171章 見えていても見えない
2回目の海の予兆が新大共和ケーシスのデジー村に訪れている中、源は、ドラゴネル帝国首都ドラゴに足を運んでいた。
ミカエルを通して、状況は把握していた。
リリスから止められていることもあって、ソロの要請が出るまでは、みんなを信じて、自分がしなければいけないことを進めることにした。
レジェンドは、ドラゴネル帝国が龍王の意思を復古させようとするのであれば、帝国に逆らう理由もない。
帝国からすれば、龍王が残した予言の伝説の天使が帝国の仲間であることを背景にできれば、大義名分も保つことができる。
セルフィが帝国に刃を向ける相手を倒してくれることは、帝国にとって多くの意義を示すことができるということだ。
しかし、帝国は、龍王がいなくなってから約1000年も経ち、龍王の意思から外れ、多神教となってしまっていた。
ご都合主義にいくらでも変えられる多神教には、その時代の支配者の都合のいい解釈がされてしまうだけだ。
そんな恐ろしい思想に、何もすることもなく従っていれば、都合によって消されてしまう。
従って、レジェンドを守るためには、今の帝国とは付かず離れずの距離を保ちながら、帝国側に龍王の意思を復古させることが望ましい。
それは、レジェンドや新大共和ケーシスを守ることにも繋がってくる。
ボルフ王国を滅亡させた天使セルフィの名前は、全世界へと広がり、毎日のようにセルフィに会いたいと申し出が舞い込んでいた。
そのすべてに応えることなどはできない。
源が海を差し置いてでも、会っていたのは、首都ドラゴに一神教の教えを伝え続けていたラミチュ・イレミア司祭様だった。
そのラミチュ・イレミア司祭が、一神教を伝える違う一派であるドルスミヤ・マガローニ司祭との面会をセルフィに頼んでいた。
同じ一神教であっても、何を強調しているのかで、宗派がまた変わってくる。
現世でもキリスト教は、130以上もの宗派に分かれている。
とはいっても、仏教や神道などに比べて圧倒的に宗派の数が少ないのは、聖書が固定されて変えることができないからだ。
あれだけ巨大な権力を持っていたカトリックでさえも、聖書を大幅に書き換えることなどできなかったので、聖書に書かれた内容と見比べられて崩壊し、政治から切り離されるようになった。
源からすれば、西区教会は、何を強調している宗派なのかを知っておきたいところだった。
そして、首都ドラゴで龍王の意思を復古させる為に、彼らの助けが必要になるからだ。
ラミチュ・イレミア司祭様の中央教会で、ドルスミヤ・マガローニ司祭と会うことになった。
ドルスミヤ・マガローニ司祭は、比較的、小柄で、見た目は真面目な学者タイプ、優しそうな顔だちをしていた。
中央教会に赴いても、常に笑顔で、宗派が違う信者さんたちにも、お辞儀をしては、「感謝します」と声をかけていた。
「セルフィ様。わたしが、西区教会の司祭をしていいます、ドルスミヤ・マガローニです
よろしくお願いします」
「初めまして、セルフィです
こちらこそ、よろしくお願いします」
ラミチュ・イレミア司祭が、微妙な顔つきで、ふたりを案内した。
「では、お二人とも、話し合いをするための部屋を用意していますので、そちらのほうで今後のことを相談していきましょう」
ラミチュ・イレミア司祭は、部屋に案内すると、気にかけてなのか、その部屋から出て行った。
席につくなり、質問をドルスミヤ・マガローニ司祭がはじめた。
「セルフィ様は、ドラゴネル帝国に、龍王の意思である一神教の教えを広げたいとお考えのようですが、具体的には、どのように伝えていこうとお考えなのでしょうか?」
「そうですね。ドラゴネル帝国は、帝国を維持するための政治目的で、一神教から多神教へと国教を変えていき、今では多神教が当たり前のように受け入れられているわけですから、一神教を伝えていくことは、難しいと思います
ですが、ドラゴネル帝国は、龍王が作り上げた帝国です
その市民の方々で、龍王ヒデキアのことを知らない人はいないでしょう
また、その龍王の予言を知らない人もいないと聞きました
帝国皇帝陛下と謁見した際、政治的にも、一神教である利点をわたしは伝えました
それを理解してくださったことで、帝国の国紙に、わたしのことを書いて広げてくださることもしてくださったのです
本当にわたしが伝説の天使かどうかは、わたしも分かってはいないのですが、龍王の予言に書かれた存在だと考え、皆さんも一神教に興味を持ってくださっています
そこに政治的な利点をさらに提供できれば、少しずつ民に一神教を伝えることもできるのではないかと思うのです
首都ドラゴの教会だけではなく、世界中に散らばった龍王の意思である村々もあり、そこでは長らく一神教の教えは伝え続けられてきたのです
それらの村には、聖書の一部が保管され、すべて集めることができれば、聖書が完成できます
聖書を民にも、与えることが出来るようになります」
ドルスミヤ・マガローニ司祭は、頷きながら、話し始めた。
「それは素晴らしいことですね
確かに、セルフィ様の話題は、どこにいっても出てくるほど広がっています
そのおかげか、西区教会でも、一神教の教えがどのようなものなのか知りたいとやって来る方たちもみえはじめたのですよ」
「そうですか。それは、初耳です
わたしとしては嬉しい情報です」
「多神教側からも何かしら圧力がかかるかとも思っていたのですが、そうでもなく、むしろセルフィ様のことを知りたいと声をかけられることもありました」
「確かに、わたしのところにも、多神教の司祭様がおみえになり少しばかりでしたが、話を伺いましたね
その時も、わたしに興味があるかのように、接してくださいました」
「わたしも、セルフィ様のご活躍をお祈りしているひとりです
ですので、ここは、わたしたち二人だけですので、表面的なことは置いておいて、内心を隠さず話をしたいと思うのですが、どうでしょうか?」
「隠すですか・・・?
えーっと・・・つまり、帝国の動向などを隠さずに教えてほしいということですか?」
「まーそういうこともそうですが、本当の話を伺いたいのです
帝国では廃れてしまっている一神教を利用して、利益を生み出そうとお考えだとは思いますが、わたしにも、その恩恵をあずからせてほしいと思っているのです」
ん・・・?
源は、声には出さないが、何が言いたいのか理解に苦しんだ。
「一神教を利用するとは、何のことでしょうか?」
ドルスミヤ・マガローニ司祭は、最初に会った時の顔とは違う歪んだ顔をみせはじめた。
「つまりは、生きていくために、それぞれの仕事を行っているだけで、わたしたちも、一神教を教えるという仕事をしているわけです
500年ほど前までは、これでもわたしたち西区教会の教えによって一神教は多くの信者を従えていました
その頃は、本当に多くの利益を生むことができたというのです
わたしたちが目指すことも、結局はそういうことです
皇帝陛下とともに、龍王を題材として、一神教を利用するというアイディア
伝説の天使を語るということの波状効果を考えての策は、素晴らしいと言わざるおえません
わたしもそれを邪魔するつもりは毛頭ありませんが、セルフィ様たちを認めることで、その利益をわたしにも少しお分けしてくださるだけでいいのです」
源は、冷めた目で、質問した。
「ドルスミヤ・マガローニ司祭様は、神様を信じておられますか?」
ドルスミヤ・マガローニ司祭は、両腕を広げて、万遍の笑みを浮かべながら、答えた。
「もちろん、信じています
神様は偉大。神様に感謝。神様にゆだねる
こういった言葉が信者たちが、好きなことも知っておりますとも」
ダメだな・・・こいつ・・・宗教を利用しているだけで、まったく神様を信じていないぞ・・・
源は、冷めた目で、ドルスミヤ・マガローニ司祭を見ながら、聞き直す。
話を聞くだけで頭が痛くなってきたので、手を眉間に寄せた。
「つまり、わたしが、皇帝陛下と一緒に、伝説の天使だという作り話をして、人々を騙して、利益を上げようとしていると考えているわけですか?」
「帝国の権威は、今は地に落ちようとしています
それを何とか、盛り返そうとするのなら、帝国を作り上げた龍王を利用することは、賢いやり方でしょう
わたしもそのやり方に、まったく賛成です」
「ドルスミヤ・マガローニ司祭様は、わたしたちレジェンドが、帝国連合軍と戦ったことをご存知ですか?」
「その話ですか。上手く作り上げたものですね」
「上手く作り上げた?」
「そういう物語を作り上げて、情報を操作して、民衆を誘導するやり方は、良くあることです
それもまた素晴らしい手法だと思っております」
「つまり、レジェンドという村は、存在しないとでも?」
「よく出来た話だと感心させられております」
源は、手を前に向けて、ドルスミヤ・マガローニ司祭と一緒に、レジェンドの上空に瞬間移動した。
「うわわわわわ!!」
ドルスミヤ・マガローニ司祭は、突然空中に、移動して、とりみだした。
手や足をバタバタさせて、何かに掴まろうと必死だが、空中なので、掴まるものはなにもない。
ゆっくりと、リトシスで、ドルスミヤ・マガローニ司祭をレジェンドの村の中央、ロックハウスの前に降ろした。
「ここが先ほど話したレジェンドの村です」
村人が、セルフィをみて、挨拶をする。
「おかえりなさい。セルフィ様」
「セルフィ様。こんにちは」
源は、声をかけてくれた村人を呼び止めた。
「あ!ちょっと待ってくれる?変なことを話すけど、この村の名前をこの方に教えてあげてくれる?」
「え?村の名前ですか・・・?レジェンドですけど・・・」
「ありがとう。ごめんね」
源は、ドルスミヤ・マガローニ司祭を見て話す。
「レジェンドという村は、存在していることは、分かっていただけましたか?」
「まさか、村ごと用意されたのですか!?」
「はぁ!?」
「そこまで用意周到に、準備するとは、驚きました」
「はい!?何言ってるんですか?」
「ですから、どこかの村をそのレジェンドという名前にしたとかですよね?
ワッ!!何だあれは??」
ドルスミヤ・マガローニ司祭は、みたこともない大きなものが、街の中を動いているのに驚く。
それは、車だった。
「な・・・なんだ・・・あれ・・・」
レジェンド特製の自転車やバイクなどをみて、また驚いていた。
「あれらは、レジェンドの研究員が、開発した新しい乗り物です」
「の・・・乗り物・・・」
「ここがもし、作り話で、皇帝陛下とわたしで、用意した村なら、帝国にもない新しい設備があるのは、おかしいことですよね?
このレジェンドのすべての家には、水道水という水が使えるんですよ
みてください。庭に水をまいているでしょ」
ドルスミヤ・マガローニ司祭は、その光景をみて驚く。
「家に水?井戸水ではなく?」
「井戸水とは違いますね
言っておきますが、レジェンドは、皇帝陛下と出会う前からわたしたちが作り上げた村です
ボルフ王国を滅亡させたことも作り話だと思われているかもしれませんが、このレジェンドは、帝国連合軍と戦いでは、死人も出てるんですよ
あなたの言い草だと、すべて作り話かのような言い方ですが、これをみれば分かるでしょ」
「魔法を使ったのですね!」
「へ!?魔法?」
「幻覚をみせて、わたしも信じ込ませようとされてるのですね!」
「瞬間移動魔法は確かに使いましたけど、マインド系のマナは使っていませんよ・・・」
「だったら何ですか!この見た事もない家や町は、こんな街があるわけがない」
もう無理・・・
目があっても見えず、耳があっても聞こえず、口があっても言えない。
聖書の言葉通りだ。
すべて利益や打算、心が曇っていれば、実際にみえている世界もまったく見えなくなる典型的な例だな・・・
源は、瞬間移動で、元居た首都ドラゴの中央教会に戻った。
ドルスミヤ・マガローニ司祭は、また慌てる。
「わたしには、本当のことを言ってください。セルフィ様」
はあ・・・・
源は、深いため息をつく。
「本当のことをそのまま言っているだけですけど・・・」
「つまり、わたしには、利益の報酬を渡さないということですか?」
また、利益か・・・
「確かに、わたしも皇帝陛下も、利益になるように考えていますけど、本当のことを言ってそれが利益になっているだけで、利益だけのために嘘を作り上げているわけではないんですよ・・・」
「分かりました。魔法まで、使ってまだわたしさえも騙そうとするのなら、仲間にはなれないということですね」
分かってないよね・・・この人・・・
ドルスミヤ・マガローニ司祭は、不機嫌になりながら、部屋を出て行こうとはじめた。
源は、少し呼び止めた。
「あ。ドルスミヤ・マガローニ司祭様
あなたのために言っておきます
神様は、本当にいるんですよ」
「そんな言葉は、わたしも毎週のように言ってますよ!本音で話せない人は、信用できませんので、失礼します」
「・・・」
ドルスミヤ・マガローニ司祭は、部屋を出て行った。
宗教を心から利用している典型的な人だな・・・。
『ドルスミヤ・マガローニ司祭様は、神様を信じていません。セルフィ様』
『まーそうだね・・・何を言っても通じない人は、通じない・・・未信者よりもクリスチャンから離れた人だということだ
偽預言者というやつだよ。ミカエル』
『黙示録に記載されている偽預言者ですね。分かりました。セルフィ様』
『ミカエル。デジー村は、どうなってる?』
『今のところ、負傷者は0です。魔族が現れましたが、それらもエリーゼ・プル様とバーボン・パスタボ様が、速やかに排除しました。セルフィ様』
『魔族?その映像をみせてくれるか?』
『分かりました。セルフィ様』
源は、魔族の映像を見直した。バーボン・パスタボが倒した魔族は、話すことはなかったが、エリーゼ・プルと戦った魔族は、やたらとしゃべっていた。
『何だ?この魔族というのは』
『遺跡から生まれるモンスターの一種族だと考えられています。セルフィ様』
『ミステリアスバースで生まれたにしては、何だか色々知っていそうな口ぶりだよな?』
『デストロイという魔族だけの国もあれば、獣魔兵国アプルでは、多くの魔族を悪魔族だと言われているブタンによって管理利用されているとも言われています。セルフィ様』
『つまり、今回の海は、そのデストロイか、獣魔兵国アプルが、関わっている可能性があるということか?』
『分かりません。セルフィ様』
『愛の見解はどうだ?』
『マーレ・ソーシャスなどの組織も疑わしいですが、この異世界に閉じ込められている人間が、この世界の理のひとつである遺跡をコントロールできるのかは、疑わしいところです
遺跡の探索を進めるとそういったことも可能になるのかもしれませんが、分かりません
もうひとつの見解としては、源を拉致した者たちによっての統制機能です』
『統制機能?』
『はい。源。この異世界のルールに従わすための介入できるツールのひとつとしての設定がないとは限りません』
あれだけ話をしてはいても、俺を拉致した奴らが作り出したNPCという場合もあるわけか
でも、遺跡の生み出す量をコントロールできるような奴らもいるかもしれない・・・。
部屋に、ラミチュ・イレミア司祭がやってきた。
「セルフィ様。ドルスミヤ・マガローニ司祭とは、どうでしたか?」
「ドルスミヤ・マガローニ司祭様は、ダメですね・・・まったく、神様を信じていません。打算で世の中がまわってると本気で信じ込んでいます
わたしたちとは真逆だといってもいい考え方なので、正直、あまり関わりたくはないですね」
「そこまでですか!?」
「何だか、本音でとか言われて、利益をよこせみたいなことを言われましたよ・・・疲れました・・・まだ多神教の司祭様のほうが、神様を信じているように思えましたね
あれは、宗派がどうのこうのというものではなく、異端ですよ」
「わたしも、以前から彼とは話が噛み合わなかったのですが、まさかそこまでとは・・・」
「セルフィというキャラクターを皇帝陛下と一緒にでっちあげていると考えているようですね・・・仲間になるから利益をよこせということでした」
「なんと!そんな失礼なことまで・・・」
「彼は失礼とは思っていないようで、逆に、本音を言わないわたしが、失礼だと思って不機嫌になって出て行かれました・・・
あの人、まったく聖書、信じていませんよ」
現世でも、こういう牧師や神学者はいた。
進化論のような非現実的な宗教でさえ、認め、他の宗教も認めて、受け入れるという体の良いことを語る偽牧師だ。そんな者が神学校で何も知らない生徒たちにキリスト教を教えるのだから、まったく信仰心がない先生から教わるので、生徒たちは混乱してしまうわけだ。
「西区教会の司祭には、どれだけ話しても無駄だということが分かりました
彼らにはなるべく関わらず、わたしたちだけで、一神教の復古を進めていきましょう」
「そうですか・・・教会の司祭だけが集まる組合の場もあるのですが、そこは何とかわたしが、対応しておきます」
「すみません。ラミチュ・イレミア司祭様
大勢が集まる場でなら、表面的な会話だけで終わったことでしょうけど、1対1で話したことで、欲を出してしまったのでしょう
相当、わたしを詐欺師だと思っていたのでしょうね・・・仲間だとでも思ったのかもしれません」