14章 地の想造
この世界を照らす光、ダイヤ型の白い光る物体をもう太陽と呼ぶことにした。太陽は、朝になるとその明かりを変化させ、夕方や夜を醸し出す。地球の太陽は色を変えない。色が変わったようにみえるのは、地球の大気が平行線上に太陽が来るところで光を屈折させるからだ。そして、夜は太陽ではなく、月が世界を照らし出す。
この世界の太陽は、すべてをその太陽だけで賄っている。太陽と呼んでいいのか、月と呼んでいいのか分からないが太陽にした。
どうやら、一日は約20時間のサイクルでまわっているようだ。ダイヤの太陽は、この世界ではいくつもあるようで、同じ時間に同じように変化していくので、地球のような時差がないと思われる。この世界は一斉に朝になり昼になり、夕方そして、夜になるのではないだろうか。そして、夜が比較的短い。ただの憶測だが、地球とは違って体力などが増している生き物が多いために、白昼の時間帯を長めにしている設定をあいつらが作り出しているのかもしれない。
環境に生き物が適応するのではなく、生き物にあわせた世界の構造という逆説も仮想空間なら当然あることだろう。オンラインゲームでユーザーに合わせた新しいコンテンツの実装がされるようにだ。
昨晩の戦いで、ロックや源は、取り乱したが、時間とともに平常心を取り戻していた。
源は、考えた。リトシスの能力は、どこまでの効果を発揮できるのだろうか。自分の周囲に対して、プログラムを書き換え、変化をもたらすことができるその能力、小さな創世記、リトルジェネシスは、木や石を変化させたり、重力を変化させ浮くこともできるようにしてくれる。大きな岩を素手のパンチだけで穴をあけるほどのパワーも、法則を考えずに書き換えてしまっていた結果だったのだろう。
軽く殴るだけで普通の岩がひび割れするわけがないのだから・・・。
重い石を軽石のようにして、壊れやすくもしていた。岩を壊して脱出したい、などの頭の中の発想や想いが自然とリトシスを発動させていたということだ。
自分がもらっている能力がどこまで出来るのかで生き死にの確率も変わって来る。
ロックと一緒に、朝食の準備に取りかかる。昨日の戦いで倒してしまった木を加工して、テーブルを作り上げた。椅子を1つと、フォルがくつろげるテーブルよりは低いフラットスペースになっている50cm四方の台座だ。
ロックには、岩のイスを用意した。といっても何も加工していない。ただ大きな岩を運んだだけで、それが一番ロックの体を固定してくれるからだ。変に加工するほうが負荷がかかってロックが普段からその椅子を使っていけばすぐ壊れるだろう。
源とフォルは、昨日の一角うさぎの残り物、そして、ロックは、岩をテーブルに置いて、朝食の準備は整った。
明るい光が射し込んでいる白昼は、なんて喉かなんだろうと思わせるほどのいいところだ。
昨日の戦いが嘘のようだった。
狼たちの死骸は、目の届かない場所に積み重ねてあって、移動させた。食事中や食事前にはみたくないからだ。
ロックは、食べるというよりも、食事をして、昨日のモンスターに噛まれて削られた腕を治すために、手ごろな岩を口の中にいれていった。
透き通った青と緑の湖を背景にして、食事をするのは、生きていた時よりも豪華じゃないかと思わせてもくれた。この場所を探す時に、空高く飛んで辺りをみわたしたが、人工的な建物や地域は近くにはなく、だからこそ大自然が広がっていた。あきらかに、現実の世界よりも危険な世界だが、そこだけは人工物が増えてしまった日本に比べて、優っているところだろう。もちろん、同じ自然なら現実のほうが上だ。
朝の数時間のうちにロックと計画を話し合って、今日のやるべきことを決めた。それらが終わって自分たちの考えられるセーフティポイントがあっても、まだ危険なら、ここを去ることにした。だが、安全を確保できるのなら、まずはここが源たちの、最初の第一の安住の地になる。
食事が終わると、源は、ロックとフォルに手を振って、空高く飛んで、目的のものを探し回る。なかなか、いいものは見つけられない。
『愛。愛の分析で、どこにあるのか、推測することはできないか?』
『わたしの情報では、源の最初の場所、あの洞窟だと考えられます』
『・・・。灯台下暗しか・・・俺も考えれば、気づくはずだったな・・・』
源は、愛に言われて、あの洞窟の場所に向かった。その際も警戒は怠らず、なるべく低く飛んで、目立たないようにした。黒い軍団のようなものにみられたくないからだ。
洞窟の崖の上に立つと、崖に沿ってまた飛びはじめ、探した。
「お!いいのがあったぞ」といって、それを持って、次は、隠れることもなく、直線的になるべく早く、ロックたちの場所に向かった。それを持っていたら、隠れて移動するほうが目立つからだ。
ロックは、その間、土を掘っていた。フォルは、水を飲んだり、体を洗っている。
源に造ってもらった岩のつるで、土を柔らかくして、スコップで、外に掘り出す。掘り出した土は、土の上ではなく、平にひらたくした、大きな岩の板の上に乗せていく。
そうしている間に、源が戻って来た。その巨大な影をみて、フォルは怯えた。あまりにも巨大すぎるものが、空から飛んできたからだ。
源は、ものすごく巨大な岩をセーフティポイントまで運んできたのだ。
現世には、ラシュモア山という山がある。アメリカのサウスダコタ州のキーストーンに歴代のアメリカ大統領の巨大な顔が岩に掘り起こされている山だ。その1つの大統領の顔の大きさほどの岩を源は探し当てて、ここまで持って来た。それも空を飛んで。
もちろん、それは源が力持ちすぎるからではなく、リトシスの能力を使って無重力状態にしたことで、そのようなことが出来たのだ。巨大すぎるから、隠れるよりも早くここへ着くことを優先したのだった。
怯えるフォルだが、ロックは分かっていた。だが、計画通りのことは分かっていても、実際にそれを目の当たりにするのは、また違う。常識ではありえない不思議な光景に驚いてしまっている。
源は、ロックの作業の邪魔にならないところに巨大岩を置いた。源が手を放すと、岩は、自分の重みでズズズズと地面へとめり込んでいき、その動きは止まった。
そして、源もロックの作業を手伝い始める。
手を土の中にいれたまま、宙に浮かぶと、その手を刃物のように使うことで、大きく土地を切って線をつけていった。20m四方の線をひいて、それを目安にする。
そして、ロックが掘ってくれた穴に降りて、その穴から徐々に、まるでケーキを切るように、両腕で四角く土の塊を切り取り、そのまま飛んで、ロックと同じように、平たくしていた岩の板の上に土を置いていく。
それを何度も繰り返して、大きな20m四方の巨大な穴を掘っていった。
源が一回で運ぶ2m四方の土の重さは1tにも及ぶ体積になる。それを簡単に移動さしているかのようにみえるが、それらはリトシスの効果を使っているからだ。もし、リトシスがなければ、穴全体で一カ月もの時間が、かかる作業だっただろう。
その穴が開くのと比例して、大量の土が、平たい岩の上に山積みになっていく。その岩から土がこぼれはじめると、源はその大量の土が乗った岩を持って、飛んでいき、離れたところに土を捨ててきて、また平たい岩の板を地面において、そこに穴の土を乗せていく。それを繰り返して、穴をあけていった。平たい岩の板は、トラックのような役割だということだ。
穴は、20m四方に開けられたが、まだ深さがたりない、そこで、源とロックは次の深さの作業をはじめる。
途中、源は土の質が変わったことに気づいた。
「これは・・・」
「何かあったか?源」
「もしかしてこれ、鉄鉱石じゃないか?」
「鉄鉱石?」
「うん。鉄の原石だよ」
「何に使えるんだ?」
「鉄だから、武器や鎧、包丁やあらゆるものを作ることができるようになるかもしれない」
「すごいじゃないか」
「うん。でも、普通地殻に5%ほどしか存在しないと言われる鉄鉱石が、簡単に見つかるなんて・・・。もしかしたら、ここは、それ以上の割合で鉄が取れるのかもしれない」
ロックの記憶は、欠如していて、それが何の役に立つのかすぐには理解できないようだった。でも、源がなにか興奮しているようなので、良い事なのだろうと考えた。
「ロック。鉄鉱石は、土とは別にして、横に保管しておこう」
「分かった。役立つものは、保管だ」
二人は、使えそうな鉄鉱石や粘土などは、近くの邪魔にならないところに置いて、土だけは、違う場所に蒔いては捨ててを繰り返し、穴を完成させた。
その時、愛からの警告がされた。
『源。モンスターがこちらへ近づいてきます』
それを聞いて、ロックたちに言った。
「ロック、モンスターが来た!警戒しろ」
ロックはその声を聞いて、ロックアックスを手に持つ。
『源。モンスターは一匹で、なぜか、ゆっくりとこちらに歩いてきます。足取りからすると、昨日の狼型モンスターだと思われます』
『どういうことだ?』
『分かりませんが、源たちを襲うにしては、なぜ一匹なのか判断に迷います』
なぜ一匹だけで、ここに来たんだ・・・。23匹の同時攻撃でも俺たちを倒せなかったのに、一匹だけで倒せると思わないはずだが・・・。
『源。モンスターは、何かをゆっくり置いて、立ち去りました』
『なに・・・?何を置いていったんだ?』
『分かりません。まったく動かない物体を置いて、立ち去りました』
「ロック。感知したところ、昨日の狼型モンスターだったけど、なぜか一匹だけゆっくりと歩いて来て、何かを置いて、立ち去ったようだ」
「立ち去ったのか?」
「うん。もういない」
「何を置いていったのか、みてくるよ」そう言うとロックは、源が眺めていた方向に歩きだし、何なのかを確認し、それを持って戻って来た。
ロックが持っていたのは、2匹の一角うさぎの死骸だった。
「一角うさぎ?」
「ああ。どういうことだろな・・・」
『源。獣は、本能で生きていますから、強いものには強い服従を誓うといいます。昨日の源たちの強さをみて、もしかしたら、狼型モンスターが、供物を提供してきたのかもしれません』
『そういうことなのか・・・?』
「ロック。もしかしたら、あいつら、俺たちのことを恐れて、贈り物を持って来たのかもしれないぞ」
「なに!?そんなことがあるのか?」
「うーん。よく分からないけど、獣は強いものに服従する傾向があるらしい」
「なら、これは、源とフォルの晩飯だな」
「捕まえる手間がはぶけたな。よし、夜になる前に全部終わらせたい。作業を続けよう!次は通気口の道だな」
と源がいうと、源は、両手でまた20mもの細長い、離れてみると線のようにみえる穴を掘り始めた。その線のように長い穴もなかなか深く掘られる。
計画通りの穴が開いたところで、あの巨大な岩を源は、直線的に、穴が開くように、パンチを打ち付け、せっかくの大きな岩をまっぷたつに割ってしまった。上の部分だけは残し、砕くことを繰り返して、岩をさらに小さくしていき、ロックの体ほどの大きさにしてから、大穴の中に運び入れた。
運び込むと、源はその岩を平たくしていき、四角い20mの大穴に沿って、まるでモルタルを壁に塗るように、石の壁を作っていく、数時間で、大きなスペースの岩を素材にした部屋を作り出した。床も岩だ。まだ天上はない。各場所に、通気口の穴をあけて、酸素が入り込むようにした。もちろん、モンスターなどが入らない程度の穴だ。そして、その屋根の部分に、残しておいた岩の中身をくりぬいて、どこからみても、表面上岩にしかみえないように、部屋の屋根の部分に乗せた。
岩の偽装だ。
そこが居住区だということを悟らせないための岩の部屋を作り出したのだ。
部屋の天井は岩型のドーム状の屋根の形になっている。
源は、天井と壁のまだつなげていない場所を手で触っていくとまるで痕の残らない溶接のように岩と岩がくっついていく。
外からみれば、巨大な岩が、一部顔を出しているだけにしかみえない。あの巨大な岩の4分の1だけが、外に見えているような状態だ。
そして、土で掘った穴と岩の間に隙間を埋めた。
もうこれで、どうみても、巨大な岩が土に埋まっているようにしかみえない。
また、くりぬいた部分の岩の材料を使って、20mの長さの大きな四角い通気口を作りはめ込んで、その上に土を乗せて、隠した。
岩の部屋の中に入り、大きな通気口の穴があるところに、四角い岩の暖炉を作り上げた。その煙は、20m先の何もないようなところから、漂うようにした。源たちがいる岩から煙突を出して煙を出せば、偽装にはならないからだ。外に出ている部分の煙突の先は、まるで少し大きめの岩が自然に置いてあるかのような形にして、その岩に穴がいくつも開いていて、そこから煙が出てくるようにした。なぜ、岩から煙が出てくるのか普通に考えれば不自然だが、この世界がすでに不自然なのだから、そんな岩があると思い込むかもしれない。
もちろん、その煙突の先の穴は、無数の小さな自然に出来たような不規則な穴を開けてあるため、モンスターも煙突から入ってはこれない。
そうこうしているうちに、夕方になってしまった。一日がかりの作業だったが、一日で済んだのが異常なほどの工程を夜が来る前にやり遂げた。
岩の部屋の扉は、もちろん岩で出来ている。部屋はひとまわり狭くなるが、モンスターに体当たりされても、大丈夫なように、壁も扉も厚めに作った。知能のあるモンスターなどなら、このドアに気づいてしまうかもしれないが、そのような者が近づいた時は、源が手早く、ドアを岩と融合させて、偽装する予定だ。木や枝などで気づかれにくくするのも可能だろう。
部屋の中からみれば、そのドアは上にある。部屋は地下に埋まっているような状態だからだ。だから、外に階段ではなく、中に階段を作り、その先にドアがあるという造りだ。
「源は本当にすごい。これだけの住みかを一日で作り上げるんだからな」
ロックは、岩で出来た頑丈なハウスをみて、感心の声を上げた。
「ロックが岩を食べて自分を癒して腕などを作り上げるように、俺はリトシスを使って家を作り上げただけさ」
「何かを作る発想力がまたすごいんだよ。木で造ろうという発想をする人はいても、巨大岩に偽装させたハウスを作ろうとする人は少ないぞ」
「そう思ってくれると嬉しいけど、神様はたった7日間で世界を創造されたんだ。それに比べれば、ものすごい時間と労力を使ったことになる」
「たった7日で世界をか。規模が違うな」
「そうさ。しかも、俺のは創造とは言えない、0という完全な無から何かを創り出す、それが、創造だけど、俺のは“想造”だな。かなり小さい規模の時間をかければ人間にだって出来ることさ。岩がなければ、ハウスも造れなかったからね」
源たちは、朝に造った木のテーブルやイスなどを部屋に置いて、焚火の火を暖炉の中にいれ、余った木を薪にして、中にいれて並べ、今日の計画の仕上げだ。
家具はまだそれだけで、ガラガラだけど、夜でも暖炉の火が灯って明るさを維持している。即席にしては、とても快適な空間を手に入れた。
「この家の名前は、ロックハウスだな」
「また、ロックかよ」
「そのままだし、ロックが住む家というのもあって、ロックハウスさ」
「確かにな・・・まーいいや、ロックハウスでいい」
源はそれをみて、笑う。
「でも、あとは、このロックハウスが、夜中のモンスターたちに通用するかどうかだ」
「確かにそうだな。源が作ってくれたが、どんなモンスターがいるのかも分からない。もし、これでもダメなら違う安全な場所を探して、そこに、このロックハウスを持っていこう」
「なるほどな。今日の作業は、例え違う場所に移っても、全部無駄じゃないということか」
「そいうことだ」
「さー。これからは夜だ。この夜を乗り切ろう」
ふたりは顔を見合わせて、頷いた。そして、源とフォルは暖炉で一角うさぎを焼いて食べ、ロックは、残った岩を食べた。今日の作業の岩の残りは、ロックの保存食になるだろう。