128章 悔しさ
アモラ討伐作戦を繰り広げる中、戦場の中心から異変が起こっていることが、戦場全体へと伝わる。巨大に膨れ上がる魔力量は黒色で、戦場の中心からみえる青い光が、人々の目に焼き付けられた。
2000匹いたほとんどのアモラは、討伐されて、戦いは終わると思われていた時に、出てきた異変に、戦場は止まったかのように沈黙し、青い光に注目する。
5分ほどの時間、地面で、異常に暴れ苦しみ、のたうち回る。このまま苦しみ続けるのかとさえ思えた。鈍い骨の折れるような音は、続いている。
しかし、体の変化が固定し終わったのか、苦しみ抜いたせいなのか、動くこともせず、倒れたままになった。
「魔族?なのか・・・?顔は、獣人のようだが・・・体毛はまったくない。あのどす黒い横に伸びた角は・・・」
スミスの変化した姿をみて、パーシー・テシリは、声に出した。
その瞬間、倒れていた者は、ドンッという音と共に、黒い魔力の色を残して、パーシー・テシリに襲い掛かった。
瞬時に、両手に剣を持って、クロスした状態で、その攻撃を耐えたが、パーシーによって燃え盛る鉄で出来た檻は、破壊され、その檻と同じように、吹き飛ばされた。
スミスが変化した魔族は、武器を持たず、暴れまわる獣人のように、鋭い爪を出して、吹き飛ばされたパーシーとの距離を詰めて、攻撃を繰り返す。
第4帝国騎士団長パーシー・テシリを完全に、後退させるほどの威力を持った攻撃だった。
次々と強烈な打撃を繰り出す魔族だが、その攻撃にも、パーシー・テシリは、対処していた。
しかし、打撃だけではなく、その拳に魔力を注ぎ込むと、黒い炎のようなものが、拳のまわりに現れると、その攻撃の先の辺り一面、植物やアモラなどの死体の残骸が、燃えて塵のように広がった。
燃えていないのは、パーシー・テシリだけだった。
「スミス。意識がないのか?」
魔族に問いかけるが、かまわず攻撃は繰り返される。
パーシー・テシリは、素早い動きで、魔族から距離を置くと、一旦、魔族は、その場で停止した。
ゼハー。ゼハー。
という息づかいをあげながら、周りを魔族は、見渡す。
離れたところで見ていた騎士たちに、攻撃対象が変わったのか、襲おうと動き始めた。
それをパーシー・テシリは、間に入って喰い止めた。
B+クラスの騎士たちであっても、異常な相手だと見抜くと、さらに離れて、距離を保った。
魔族へと変貌する前のスミスの速さは、かなりのものだったが、変貌してしまった後の動きは、それをさらに超えていた。
その姿の影すら見せないほどの動きで、パーシー・テシリのまわりを走り回る。
戦いをみていた騎士たちは、姿がみえなくて反応できない。
反応できていたのは、パーシー・テシリだけだった。
人間が、まったく違う種族へと変貌してしまうという今回のアモラ出現事件だったが、実際に、人間であったスミスが、魔族らしき種族へと変わったところをみて、驚いていた。
この変わってしまったスミスは、アモラとは風貌が全く違う。同じ事件だとみて、排除していいのか・・・
そんな事例は聞いたこともないが、もともと魔族寄りの悪魔族としての特性を持って生まれた存在で、俺に母親を殺されてしまったということで、暴走しているのなら、アモラとは違って助けることができるかもしれないと考えていた。
四つ足を止めて、両手の剣をダラーと下にさげたまま、動こうともしないパーシー・テシリのまわりをスミスは、常人では見ることもできない速さで、翻弄しようと駆け回る。
そして、斜め後ろから飛び込むように、襲い掛かる。さきほどよりも、手に宿る黒い炎の色は、大きく、黒く変色して、威力を上げていた。
確実に捕らえたと思ったその瞬間、スミスの顔に打撃の衝撃が加えられ、横に吹き飛び、その勢いのまま地面に叩きつけられた。
何が起こったのか分からず、右顎の衝撃の痕を振り払うかのように、顔を左右に動かす。
パーシー・テシリは、その場からまったく動いてはいない。両腕も垂らしたままだった。
ゆっくりと、吹き飛ばされたスミスの方向へ振り向き、歩いて近づいてきた。
スミスも起き上がり、ゆっくりと前に歩いて近づいていく。
手の届く範囲に、お互いが近づいたところで、スミスは、もの凄いスピードの両手の攻撃を繰り出した。
しかし、そのすべての攻撃が、何も動かしていないはずのパーシー・テシリに当たる前に、弾き返されていた。理性を無くして暴走していた攻撃を止めるほどの不可解さだった。
「落ち着けスミス。冷静になれ、戦争は終わった。もとに戻れるのなら、戻るんだ」
スミスの後ろから突然、現れたのは、マーレ・ソーシャスだった。
「何者だお前は?」
「スミスは、わたしの弟子でね。ここで殺させるわけにはいかない。サムエル・ダニョル・クライシスには、勝てるはずもないとは解っていたが、パーシー・テシリ・・・これほどの使い手だったとはな・・・帝国の騎士団長の力みせてもらった」
「まさか、一連の事件を操っているという者か?」
話している最中に、スミスは、両手の間に高密度の炎を作り始め、それをみた、パーシー・テシリは、顔を青ざめた。
「全員、速やかに撤退せよ。絶対命令だ!キロ単位の大爆発が起こるぞ」
スキルによって瞬時に、その命令が軍全体にいきわたると、すべての兵が、外へ外へと移動していく。
間に合わないか・・・
炎の色は、青から白へと変化をすると、その白色の炎は、さらにパチパチと光をまわりに生み出しはじめ、高温の域さえ超えて、さらに濃縮されていく。
スピードスターと言われるパーシー・テシリだけは、残っていたが、兵士たちが退避するための時間は、残されていないことに、苦悩する。問題は、B+の騎士が500人もいることだ。このすべてを失うことは、帝国にとってかなりの痛手になる。
その中には、転移するものもいたが、多くは移動して、逃げようとしていた。
その動きとは、逆に移動する者がいた。
サムエル・ダニョル・クライシスだった。
サムエル・ダニョル・クライシスは、両手を広げると、問題を引き起こしている戦場の中心を囲むように、大量の土が、盛り上がっていく。平原だった土地に突然、山が立ち塞がるように、土が丸く円を描くように大量に積み重なっていく。
パーシー・テシリは、速やかにその中心から逃れると、火山の火口のようになった丸いスペースをさらに、何重もの障壁が形成されていった。それを視認できたのは、帝国軍では、パーシー・テシリだけだった。
もの凄い轟音と共に、大爆発が土の中で、巻き起こされると、縦に向かって、光が柱のように、上へ上へと伸びたと思うと、大量のきのこのような煙がもくもくと立ち上った。
スミスや謎の男の気配は消え去っていた。
大爆発が起こると、逃げようとしていた兵士たちが、振り向き、見た事もない光景をみて、青ざめていた。
ソロモン・ライ・リアムは、報告を受けて、地面に膝をつけた。
―――妻だけではなく、期待をかけていた息子さえも失ったソロモン・ライ・リアムは、自分の豪邸の一室で、一日中、酒を飲み続けていた。
容姿端麗、将来は、自分をも超える騎士団長となり、帝国をささえてくれると疑うこともなく、大切に育てた息子も、愛するルイーダも、失うと、何のために、今まで生きてきたのか分からなくなり、総指揮官としての務めを終えた後は、休息期間を願い毎日のように酒を飲んでいた。
息子スミスは、アモラではないが、人間ではない姿に変貌してしまったということ。謎の黒いマントで包まれた男が突然、空間魔法か何かで、現れて、数言、述べると、あの大爆発をスミスが起こし、跡形もなく消え去ったということだ。
あの爆発の中で耐えられるとは思えないので、そのまま消滅し、死んだのか、それともあの男だけは、逃げ去ったのか、それは分からない。リアムにとって救いなのは、変貌してしまったスミスが、帝国騎士を殺すことにはならなかったことだ。
パーシー・テシリやサムエル・ダニョル・クライシスのおかげで、大惨事には至らなかった。しかし、それでも、帝国を脅かす者をソロモン家から出してしまったという不名誉は、残ることになる。
謎の事件は、謎をさらに残しながら、調査は保留となる。
想い伏せるリアムを心配するのは、執事たちだった。自分たちの主であり、使えるべき家族の崩壊は、自分たちの仕事の崩壊でもある。
そんなリアムの部屋の扉を叩いたのは、食事を手に持つ、ソロだった。
その姿をみるなり、リアムは、叫ぶように、怒鳴りつけた。
「この化け物が!わたしの前から消え失せろ!スミスを返せ!」
ソロは、何も言わず、怒鳴り散らす父リアムの声を聞きながら、離れたテーブルの上に、食事をそっと置いて、部屋を出ていった。
数日後、執事たちは、ソロを馬車に乗せて、移動をはじめた。
ソロと一緒の馬車に乗るのは、メリンダだった。
悔しそうに、下を向いて感情を抑えられないメリンダは、涙を流していた。
ソロは、そんなメリンダの頭を撫で続ける。
ソロを想って涙を流しているのに、そのソロが、自分を励まそうとしてくれているのに、さらに感情が高ぶり、ソロに抱き付いて、声に出してしまう。
「どうしてよ!あなただって、息子でしょ?。スミスと同じソロモン家の息子なのに、どうして・・・」
言葉を出して、想いのまま訴えたいのに、言葉に出せない歯がゆさで、また涙を流し続ける。
悔しいのは、やりたくもないことを、仕事だといわれ、しなければいけないことだった。
村を襲撃されて命を助けられ、生き残った後に、出来た、はじめての友達ソロに、何もしてあげられない。
スミスを失ったのは、主人のリアムだけじゃない。一番兄を慕い愛し、兄に守られていたソロが、一番苦しいはずと、叫び続けたい気持ちだったのに、さらにそのソロを傷つけることをしなければいけない自分に悔しさを覚える。
ゆるせないのは、自分だった。母を置いて、ソロと一緒にはいけない。
どうして、こんなことばかりが起こるの・・・?嫌なことばかりが続く・・・何て世の中なの・・・?そうソロに言ってしまいそうなのを、必死でこらえ続ける。
ソロは、そんな馬車の中でも、変わらない笑顔で、メリンダの頭を撫で続ける。
馬車から降りると、優しい笑顔の女性とこどもたちが、ソロを迎え入れた。ソロを抱きしめ、執事たちに頭をさげると、執事たちも、頭をさげる。メリンダと同様に、ソロのことを想う執事たちは、心残りを抱いたまま、施設を後にした。
「お前にはすまないことをしたと思っている。だが、ありがとう」
執事のひとりは、メリンダに一言、お礼を言った。
スミスがあれほど、嫌がって阻止したソロの施設送りを賛同できないのは、メリンダだけではなかった。
不幸の連鎖を止めるのは、一体誰なのだろうか・・・。