177章 ダフキン・マットの一日
「おはようございます。ダスキンさん」
「おはようございます。ベリーさん」
「おはようございます」
ダフキン・マットに会う人、会う人が、頭をさげて挨拶をする。
ダスキンは、いつも笑顔で皆に接する。商売とは人と人との延長線上に、成り立つものなので、ダフキンは、人との関りを大切にしていた。
なるべく自然に受け答えをするように、心がけることで、毎日のように挨拶してくれる人たちにも、変に負担にならないようにする。
「会長。ウェイン商会が、会長に急遽、話したいことがあると時間をあけてもらえないかと言って来ておりますが、どういたしましょうか?」
「ベル君では、対応できないということですか?」
「わたしも、まずは、ベル様に申し上げてくださいと伝えたのですが、どうしても、ダフキン会長に話を通したいということでして・・・」
「そうですか。ありがとうございます。午前中に、時間を裂けるようならそのようにしてください」
「はい。軍事大臣との会見の後、30分ほどの時間が空きますので、その時間帯では、どうでしょうか」
「そうですね。そのように伝えてください」
「分かりました」
秘書は、速やかにスケジュール表にそれを書き込み、ウェイン商会に伝えるために伝者に指示を与える。
ワグワナ法国の軍事大臣との会見を終えると、ウェイン商会のダーツ・ウェインが、外で待っていた。
「ウェイン殿、わざわざ来ていただいて感謝します」
「マット殿が出迎えてくださるとは思いもよりませんでした」
「ですが、あいにく、30分しか時間が取れません。おゆるしください。どうぞ中へ」
「忙しい中、申し訳ありませんでした」
ダーツ・ウェインは、中に案内され、個室で、話しをはじめる。
「時間がないということですから、率直に、話を進めさせてほしいのですが、わたしが手に入れた情報から三国同盟の1つボルフ王国が滅亡したとは本当のことなのでしょうか?」
「そうなのですか?ワグワナ法国は、帝国に勝利したばかりですし、そのあとまた帝国が大軍をボルフ王国に向かわせるとはわたしには、思えないのですが」
「マット殿。あなたがそのことを知らないはずはないでしょう。軍事大臣が、わざわざ屋敷に赴くほどですからね。ウェイン商会をさしおいて、軍事部門に手広く品物を送り出し始めたマット商会さんです。正直、ここまでマット商会が大きくなるとは思いもよりませんでした」
「ウェイン商会さんたちには、10年前に制裁を加えてもらい。その時の教訓のおかげで、ここまでやってこれました。ありがとうございます」
ダーツ・ウェインは、少し、ばつの悪い顔をする。
「またまた、厳しいことをおっしゃられる・・・あの時のことは、ゆるしてください。わたしたちも商売です。下で働いてくれる者たちの生活もかかっております。あれは、防衛本能のようなものだったのです。これからは、ウェイン商会も、マット商会とは仲良くやっていきたいのです」
「わたしも、ウェイン商会さんとは、敵対するつもりはありません。いいライバルとして、共に成長していけたらと思っていますよ」
「そこで、ですが、ボルフ王国が滅亡したとしたら、あそこは、新たな勢力が生まれることになります。他の国に吸収されるのか、はたまた違う新しい国が建国されるのか分かりませんが、他の商人が手出しする前に、わたしたちで話を持っていくのはどうでしょうか」
すみません。少し待ってもらえますか?
ダフキンは、ドアをあけると、そこにエバーが立っていた。
「エバーちゃん。どうしたんですか。今は仕事中ですから、用があれば後でお願いします」
エバーは、話を聞いていたことがバレていたので驚いたが、すぐに無言で、自分の部屋に戻っていった。
ダフキンは、席に戻り、話しを進める。
「すみません。ウェインさん。新しい勢力が誕生するという話でしたね。それで、どうして、わざわざマット商会にそのような情報を下さるのですか?」
「いやね・・・国を超えた貿易に手を出そうと思えば、禁令を超えた許可がいるため、どうしても政治家たちとのパイプがいります。わたしどもにも、政治家のつてはありますが、ここ10年でマット商会は、あらゆる貴族や政治家と手広く事業を行っている。マット商会との連携で、新しい国への投資を行うことは、2つの商会の発展につながると思いましてね」
「ボルフ王国が滅亡したということが、事実なのかわたしには分かりませんが、もし、滅亡したというのなら、確かに利益になることでしょう。ですが、そのような情報をわたしに持ってこられれば、ウェイン商会と組まなくても、わたしたちだけで、行えば、さらに利益回収できてしまうのではないですか?」
「マット商会は、そのようなことはされないでしょう。ウェイン商会が、邪魔な枝を振り払っていったのとは対照的に、それら振り払われた枝たちを集めて、力としていったマット商会さんが、今回は、ウェイン商会を枝斬りするとは思えません
わたしたちウェイン商会も、あれから反省したのです」
「正直、個人的にウェインさんを信用することはできません・・・」
ダーツ・ウェインは、ダフキンの言葉をさえぎって話す。
「ダフキン殿。確かに、いまやマット商会は、ワグワナ法国でも指折りの商会だ。わたしたちウェイン商会もまだまだ力がある
ですが、ワグワナ法国の禁令が厳しいだけにそれだけ他国との貿易や情報が入ってこない
わたしたちのやっている商売の規模は、他国の商人と比べれば、微々たるものですよ
このまま商人が、他国との貿易に乗り出さなければ、お役所仕事で、ワグワナ法国は、衰退していくだけです
ですから、ウェイン商会とともに、国よりも一歩先んでて進めていくべきなんです」
「はい。それはわたしも思うところです
わたしはウェイン商会を簡単には信用できませんが、共にビジネスをやろうというのなら、あなたも利益のために簡単にマット商会を裏切ることもできないでしょう
それにいつかは、ウェイン商会とのパイプもほしいと思っていたのです。一緒にやりましょう」
ダーツ・ウェインは、その中年太りの体を起き上がらせ、両手でダフキンの手を握った。
「おぉ!ありがとうございます。マット殿。あなたは感情に流されない。商売人の鏡ですな」
「まだ、詳しくその新しい勢力とやらを調べていないので、実現可能なのかは、分かりませんが、もし、その話が事実であれば、マット商会と共に、ウェイン商会も、他国との貿易ができる許可を申請しておきましょう」
「マット殿。これからはいがみ合うことなく、共に力をあわせて繁栄していきましょう」
「はい。ウェインさん。申し訳ないですが、そろそろ時間ですので、失礼させてもらいます」
ダフキンは、ウェインと別れると、すぐに秘書に、話しかけた。
「リリス・ピューマ・モーゼスが造り始めている新大共和ケーシスのさらに詳しい情報を得るために、誰かを派遣してください。転移石の使用を許可します」
「ですが、新大共和ケーシスは、帝国側になびき、ワグワナ法国の兵士たちにも手を出した相手です。その存在さえ隠されているほどですから、すぐに許可が下りるとは思えないのですが?」
「分かっていますよ。レーナさん。ワグワナ法国も、利益となれば、例え敵側であっても貿易はするものです
人間至上主義を掲げながら、ペルマゼ獣王国と同盟を組んでいるのがいい例ですね
それにワグワナ法国の前で、表立って商売をしようとは思っていません。密かに行うつもりです」
「分かりました。すぐに調査に向かうようにベル様に報告します」
―――ダフキンは、手慣れたように、料理をする。
その包丁さばきは、驚異的だ。あらゆる食材を台に置いては、食べ物の形を均等に切り分け、色とりどりの華やかさをかもしだした下ごしらえを素早く調理していく。
お湯や盛り付けなどは、使用人たちに任せるが、どのような料理を作るかは、毎日ダフキンが、考える。
食材の買い出しも、ダフキンが一点一点、吟味し選んでいた。使用人たちは、荷物運びだけについていくだけだ。
たまに、高級食材のモンスターの肉なども使っていたのは、使用人たちであっても謎だった。
モンスターの肉を冒険者たちは、わざわざ持ち運ぼうとはしない。モンスターは、解体して角やパーツなどを持っていくのが普通で、モンスターの肉が食べられるのは、冒険者の特権のようなものだったので、一般人たちは手に入りにくかったからだ。
使用人たちは見たことが無いが、専属の冒険者でも雇って手に入れているのだろうと考えていた。
ダフキンは、多忙だったが、エバーとの時間を大切にしていた。料理作りは、そのための日課となっている。