184章 罠
エバーとエリーは、赤目だった女と出会いとても動揺していたが、なんとか、その日をいつものように振舞い終わらせて、紅茶を飲みに、店の中に入っていった。
護衛の冒険者には、こっそり、警戒を強めるようにと伝えた。
ふたりは、自分たちのテーブルだけ聞こえるだけの小声で、話し合う。
「お父さんたちに言うのね?エリー」
「昼は、誤魔化せたといったけど、本当のところは分からないわ・・・わたしたちのことは、バレていると思って考えたほうがいいと思う・・・」
「そうね・・・でも、親に言ってもどうにもならないんじゃないの?」
「分からない。それでも、大人に助けてもらうしかないわ。どうしたらいいのか、分からない。今からでも襲われるかもしれない・・・」
ふたりが話していると、隣のテーブルに、みかけない小柄な老人が座った。
その老人は、ふたりに目をあわせずに、誰もいない前を向いて、小声で、話しかけてきた。
「おふたりは、中央学院のエバーさんとエリーさんですね」
突然、話しかけられて、エバーは、ビクっと肩を揺らす。
「安心してください。わたしは、ガマル・ワ・ルィール・チェクホン殿下の執事をしていたトロイ・モクバという者です。上質紙の紙とみかけた学院の制服から、見つけ出しました。あなたたちが心配で、こうして声をかけにきました。わたしのほうには、顔を向けずに、このまま他人のふりをして、話を聞いていてください」
「はい・・・」
「知っておられるのかは分かりませんが、ガマル・ワ・ルィール・チェクホン殿下は、亡くなられました。あなた方の警告通り、屋敷を襲われたのです。閣下は、生前、大変あなたがたに感謝をされていました。危険なのを承知で、警告をしてくれたとして、あなたがたを探すようにとわたしに言いつけられたのです。ですが、閣下は亡くなられたので、あなたがたが心配で、様子をみにきたのです」
エリーは、質問した。
「ガマル・ワ・ルィール・チェクホン様は、あの手紙を信じてくださっていたのですか?」
「はい。わざわざ上質紙で教えるなど、イタズラとは考えられないとあの内容を信じて、警護をいつもの2倍にして、対処しておられました」
「警備を厳重にしても、助からなかったのですか!?」
「残念ながら、相手は常軌を逸していました・・・」
「トロイさん・・・もうわたしたちも、彼らにバレてしまったようなんです・・・」
「なんと!!それは本当ですか!?」
「はい・・・学院に例の目が赤く光る女がやってきて、わたしたちに探りをいれにきたのです。今日の昼のことです・・・わたしたち、どうしようかと悩んでて・・・」
「ふぅ・・・もうバレているとは・・・」
「わたしたちふたりじゃ。どうしようもないので、親に相談しようと思っているんです・・・」
「そうですね・・・」
トロイ・モクバは、目をつぶって考える。
「その女は、わざわざ顔をみせに来たのですか?あなたがたを攫わずに?突然、目の前に現れたのですか?」
「学院長に面会を求めて、学院長室で会いました」
「学院長室?」
「はい・・・その女とは知らずに突然の訪問だったので、学院長室にいったのですが、女の顔をみて、わたしたちも動揺してしまって・・・」
「それは、脅しではないですか?」
「脅し?どういうことですか?」
「わざわざ学院長に顔をさらすなんてことをすることがおかしいのです。あなたがたを脅すために、わざと顔をみせたのかもしれませんよ」
「意味が分からないです・・・」
「あなた方の手紙に、書かれた古い工場に数人の冒険者をつれて向かわせたのですが、その冒険者たちもすべて工場で、殺されていました
ガマル・ワ・ルィール・チェクホン殿下のお屋敷も、まるで争う形跡すらなく、全員殺されていたのです。相手は、かなりの能力の持ち主だということです
冒険者でさえも、簡単に倒せるような者たちですから、あなたがたを狙おうと思えば簡単のはずです。何の痕跡もなくできるはずなのに、わざわざ顔をみせにきたということは、黙っていろという警告なのかもしれません」
エリーは、納得して答える。
「確かに・・・そうですね・・・ですが、それでも黙っていては、わたしたちも狙われるだけでしょ?」
「逆かもしれませんよ。誰にも話さなければ殺さない。だが、話せば、家族もろともという脅しのつもりで、顔をわざわざみせたのではないですか?」
「そういうことですか・・・そう言われてみれば、そうかもしれません・・・あの女は、笑っていました。わたしたちが動揺しているのをみながら、笑ってたんです・・・」
「あなたがたは、こどもだから、何もできないと思って命だけは取らないつもりなのかもしれません。お二人のご両親に言えば、ご家族の命まで危険になるかもしれませんね・・・」
「そういうことだったのですね・・・トロイさんに教えらもらわなければ、親に伝えていたかもしれません・・・エバー・・・やっぱり、誰にも言わないほうがいいわ。わたしたちは、何も知らないということにしましょう」
「うん・・・わたしも、それがいいと思う・・・殿下は、警備を増やしたのに、それでも駄目だったのなら、親に話してもどうにもならいと思うわ」
「うん・・・」
「お二人には、悪いですが、あなたがたと会うのは、これで最後となると思います。わたしも命を狙われていると思われるので、身を隠すこととしました。あなたがたにガマル・ワ・ルィール・チェクホン殿下からのお礼と身を案じて、一度だけ話しかけてみたのですが、どうかお気をつけてください。何もできなくて、申し訳ありません・・・」
「そんなことありません!トロイさんのおかげで、わたしたちは、正しいことを選択できます。本当に助かりました」
「心苦しいですが、わたしは、この国を出ますので、どうかご無事で。失礼します」
トロイ・モクバ老人は、最後まで、目をあわせることなく、2つのテーブルに、お金を置いて、そのまま出て行った。
「よかった・・・お父さんに言うところだったわ・・・」
「うん・・・わたしもアイツに言っても意味がないとは思ってたのよ・・・何も解決できないって・・・言わなくて正解だとわたしも思う・・・」
ふたりは、解決策をみつけたと考え、胸を撫でおろした。
トロイ・モクバは、馬車に乗り、そのまま走り去った。その目は、緑色に光った。
エバーとエリーも、店を出て、気を付けながら、ふたりで帰ることにした。
エリーは、足を止めて、エバーを抱きしめた。
「ど・・・どうしたの!?エリー」
エリーは、小刻みに震えていた。
「ごめんなさい。エバー。ちょっとした遊びのつもりで誘ったのに、こんなことに巻き込んでしまって・・・本当にごめんなさい・・・」
「何を言ってるのよ。エリーが悪いわけじゃないわ。悪いのはあいつらよ。わたしたちは、何も悪い事してないでしょ」
「そういってくれて嬉しいわ・・・大好きよ。エバー。わたしたちは、ずっと親友よ」
エリーは、ギュっとエバーを抱きしめた。涙を流しているのだろうと思い。エバーは、抱きしめながら、背中を擦った。
エバーも、エリーの涙につられたのか、自然と涙がこぼれた。
エリーは、一緒に泣いてくれるエバーに涙を流しながらも愛情をもって笑顔をみせた。
―――エバーは、精神的にもクタクタになって家に帰った。その道中も、エリーのマカイバイワー家に依頼された冒険者が少し離れながらも護衛の任を続けてくれていた。
顔色がすぐれないエバーをみて、ダスキンは、心配になった。
「エバーちゃん。やっぱり、何かあったのでしょう。わたしに話てくれませんか?」
エバーは、本当はすべて言いたかったが、伝えたとしても何の解決にもならず、むしろ危険になると思い無言になる。
「・・・」
「夜、うなされていた時に、言っていた。リビアン・スザージ議員のことを調べましたが、エバーちゃんが言っていた通り、失踪して、いまも行方が分かっていないということです
何かこのことに関わっているのですか?」
「うるさいなー!!少し他人から聞いただけよ」
「少し聞いただけで、夜うなされるとは思えないのですが・・・」
「・・・。その時に聞いた話が怖かったから、うなされたんだと思う・・・でも、それだけよ
だから、気にしなくていいから!もうほっといてッ!」
エバーはそのまま部屋に走り込んでいこうとしたのを呼び止める。
「エバーちゃん。夕食の食事は、もう準備してあります。誰にも手を付けないように、それまでに食べてください。他の者が触ったものは、食べてはいけません。わたしはこれから、出かけなければいけないので、館を空けてしまいますが、テンドウなども待機してもらっていますから、安心してください」
エバーは、何も応えず、部屋へと向かった。
お母さん・・・わたし怖いわ・・・いつあいつらが来るのか分からない・・・どうかわたしを守って。神様どうかわたしをお守りください。
両手をあわせて、エバーは必至で祈った。
祈ることで少し冷静になったら、何か対策をしなければという思考になった。
マット商会は、ワグワナ法国の中でも指折りの大きさだっただけに、襲われた時のことを考えて、武器庫というものが、地下に備えられていた。
エバーは、一度も武器を持ったことがなかったが、今度ばかりは何があるのか分からないので、食事を食べたあと、武器庫にいってみることにした。
警備の兵士が少し驚いた顔で話しかける。
「エバーお嬢様、どうされたのですか?武器庫に来られるなんて、はじめてですね」
「うん・・・えと・・・お父さんが、今いないのよ。行かないといけないところがあるっていうから・・・」
「はい。伺っております。警備のほうは、いつもよりも厳重にするようにと会長から言われていますのでご安心ください」
「そう・・・わたし、ある噂を聞いて、今ちょっと臆病になってるのよ。だから、わたしにも使えるような武器か何かを部屋に持っていきたいんだけどいいかしら?」
「噂ですか?」
「お父さんにも少し話したんだけど、ある政治家が失踪してるみたいな話を聞いたの。それで夜もうなされて・・・」
「そうでしたか・・・しかし、普段から武器を扱わない方が、武器を持つのは危険です。エバーお嬢様が与えた武器で少しでも怪我をなされたら、わたしの責任になってしまいます。どうかわたしたちにお任せください」
「今日だけでいいの。お願い・・・お父さんもいないし、武器のことは、必ず、お父さんに言っておくから」
「そうですか・・・分かりました」
「わたし、武器を触ったことがないの。教えてくださいますか?」
「そうですねー。エバーお嬢様だとこのレイピアという武器がいいかもしれません」
「レイピアですか。確かに軽そうで、わたしでも、扱えるかもしれませんね」
「軽くて威力がないかのように思われますが、これはこれでかなりの武器です。相手の鎧がガチガチに装備されていたとしても、その隙間を狙って剣の刃が入り込めるのです。むしろ、手軽なだけにかなり危険な武器だとお考え下さい」
「分かりました。他に何かありませんか?」
「そうですね。逃げる時などに使えそうなのが、撒きびしです」
兵士は、小さいトゲトゲのボールのようなものを袋から出した。
「撒きびし・・・ですか・・・どういう風に使うのですか?」
「鎧を着ている者であっても、重量を減らすために、実は足の裏は、皮製のものを使っているものなのです。ですから、地面にこの撒きびしをまいて、相手に踏ませ、足の裏を攻撃させるのですね。黒色なのは、夜中にまくことで効果をあげるためです」
「それ使えるわね・・・いくつぐらいありますか?」
「沢山ありますよ。安心できるだけ持って行ってください。ですが、トゲがありますから、手を怪我しないように気を付けてください。もちろん、踏んで怪我をしないようにお願いします」
「はい。あと、部屋の窓を覆えるような板みたいなものとかありませんか?」
「板や鉄板などもありますが、たぶん必要ありません」
「どうしてですか?」
「これは、屋敷の者たち以外は知らないことですが、実は、この屋敷の窓や扉、壁などは、特注品で、例え、投石機の石を投げられたとしても、何度も耐えるように設計されているのです」
「そうだったんですか!?驚きました・・・」
「やっぱり知らなかったのですね。ダフキンさまの用心深さは、並みではありませんよ。お嬢様
王族や貴族であっても知らない他国の技術などもふんだんに使われて設計されていますから、この館に侵入したものは、逆に捕まえられてしまうでしょうね」
「そうだったのね・・・。でも、道具があっても人が強くなければ、歯が立たないでしょ」
「お嬢様。この屋敷の警備をしている者たちは、実は、ほとんどがAランクの力を持っているのですよ」
「え・・・そうなの?」
「はい。ワグワナ法国には、Aランクの者は、ほとんどいません。わたしもそうですが、他国から高いお金で雇われて、ここに従事しているのです」
「知らなかった・・・」
「ですから、ワグワナ法国の王族の護衛よりも、ダフキン様を守る護衛のほうが、数倍も能力が高いのです」
「人間で、Aランクなんて人もいるのね・・・」
「まぁ・・・そう・・・ですね。いるものなんでしょうね・・・」
兵士が、何か戸惑う仕草をしていた。
「もしかして・・・人じゃないとか?」
「あ・・・はい・・・わたしたちは、獣人やモンスターの集まりです。人間に変装しているだけですね。ですから、外には、あまり出ないようにしてるんですよ」
兵士は、兜を脱ぐと、髪の毛の奥から獣のような耳がぴょこんと出てきた。
「内緒ですよ。ワグワナ法国に知られれば、大ごとですからね」
「そうなのね・・・よかったぁ」
「え?よかった?」
「だって、人間がそんなに強いとは思えないもの・・・人間じゃない方が、護衛をしてくれるなんて、とても安心できるわ」
「まさかそんなことを言ってくださるとは・・・ありがとうございます。エバーお嬢様・・・まるで、優しかったシェラフ様のようです」
「え・・・あなたお母様を知ってるの?」
「わたしがかなり若かった頃に、何度かお会いしたことがあります。シェラフ様は、人間以外のものにも、分け隔てなく接してくださいました。わたしの父も、シェラフ様を守るために命を使いました」
「もしかして、あなたのお父さんって、ダスターさん?」
「知っておられましたか。そうです。ダスター・モップは、わたしの父です。そして、わたしが、ヘッド・モップと言います」
「お父様には、何と言えばいいのか・・・お母様を守ってくださりありがとうございます」
「それがわたしたちの仕事です。マット家を守ることが、モップ家の使命のようなものですから」
「ヘッドさんのような強そうな方がいてくださると分かって、とても安心しました」
「お嬢様。鎖帷子などもありますから、それを装着しておけば、守りの面では、かなりの強化になりますよ」
「鎖帷子ですか・・・」
「これです」
ヘッドは、真っ白で綺麗な鎖帷子を持って来てくれた。
エバーはそれを手にして驚く。
「え!もの凄く軽い!」
「はい。それはミスリルという特殊なもので作られた鎖帷子です。かなりの一級品の品で、軽いだけではなく、強度もあり、鉄の剣などでは貫くことさえできません」
「そんなものまであるのね・・・」
「ダフキン様は、エバーお嬢様をとても愛されておられます。こういったことに、触れてほしくないとお考えなのですよ」
「本当に何も教えてくれないのよ・・・友達のエリーのお父さんは、エリーに沢山のことを教えてくれるのに、あの人は、わたしには何も教えない・・・」
「それはエバー様を守るためだとは思えませんか?」
「わたしには、そうは思えません・・・でも、ヘッドさんと話ができて、よかったです。あと、この鎖帷子は、もう1つありませんか?」
「サイズが大きくなってしまいますが、予備がありますよ。ですが、これをどうするのですか?」
「2つあれば、安心かなと思って・・・それだけです」
エリーのために、エバーは、鎖帷子をもう一つ手に持って、戻ることにした。
「この武器、持って行かせてもらいますね。お父さんには、ちゃんと言っておきます」
エバーは、武具を持って、部屋へと戻った。
そして、鎖帷子をしっかりとつけて、確認する。
エバーは、窓を素手で叩いてみた。
ゴンゴンッ
「確かに、頑丈そうだわ」
次に、部屋のまわりに、撒きびしをまいて、自分だけが通れるルートを確保した。
鞘からレイピアを抜いて、試しに振ってみた。
はじめて武器を振ったが、エバーでもなんとか振ることができた。しかし、その振り方は、ぎこちない。
鞘にいれて、レイピアに抱き付くようにベッドの中に入って、眠った。