182章 負い目
黒い影が、エバーを追いかける。エバーは、後ろにあとずさりするが、恐怖のあまり体がいうことを利かない。
「お前には、死んでもらおう」
黒い影は、人とは思えないほど長く腕を伸ばし、エバーへと近づける。
「きゃーーーー!!」
「エバーちゃん―――」
エバーは目を覚ました。
「エバーちゃん。大丈夫ですか?」
隣で座っているダフキンの顔をみる。
「お父・・・さん・・・?どうしてわたしの部屋にいるのよ」
「ひどくうなされていると使用人から報を受けたからです。怖い夢でもみてしまったのでしょう」
「ちょっとだけ変な夢をみただけよ!ほっといてよ!」
「エバーちゃん。何かあったのですか?」
「・・・」
「悩みがあれば、わたしには伝えてください」
嫌な夢をみて、気分が最悪のままエバーは口を開いた。
「リビアン・スザージ議員・・・っていう政治家の人がいるの・・・?その人が、失踪したって・・・本当?」
ダフキンは、驚いた顔をする。
「・・・失踪したのかは分かりませんが、確かにリビアン・スザージ議員という政治家はいますね。話をしたことはありませんが、見た事はありますよ」
やっぱり、あの話は、本当のことだったんだ・・・殺された・・・?
「それは誰から聞いたのですか?」
「誰でもいいでしょっ!」
エバーは、布団にくるまり顔を隠す。
「西区の知らない人がいってたのよ!」
「西区・・・?西区に何をしにいったのですか?」
「学院が終わった後に、エリーとパスを食べに行っただけよ」
「そうですか・・・世の中には、悪魔だと思えるような者たちがいるのです。あまり女性だけで出回ることはしないでくださいね」
「・・・」
「悩み事があれば、何でも言ってください。わたしは、エバーちゃんが幸せになるためなら何でもします。ですが、危険なことなどはしないでください。もし何かあったとしても、わたしの命を差し出してでも、あなたを守りますから」
「お母さんを守れなかったのは、あんたでしょ!きもいって言ってるだろう!もういい!あっちへいけよ!」
ダフキンは、悲しそうな顔をして、肩を落とし、部屋をゆっくりと出て行った。
―――青い目をした男が、ダフキン・マットの敷地に忍び込み、ダフキンの部屋の窓をコンコンと小さな音をたてる。
ダフキンは、窓を開けると男がスっと部屋の中に入った。
「新大共和ケーシスへの侵入結果を報告しろ」
「マット商会の者が信用を得て、入り込んだが、商談という商談には、まだ至ってはいない。今後、どのように信頼を得ていくのかにかかっているだろう」
「あれは、どのような国になっているのだ?」
「龍王の意思、一神教を信仰するクリスチャンという者たちを中心にして、国を動かしているようだ。新大共和ケーシスの品物は、国外に出してはならないという厳しい法が取られている。貨幣システムがないだけに、商によって深く入り込むのは困難だ。また、部下が転移石を使い現れたその瞬間さえも把握していたことから、至るところに目があると考えられる」
「そこまでガードが堅いのか・・・・」
「ああ。なぜそのような知識があるのか謎だが、相当考えられているぞ。エジプタスの片りんをみせるかのようだ」
「エジプタスの・・・・!?」
「いや・・・・クリスチャンという体系を打ち出していることから言えば、それ以上かもしれん」
「エジプタス以上だと?!」
「ボルフ王国でもシンは、追い返されたらしいじゃないか。情報以上だと踏んで事にあたったほうが無難だろう」
「追い返されたわけではない。ボルフ王国を消すために利用したまでだ」
「ふん。マーレ・ソーシャスも死んだということだがな」
「地方にまわされるだけの小物が死のうが、シンには、何の痛みもない。それはお前だって同じだ。ダフキン・マット」
「組織を持たないお前は、わたし以上に使い捨てだろう」
青い目の男は少し不機嫌な顔をみせる。
「ポアが発動された。ガマル・ワ・ルィール・チェクホン」
ダスキンは、男を睨みつける。
「何を言っているマット商会を幅広く運営することに従事している俺がなぜ多重依頼をしなければらない」
「上からの命令だ。ガマル・ワ・ルィール・チェクホンは、20人ほどの指折りの者たちに警備をさせている。争う形跡すらも残さず実行できるのは、この地区ではお前だけだということだ」
「五老に直接、ポア依頼の請負不可を申し渡されているわたしに、それでも行えというのか」
「知らん。俺は上からの指示を伝えているだけだ。三つ日をまたぐまでに行え」
「ふん。三とはな。命令を出した奴は慎重なのか、そうでないのか分からないな」
青い目の男は、そのまま窓から消え去った。
ひさしぶりのポアに、情報を集めるコマもなく三日で行えということか・・・
ダフキンの目は、深く闇へと入り込むかのように、青く光りはじめた。
―――エバーは、想い悩んでいた。
何もせずに黙っていることは、殺人と同じなのではないかと考える。
「エバー。ねー。エバーってば」
学院の教室から外をぼーっとみていたエバーは、声をかけられていたことに気づいて、エリーの顔をみる。
「大丈夫?エバー」
「あ。うん・・・大丈夫。ごめんなさい。ちょっと考え事」
エバーは、笑顔をみせるが、目は悲しげに見える。
「お父さんに言って護衛をつけてもらうことにしたわ」
「え!?話したの?」
「町をエバーと歩いていたら、知らない若い男に脅されたと話したのよ。それでわたしとエバーに護衛をつけてもらうことにしたわ」
「わたしにも?」
「もちろんよ。エバー。ほら、外みて。男の人がふたり立ってるでしょ。あのうちのひとりが、エバーの護衛の冒険者よ」
「ありがとう。エリー・・・」
「うん。一応、ダフキンさんには、内緒にしておいてってお父さんには言っておいたけど、それでよかった?」
「あ・・・うん。そうね。わたし何も話してないし・・・それがいいわね」
「あの人たちB級クラスの冒険者なのよ。だから、もう大丈夫よ」
「うん。そうね。エリー・・・。でも・・・」
「でも?」
「・・・」
エリーは、浮かない雰囲気のエバーの腕を取って、教室から出て、誰もいない場所に連れて行った。
「どうしたの?エバー」
「本当に何も報告しなくてもいいのかな・・・わたしたちが、教えてあげれば、助かるかもしれないでしょ・・・」
「そうかもしれないけど・・・あの連中は、何だかわからないけど、異常よ・・・見た事もないような目をしてた・・・暗い闇の中に引きずり込まれるような目・・・あれには関わらないほうがいいと思うわ
わたしたちも消し飛ばされたらどうするのよ・・・」
「うん・・・。でも、お母さんだったら、どうしたかなって思うと・・・」
「そう・・・そこまで悩んでるのね・・・でも、直接、ガマル・ワ・ルィール・チェクホン殿下に話を伝えることは、絶対だめよ」
「話をせずにどうやって伝えるっていうの?」
「そうね・・・例えば、紙に書いて、敷地内に放り投げるとかね」
「それいいじゃない!やりましょう。何もしないよりはいいわよ。エリー」
「うーん・・・。でも、そうすると護衛の人たちが邪魔ね・・・護衛に気づかれずに投げ入れるなら、学院が終わっていない今から抜け出して、紙を捨てていくしかないかも。授業をさぼって外にでるとは護衛の人も考えないと思う」
「そうしましょう。エリー」
「分かったわ」
ふたりは、紙に詳しく命を狙っている相手の容姿などを書き、古い工場に秘密裏に集まっていることも書き留め、学院の裏から抜け出して、ガマル・ワ・ルィール・チェクホンの屋敷に紙を放り投げて、走って逃げて行った。
見張りの者がそれを手にして、内容を読むとすぐに、ガマル・ワ・ルィール・チェクホンの下にまわされた。
「走り去っていくふたりの少女がこれを投げ入れたようです。ただのイタズラかもしれません」
「いや、イタズラではないだろう。この紙は、上質紙だ。イタズラに使うような物じゃない。上質紙を手に入れて文字を扱えるということは、ただの平民の子ではないということだろう。この手紙に書かれている工場をすぐに調べて、警備は、倍にしてくれ。その少女たちには、お礼がしたい。探し出してくれ」
「分かりました。殿下。中央区の学院の制服を着ていましたから、すぐに探しだせるでしょう」