13章 叫び
『源。周囲に気を付けてください。何かが集まり始めました』
「ロック!」
「なんだ?」
「俺たちのまわりに何かが集まり始めた」
「黒い鎧のやつらか?」
「分からない」
そう話すと二人は、お互いの武器を持って、周囲を警戒した。
源は、鉄格子の素材で作った黒い鉄の70cmの短剣、ロックは、ロックアックスを手に取る。それぞれありあわせの素材を使って即席で作った武器なので良い武器とは言えない。
『どれぐらいの数が、近づいて来てるんだ?愛』
『今のところ20以上の動くものが、半径20m以内に集まりはじめました。四本足歩行の生き物です。源』
「四足歩行の生き物だ。大きさや足音から言っても馬じゃない。獣か何かかもしれないな。ロック注意しろよ!」
「分かった。でも、フォルはどうする?」
「フォルこっちにこい」と源がいうと、フォルは、源の広げた手にちゃんと向かって近づいて来た。源は、リトシスを使って宙に浮き、木の上に、フォルを乗せた。
「フォル。何が来るのか分からないから、お前は、ここにいたほうが安全だ。ここにいろよ」
フォルは、四本足で、しっかりと太い枝の上に立って頷いた。
そして、源は、ロックのところに降りて戻る。
「源も上にいた方がいいんじゃないのか?」
「危険だと思ったら、そうする。その時は、ロックに頼むかもしれないけどいいか?」
「いいぞ。見ていて、俺も危なくなったと思ったら、空に一緒に逃がしてくれ」
「そうだな。分かった」
逃げられるのなら逃げればいいし、逃げなくてもこの場所を確保できるのなら、それが一番いいとふたりは考えた。
源たちを囲んだモンスターは、暗闇から黄色い目を光らせた。月明りで反射したのか、それともそれがこのモンスターの特徴なのかは分からない。
「グルルル」と喉を鳴らすモンンスターもいる。近づいてきたことで、相手の匂いまで漂って来た。野生の匂いが強烈に放たれている。
そして、聴覚でも、鮮明に相手の姿が映し出される。姿は、狼だが、頭には角が2本生えている。少しトナカイの角に似ているようだ。鋭い牙と爪を持ち、その顎は、異様に発達しているようだ。あれに噛まれたら簡単には振り払えないだろう。あれは狼だ。狼型のモンスター。大きさは、普通の狼の3倍はある。
「狼型のモンスターが23匹。普通の狼の3倍はあるような大きさだ。頭には角が2本あるからその角にも気を付けろ!」
「解かったッ」
ロック・アックスをロックは握り込む。狼の角は分からないが、動物型なら、相性がいいかもしれないとロックは考えた。
焚火の火のひかりが、ウルフたちの姿をさらに明確にあらわにした。
灰色の毛に巨大な姿で、火の前で構える源とロックに対して、囲みながらグルグルとそのまわりをまわりはじめた。
獲物を前にして喜んでいるかのようにもみえる。それとも、こちらのことを警戒しているのか、分からない。だが、薄暗い中で、得体の知れないものに襲われることは、恐怖を体の奥から言い知れない何かを呼び起こす。
源とロックは、お互いの背中をあわせて、お互いをカバーできるように、周囲を警戒する。
「ちょっと、これはまずいな・・・」
源は狼の巨大さとその数をみて、怖気づいた。
巨大サソリは、1匹だった。それに単調な動きをするモンスターだったから、怪我もせず倒せたが、この数に一気に襲われたら、人間の姿をした源は、ひとたまりもないと考えてしまう。
あの時は、ロックが身を挺して犠牲になってくれた。あれを生き抜けたのは、ほとんど奇跡だ。今回のこの数と脅威は偶然では乗り切れないぞ・・・。
「源は、上でみていてくれ」
「ロックだけで大丈夫か?」
「やってみないと分からないな」
そう話している間に、源の右前の一匹のモンスターが、源に飛びかかって来た。
源はその瞬間に気づいた。
洞窟での聴覚だけ頼った経験が、功を奏したのか、次は聴覚だけではなく、視覚やあらゆる感覚から、愛に伝えられる多くのデーターが解析され、源に返って来ることによって、狼の動き一つ一つが、鮮明に把握できたのだ。
恐怖を感じすぎたのは、見えすぎていたからかもしれない。狼の毛の一本一本さえも、把握できてしまうのではないのか?というほど、源には、狼がしっかりと見えていた。1つの同じ狼型のモンスターの群れであるのに、一匹ずつ見分けることも出来るのではないかと思えるほどだ。目で見ているというわけでもないので、襲いかかってきている狼に顔を向けて見ているわけではないが、源は、自然と無駄のない的確な体の動きで、剣を動かし固定させた。
すると、最初に飛びかかった狼型モンスターは、自分の勢いで、そのまま剣に頭を貫かれた。源は剣を固定しただけだ。だが、狼型モンスターは、その剣に自分の頭を貫かせてしまったのだ。
モンスターは、次々と源に襲いかかりはじめた。顔を歪ませて、怒りの形相、猫が威嚇する時の顔の10倍は恐ろしいと思えるような顔で源に飛びかかる。
しかし、源は次々と狼型モンスターを倒していく。
傍から見ると、異様な光景にみえただろう。なぜなら、源は、剣を一度も振らず、ただ剣を体を守るように、まわりで固定しているだけなのに、なぜか、狼型モンスターたちが勝手にその剣に頭を貫かされていったからだ。
それは、源の聴覚以外をも含んだ感覚のデーターによる解析が、相手の動きを信じられないほど、的確に読み取って、相手がどの時間に、どこの位置に来るのかを未来を予想するかのように読み解き、そこに剣を固定するだけで、相手の力を利用して、倒してしまっているというものだった。
狼が跳躍を見せて飛びかかると、源はそれに対応し、その場でかがんで安全な位置を確保しながら、剣を固定させ、その剣に向かって一番剣が突き刺さる狼の骨格の隙間にスムーズに刃が入っていく。後ろから源を攻撃しているものには、背中に剣を回し、またその剣によって刺し貫かれる。
目の見えない剣士、座頭市のように、あまりにも無駄のない動きで、後ろの敵さえも、みるまでもない。座頭市がもし目が見えるようになったら、ここまで強くなるのか?と思えるほどだ。
狼型モンスターが狙っているのは、源だった。最初に襲ったのも、源で、その後も、源を餌だと思ったのか、源だけに、攻撃を加えようとする。
ロックは、それをゆるそうとはしなかった。自分の前にいる狼も源に向かって近づいてきたところ、ロックアックスを大きく横に振りぬき、狼型モンスターの一匹を薙ぎ払った。
グワンッ!!という物凄い音が響き渡り、巨大な狼型モンスターが離れた木にまで吹っ飛んでいった。
木に衝突した瞬間、モンスターは「キャウン」という鳴き声をあげた。
それから、狼型モンスターは、ロックにも牙を向け、襲いかかりはじめた。しかし、ロックの攻撃は、ものともせず、二匹同時に、ロックアックスで薙ぎ払う。
ロックは、パワーは強大だが、スピードはそれほどあるわけではなかった。狼型モンスターには、スピードもある。次から次へと襲われると、ロックアックスだけでは、防ぎきれず、ロックの腕にその発達した顎で噛みついてきた。
だが、ロックの太い岩の腕をさすがに、噛み切ることはできなかった。岩が欠けたぐらいだ。ロックは、腕に噛みついたモンスターごと、地面に腕を叩きつけた。
バゴォンッ!というすごい音と一緒にモンスターを倒す。
ロックには、牙で攻撃しても無駄だと理解したのか、モンスターは、角を向けてロックに襲い掛かった。しかし、ロックは角攻撃にも気を付けていて、しっかりとガードを固めていた。角は、ロックの腕に少し突き刺さったが、それが逆にロックに角を掴まれることになり、そのまま振り回され、木にモンスターは投げ込まれ、ダメージを負う。
ロックの戦い方は、豪快、豪傑なのに対して、源の戦い方は、対照的に、とても静かだった。狼型モンスターが、悲鳴を上げることもなく、自らの頭を剣に貫かれ続けていた。彼らからすれば、襲ったはずなのに、気づいたら剣に貫かれていたといったところだろう。
上に物があるのに、気づかずに頭を打ってしまうような状況を生き死にのこの場面で再現しているかのようだった。
右や左、前や後ろからも攻撃をしかけられても、相手の軌道を先読みするため、それゆえに無駄のない源の動きには、目を奪われるかのようだ。
ロックが5匹倒している間に、源は静かに10匹を倒していた。
狼型モンスターは、周囲に次々と仲間が死骸となっていくのをその血の匂いとロックの放つ大きな音から、気づき始め、うかつに襲い掛かることをやめた。
鼻を動かし、嗅覚で辺りを認識しているようだ。リーダーのような振る舞いの狼型モンスターが、喉を鳴らすと、モンスターたちは、うしろにゆっくりと後退しはじめたが、さらに攻撃してくるのかまだ、分からない。
源は、下に落ちている手ごろな石を拾うと、それを振りかぶって、なかでも好戦的に吠える狼にめがけて投げ込んだ。リトシスの効果が上乗せされたパワーが石に一点集中して、一匹のモンスターに激突した。石は、モンスターの体を破裂させるでもなく、パワーがありすぎて、体を貫いた。その石は、木に当たり、粉々に粉砕した。そして、木も倒れた。
それに怯えたのか、狼型モンスターたちは、あきらかに逃げの一手になり、ガラスが飛散するように、四方八方へと慌てふためきながら暗闇の中に消えていった。ロックはロックアックスを振り続け威嚇を繰り返してる。
狼型モンスターは、あきらめたようだ。
すると、巨大サソリを倒した時のように体の奥から高揚のような何かが込み上げてきて、体が熱くなるような感覚が訪れる。
『源。モンスターは、走り去りました。周囲には危険なものはいません』
『本当にいないか?小さなことも見逃すなよ』
源は、これまで一方的な数相手に、命のやり取りを強いられた経験が、もちろんなかった。そのためか、少し気が立っていた。恐怖を感じながらも、戦いが始まってしまったことで、きちんと対処できたのかと疑問に思えてくる。最後は、石の攻撃をしなくても、モンスターたちを撤退できたかもしれない。だが、源には余裕がなかった。あそこまでしなければいけないと体が考えるよりも先に行動してしまったのだ。
『大丈夫です。源。常にチェックを繰り返していますが、反応はありません。』
それを聞くと「ふぅー」と源は、息を吐いた。
しかし、ロックは、ものすごい声で叫んでまだ、ロックアックスを振り回していた。
「うおおおぉぉぉお。俺はやられない!俺を閉じ込めるなー!」
「ロック!もうあいつらは、走り去ったよ。この付近にはいない。ロック!」
ダメだ。ロックに俺の声が届いていない。
ロックは、源に気づかず、振り回し叫び続けている。源は、ロックの前に行って両手を振って、落ち着かせようとする。
「俺だ。俺だよ。ロック!源だ!もうあいつらはいない。逃げていったよ」
ロックは、怖い顔で、源を見ると、叫ぶのをやめ、はぁはぁはぁと息を切らして、ロックアックスを地面にズドンと置いた。
ロックは、俺とは違って、あの暗闇の中、たったひとりで数年も閉じ込められていた。
洞窟脱出の間に、取り乱しもした。
だがもし、俺がロックだったらロックのようにまともな精神を保てたのか分からない。ロックにとって、トラウマとなるのは、当たり前だ。外へ出たものの、ロックの危機感は変わらなかった。それは長い時間をひとりで恐怖し続けてきた後遺症だろう。恐怖が体や心に沁み込んでいるのだ。数時間しか暗闇の洞くつにいなかった俺でも、頭が混乱していた。そして、今の戦いで気がたっていた。ロックはどれほどだろうか・・・こういうものは、時間を費やして治していくしかない。言葉でどうなるものではない。
「やった・・・な。源。はぁはぁ・・」
「ああ。この場所を確保した。これであいつら、ここはあきらめて、もう来ないはずだ」
「だといいな・・・でも、やっぱりこの森も安全というわけじゃあ・・・なかったな」
「確かに・・・夜になると獣は動きだすというけど、ここでも同じなんだろう」
源は、ロックの肩に手を置いて、少しでも安心させる。そして、焚火の前に座らせ、源も横に座った。
「もう大丈夫だ。どれだけ念入りに感知しても、何も感じない。あいつらはこの近くにはいない」
「ああ。分かったよ。ありがとうな。源」
だが、これからのことも考えなければいけない。
様子をみて、少し落ち着いたところで、源は遠回しに対策を話し始める。
「今夜は、俺とフォルは、木の上だな」
「源たちは、その方が安全だな」
「でも、こんな戦いを毎晩のようにしなければいけないようなところだったら・・・」
「もし、そうなら考えなければいけないな。攻撃してきても、相手をしなくてもいいようなセーフティハウス、エリアを作るとかしないとな。それでも無理な場所なら、住むには、難しいかもしれない」
「とにかく今日は朝まで、火を焚き続け、警戒はちゃんとしておこう。それで順番に見張りの交代をしよう」
ロックは大きな頭を縦に揺らして頷く。
もしかしたら、モンスターは火を怖がらないのかもしれないが、無いよりはマシだ。あの明かりがあったからこそ視覚のデーターが手に入り、戦うことができたんだ。
二人でセーフティハウスなどをどのようにしていくのか、明るい時に決めることにした。それは身を守るための大切なことだ。