129章 オーガの怒鳴り
ソロモン・ライ・ソロが、施設に入って2年が経過した。源がこの世界に現れる4年前の頃。幸か不幸か、ソロの環境は、ソロモン家に居た時よりも、よくなった。
施設では、ソロをいじめるような子は、いなかったし、施設全体が、まるで家族のように助け合って生きていたからだ。ソロが、本が好きなことを施設長は知ると、施設にある本は、自由に読んでいいと、いつでも、ソロは、読書を楽しむことができた。
そんな施設【ブリューレ】に、久しぶりの客人が、顔を出した。考古学者として名を馳せた村雨有紀だった。
有紀が、馬車から降りると、有紀のことを知っているこどもたちが、まわりを囲んで大騒ぎとなる。
その騒ぎで気が付いた施設長も、出向いに出てきた。
「久しぶりね。ユウキ」
「ここはわたしの家ですから、帰って来てもいいでしょ?ママ」
「当たり前じゃないの。元気な顔をみせなかったら、お尻を叩くところよ」
こどもたちは、有紀の服から手を放さず、ひっぱり続ける。
「ユウキ兄ちゃんが、オーガね」
そう言われて、有紀は、ガオーと声をあげて、こどもたちを追いかけまわした。こどもたちは、大喜びで、逃げ回る。
ふと有紀は、木の木陰で、ひとり本を読む子に目をとられると、こどもに聞く。
「あの子は、どんな子なの?」
「ああ。あれはソロだよ。本が好きで、毎日、外で本を読んでるの」
「へー」
なんだか、昔の自分をみているようだと少し思った。あれ・・・でも・・・どこかで見た事があるような・・・
有紀は、その場で立ち止まって、眉間に手をやって考え始める。
どこだったかなー・・・えーっと・・・あ!ソロモン家の庭にいた子か!確か、ソロという名前の息子さんだったような・・・
ソロモン・ライ・ソロか。
プリオターク騎士団長のソロモン・ライ・リアム殿と言えば、獣人暴徒化事件の調査依頼、目にはしていなかった。
興味深い事象が、続いた事件だったから、あれからさらに調べてもみたけれど、確か、もう一人の息子さんもまた、変貌してしまったという興味深い事象を残し、パーシー・テシリ隊長が、それを治めたというものだったな。
わたしが調べた中では、戦場に現れた謎の男は、マーレ・ソーシャスという者だと思われた。ゴブリン遺跡に現れたのを騎士が目にしたもので、あれもリアム隊長が関わっていたはずだ。
それを上院議員に話したけれど、憶測の域を出ないと、終わったっけ?
エジプタスによる研究と結果を基にした世の理からの逸脱が、現代にも残りし、意思として裏返って起こされた事件だと睨んだけれど、情報が足らなければ、そこから形跡を遡ることは不可能だろう。
こどものひとりが、有紀の足を蹴飛ばすと、有紀は世界に戻って来た。
「オーガが、立ち止まってどうするのよ!」
「あーごめんごめん。テレス・バッションは、意思あるところに、我有き、すなわち、考えよって言ったんだ。ちょっと休憩」
「ユウキ兄ちゃん。また、意味わかんないし!」
こどもたちに、蹴飛ばされながら、有紀は、ソロのところへと歩いていった。
ソロは、木を背にして、座りながら本を読む。
その横に、有紀は座って、ソロの様子を伺う。
ソロが読んでいるのは、シュミナル戦記。戦記物の小説なのに、やたらと戦略・戦術が事細かく書かれていて、こどもが読めるものだとは思えない。
ソロは、読みながら、右手で、小さい石をつまんで、右側にポツンと落としていた。
何だろうとその石をみた先に、蟻の塊りがあり、それは、行列から伸びていた。
ソロは、本にチラと目をやると、すぐに他のところに、目をやって、首を動かしていた。
確か、脳に至る病気だったな・・・。
ランダムなタイミングで、小石をつまみ、また、蟻が集まっているところに、小石を落とす。
有紀は、ジーっとその石とその先に集まっている蟻をみた。
蟻は、同じ蟻の仲間同士で、何か争っているようにみえる。その中心にあるのは、虫の死骸。食べ物の争いなのか、よく分からないが、違う巣の蟻が、食べ物を捕獲するために、争うことがあると本で読んだことがあるな・・・。
ん?
有紀は、両腕を組んで、何か違和感を覚える。
ソロが、ランダムに落とす小石に、蟻が移動する時間を費やしたその一瞬の差で、形勢が交互に変わっている?
んんん!?
いや・・・これは・・・興味深いぞ!
「ソロ君。どっちを応援してるんだい?」
ソロは、笑いながら答える。
「仲良くしないと」
仲良く・・・仲良く・・・うーん・・・。分け合うように、動かしてる??
「君・・・もしかして、九重景虎か!?」
ソロは、意味が分からないのか、頭をかしげる。
「興味深い・・・」
そこで、有紀は、ソロに質問する。
「今は、リーチが、オーガだ。最初に捕まえられるのは、誰でしょうか?」
間を開けずに、即答する。
「院長先生。ママ」
すぐにわざと捕まえられたように、ママが、リーチに触られた。
まー。それは分かるとして・・・
「次に捕まえられるのは、誰?」
「転んで泣く、トーワ」
トーワが、石に足を取られたのか、ハデに転んで、泣き始めた。その不幸をリーチは、笑顔で、利用するようにさらに不幸を与える。
「トーワ。捕まえたっ!」
トーワは、そのショックで、大泣きしはじめた。
「凄いな・・・景虎じゃないか・・・」
しかも、凄いのは、人だけではなく、予測できるとは思えない蟻の行動さえも、影響を与えていることだった。
有紀は、すぐに立ち上がって、院長先生の手をひっぱって、連れて行こうとした。
こどもたちは、叫ぶ。
「次は、ママがオーガなんだぞ。ユウキ兄ちゃん!」
そんなこどもたちの訴えを無視して、有紀は、ママを連れて行った。
こどもたちは、ふてくされて、次のオーガをトーワだと言い出すと、トーワは、さらに不幸が舞い込んで、大泣きしはじめた。自分がみんなを捕まえることなどできないと思っていたからだ。
オーガをしなければいけないトーワが、まったく立とうとはしないので、目線を向けられたのは、リーチだった。
「お・・・俺かよ・・・」
オーガをして、頑張ったのに、結局また自分がオーガになることになって、リーチは、泣きそうになった。
「突然、何よ?ユウキ」
「ママ。ソロ君を連れて行きます」
「はい!?」
「興味深いので、ソロ君連れて行くんです」
院長先生は、あきれ果てた顔で、言う。
「あんたね。突然、興味深いというだけで、こどもを連れていけると思うの?」
「九重景虎は、予測演算能力に優れて、ジパングを形成する助け手として、活躍しました」
「はい・・・??クジュウカゲトラ??人の名前?誰よそれ?」
「乱世の地獄といわれた大昔の時代です」
「ユウキ・・・あんた・・・ほんと・・・かわらないね・・・あのね!連れて行くって言われて連れていけるわけないでしょ。あの子は、ここが家なのよ?」
「分かりました。ママ。許可をもらって来ます」
「・・・」
院長は、あきれ果てる。
「ユウキだから信用しているけれど、そんなこと普通は許可できないの。数日程度の体験として、外に出すことはあるけどね」
有紀は、院長先生に人差し指をさした。
「それにしましょう!」
ソロが、近づいて、声をかけた。
「行く。ぼく行く」
「あんたたち・・・似た者同士よね・・・」
渋々、外泊権の許可を出して、有紀と一緒に、ソロを預けることにした。院長先生は、オーガのように、赤い顔をしながら、怒りを抱いて、ソロのことを事細かく、有紀に、伝えて、脅すように送り出した。
馬車に、笑顔で乗るのは、ソロで、グダグダと長い説教を久しぶりに与えられた有紀は、少し青ざめた顔をしていた。
馬車が移動しても、ママの怒鳴るような声が聴こえてきた。