178章 未知との遭遇
学院に通うことができる人間は、限られている。
農民はもとより、商人も学問を学ぶことは、本来は、禁止されていた。
商人の中でも、とりわけ国に貢献をした商家だけが、貴族と変わらない待遇を認められていた。その貢献を続ければ、貴族に任命されることさえある。
商人は、情報が多いことが強みとなることは、誰しもが分かっていることなので、禁止されていたとしても、どこかしら本などを入手して、家族内での勉学に励んではいたが、堂々と商家の者だとして、学院の通学をゆるされるものは、少なかった。
それだけ恵まれていたにも関わらず、エバーにとって学院に通学できるということは、当たり前だと思っていた。
学院は、昼を少し過ぎるほどで、終了するため、その後は、友達のエリーとお店でお茶をすることが、エバーにとっての日常となっていた。
「ねー。エリー。どうして学院は、マナのこと教えてくれないのかな?」
「マナのことは、兵士になるまでは、詳しく教えることは禁止されてるからよ」
「そうなの?」
「そうよ。エバー。マナは、確かに便利で役に立つけど、犯罪者だって使うことができるのよ。もし、誰でもマナを使えるなんてことになったら、そういう人たちまで、マナを使って悪いことに使うでしょ
それにマナを使うには、封印の珠が必要だし、生徒全員にあげることなんて出来ないもんね」
「エリーってほんと色々知ってるよね」
「知らないわよ・・・たまたま知ってただけで・・・お父さんがそう教えてくれたのよ」
「でも、学院は、学ぶためのところなんだから、少しぐらい教えてくれてもいいと思うんだけどなー」
「怖いんじゃない?」
「怖い?」
「ワグワナ法国って十数年前までは、獣人にも寛容だったでしょ。その価値観を変えたのは、被害者の民たちだったって聞いたわ
本にも書いてあったけど、国を変えるのは、いつも民で、民が蜂起して国を変えるんだって
だから、その民に、マナの情報を与えるのは、きっと怖いからなのよ
王族だって今ではもうただの置物状態よ」
「あんなに強そうな兵士たちがいて、わたしたちを怖がるの?」
「そうね・・・兵士がいるのにね・・・あとは、レジスタンスとかが怖いのかも」
「レジスタンスって本当にいるの?」
「分からないけど、いるみたい
近所の何でもないおばさんの家に、兵士たちが突然、荒らし始めたのをみたことあるわ
その兵士たちは、そのおばさんに、レジスタンスかどうか質問してたもの」
「すごい・・・わたし・・・そんなの見た事ないわ」
「わたしもはじめてみて、隠れながら窓からみてたもの・・・こどもだったからよく分かっていなかったけどね」
「ねー。エリー・・・。この紅茶おいしすぎることない?」
エリーは、顔を震わせて目をつぶる。
「美味しい!美味しいわぁ!」
「どうしてこんなに美味しいんでしょう・・・」
「これはたぶん、ストロングビーのハチミツを使ってるのよ!こんな濃厚な甘味は、それしか考えられない。それが銀貨たったの5枚よ。エバー」
「安いわね」
「うんうん。この美味しさで、この安さ・・・最高」
他の客は、ドン引きしていた。紅茶1杯に銀貨5枚は、高すぎるからだ。
エリーは、至福の顔をみせる。
「そう言えば、わたしクリミーの大冒険っていう文芸を読んだの」
「クリミーの大冒険?」
「そう。一匹の蜂のモンスター。クリミーが大冒険をしていく話しなの」
「面白そうだけど、それ検閲にひっかからないの?」
「わたしもそう思ったから手に取ったの。本を手に入れるだけで冒険みたいな気分になると思ったわ
それを読んでいくと成長したクリミーが、悪い獣人たちを倒していくんだけど、クリミーはもともと弱いモンスターだったのよ」
「どうやって強くなって冒険できるようになったの?」
「情報よ」
「情報?」
「クリミーは、町中のひとたちの会話を盗み聞きして、沢山の情報を得たの
そして、その情報を基にして、狩りやすいモンスターから狩っていって、次第に強くなっていくの
そして、友達のトッポと一緒に、大冒険を繰り広げていくのよ」
「面白そう!」
「わたしたちもクリミーの大冒険をしてみない?」
「え!?どういうこと?」
「町中の人たちの会話を盗み聞きして情報を集めるのよ」
「エリーって面白いわね。いいわよ。やってみましょう」
すると、エリーは、ポーチから貴重な紙とペンを取り出して、テーブルに置いた。
「情報をこれに書き出していくの」
「用意がいいわね。エリー・・・。これもクリミーの大冒険に書かれていたの?」
「ううん。クリミーはモンスターだから文字は書けない。わたしたちはさらにその上をいくのよ!」
「大冒険を超える冒険ね。エリー。一生あなたについていくわ!」
「行くわよ。エバー」
ふたりは、テーブルの上に金貨1枚を置いて、颯爽とお店を後にした。
―――テンドウは、マット商会取締役ベル・フルートからの指示で、転移門に足を運んだ。
「テンドウさん。今日もご利用ありがとうございます」
黒いフードを被った女性が声をかける。
「魔法国モーメントの新しい商品などの情報はありませんか?」
「もし出ていたら、真っ先にマット商会にご紹介していますよ。テンドウさん」
「それが本心なら嬉しいんですけどね。今日は、ボルフ王国の転移石Aテリスを2つ用意してほしいんだ」
「申し訳ありませんが、ボルフ王国には、禁裏条項が発動されております」
テンドウは、内ポケットから書状を出して、渡す
「知っていますよ。これが許可書だ」
「軍事大臣様のご署名ですか・・・ですが、ご存知の通り、転移門が無い状態でして・・・」
「だから、テリスと注文したんだ」
「マット商会のテンドウさんなら間違いはないとは思いますが・・・ご注意してくださいね。しばし、お待ちください」
そういうと店員は、奥の部屋へと移動していった。
数分後、戻って転移石を2つカウンターに置いた。
「お代は、金貨6枚になります。テンドウ様」
テンドウは、用意していた金貨6枚をカウンターに置いて、転移石を手にした。
そして、外に出て、馬車に乗り込み、すぐに転移石を使用すると、ボルフ王国跡地に転移した。
石で作られた建物も半壊し、それ以外のものは、ほとんど消滅してしまっている状態のボルフ王国をまのあたりにして、情報通りだとテンドウは思った。
これで、新大共和ケーシスの場所も情報通りだといいのだが。
テンドウは、数日かけて、情報にあった場所へと馬車を走らせ、新大共和ケーシスだと思われるものを発見したが、驚愕した。
なんだ・・・あれは・・・あの巨大な壁・・・新大共和ケーシスが誕生してからまだ、半年余りしか経っていないというのに、あれだけのものを作り上げたというのか・・・?ありえない・・・
それに何だ。壁の前にあるあの黒くて円盤のような丸い巨大な建物は・・・。
「はじめまして、わたしは検閲を取り締まっているミカエルというものです」
「うわ!なんだ!?なんだ!?」
テンドウは、何もないところから突然、声がして、驚いた。
「こちらです。わたし、ミカエルは、下にいます」
下をみたが、ただの土地しかない。いや・・・よく見ると、何か黒い虫がいる。
「虫?」
「虫とは違いますが、新大共和ケーシスに訪問していただいた方たちをお待たせさせないために、用意されたサービスです。わたしがお客様からいくつか質問をさせてもらい検問間に報告し、それから許可が下りましたら、わたしが、新大共和ケーシスをご案内させていただくことになります。今回、新大共和ケーシスには、何をしにお越しになられたのでしょうか?」
「そうですか・・・
わたしは、ワグワナ法国のマット商会からやってきたテンドウという商人です。此度は、新しく建国された新大共和ケーシスとの貿易を考えているのですが、どのような国なのかを見学したいとやってまいりました」
「そうですか。テンドウ様。ですが、残念なことに、新大共和ケーシスは、建国して、まだ半年という状況ですから、首都ハーモニーにはいることが出来るのは、新大共和ケーシスの民や一部認められた方々だけになっているのです
一度、外部からの攻撃を与えられたこともあって警戒態勢が強化されているのです
責任者により精査されるまで、お待たせしてしまうことになりますが、よろしいでしょうか?」
「どれほど時間がかかるものなのでしょうか」
「長くて二日。早くて半日になります。今からですと明日に結果が出るものだと思われます。テンドウ様」
「今夜は、野宿をしろということですね?」
「いえ、旅の方たちのための泊まれる宿をご用意させていただいています。壁前方に設置されているトーラスという黒い建物の内部では、ご自由に宿泊できるようになっておりますので、そちらをご利用ください。毎日、朝10時から夕方6時までは、壁前で、露店が数多く出店されますので、食料がない方たちは、そちらでご購入することもできます」
「ですが、わたしは馬車で来ていますから馬車から離れることはできません」
「新大共和ケーシスには、馬車専用の駐車スペースが、南南東に設置されております。各馬車には、ミカエルがつき不審なものから馬車を守るようにされておりますし、馬などの水や食べ物も無料で提供させていただいていますので、ご利用ください」
「無料ですか!?」
「はい。新大共和ケーシス首都ハーモニーに来ていただいた方たちが、安心して見学ができるように考えられたサービスの1つです
もし、万が一、何か馬車に不都合がありましたら、それも保証させていただいております」
「保証まで・・・」
そんなことが可能なのだろうか・・・
「では、お言葉に甘えまして、ご利用させていただきます」
「では、このミカエルが駐車スペースまで、ご案内いたします」
テンドウは、ミカエルという虫の案内に合わせて、馬車を走らせた。数十基の馬車が、ひとつひとつ柵で囲まれ、駐車スペースという場所に止められ守られていた。馬なども確かに自由に水や食料が食べられるようになっていた。
「これからまた、門やトーラスまで移動していただきますが、馬車のことが心配になりましたら、このミカエルに聞いていただければ、馬車の状況をご報告することができます。では、外に出てください。テンドウ様」
「あ・・はい」
言われるままに、外に出た。外にでると、何やら四角い箱のようなものに、棒が立てられたものが並んでいた。
「では、こちらの台の上にお乗りください。そして、棒につながった取っ手に手を添えて、しっかりとお握りください。テンドウ様」
「な・・何ですか?これは・・・」
「これは、駐車スペースから門やトーラスまで送り届ける乗り物です。バイクという乗り物を改良して作られたもので、固定されたルートだけを走るものです。テンドウ様」
「ばいく・・・ですか・・・」
台の上に両足を置いて乗り、取っ手を両手で掴むと、ゆっくりと動き出した。
速度はそれほど速くなく、小走りした程度だったので、安全に乗ることができた。
一体何なんだ・・・これは・・・このミカエルという虫もそうだが、新大共和ケーシスは、動く物質モンスターを自由自在に作り出せるとでもいうのだろうか・・・
操作はできない。勝手に乗り物は、動いていく。
そして、トーラスという宿屋らしき巨大な建物の前で停止したので、降りた。
「テンドウ様がご利用できるお部屋は、B-344番になります」
「一泊いくらほどになるのでしょうか?」
「宿泊費は、無料でございます。テンドウ様」
「え!?無料ですか!?」
「はい。無料です。テンドウ様。ですが、食料などは、お金を出していただけないと手に入れることはできません。水はご自由にお使いください」
「井戸は、どちらにあるのですか?」
「新大共和ケーシスには、井戸はありません。水道水というものが設置されていますので、ご利用ください」
「すいどすい?」
「はい。水道水です。各お部屋や調理場などでも設置されていますので、ご自由に水は使うことができます」
部屋で水が使える・・・??それに調理場?
「調理場で火をおこせということですか?」
「トーラスには、調理場という食事を調理する場が設置されています。30台の調理台があり、火も簡単におこすことができますので、ご自由にお使いください。調味料などは、ご持参していただくことになりますが、鍋や食器などは、簡易なものですが、ご用意させていただいています。テンドウ様」
「露店で出されているものを買えるお金さえあれば、いくらでも滞在できるということですか?」
「将来、あまりにも外部からの来客が多くなれば制限させていただくことになるとは思いますが、今のところ無制限に滞在することができます。首都ハーモニーに、すぐにお入れすることができないお詫びとしてのサービスとなっております。テンドウ様」
テンドウは、B-344番の部屋に案内された。
部屋には、窓もなく、足元は、うっすらと何かオレンジ色の光りが灯っているが、暗くなっていた。
「テンドウ様。壁に設置された四角いものを押してください。そちらは、電気をつけるボタンとなっております」
何のことだか分からないが、これか?
ポチッ
部屋は白い光りで包まれた。
「うわ!なんだ!太陽か?」
「それは廊下にも設置されていた電気という明かりです。ボタンを押すことで、部屋が明るくなります。つけ続けることも可能なのですが、エネルギーを消費しますので、寝る時は、消していただけると助かります。テンドウ様」
不可思議なものばかりなので、驚きの連続だった。さらに与えられた部屋にある設備をチェックしていく。
「そちらが、水道水になります。上についている蛇口というものを横に回していただければ、水がでます。その水は完全に浄水された状態ですから、飲むことができます。テンドウ様」
恐る恐るまわしてみると、水が確かに出た。
「出た!本当に水が・・・何なんだ・・・これは、どんな作りになってるんだ?」
「申し訳ありません。そちらは秘匿情報となりますので、お教えすることはできません。テンドウ様」
「ですよね・・・つい、驚いて、口に出してしまって・・・」
「はい。首都ハーモニーにはじめてお越しいただいた方は、皆さん驚かれます。テンドウ様」
「そうですか・・・そうですよね・・・」
「壁に設置されたミラーを見てください」
鏡のような楕円形のミラー(モニター)が映像を映し出した。
「え!これは・・・?」
馬や馬車が並んでいる映像が壁に映し出された。
「はい。こちらは、テンドウ様の馬車になります。現在の馬車。リアルタイムでご確認できますので、ミカエルに言っていただければ、いつでもご覧になることができます。また、このミラーでは、新大共和ケーシスについての説明が常時流されているので、こちらをみていただけると見学もスムーズになると思われます」
ミラーというものを触ってみたり、コンコンと叩いてみたりする。女性が新大共和ケーシスの説明をしはじめたが、その女性が、この中に閉じ込められている。
いや・・・馬車は、駐車スペースにあったのだから、絵のように描く仕組みなのか・・・
ミラーの女性が、調理の火のつけ方。トイレの使い方などを説明していくが、どれも魔法のようだとテンドウは、思えた。