130章 わしの宝物
興奮したように、上院議員サネル・カパ・デーレピュースに、話しを持ち出すのは、村雨有紀だった。
「議員。九重景虎を発見しました!」
「んん?クジュウカ・・・・?」
「予測演算能力は、人だけでは無かったのです。生態系に及ぼす力学さえも、計算のうちに入れて、およそ、人には不可能な領域を持ったものは、演算を超えています!」
「ユウキ・・・すまんが・・・分からん。その前に、その子は何だね?」
「施設から連れてきた。ソロモン・ライ・ソロです」
「施設?ブリューレのことか?」
「はい。上院議員」
上院議員サネル・カパ・デーレピュースは、頭を抱えた。
10年ほど前、上院議員は、各方面の施設の運営を政治からサポートする立場の1つを担っていた。そして、個人的にも、多額の寄付をして、いたことで、施設ブリューレの院長とも、親しくしていたが、そこで、見つけたこどもが、村雨有紀だった。
有紀に話しかけると、そのこどもが、信じられない情報量を頭に叩き込んでいることに気づき、半ば、引き取るように、村雨有紀を連れて行き、学者の道を与えた。
それ以来、有紀は、その知識を使って、上院議員のサポートをすることで、上院議員の地位を引き上げたのだった。それはいいのだが、あのブリューレの院長は、多額の寄付をしている自分であってもこどものためなら容赦がない。いつもいつも、ガミガミガミガミ、村雨有紀が幸せにやっているのかと言ってくる始末・・・。こどものためなら、どこにでも乗り込んでくる勢いだ。
「わたしの許可もなく連れてきたのか・・・?」
有紀の目は、キラキラと輝いて、右手の拳を握り込んでいた。
「考えてもみてください。右目でみえる現象と左目で見える現象が、それぞれ別の動きをしたとします。バラバラに動かれては、1つしかない私たちの体は、どちらに、あわせればいいのでしょうか?」
「はぁ・・・?」
「ですから、こう言っているのです。バラバラなものは、1つにまとめればいい!」
有紀は、確信に満ちて、豪語しているが、何を言っているのか、まったく分からなかった。
「お主の言っていることは、分からないが、予測演算能力をその子が持っているというのか?」
「その通りでございます!上院議員」
予測演算能力・・・・予測演算能力・・・・うーん・・。予測することを得意とする能力だと考えると、どういうことだ・・・
「魔法国モーメントで行われていたと推測される常軌を逸した研究が、そもそも、世の流れを勧めようとしたエジプタスによる義信からの発案であったのなら、悲しいことなのですがっ」
「お前は、少し黙っとれ!」
上院議員に怒鳴れ、有紀は、手で口を塞ぐ。
えーっと・・・予測演算能力は、何に使える・・・?
上院議員サネル・カパ・デーレピュースは、優しい笑顔で、ソロに話かける。
「わたしは、サネル・カパ・デーレピュースという者でな。そこにいるムラサメユウキは、施設ブリューレのこどもだったんだよ。えーっと名前は・・・」
「ソロ」
「あー。ソロ君か。ソロ君は、ブリューレから来てくれたんだね?」
ソロは、あっちへ向いたり、こっちへ向いたり、しながら、顔を縦に振って、頷いた。
「そうか。そうか。お腹すいてるよね」
上院議員サネル・カパ・デーレピュースは、机の上の鈴を鳴らした。すると、ツンとした面持ちの女性の使用人が、やって来て、姿勢正しく、その場に立つ。
「この子は、ソロ君だ。お腹がすいてると思うから、食事を用意してあげてくれ」
「はい。分かりました。ご主人様」
ツンとした態度で、使用人は、クルっと方向転換して、食事の用意に向かった。
「うーん・・・ところで、ソロ君は、どんなことが出来るのかな?」
ソロは、キョロキョロして、答えなかった。
「あー。えーと・・・得意なことは、なにかな?」
ソロは、やはり答えなかった。
なんだろうか・・・脳の病気?この子が、才能がある?予測演算能力を持っている?
「あー。ソロ君。隣の部屋の椅子に座って待っててもらえるかな?」
ソロは、小さくお辞儀をして、隣の部屋に移動していった。
「ユウキ!」
「はい。上院議員」
「あの子が、そんな大層な能力を持っているわけないだろうが」
「それが持っているんですよ!」
「結局、あの子は、何が出来ると言うんだ?」
「彼は、九重景虎です」
「だから、何だそのクジュ ウカとかなんとか」
「失われた国。ジパングの遠い昔に存在した軍師です」
「何?軍師だと?あの子が、軍師になれるわけないだろ」
「九重景虎は、伝説に名を連ねてもおかしくない名軍師でした。しかし、景虎は、脳の病に侵されていたのです。人には出来ることができず、人ができないことを、景虎は成したのです」
「聞いたこともないが・・・お主が言うのだから、実在したのだろうな」
「軍師といっても、色々なタイプの軍師がいます。もちろん、わたしのように、情報をかき集めて、事実を基にして、予測を打ち出す軍師もいれば、情緒的な感情を汲み取りながら、大局をみる軍師。地形から算出される優位性を保とうとする軍師と、各自バランスよく産出した情報をまとめて、軍に指示を出すわけです」
「軍師とはそういうものだ」
「しかし、九重景虎は、違いました。情報は確かに副産物として持っていたとも言われていますが、何よりも優れていたのは、現状把握能力です」
「ふむ」
「現状把握は、動かない物は比較的簡単に把握できますが、動くものを予測するのは、大変むずかしい。人間であるのなら情緒を踏まえて予測することも可能でしょう。しかし、他の生き物はどうでしょうか。知的レベルがDほどでったとしても、予測し、それを軍の指示に取り入れることができるとしたら!」
「あの子は、モンスターの動きも把握するというのか??」
「その通りです」
「だが、その証拠をみてみたいな・・・」
「ここに来るまでの間に、ソロの経歴を一通り拝見しました。メーゼ神教主催で行われる陣取り祭りが、執り行われた時の彼のチーム勝敗の記録が、異常な数値を叩き出しています。何が優れているかといえば、時間でもなく、ポイントでもなく、相手に奪われたポイントです」
「つまり、被害の大きさのことだな?」
「はい。それが極端に少ないのです。そして、見事、ソロが所属していたチームは、優勝したのです」
「それは、本当にソロ君が、指示を出していたというのか?」
「いえ、それは、分かりません。そこまでの記録は、ないからです。ですが、わたしの記憶が確かなら、帝国最強騎士であり、生ける伝説となっているサムエル・ダニョル・クライシスが、少年期に出した成績よりも、そのチームの成績は、優れていたのは、間違いありません」
「何!?本当か?」
「はい。数字的には、それほど異常なものなのです。それが全試合に及んでいるのが、驚異的です。これは祭りで、限られた人数で、限られた地形による限られた条件で行われますから、すぐれた軍師が、指示を出したとしても、ここまでの数字を持続して出せるわけがないのです。祭りでさえ、そうであったら、戦争では、どうなるでしょうか?」
上院議員サネル・カパ・デーレピュースは、少し背筋を凍らせた。
―――上院議員サネル・カパ・デーレピュースは、ソロモン・ライ・ソロを連れて、帝国騎士が訓練している訓練場へと足を運び、ソロがどの程度、人の行動を把握できるのかを確かめた。
あらゆる人の行動を言い当て、それだけではなく、騎士同士の集団訓練による戦いを的確に予想を的中させた。
実験として、小規模の騎士団の指揮をまかせることにした。もちろん、訓練であるが、ソロが語ることを通訳のように、隊長が命令し、部下がそれを実行すると、その部隊は、5戦中、5戦とも勝利した。
問題は、もともと、その部隊は、最下位レベルだったことだ。その部隊の隊長は、少年のことを詳しく知りたいと言い寄って来たが、上院議員サネル・カパ・デーレピュースは、ソロのことは、口留めに走り、他言は禁止するようにと指示を出した。
上院議員サネル・カパ・デーレピュースは、施設ブリューレの院長に、必要以上に丁寧な手紙を送り届け、有紀の時のように、ソロを引き取る手はずを整えた。
それで済まなったのは言うまでもない。院長はオーガのように怒鳴り散らした。
最大の障壁からソロモン・ライ・ソロを手に入れると、上院議員は、ソロをまるで宝物のように、大切に扱った。あまりにもソロにベッタリになるので、まわりの目は、上院議員に冷たかった。
ソロは、村雨有紀に、ある記事を渡した。
それは、帝国の遥か北に位置する国、ボルフ王国の記事だった。そのボルフ王国の記事には、セルフィという存在が不思議な力をみせたことが書かれていた小さな記事だった。
ソロが何度も、セルフィの記事をみせるので、村雨有紀は、セルフィを調べ始めた。
セルフィ・・・龍王の意思の1つに書かれている。セラフィムから取った名前?