127章 願い
マーレ・ソーシャスによって力を得たスミスは、新種と認定された未知のモンスターであるアモラは、驚異ではなかった。
戦争のように多くの他の人間も拘わっていないのなら、アモラへと変貌してしまったリューイも、母ルイーズも、慎重に動いて、保護することも可能だったかもしれない。
しかし、各自が命をかけてアモラと戦っている以上、私情で動くことは、ゆるされないとスミスの行動に目を見張ってみていたのは、第4帝国騎士団長パーシー・テリシだった。
パーシー・テリシは、スミスの命の恩人であるアモラとなったリューイを簡単に切り捨てた。
スミスは、なすすべもなく、リューイを倒され、悔しさで感情を高ぶらせたが、戦場の中に、アモラとなった母ルイーズを発見してしまう。
規律と私情の板挟みとなったスミスは、規律へと気持ちを切り替えたとみせるように、他のアモラの排除をはじめ、パーシー・テリシに見せつけようとした。
スミスは、一匹のアモラであれば、それほど時間をかけずに無力化できる力があったが、わざと感情的な攻撃をして、心情を誤魔化そうとした。
パワーのあるアモラの腕を振りぬく攻撃を躱しながら、アモラの腕を斬り捨て、その他の3つの腕も斬り捨てると、足を攻撃して、アモラを動けないようにして、必要以上に、剣で攻撃を何度も何度も与えた。
知り合いを助けられなかったストレスをアモラにぶつけているように、パーシー・テリシに見せるためだった。
しかし、内心は、冷静で、斬り捨てた腕や足も含めて、アモラを高加熱、炎で処理をして、仲間の騎士たちの脅威にならないように処理した。
スミスは、思い悩む。
パーシー・テリシは、父リアム以上の何かを感じる。目の前にいたパーシー・テリシは、姿を消して、後ろにいたリューイを斬り捨てた驚異的な強さだ。
そんなパーシー・テリシを簡単に誤魔化せるとは思えない。
しかし、時間があるわけでもない。今は、騎士たちは、ルイーズを攻撃していないが、いつ攻撃を仕掛けるのか分からないからだ。早く、ルイーズの相手として立ちはだかりたいが、パーシーの目があれば、リューイのように一瞬で殺されてしまう。
スミスは、プロットを組み立て始めた。腕と言葉によってプロットである魔法陣を組み立て、新しい仕組みを具現化しようとした。
プロットを組み立てながらも、スミスは、移動を繰り返し、4体のアモラを自分に引き付けた。スミスは、わざと水気の支援を自分に付けていないので、スミスの匂いにアモラたちは、気づいて、誘導されるからだ。
誘導されたアモラは、4体から5体、5体から6体と数を増やしていった。
さすがに、他の騎士たちが、戦場であってもそれに気づいた。戦場になぜかこどもがいて、そのこどもが、水気の支援もなしに、動き回り、数体のアモラに追いかけまわされていたからだ。
10体ほどのアモラがスミスへと引き付けられ、その周りにスペースができると、プロットで組み立てた魔法を発動させた。
青い炎の壁が半径10mほどの円柱のように立ちはだかり、その円柱の中には、またアモラ10体とスミスを囲むように、水守が半球のように、現れ、その内部は視認できなくなっていた。その水守の内側に、さらに視界阻害による障壁も作ったので、外からは、内部はみえなかった。壁のような炎があるだけに、他の兵士たちは、入り込もうとはしない。
スミスは、戦場と隔離した空間を作り出したのだ。
もちろん、誘導したアモラ10体の中に、母ルイーズのアモラもいた。
10体のアモラは、一斉に、スミスへと攻撃をしかける。スミスは、作り出したスペースの中でも、自分に支援を付けていないだけに、アモラたちは、明確にスミスを把握していたからだ。
スミスは、内部からあふれ出してくる力を解放させた。他のモンスターよりもパワーがあるアモラの攻撃を剣で受け止めることさえ、今のスミスには簡単だった。力だけではなく、アモラ以上の素早い動きで、ルイーズのアモラ以外を斬り捨てる。
しかも、スミスの攻撃する剣には、高熱、炎が白くその周囲にとりついているように、囲んでいたので、斬りつけられたアモラたちは、剣に触れると同時に、その箇所が破裂した。
スミスの高温すぎる炎は、その生き物の水分を急激に蒸発させて、膨張してしまうからだ。
やろうと思えば、自分の体のまわりに、その炎を囲うことさえできる。
ルイーズを傷つけないように、気を付けながら、スミスは、9体のアモラを排除した。
「お母様。スミスです。お分かりになりますか?」
スミスが、話しかけるが、ルイーズは、お構いなしに、スミスへの攻撃を続ける。
ほんの少しでも、人間の理性が残っていればと願っていたが、ルイーズは、他のアモラと変わらない反応しかしてこない。
父リアムが言ったように、元に戻すことは、難しいのか・・・。
スミスは、ルイーズの攻撃を躱しながら、手をかざした。
ルイーズと接触できた時のことを考え、あらかじめプロットを作成して臨んでいた。
ルイーズの周りには、目に見えない空気の層が出来ていた。ルイーズの周辺の空気の気密だけをプロットによって薄くした。
ルイーズの動きが若干鈍くなる。
スミスが出来ることは少なかった。声をかけ続けることしかできない。本当なら、戦場からルイーズを切り離したいが、接触できないので、それもできない。誘導して連れて行こうとすることも、パーシー・テリシがいるので、出来ない。
まわりに作った魔法も7分すれば、消滅してしまうので、ずっと上書きし続けることもできない。
苦戦していると、スミスが作った障壁を抜けてきた者たちがいた。プリオターク騎士団だった。プリオターク騎士団は、馬車で、5m四方の四角い鉄の塊を持って来ていた。
「スミス様。プリオターク騎士団で用意した特注の檻です。この中に何とか、ルイーズ様をいれて、捕獲しましょう」
「捕獲なんてしていいの?」
「アモラの研究のためだとか、後から何とでも言えます」
「皆さん・・・ありがとうございます・・・」
「ただ、どうやってあの中に入れればいいのか・・・」
四角い鉄の箱は、一面だけ横面が縦にスライドすることが出来る造りになっていて、そこを開けておくことはできるが、アモラ1匹が丁度入るほどの大きさしかないだけに、そこに入れるのは難しかった。
そこにスミスが、匂いで誘導して誘い込もうとしても、スミスも檻の中に入らなければいけなくなる。
スミスは、プリオターク騎士団に、ウォーターの支援をして、自分にだけルイーズが気が向くようにさせた。
「お母様。こちらです。こちらに来てください」
スミスは声をかけるが、ルイーズはお構いなしに、拳を振り回す。
なんとか、檻の前までは、おびき寄せることができるが、鉄の檻に気づいたのか、ルイーズは、警戒して、入ろうとはしなかった。
なので、スミスは、水気で檻を囲み、匂いを消してから、檻の前にまで、ルイーズを誘い込み、ギリギリのところで、素早く移動して、無理やり後ろから蹴り飛ばして、ルイーズを中に入れた。
ルイーズが檻の中に吹き飛ばされると同時に、騎士が檻の板を降ろして、施錠して確保した。
「スミス様!成功です!このまま、安全なところに連れて行きましょう」
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
後は、アモラを元に戻す方法を探しだすことだと考えていたが、スミスの作った障壁魔法を超えて、現れた。
それは、パーシー・テリシだった。
「ソロモン・ライ・スミス。先ほど俺が言ったことを理解できていないようだな」
スミスの顔は青ざめ、必死に訴えた。
「パーシー・テリシ殿!このアモラは、このように魔法障壁にて隔離されています。他の騎士が危険に陥ることはありません」
「確かに、外には危険はないだろう。しかし、そいつを生かしておけば、いつ被害者が出るのか分からないだろ?体の一部だけでも感染させることができるモンスターを生かしておけるわけがない」
プリオターク騎士団の騎士が、割って入る。
「アモラの生態は、未知です。どのようにして、感染させ、数を増やしているのか、解明されていません。確かに、現れたアモラをすべて処分すれば、今回は、安心できるかもしれませんが、そのアモラを作り出した者が捕まっていない以上、第2、第3のアモラ襲撃が起こされてしまいます。一匹だけでも捕獲して、その生態を調べることは、のちの為にもなると考えています」
「その為なら、誰かを犠牲にしてもいいという考えなのだな?」
「それもしょうがないことでしょう。解明しなければ、また同じことが繰り返されるだけだからです」
「では、帝国第四騎士団長として命令する。速やかに、目の前のアモラの息の根を止めよ。動かなくなった死体だけ、1つ研究することを許可する」
「・・・!」
「お前のいうように、将来のためにも、確かに研究するべきだろう。しかし、余分な危険を残してまでするべきではない。死んでしまえば、その脅威のレベルは低くなるのだからな。こいつらは未知だとお前は言った。そんな未知なものを生かして研究するより、まずは死体だけを研究するべきだろう。
その研究の結果、生きたアモラが必要なら次回でそれは検討するべきだ。今回は、プリオターク騎士団長リアムどのは、排除すると軍に命令を出した。その命に従うべきだ」
スミスは、訴える。
「元に戻せる可能性もあるかもしれないんですよ?殺してしまえば、元に戻れる見込みは皆無です。元に戻せる方法を解明すれば、次に同じことが起こっても、それを沈下することもできるかもしれないんです!」
「だから、それは研究したものたちに決めさせればいい。俺たちが勝手に決めることではない。今は、元に戻すことよりも、感染を防ぐことのほうが優先だ」
パーシー・テリシは、剣を引き抜いて、ゆっくりと檻へと近づいていった。
その檻の前に、スミスは立ちはだかった。
「絶対に、させない・・・絶対に、お母様を殺させない・・・」
プリオターク騎士団の騎士たちは、決死の表情をするスミスをみた。
「スミス様・・・・」
「どけ。ソロモン・ライ・スミス。邪魔立てすることは、審問会で追及される事態となるぞ」
「そんなことはどうだっていい!このアモラは、お母様なんだ!殺させはしない!」
「ふふふ。面白い。ソロモン・ライ・スミス。お前は、どうやったのか、常人のこどもでは手に入らないような力を持っている。あのリアム団長のご子息だからなのか、または、それ以外の理由があるのか、知りたかったところだ。今、わたしに勝てたのなら、お前たちの意見を俺は採用して、認めてやろう」
パーシー・テリシは、楽しそうに、笑みを浮かべた。
こいつ・・・楽しんでるのか!?感染がどうのこうのという話をしておいて、本心は、自分が楽しもうとしているだけじゃないのか?
スミスは、心の底からゆるせないという気持ちが、湧き起った。
スミスとパーシー・テリシが動く前に、プリオターク騎士団のひとりが、パーシーに後ろから攻撃をしかけた。
その攻撃をパーシーは、簡単に受け払った。
「何だお前?俺たちの邪魔をするつもりか?」
「スミス様は、まだこどもです。第4帝国騎士団長のあなたが、まさかこどもだけ相手をしても、つまらんでしょ?」
「確かにな。だが、お前は、殺気を持って騎士団長に剣を向けたな。それ相当の結果を与えるぞ」
パーシーは、攻撃した騎士をケンタウロスの後ろ足で、蹴り飛ばすと、騎士は、吹き飛んだ。
吹き飛んだ。騎士をスミスは、まわりこんで、受け止めた。
他のプリオターク騎士団の4名も、剣を抜いて、対峙する。
「みなさん・・・」
スミスは、自分と同じようにパーシー・テリシに、不満を持ってくれる大人たちがいることに感謝した。
「スミス様。わたしたちが参戦したとしても、相手は、S級クラスの騎士団長です。気休め程度だと思ってください」
スミスは、すぐに、プロットを発動させ、騎士たちに支援をほどこした。
「体が軽い!スミス様、いい支援をお持ちですね」
パーシー・テリシも感心する。
「面白い支援を持っているな。ソロモン・ライ・スミス。」
【視界阻害】
無詠唱で、強力なダークアイの効果を持つ魔法をパーシー・テリシに後ろからかけようとするが、簡単に躱された。
スミスは、パーシーが自分と同等のスピードがあることに驚愕する。
パーシーの動きを把握できていたのは、スミスだけだった。騎士たちは、消えたパーシーを探すように回りをみわたす。
騎士たちの後ろに、回り込んだパーシー・テシリは、騎士に攻撃をしかけようとするが、スミスが間に入って、その攻撃を受け止めた。
「本当に面白い。俺の動きを把握しているようだな。スミス殿」
楽しむように、攻撃をするパーシーに苛立ちを覚えながら、スミスも、剣を横一線に振り込む。
横からの剣の攻撃を、片手で剣を持つパーシーは、簡単に受け止めるが、スミスの攻撃は、続く。
スミスの能力の高さに驚きながらも、死角から騎士たちが、援護するように、攻撃をしかけるが、パーシーは、左腕で、騎士のアゴに衝撃を加えると、騎士は、その場で、倒れた。
スミスは、パーシーが、剣と剣で受けたちするのを踏まえて、剣に高熱、炎を無詠唱で施した。スミスの剣は、白く燃え上がり、鉄さえも瞬時に、溶かせる攻撃を斜め上から繰り出した。
しかし、パーシー・テシリの剣は、融けることなく、簡単に受けたちしてみせた。
融けない!?
スミスの驚いた顔をみて、パーシーは、笑みを浮かべる。
「帝国騎士団長を舐めすぎだろ。こいつらがいったろ。俺はサムエル・ダニョル・クライシスと同じS級騎士だぞ」
パーシー・テシリは、残りの3人も、素手で衝撃を加えて、意識を刈り取った。
「これで邪魔者はいなくなった。ソロモン・ライ・スミス。お前と俺だけの戦いだ」
スミスは、倒れた騎士たちをなるべく、離れたところに移動させると、詠唱しはじめた。スミスの体のまわりは、普通の相手なら、近づくことさえ出来ない、白い炎をまとった。
「ソロモン・ライ・スミス。その詠唱。どこで習った?」
スミスは、パーシーの質問には答えず、動いた。
体の内側からあふれ出す力を抑えようとすることもせず、スピードで翻弄しようと、走り回る。
しかし、そのスミスの動きにあわせて、パーシー・テシリは、距離を保ちながら、付いてきた。
スミスは、剣を突きたてるが、それを簡単にいなす。常人なら把握することも出来ないだろうスピードで、斬撃が走るが、どれひとつとして、パーシー・テシリに当たることはなかった。
攻めようとしているのは、スミスだったが、自然と押されて、後退していた。
パーシー・テシリの足元に、魔法陣が浮かび上がった。
「何!?」
スミスは、パーシー・テシリの体を握って、移動させないようにすると、その魔法陣から強烈な白い炎が舞い上がった。
その炎は、縦に長くまわりを囲んでいた水守を消し飛ばした。
「まさか、魔法トラップまで、用意できるとは思わなかったぞ。攻撃を喰らったぞ」
スミスにとって、今出来る最大の攻撃だったのに、パーシー・テシリには、それほど効いていなかったことに絶望する。
「ソロモン・ライ・スミス。お前は、見込がある。良い帝国騎士になるだろう。だが、心も成長しなければ、本当の騎士にはなれない」
パーシーの体を掴んでいたスミスに対して、パーシーは、拳をスミスのお腹に当てていた。スミスの体のまわりの炎さえも、通じない相手だった。
強烈な打撃を与えられ、地面へと倒れ込んだ。
パーシー・テシリは、鉄の檻で暴れているルイーズへと向かっていき、剣を突き刺し、その剣から炎を流し込んだ。
母ルイーズが、殺されるところをみて、スミスの何かが崩れ去った。
「うわーーー!」
スミスは、頭を抱えて、苦しみだす。
パワーを制御しようとしなかったスミスの体の内側から何か青い光が溢れ出すかのように飛び出しはじめた。
「あああ・・・あああ・・・」
スミスは、地面でのたうち回り始めた。
スミスの体から、骨が折れるような鈍い音がしはじめると、叫ぶような声へとかわる。
「ギャーー・・・」
ボキボキボキ
スミスが、腕を伸ばすとその腕が、まるで伸びるように大きくなる。
体が大きくなるのと同時に、骨の音が鳴り響く。
水守もかき消され、その異変に周囲の騎士たちも気づいて、注目した。
スミスの爪は、黒くなり、背骨は曲がったようになると、その背中からコオモリのような羽が、ベキベキと生え始めた。
頭からは、角が伸びはじめ、その顔は、まるで毛のないライカンのようだった。
口元の骨も変形して、その苦痛からか、スミスは、願いごとのように口ずさむ。
「こ・・・ころして・・・」
パーシー・テシリは、何が起こったのか、分からなかった。だが、スミスからあふれ出す魔力が、さらに増大していることは、間違いなかったので、付近にいた騎士たちに、指示を出す。
「ここにいる者は、速やかに、距離を取り、安全を確保せよ。こいつに近づくな」