181章 脅え
古い半壊した工場の中で、ひとりの女と男数人が、片膝をついて、さきほどの黒い影だと思われる者に頭をさげながら話をする。
「リビアン・スザージ議員は、失踪という形で処分いたしました」
黒い影のような者は、人間とは思えないような気持悪い声をしていた。
「次の対象は、ガマル・ワ・ルィール・チェクホン・・・・。この者をゴルバフ・ダレーシアと接触させてはならん。その前にポアだ」
工場の壊れた外壁から隠れて聞いていたエバーとエリーは、青ざめた顔をしていた。
影は人間なのかどうかも分からない。それにその前に膝をついていた人間たちも何かおかしい。女は、人間にしか見えないが、その目が、なぜか赤色に光っていた。その他の男たちも青や緑色に目がひかっている。
それは闇の中に引きずり込まれるような目をしていた。
人間に化けた違う者かもいれないとエバーは体を震わせた。
影は、まるで置物のように微動だにせずに話し続ける。
「シンの意思は、ワグワナ法国によるトリアティ師団国への虐殺。実行せよ。お互いに命を削らせ、そして、さらに獣人への憎悪をかきたてるように政を動かせ。戦争を与えるがよい」
「「「ハッ!!」」」
「時にマイバよ。前に出よ」
ひとりの男が立ちあがり、影に近づく。
「レニス侯爵家では、生き残りがいたそうだが、なぜ生かしておいた」
「申し訳ありません。物陰に隠れていたようで見過ごしてしまったようです」
「その少年は、お前の目の前にいたではないか」
「・・・」
ゆっくりと影は、男の肩に右手を置いたと思うと、男は、肩から崩れ落ちるかのように、粉々になってチリのように消し飛んでしまった。
「ヒィッ」
エバーが、声をあげそうになり、すぐにエリーは、手でエバーの口を塞いだ。
その小さい声に気づいたのか、赤い目の女が、エバーたちの方向に目を向けた。
エリーは、エバーの腕を掴んで、ほとんど聞こえないような小声で耳元に口を近づけて伝える。
『逃げるわよッ。エバー!!』
エバーは、しどろもどろになりながら、必死で立ち上がり、入って来たルートで後ろを振り向かずに走って逃げた。
数秒後、女は、外に出て辺りを見渡すと、地面にブローチを発見し、手に持って、中へと戻る。
「どうした」
「このブローチを持った何者かが話を聞いていたようです」
「探せ」
「ハッ!!」
女は、ブローチを持ったまま姿を消した。
エバーたちは、血相を変えて、道をじぐざぐになって走り抜けた。声に気づかれて後を追われているかもしれないからだ。
息をきらせて中央区へと戻る。
「はぁはぁはぁ・・・ここまで来たらもう大丈夫でしょ・・・エバー」
「はぁ・・・何あいつら・・・ひとり殺したよね?」
「議員を消したとか言ってた・・・戦争を起こさせる・・・虐殺がどうのって・・・」
「どうするの?エリー・・・あれ誰かに伝えないと」
「うん・・・特に、ガマル・ワ・ルィール・チェクホンっていう人に教えてあげないと何かされるかもしれないわね・・・名前からいって王族よ・・・トリアティ師団国の女王ゴルバフ・ダレーシアの名前も出てたし・・・」
「わたし怖いわ・・・エリー・・・やっぱり・・・これは黙ってたほうがいいんじゃない?」
「そう・・・ね・・・関わらないほうがいいかもしれないわね・・・」
「でも、その王族の人・・・殺されちゃうんだよね?」
「分からないわ。ポアしろとか言ってたけど意味が分からない・・・」
「ワグワナ法国の兵士に報告だけする?」
「たぶん、それもダメよ・・・」
「どうして?」
「戦争を起こさせ、政を動かせというようなことを言っていたということは、兵士たちにも指示を出せたりするのかもしれないわよ。ワグワナ法国の兵士に言えば、わたしたちのことがバレてしまうかも・・・」
「そんな・・・」
「このことは、二人だけの秘密にして、忘れましょう。わたしたちは、何も見てないし、聞いていなかったということにしたほうがいいと思う・・・」
―――
テンドウは、新大共和ケーシスから戻ると会長ダフキン・マットと経営責任者ベル・フルートに報告を行った。
「テンドウさんがそこまで興奮して報告されるとは、さぞ新大共和ケーシスとは稀有な存在だということなのでしょうね」
「はい。会長・・・わたしは今でも夢をみていたのかとさえ思えるほどです
新大共和ケーシスは、宝の山です」
「見た事も聞いたこともないものは、価値があります。特にわたしたちのような商会まで育った商人からすれば、いくらでもそれで商売ができる。しかし、聞いた話からするとこの世界を一変するようなものばかりのようですね・・・」
「はい。その通りです。何から何まで規格外です。新大共和ケーシスの民は、みな仕事がありながら、仕事とは思っていないのです。仕事が生活の一部となり、奴隷さえも笑顔で生活しているのです」
「奴隷もですか?」
「はい。あのようなゆるみきった顔の奴隷などみたこともありません。奴隷にも【人権】という法により、家や畑は与えられ、優しさを脳に植え込んでいくのだと堂々と教えられました。お金も新大共和ケーシスの民たちは使ってはいません。そして、畑仕事も、奴隷は自ら行っていましたが、クリスチャンという者たちは、ほとんどが物質モンスターに行わせ、管理するのが仕事となっているということです」
「それで、この巨大な芋が生まれるのですか・・・」
「農法も教えられましたが、特にその物質モンスターがなくても、その方法は、わたしたちにもできると言われました」
「そんなやり方があって、もしわたしたちでもそれが可能ならどれだけの利益になることでしょうね・・・それと軍事面は確認できましたか?」
「新大共和ケーシスの兵士たちの訓練は、見ることは禁止されていました。ですが、兵士の剣は、あれはたぶんミスリルを使われていると思われます」
「ミスリル!!」
「ほんの少しだけ兵士の剣をみたのですが、あの形状はミスリルでしょう」
「その兵士だけが特別ミスリルを所持しているだけじゃないのですか?」
「確かに刃を見たのはその兵士の剣だけです。ですが、その兵士とまったく同じ鞘を他の兵士たちも腰に帯びていたので、剣も同じだと思われます」
「ミスリルをすべての兵士にですか・・・信じられませんね・・・いや、テンドウさんをじゃなくて、驚きのあまり、信じられないということです」
「はい・・・また、物質モンスターも場内に数百体みかけました。2mほどの高さの黒いモンスターは、かなりの戦力だと思われます。そして、城壁には、みたこともない物が置かれていました」
「何ですか?それは」
「分かりません・・・何なのかを聞いたのですが、答えてもらえませんでした。杖でもなく棒でもない城壁を守るのに使われるものだと思います。とにかく新大共和ケーシスの中だけにしかそれらの技術は、使ってはいけないと厳しい規制がされています
ありとあらゆるものに規制がされていて、利用できるものは、クリスチャンという者たちだけになっているようです」
「そのクリスチャンというものは、何ですか?」
「どうやら龍王の意思である巻物を基準とした神を信仰している者たちの名称のようなもののようです」
「一神教ですね。わたしの妻が信仰していました」
「シェラフ様ですね。存じ上げております」
「なるほど・・・そういうことですか・・・信仰によって区別するという斬新な発想でそこまでの発展を短期間で行ったのですね」
「お分かりになるのですか?ダフキン様」
「妻はとても優しい女性でした。龍王の巻物には、地位や名誉を求めるべからずという教えがあるようで、打算に目を曇らせず愛情深く生きていたのは、確かに彼女の信仰ゆえだとわたしも感じて尊敬していました」
「シェラフ様は、本当に素晴らしいお方でした。ダフキン様」
「ありがとうございます。シェラフは、例え武器を与えても武器にはせず、お金を与えてもそれを私欲のために利用しようとはしませんでした。もし、それが信仰によってもたらされているものであれば、その信仰を持った人たちには、何を与えたとしても、害を及ぼす可能性が低くなるという思想なのでしょう。それが本当に上手く政として成り立つのかは分かりませんが、半年でそこまでの首都を完成させたことからも、今は効果的に働いているということなのでしょうね
ですが、お金という報酬がなくて民が働くものなのですか?」
「それがよく働いているのです・・・働きすぎて、仕事は最長で6時間までだと制限されているようです」
「どうしてそんなことになってるのでしょうか・・・」
「ほとんどが農民出の民たちですが、ボルフ王国の頃は、虐げられていたものが、今度は、畑を管理するという仕事になり、時間が空いた中で、自分たちがしたい仕事をそれぞれがさらに行っているので、趣味のようになっているということです
みたこともないような店が沢山ありました」
「例えば、どのような店ですか?」
「髪を切る店というものもありました」
「髪ですか・・・家族に切ってもらうのが普通の民ですが、まるで貴族のように他人に切ってもらうというのですね・・・面白い・・・」
「それだけではありません。動物専用の毛を切る店などもありました」
「動物ですか?なるほど・・・貴族にはウケるかもしれませんね」
「新大共和ケーシスには、貴族ということではなく、一般的なものたち、知的モンスターなどもその店に通っていました。よく分かりません・・・すみません」
「何から何まで規格外ですね。ですが、それらが利用できるのは、新大共和ケーシスの国だけだと硬く禁止されているのですね」
「こちらでも出来ることは、特段禁止というわけではないようです。家具屋にしても、もの凄く時間をかけて一点一点をしあげています。趣味のようなので、どれだけ素晴らしい物を作れるのかにだけ目がいっているようです。気づけば時間が過ぎて注意されるということです」
「なるほど、お金がないだけに心行くまでいい製品を作りたいと生をだしているわけですか・・・発注するほうも受注するほうもそれを理解していると・・・ですが、帝国税はどうしているのですか?」
「帝国税は、ワグワナ法国と同じで10%ですが、新大共和ケーシスには、税制度がありません。税がないので自分で行った分だけ財産が増えていくのです。そして貯まった財を他人に与え、国に寄付していくようです。自然と他国の40%を超えるような財源が集まってしまうということです」
「そんなことがあるのですね・・・税を取らないからこそ、税収が増加するとは・・・お金がないから経済の上下も関係がなく、自給自足さえ出来ていれば問題はないということですか・・・」
「民のほとんどが、常に誰かに何かをあげている状態で、奴隷でさえも財産が増える一方なのですね。水道水や電気、ミラーやゲーム、家やトラック、バイクなど、どれをとってもすごいものばかりです。劇場では、会場全体に大きな音が鳴り響いています。サウンドボックスなるものが設置されているということです。毎日、音楽が鳴り響き、劇も行われ、楽しみのための競技も行われているのです」
「どうして、農民主体の国が、短期間で、そこまで発展できたのか・・・なぞですね・・・」
「新大共和ケーシスでは、誰もが教会であらゆる知識を得ることができるようになっているのです。特にクリスチャンには、すべての情報が開示されて教えられているようで、ほとんどの民は、文字の読み書きができるのです!」
「農民が文字の読み書きができるというのですか!?」
「はい・・・絵を描くことも許可され、リリス・ピューマ・モーゼス様の人物像さえも描いている者もいるのです・・・」
「とんでもないことをしていますね・・・王族の人物像など描いたら、極刑になるのが、普通ですよ・・・命を狙ってくれといっているようなものです」
「はい・・・また驚いたのは、首都ハーモニーと各村までの道路の整備がされはじめているということです」
「他国の侵攻は、怖くないというのですか!?」
「その質問には、答えてもらえませんでした。道の整備もそうですが、なにやら穴を掘ってもいたようです」
「なるほど、敵の侵攻には、罠をしかけているのですね」
「そうかもしれません。ダフキン様。ワグワナ法国側には、何と報告すればよろしいでしょうか」
「うーん・・・そうですねー・・・その許可されたという農法技術についてだけ、大げさに秘密を打ち明けたかのように報告してもいいかもしれませんね
その他のことは、あまり言う必要はないでしょう
その匙加減は、テンドウさんにお任せします
当面は、新大共和ケーシスとの友好関係を築き上げることにしましょう
テンドウさんには、何度か新大共和ケーシスに行ってもらうことになると思いますが、お願いします
そして、早急に注文された以上の種子を大量に用意して提供してください。輸送のために冒険者をいくらでも利用してください。赤字になっても構いません」
「はい。是非、わたしにお任せください。力を尽くして新大共和ケーシスとの友好関係を築くようにいたします」