183章 嗚咽
何が、20人だ。その倍はいるじゃないか。
ダフキンは、ガマル・ワ・ルィール・チェクホンの屋敷の警備の多さに溜め息をつく。
真夜中の暗闇の中を黒い影が、忍び寄る。
警護にあたっている者たちが、外回りから徐々に、倒されていった。
気づいた時には、すでに後ろから首を斬られている。
警備は、手紙のこともあり、いつにも増して慎重に仕事をこなしていたが、それでも黒い影が近づくことに気づくことができない。
黒い影は、次々と倒していくが、倒れる音さえもさせず、静かに事を運んでいく。
屋敷内には、多くのランプの火が灯されていたが、護衛が倒れた後には消されていき、屋敷が暗闇に包まれていく。
すでに外の警備は、亡き者となっていた。
気配察知のスキルを要する者でさえも、気づかないほど、完璧な隠密スキルを影は持っていた。
屋敷内で首を斬られながら、見えるのは、青く光る目だけだった。
ガマル・ワ・ルィール・チェクホンの部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「こんな夜中に、何だ・・・?」
ガマルは、ランプに火をつけて、眠たそうな目をこすりながら、部屋に目をこらす。
黒い姿の青色に目が光る男が立っていることに驚く。
「な・・・何だ!お前は!」
黒い者は、被り物を脱ぎ捨てた。顔は黒いペイントが塗られている。
「お前は!ダフキンか!?どうして、お前がここにいる?」
「陛下。シンの使いとして御迎えに伺いました」
「まさか。お主が、シンと繋がっていたとは・・・。確かに、マット商会のここ数年の飛躍は、いきすぎだったか・・・」
ガマル・ワ・ルィール・チェクホンは、笑う。
「はっはっはっは。我ながら呆れるよ。そうとも知らずに、マット商会を後押ししていたとはな」
「陛下には、ご恩があります。あなたのような王族が、国の支えとなっていただけることを願っていました。ですが、シンからすれば、トリアティ師団国への侵攻を邪魔されることは、容認できないということです」
「戦争をして喜ぶのは、バカな王族と武器商人だと決まっておるが、そやつらよりもお主らシンのほうが喜んでおるのだろうな」
「古来より、武器を売りさばいて栄えてきたシンですから、閣下の仰る通りでしょう」
「武器を売りさばいてきた?シンとは、どれほどの規模なのだ?」
「正直、わたしもシンについて詳しいわけではありません。わたしはシンの中にあるただ1つのコマにしかすぎないのです。ですが、世界中にシンは広がっていると思われます。わたしはワグワナ法国に遣わされているということです」
「マット商会を担うお主ですら、分からぬと・・・。それほどの規模だというのか・・・」
「シンは、戦争をしてくれる国であれば、どこにでもその手を伸ばしていることでしょう。そして、閣下は、それを邪魔したとみなされたと思われます」
「人の想いを踏みにじる悪鬼羅刹のごとしだな」
「おっしゃる通りです・・・閣下」
「ダフキン。最後に色々と話をしてくれたことには感謝する。だが、最後になるのは、お前のほうだ。出てこい。お前たち!!」
ガマル・ワ・ルィール・チェクホンは、壁の方をみて叫ぶが何の変化もない。
「出てこい!」
「残念ですが、壁の中にいた獣たちは、さきほど処分いたしました。閣下」
「なにぃ!!お・・・お前、あいつらを物音も立てずに殺したというのか?」
「そのように訓練されて育てられたのです」
「お主がそこまでの手練れだったとは・・・警備の者たちは、どうした?」
「すでに旅立たれています」
「そうか・・・無念・・・だがな。いつの日か、お前たちシンは、滅ぶこととなる。悪の栄えた試し無し、いかに影に隠れたとしてもそれは時間の問題だ」
「わたしも、そのようになることを望んでおります。閣下」
「あい分かった。やってくれ」
ガマル・ワ・ルィール・チェクホンは、ランプの火を消して、ベッドの上に座りながら、目を静かに閉じた。
その瞬間、首が斬り落とされた。あまりの速さに、その表情は、苦しむ様子もなかった。
―――
「エバー・・・ガマル・ワ・ルィール・チェクホン殿下は、殺されたそうよ・・・」
「えぇ!どうして?!」
「わたしたちの手紙を信じてもらえなかったのかもしれないわね・・・」
「話にいかないと駄目だったってこと?」
「そんなこと出来るわけないじゃない。わたしたちは、やれることはやったのよ。それを信じなかった殿下がいけないのよ」
「うん・・・そうね・・・」
「これでもう、忘れましょう。もうわたしたちの手に負えるようなことじゃないわ」
「我がまま言ってごめんね。エリー」
「我がままじゃないよ。誰かを助けたいと思うのは、当たり前のことでしょ」
「エリーさん。エバーさん。首都警備責任者の方が、あなたたちふたりに話を聞きたいと来校されています。すぐに行きなさい」
学院の先生が、ふたりに声をかけた。
エリーは、すぐ焦りながら質問して返す。
「首都警備の方ですか?!どうしてそんな方が、わたしたちに話を聞きたいのです?先生教えてください!」
「どうしたんですか?エリーさん。落ち着きなさい。少し話を聞きたいだけだということですよ」
「その話の内容とは何なんですか!?」
「すみません。わたしは詳しくは聞いていません。学院長から、ふたりに来てもらうようにという指示しか聞いていませんので・・・何かあったのですか?」
「いえ・・・分かりました・・・」
エリーの取り乱し方をみて、エバーも不安な顔になる。
ふたりは両腕を絡ませながら、学院長室へと足を運ぶ。
「わたしたちのことがバレたの?エリー」
「分からないわ・・・首都警備なんて関わったことないもの・・・もしかしたら、ガマル・ワ・ルィール・チェクホン殿下の警備の人にわたしたちのこと見られたのかもしれないわ」
「どうしよう・・・エリー・・・」
「何も知らないっていうしかないわ。勘違いだって言い続ければいい。何も答えなくてもいいわ。エバー」
「うん・・・」
ふたりは、深呼吸して、顔をみあわせて、一緒に学院長室のドアを叩いて、開けた。
学院長は、万遍の笑みで、ふたりを迎え入れる。
「ふたりが来ました。このふたりはとても優等生なのですよ」
「そうですか。わたしもお礼が言いたくてやっと探し当てたのです」
学院長と話している声は、女性のものだった。学院長と向かい合わせに座っているので、後ろ姿しかみえない。
「あの・・・ふたりで来るようにと言われて来ました」
「はいはい。ふたりとも、よく来てくれたね。君たちにお礼がいいたいと来てくれたのですよ。ふたりも座りなさい」
ふたりは、どういうことなのか分からず、席に座って、その女性の顔をみた。
『!!!!!!』
ふたりは、顔が青ざめた。あの女だ!今は目は光っていないが、あの時赤目が光っていた女・・・間違いない・・・
ふたりは、あからさまに動揺して、声も出せない。
恐怖の声を上げなかっただけ頑張っていた。
女は、優しい笑顔で、ふたりを見つめる。
「首都警備の責任者をしているレイナ・ウルセウスと言います。お二人には、お礼を一言いいたくて、来たのです」
ふたりは、平静を装うとするが、声を出すことが出来ない。
それをみて学院長が気を聞かせるように受け答えをする。
「何のお礼のことなのか、ふたりに話していただいてもよろしいでしょうか?」
女は大人びた優しそうな声で説明をしはじめる。
「はい。そうですね。数日前、首都にブタのプリシオーネが、走り回り、住民に迷惑をかけていたのですが、お二人が、場所を教えてくださったことで、すぐに解決できたので、そのお礼にと来たのです。その時に落とされたこのブローチもお返ししたいと思い持ってきました。どうぞ」
エバーは、あの時にもらったブローチをみせられ、手を伸ばそうとしたが、それをエリーが横から腕をエバーに伸ばして止めた。
「何の話なのか、まったく分かりません!そんなブローチみたこともありません。エバーもそんなブローチつけたことないよね?」
ハッとして、エバーもすぐに頷く。
「みたことない!それはわたしのではありません」
そのふたりの返事に、学院長が暗い顔になる。
「えーっと、エバーさんとエリーさんは、ブタのプリシオーネのことも知らないのですか?」
すぐに、エリーが答える。
「ブタなんて知りません。何のことなのかさっぱりです」
「レイナさん。申し訳ないですが、人違いだったようですね。このふたりは、とても優等生なので、そういうこともあるかと思ったのですが、ふたりが言うのですから、間違いないでしょう」
女は、優しい目で、微笑む。
「本当に、あたたたちのブローチではないのですね?」
「はい。知りません」
「わたしも知りません」
「プリシオーネの飼い主は、女の子ふたりに、銅貨5枚とブローチを渡したと言っておられました。その方は、ハッキリとその少女たちのことを覚えていると言っておられました」
ふたりの顔は、さらに青ざめた。
「ですが、ご本人が、違うというのですから、違ったようですね。お時間を取らせて申し訳ありませんでした。他の学院の生徒を当たってみたいと思います」
「いえいえ、こちらこそ、お役に立てなくて、申し訳ありません」
学院長は、気さくに女と握手をして、場を和ませる。
「ふたりは、すぐに授業に戻りなさい。ありがとうね」
「はい。失礼します」
ヨロつきながら、立ちあがって、すぐに部屋から出て行くと、エバーは、手で口を塞いで、廊下を走って裏庭に向かう。
何事かと驚きながら、エリーも、それを追いかけた。
「うぇ・・・おぇ・・・・うぇ・・・・」
あまりの恐怖に、嗚咽を出すエバーをエリーは心配する。
エバーは、工場で死んだ男が塵のように殺されたように、自分も殺されるのではないかと思いだしては体の芯から震えた。
「大丈夫よ。エバー。バレてないわ。誤魔化せたわよ。大丈夫よ」
「はぁ・・・・はぁ・・・おぇ・・・」
エリーは、背中をさすりながら、誰かみていないか警戒して、辺りを見渡す。
「はぁ・・・はぁ・・・本当に、誤魔化せたかな・・・?」
「正直・・・分からないわ・・・」
「どうしよう・・・エリー・・・絶対あの女よ。目は赤くなかったけど、あの人よ」
「うん・・・お父さんたちに言うしかないわ。助けてもらいましょう・・・」
「でも、エリー・・・王族の人でさえ助からなかったのよ?あれだけ警備員がいたのに・・・お父さんたちにいって何かできると思うの?」
「・・・。でも、言うしかないじゃない・・・とにかく、今は普通に振舞いましょう。話してる場合じゃないわ。いつものように、振舞うの。出来る?」
「ごめんなさい。エリー。分かったわ。やってみる」
「学院が終わったらいつものように紅茶を飲みに行くのよ。そこで今後のことを話し合いましょう。辛いだろうけど、授業に戻るのよ」
「うん・・・」