、エリーを殺したのは、お前の父ダフキンなんだよ。彼がお前を助けることはない
ベル・フルートも組織の者で、幼い頃からお前と関わりを持っていたが、それは組織のためにお前を利用するためだ
お前のことは何とも思っていない
もちろん、ダフキンもな」
エバーは、衝撃的なことを聞かされたからか、目の前がぐらぐらと揺らぎ始めた。
なんだか、体の調子がおかしくなる。
体を揺らしながら、テーブルに座ったまま前のべりになって倒れた。
横目でダフキンの顔をみながら、意識が遠ざかっていく。
「食事に盛らせてもらった。目をさめたら、お前は、食べてもらえるから安心して気を失えばいい―――」
毒味を管理していた父に毒を盛られるなんて・・・今までのわたしの人生って何だったの・・・
眠るように、意識が遠ざかっていった・・・