176章 英雄たちの台頭3
暗闇にその姿が隠れるほど全身黒に染まった姿をしているが、目だけは青く光っていた。
「お願いだ。娘だけは、殺さなッ!」
黒い影は、男の言葉を聞くこともなく、男の首を切裂いた。
奥の部屋では、こどもが泣くことを止められずに、声を押し殺していた。
気配を消して部屋に向かう。
手に持ったナイフには、血がついているが、その身に返り血は帯びていない。
女こども関係なく、屋敷の中の人間22人は、すべて殺され、床に倒れていた。
まだ半刻も経っていないのに館を死臭が充満していた。
残った人間は、娘だけだということも分かっている。
ドアの前に立ち、その存在を隠すことなく開けると白い服を着た娘の腕に抱かれている子犬が、威嚇した。
「わんわん!わん!ぐるぅぅぅぅ」
子犬は、泣いている娘の腕から抜け出すと黒い影に襲い掛かる。
月明りで、ナイフが光っているのを見た少女は、子犬の後ろ脚を掴んで、腕に引き戻し、子犬を守るように、覆いかぶさってうずくまる。
小さな少女が、さらに小さな生き物を守るその姿をみて、振り上げたナイフの手を止めた。
―――きもい!本当にきもいわ!
どうしてこんな奴が、父親なのよ!
「エバーちゃん・・・そろそろお友達くると思いますよ・・・食べたらどうですか?」
恐る恐るダフキンは、娘のエバーに声をかける。
「臭いのよ!」
「臭い?」
「あんたが用意するこの朝食。いつも臭いのよ!」
使用人たちは、まるで人形のように顔色を変えずに、毎日繰り返されるその光景を後ろで立ちやり過ごす。
エバーは、立ちあがって制服を着て、カバンを持ち、玄関に向かい、使用人がドアを開けた。
エリーは、いつものように、どうしていいのか分からない顔で、挨拶する。
「お・・・おはよう。エバー・・・。学校行きましょうか」
エバーは、満面の笑みでエリーに挨拶を返す。
「おはよう。エリー。行きましょう」
エバーは綺麗なので、笑顔をみせるだけで、華やかになる。でも、毎朝みせるダフキンへ向ける顔は、あまり好きではない。
ダフキンは、見送るために、玄関に赴いた。
「エリーちゃん。エバーをよろしくお願いしますね」
「あ!はい!もちろんです。ダフキンさん」
エリーは、頭を何度も下げて、応える。
「行きましょう!エリー」
「あ。うん。そうね」
「気を付けていくんですよ。エバーちゃん」
エバーは、振り向かずに、エリーの腕を掴んで無理やりのように歩いていく。
エリーは、ダフキンとエバーの両方に気を配りあたふたする。
「ねー・・・エバー。毎日思うんだけど、どうして、エバーは、ダフキンさんにだけあんなに冷たいの?お父さんでしょ」
「あんなの親じゃないわよ。何から何まできもいのよ。ご飯だって、召使いに作らせればいいのに、食事は、自分で作ったものを出すって聞かないのよ。どうして?って聞いたら、あいつ何て答えたと思う?」
「うーん・・・なんだろう。愛してるからとか?」
エバーは首を振った。
「ううん。違うわ。あいつは、毒がいつ入れられるか分からないって言ったのよ?」
「毒・・・?」
「そうよ。毒よ。召使たちが、毒を盛るかもしれないってことよ」
「ああ。だってダフキンさん。マット商会の会長さんだもん・・・幾人かの貴族や王族たちも、マット商会には、頭が上がらないっていうほどだもんね
毒もありえるかも・・・」
「エリーまで、怖いこと言わないでよ!たかが商人でしょ
商人の娘にわざわざ毒を盛るはずないじゃない」
「そうだね・・・あまり聞いたことないよね・・・」
「でしょっ」
「でも、マット商会は、大きいから・・・それでも分からないわよ。わたしの家もマット商会の下請けの下請けの仕事で、助かっているし、エバーと同じ学校に通えるのは、ダフキンさんが、エバーの友達のわたしのために口添えしてくれたからだもん・・・エバーとはわたしは商人の娘で、同じ階級だけど、実際は、マット商会とまったくレベルが違うわ。それだけ力を持っていたら、分からないわよ」
「あーもうー本当きもい。きもい。きもい。何、あのヒョウロヒョロの体。しかも、娘のわたしに敬語使ってるのよ?話す時も、オロオロしてるし、どうして、あんな奴が、商人として成功しているのか、まったく分からないわ。お母さんが死んだのも・・・あいつの」
「前も言ったじゃない。エバーのお母さんが亡くなったのは、ダフキンさんのせいじゃないわ。ダフキンさんも被害者なのよ」
「エリー・・・あなただけよ。わたしの本当の友達は・・・みんなわたしに対して距離を置くの。マット商会の娘だってみんな知ってるもの・・・」
「エバーは綺麗だし、貴族の男の子だって、近づいてくるじゃない。女の子たちだってあなたと仲良くなりたいと思ってるわ」
「そんなの近づいてほしくないわよ・・・マット商会の娘だから近づいてくるんでしょ。財産や権力が目当てだってみえみえよ」
「エバーは、モテるし、裕福だからそういうのよ。わたしなんて、告白されたことなんて一度もないもの・・・」
二人が、ワグワナ法国の首都ダリンの街を話歩いていると、また、兵士たちが行列になって、進行していった。
隊列を乱さず、行進し、広場で訓練をするようだ。
「ねー。エリー。ワグワナ法国は、本当に帝国連合軍に勝利したと思う?」
「大勝利を収めたんでしょ?国紙でわたし読んだわよ」
「あの時、兵士たちもボロボロになって帰還してきたじゃない。わたし、それを見た時、負けたのかな?って思ったもん。兵士たちもちっとも嬉しそうじゃなかった」
「でも、それで帝国が弱まったからその隙に、トリアティ師団国を滅ぼそうとしているのよね?世界中に帝国の時代は終わったなんて言葉が広がっているって書かれていたわ。やっぱり、帝国に勝ったのは、本当のことなんじゃない?」
「わたし、ちょっと知ってるのよ・・・あの人が、仕事をしている時に、耳にしたんだけど、三国同盟の1つボルフ王国が、滅ぼされてるらしいの」
「え!?どういうこと?」
「ワグワナ法国は、それを国紙で伝えてないけど、本当は、厳しいのかもしれないわよ・・・」
「そんなわけないじゃない。みんなして、また勝利だって喜んでるのよ?次も勝利するのを疑う人なんていないわ」
エバーは、考え込む。
「ドア越しだったから、聞き間違えたのかなー・・・」
「きっとそうよ。ダフキンさんは、商人だから、もし、ボルフ王国が滅んだら、どういう流れになるのかを想定してたんじゃない?
国のような大規模なものに、物資を提供したりすれば、儲かるでしょうからね」
「そういうことかな・・・エリーって頭いいわよね。さすが、商人の娘だわ」
「あなたも商人の娘なんですけどね・・・」
「わたし、そういうこと教えられたことないのよ。あんな奴に教えられたくもないけどね」
エリーは、嬉しそうに手をすりすりしはじめる。
「でも、エバーのお父さんなら世の中の秘密とかの情報も一杯もってそうよね。そういう秘密を探るのってドキドキしない?」
「世界の秘密・・・?うん。ドキドキする!」
「そうよね。ワクワクするっていうか。ちょっとした冒険みたいな・・・」
「そうかもしれないわね。冒険ね。わたし、ほとんど街から出た事ないから、秘密とかに興味あるかも、エリーが他の街に行ったという話を聞くだけで、ワクワクするもの」
ふたりは、歩きながら、好奇心を膨らませて、歩いていった。
「でも、トリアティ師団国は、早く滅ぼしてほしいわ・・・あいつら、人を食べるんでしょ?」
エリーは、体を震わして、願う。
「そういわれてるわよね。わたしのお母さんは、獣人は、優しい人が多いって教えてくれたんだけど・・・」
「それは、わたしたちが、生まれた頃の話でしょ。今は、人を襲うケダモノの国なのよ。見ただけでゾっとするわ・・・」
「うん・・そうね・・・気を付けないといけないわね・・・」
「そうよ。気を付けなさいよ。ダフキンさんが毒を警戒するように、エバーも警戒心を持たないといけないわよ。大人の世界は、そういうものだってお父さんも言ってたもん」
「エリーのお父さんとは、あいつは違うわよ。自分の手料理をわたしに食べさせたいだけかもしれないわ。気持ちわるい」