166章 ヨシュア村
ヨシュア村は、首都ドラゴから東北3000kmの地点で龍王の意思である聖書を守っているロー村と同じ移動型の村だ。
ロー村の司祭様が知っているのは、ユダ村とロー村、そして、シュモウ村だった。
各村の司祭様たちから残り2つの場所も教えてもらえる。
そうすれば、首都ドラゴにさらに近い場所の村も見つけることができるかもしれない。
首都ドラゴに近い聖書を守る村があれば、その村からドラゴに一神教の布教をしてくれる人が現れるかもしれない。
それに、龍王の意思である聖書66巻を集めて、司祭様たちに聖書の複製の許可をもらうことが一番の目的だ。
首都ドラゴには、すべて揃った聖書があるが、それらは100年以上前からベニター家によって独占され、複製は禁止されていたからだ。
それよりも古い時代から聖書を保管している他の土地のものなら、複製して数を増やしても問題はないということが分かっている。
収益につながることはダメだが、無料で配ることはゆるされるということだ。
今のところレジェンドが保持している聖書の書簡は、創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・伝道者の書の5つだ。
この5つは、地下施工工場で、印刷できるように、今、ミカエルに大型印刷機を作らせている。
ロー村の司祭様を先頭にして、4人でヨシュア村へと入っていった。
ヨシュア村の村人たちは、質素倹約の平和的な生活をしていた。
以前のロー村のような村だ。
村人は、見慣れない二人の人間と物質モンスターをみて、警戒した。
警備係の人なのか槍を持った男が軽く走り寄る。
「お待ちください。あなた方は、何をしにここにおみえになったのですか?」
司祭様が答える。
「わたしは、ロー村の司祭ですじゃ
レヴィンチ・タダ司祭とは古くからの知人で、こちらが、以前連絡して教えておいた伝説の天使であるセルフィ様ですじゃ」
男は驚いた顔をして、頭をさげた。
「あなたがセルフィ様ですか!」
「はい。ロー村司祭様とは仲良くさせてもらっています」
「失礼しました。レヴィンチ・タダ司祭様に、すぐに報告してまいりますので、お待ちください」
男は、走って、村の奥へと向かっていった。
ロー村司祭様とは違い背中はピンッと立っているが、杖をついた老人が、先ほどの男と一緒に歩いて近づいてきた。
「おおおぉぉ!あなた様が、セルフィ様でございますか!」
レヴィンチ・タダ司祭は、手を掴んで涙する。
「わしじゃないわ。ボケたんか。わしはサルビナ・アレイじゃ」
老人ふたりが、手と手を取り合っている。
「なんじゃお主か・・・手を放せ!では、あなた様が、セルフィ様でございますか」
「お主本当にボケたんと違うんか?それは物質モンスターのロック殿じゃ。手が岩だろうが・・・」
源は、目がほとんど見えないのだろうレヴィンチ・タダ司祭の手を握った。
「わたしが、セルフィです。はじめまして、レヴィンチ・タダ司祭様」
「おおおおお!なんと感謝なことか!先代も、ロー村の先代様もあなたを待ちわびていたのですじゃ。わたしも何十年とお待ちしておりました。こんな幸せなことがあるでしょうか・・・」
レヴィンチ・タダ司祭は、大粒の涙を流して、セルフィの手を強く握った。
『愛。俺の目のプログラムをベースにして、レヴィンチ・タダ司祭様の目を作り変えることは可能か?』
『複雑なプログラムですが、可能です。源』
「レヴィンチ・タダ司祭様。司祭様の目を見えるようにさしあげてもよろしいでしょうか?」
「なんと!!そのようなことが御出来になるのですか!?」
「許可を頂ければ試したいと思います。よろしいですか?」
「はい。お願いいたします」
源は、リトシスで、レヴィンチ・タダ司祭の目を5分ほど分析し、自分の目と同じプログラムで、改変させた。
「おおおお!見えますぞ!本当に見えます!」
源は、証明するかのように、マントを横にずらして、自分の白い羽をレヴィンチ・タダ司祭にみせた。
村人が、それらの様子をみて、騒ぎ出す。
レヴィンチ・タダ司祭は、今までの想いをぶつけるかのように、セルフィに語り出した。
その熱意は、かなりのものだ。
ロー村司祭が、少し怒った顔で、それを止める。
「お主、本当に大丈夫か?いつまで、ひとりで話すつもりじゃ!
セルフィ様をこんなところに立たせたまま、話しを聞かせるつもりか?
早く神殿にお通しするのじゃ」
邪魔な老人だなと言わんばかりの顔で、レヴィンチ・タダ司祭は、ロー村司祭様を睨みつける。
「申し訳ございません。目のことで驚き、羽を拝見して、今までの想いもあって熱くなりすぎました。どうぞ。そこの老人以外の方は、神殿の方へ」
「わしはいったらならんのか!」
「チッしょうがない。お主も来られよ」
「今、舌打ちしおったな!?」
老人ふたりが、こういうノリで喧嘩しあうのは面白いが、村人たちは、それどころではなく、伝説の天使という少年に注目が集まった。
4人は、招かれたまま神殿へと向かった。
ロー村の神殿と同じように、すべてが木で造られていた。
くぎ1つ使われていない。
「レヴィンチ・タダ司祭様は、もともとロー村の見習い司祭だったらしいですね」
「はい。その通りです。ロー村の出です
わたしたちは、21の村々で、各自、聖書を守り抜いてきました。
しかし、40年前に、ヨシュア村が、魔物に襲われ、その時に、先代の司祭様が重症になり、変わりにわたしが司祭となったのです
そこの老いぼれよりも早く司祭になったことが、そこの老いぼれにはショックだったようです」
「何がショックじゃ!言いがかりも、いい加減にせい!」
源は、ロー村司祭の真っ赤な顔をみて、あせりながら手で止める。
「まーまー喧嘩はそれぐらいにして、受け流しましょう
えっと・・・つまり、21の村は、連携が取れていて、もし、担当の司祭様が何かあった場合は、応援を頼み、駆け付けるシステムがあるということですね?」
「はい。その通りです。そこの腰の曲がった老いぼれ以外の龍王の意思を受け継ぐ村人は、皆仲間だと思っております」
ロー村司祭は、赤い顔で睨めつけている。
レヴィンチ・タダ司祭は、相当口が達者なようだ。
「早速、セルフィ様には、聴いて頂きたい物があります。龍王の意思であり、ヨシュア村が、守り抜いてきた書簡です」
「はい。是非、お願いします」
巫女3人が2つの書簡を持って来て、木で造られたシンプルな台の上に、書簡が置かれた。
「これを読めるのは、何年ぶりでしょうか・・・。セルフィ様のおかげで、わたしが読むことができます。では、読ませていただきます」
レヴィンチ・タダ司祭は、ゆっくりと書簡の紐を解いて、読み始めた。
「これは、モーセがヨルダンの向うの地、パランと、トフェル、ラバン、ハツェロテ、ディ・ザハブとの間の、スフの前にあるアラバの荒野で、イスラエルのすべての民につげたことばである。
ホレブから、セイル山を経てカデシュ・パルネアに至るのには十一日かかる。
―――
―――それは主が彼をエジプトの地に遣わし、パロとそのすべての家臣たち、およびその全土に対して、あらゆるしるしと不思議を行われるためであり、また、モーセが、イスラエルのすべての人々の目の前で、力強い権威と、恐るべき威力とをことごとくふるうためであった。
ここからは龍王の言葉である。これらは龍王の意思であり、のちのちまで伝えていくことだ。のちに世界を平和にする天使が生まれ出る。天使とは、人間の体をしながら、背中に羽を生えた天使という種族だ。その者が現れたのなら、おのおのが守っている龍王の意思を読み聞かせろ。その者の名は、ハジメスエナガという」
レヴィンチ・タダ司祭が、読んでくれた書簡は、モーセ五書のうちの最後の書である申命記だった。
これもまた綺麗に変わることなく、聖書に書かれている内容で守られ、ヨシュア村に保管されていた。
そして、最後は、龍王による変わらない予言だ。
やはり、どこにいっても、この天使の予言は、変わることなく書き残されているようだ。
「では、続いて2つ目の書簡も読ませていただきます
さて、主のしもべモーセが死んで後、主はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに告げて仰せられた。
―――
―――イスラエル人がエジプトから携え上ったヨセフの骨は、シュケムの地に、すなわちヤコブ百ケシタでシュケムの父ハモルの子らから買い取った野の一画に、葬った。そのとき、そこはヨセフ族の相続地となっていた。
アロンの子エルアザルは死んだ。人々は彼を、彼の子ピネハスに与えられていたエフライムの山地にあるギブアに葬った。
ここからは龍王の言葉である。これらは龍王の意思であり、のちのちまで伝えていくことだ。のちに世界を平和にする天使が生まれ出る。天使とは、人間の体をしながら、背中に羽を生えた天使という種族だ。その者が現れたのなら、おのおのが守っている龍王の意思を読み聞かせろ。その者の名は、ハジメスエナガという」
これは預言者モーセの弟子であり、後継者となったヨシュアが書いた書物ヨシュア記だった。
このヨシュア記を守り抜いてきたからなのか、この村の名前はヨシュア村と呼ばれている。
「ありがとうございました
わたしがここに来た理由は、66巻の聖書を完成させて、龍王の意思を世界に復古させるためです
聖書を完成させて、ひとりひとりの価値観を統一させ、人間はみな仲間であり、家族であるという認識を持たせたいと思っています
ノアから出た子孫たちが増え広がり、多くの神々を作り出したことで、人はあらゆるご都合主義の思想が広まってあらゆる正義や愛を生み出して争いへと発展していきました
ヨシュアは悪の祖であるカナン人と戦い続けましたが、どうやらこの世界にも、カナン人のような正義を持った者たちがいるようですから」
レヴィンチ・タダ司祭は、頷きながら答える。
「もしや、それはシンのことではありませんか?」
「シン?」
「とても古い時代からあるシンという組織が存在しているという噂がまことしやかに流れています
実際にそのような者たちと関わったことがありませんので、本当にある組織なのかはわたしには分からないのですが・・・」
『エジプタス伝記P245などには、エジプタスが、シンという組織を受け入れたことが書かれています。源』
伝説の魔法使いエジプタスは、シンの仲間だったということか。
そして、マーレ・ソーシャスがソロの兄であるスミスをアモラにした技術もまた、エジプタスの作った魔法国モーメントのものだというし・・・
「ドラゴネル帝国の図書館で、エジプタス伝記を読んだ時に、シンとエジプタスに関わりがあったことが書かれていました
魔法国モーメントは、シンと何らかの繋がりがあるのでしょうか」
「申し訳ございません。シンのことについては、噂程度にしか知らないので、わかりません・・・」
「そうですか・・・ですが、ロー村と合併したレジェンドと仲間であり、新しく創設された新大共和ケーシスに攻撃してきた相手は、不可思議な敵でした
わたしたちの仲間を操作のマナなどで操り、人間なのかも分からないような者がさらに大規模魔法を使って元ボルフ王国を消滅させたのです
はじめは、ボルフ王国がさしむけた敵だとも思いましたが、ボルフ王国が消滅した後にも、攻撃をしかけてきたことからそうではないとも思いまして・・・」
「何度もその者たちが攻撃をしかけてきているということでしょうか?」
「2回目の攻撃以降は、特に動きはありません。
もしかするとマーレ・ソーシャスという者を倒したのですが、その者が黒幕だったということもありえるのですが、その仲間らしき者には逃げられたので、楽観視もできないのです」
「マーレ・ソーシャスという名前も聞いたことはありませんね・・・ただシンは、大工のような発明に関わっていたという噂程度は聞いたことがあります
発明王セカンの時代からシンはあったのかもしれませんね」
発明王セカン!?
源は、腰に帯びていた剣デフォルメーションを鞘ごと横にして両手でみせた。
「これはドラゴネル帝国皇帝陛下から頂いた発明王セカンが造ったという剣デフォルメーションです
発明王セカンもシンと関わりがあったかもしれないのですね」
「おお!それが龍王が使用していたという伝説の剣ですか」
「他の剣も使っていたらしいですが、この剣も使用していたとわたしも皇帝陛下から聞きました
龍王は、発明王セカンに大きく影響されたと言われています。
それはエジプタスも同じだったと記憶しているのですが、彼らがシンの仲間だったとは思いたくはないですね・・・
シンという者たちなのかは分かりませんが、わたしたちに攻撃してきた者たちは、帝国にも攻撃を4年前にしかけてきたということです
帝国からしてもあれらは敵だということでしょうね」
「帝国はいまでは多神教に流され龍王の意思は飛散してしまっているといいますが、セルフィ様はまだ諦められておられないのですね?」
「わたしは2度ほど皇帝陛下と直に話をさせていただきました
皇帝陛下は、話しを聞く耳を持たれています
皇帝であっても帝国のすべてを自由にできるわけでもないので、苦難が続いているようですが、その解決策こそが龍王の意思であり、福音だということも理解して前向きに帝国を一神教の教えを復古させようと考えられています
帝国は、多神教を推奨して多くの国々の文化を尊重するという政治目的で宗教を利用していましたが、それがゆえに、多くの正義が統一されることなく広がってしまっているので、帝国に反旗をひるがえす正義もまた現れ、帝国は常に戦い強いられつづけています
国々から10%の税を徴収していますが、それに追いつかないほど、帝国は疲弊しているのです
そういった背景が長く続きどうにかしなければいけないと皇帝陛下も頭を悩ましていたのですね
あの皇帝陛下がいるうちは、望みはあるとわたしは思っていますね」
「ですが、聖書とは別に、遺跡は、多くの神々が作り、その遺跡からわたしたち人間も生まれたという話もあります
特にイシュタリオテという女神崇拝は、メーゼ神教でも伝えられていますので、一神教の復古は困難を極めるでしょうね」
「わたしはメーゼ神教のことは詳しく知らないのですが、イシュタリオテが神だと信じられているのですか?」
「はい。ただの伝承で、本当のことかは分かりませんが、その昔、この世界に人間が現れたその時代、人々の前にイシュタリオテという女神が現れたというのです
わたしたちを助けるという言葉を人々に述べたというのですが、当時の人間たちは、イシュタリオテを非難し、文句を言い続け、数千年経ち女神イシュタリオテの怒りが降り注ぎ、遺跡が現れ、その遺跡からモンスターが出現したことで、多くの人々が命を奪われたといいます
そこからは地獄のような世界になり、遺跡からは途方もない数のモンスターが現れ人々は、ギリギリの生活の中を生きていったといいます」
「どうしてそんなにイシュタリオテは、文句をいわれていたのでしょう?」
「それは分かりません・・・その時代の人々は心神深くはなかったのかもしれませんね」
ユダ村の司祭様から話を聞いた時、その時代の人々は記憶を持っていたかもしれないということだった。もし、その時代の人々が、現世で俺のように拉致されたことを覚えていたとしたら、確かにイシュタリオテに文句を言いたくもなるだろう・・・
レヴィンチ・タダ司祭は、話しを続けた。
「イシュタリオテの怒りによって古代語を話していた人々もいなくなり、イシュタリオテの存在も忘れ去られたのですが、遺跡に残された壁画などからその伝承は残され、イシュタリオテを崇拝するメーゼ神教が古くから続いてきたのです
イシュタリオテを怒らせては成らぬという教えです」
「それが何故、多神教になるのですか?」
「巨大遺跡の外壁にある壁画には数体のイシュタリオテが描かれ、始めの人々に現れた時も、複数いたことから多神教という認識があるようです
ですが、あまり詳しくはイシュタリオテやこの世界の神々のことは分かってはいないのです
ただ、そういった神々がいるということだけが伝承として残されているぐらいです」
「多神教だから色々な話を人間が作りそうなものですし、遺跡に謎が隠されているとも聞いたことがあるのですが、そこから情報が出てくるのではないのですか?」
「いえ、メーゼ神教は、イシュタリオテを怒らせてはならいということで、自分勝手な物語などを風潮することは禁止されています
遺跡の謎についてはその探検者たちから伝えられることはないのです
それもイシュタリオテへの恐怖からかもしれませんね
ですが、深く遺跡探検した者たちは、世界の謎を知っているといいます
特に考古学者などを一緒に連れて行くような者たちは、メーゼ神教の司祭などよりも遥かにイシュタリオテのことを理解しているのかもしれませんね」
以前、中規模の遺跡に仲間と一緒に地下10階まで行ったが、謎を解き明かすようなものは発見できなかった
それは俺たちに注意力がないからなのか、考古学の知識がなかったからなのか分からない
俺が知っている考古学者といえば、村雨有紀ぐらいだが、連れて行ってみるのもいいかもしれないな
「このヨシュア村にきてはじめて龍の壁をみたのですが、あの壁の向こう側には、大量のモンスターがいました
地獄のような世界だったとさきほどおっしゃられましたが、龍王はそれを防いだということなのですよね?」
「その通りですね
龍の壁が造られるまでは、モンスターが大量に出現し、人間は特に危険を強いられていたのです
その人間を守るために狼王が現れ、狼王がいなくなれば、発明王セカンが現れて、人々に戦うための武器を与えていったのです」
なるほど、セカンという王は、そういう人物だったのか。
「人々は武器を持ち、人間と共に戦ってくれるモンスターとともに、襲ってくるモンスターを何とか退けていたのですが、いつしか人々は、強さを求めて、人間さえも争いはじめたのです」
「やはりそういう人間たちもいたんですね
敵を倒せば倒すほど力が手に入るんですから、争うことを好んで暴走する者もいると思っていました」
「はい。ですが、その暴走をことごとく追い潰したのが、伝説の大魔法使いエジプタスや龍王でした
力を得るために無暗に争う者たちを糾弾して、秩序を作り出したのです
今でこそ帝国が世界を支配し、多くの国々と毎年のように戦争をしているので、帝国は戦争ばかりをまき散らしているかのように見えますが、その前の時代と比べれば、圧倒的に戦争や争いの数を無くして平和のランクを上げているのが真実なのです
平和な世界に近づけましたが、遺跡からは常にモンスターが出現するので、龍王は、龍の壁を建設し、外から出現してくるモンスターを止めたのですね」
「龍の壁は、良いアイディアだったと思います
ですが、あの壁はどうやって建設していったのですか?」
「すみません。それはわたしにも分かりません
確かにあの巨大な壁の建設方法は、謎ですね・・・
話は変わりますが、聖書だけではなく、龍王から引き継いだ場所があります
それをセルフィ様にも見ていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい。是非、拝見させていただきたいですね
ユダ村でも龍王から引き継いだとされる遺跡を発見でき、今でも役立っています」