122章 苦しみ
スミスたちは、200匹はいるであろう集団からなるべく近づかないように時間をつぶすことにしたが、あの異様なモンスターの集団が向かった方向とは違うところから、煙があがっていることに気づいたので、何が起こっているのかを確認するために、その煙の方向へと向かって移動した。
中規模の農村らしきところから、沢山の煙があがっていることが遠目から分かった。
スミスたちの馬車の戸を騎士が叩いた。
「スミス様。ここで待機しておいてください。わたしが、先に様子を確認してまいります」
ソロが、スミスの腕を掴んで顔を振った。
「ダメ。ダメ・・・」
「どうしたんだソロ?あのモンスターがいると思っているのか?」
「ダメ。ダメ・・・」
先ほどの護衛の騎士が、答える。
「あのモンスターたちは、こちらの方角には、向かってはいませんでした。ですから、大丈夫ですよ」
スミスも騎士の意見に同意する。
「そうだよ。ソロ。念のために、俺たちを追ってきた残り19匹のモンスターが見えなくなるまで、空から確認したけれど、今言われたように、帝国の方向に真っすぐ進んで行った。むしろここのほうが安全のはずだよ」
スミスは、騎士に再度指示を出す。
「確認するだけでも、お願いします」
「はい。分かりました。注意を怠らないように確認してきます」
騎士はそう言って、ひとりで農村の様子をみにいってくれた。しばらくすると、護衛の騎士が戻って来た。
「どうやら農村の建物のいくつかに火が燃え広がって、それを消そうとはしていないようで、そのまま燃えてしまっているようです」
「誰も消化しようとしていないということですか?」
「それが・・・人がまったく見当たりません。ひとりとして、農村の村人がいないのです」
メリンダが、恐怖しながら聞いた。
「もしかして、あのモンスターたちが襲った跡ということですか!?」
「嫌。そうではないようだ。どの家を確認しても、まったく人がいないし、遺体も発見されない。村人が一斉に消えてしまったかのようだ」
スミスが騎士に話す。
「村がもう危険ではないようなら、わたしも確認するために、見てみたいのですがいいですか?」
「はい。村は危険はないでしょう。あのモンスターの集団が向かった方向とは違う場所ですから、あれらがこちらに来るとも思えません。大丈夫でしょう」
ソロは、さきほどより強くスミスの腕を握った。
「ダメ。ダメ」
「もう安全を確認してもらったから大丈夫だよ。ソロ。心配しなくてもいい」
「何事ですか?」
馬車が動かずにずっと停車したままな理由を聞きに、母ルイーズが、馬車から降りて確認しにきた。
「奥様。煙は、あの農村の建物から出ていたのですが、村人ひとり見当たらないので、スミス様も様子をみたいとのことでしたが、ソロ様が、行くことを躊躇されているのです」
ルイーズは、シラッとした目つきで、ソロをみると、騎士に言った。
「あれの言うことは無視しなさい。見ての通り、その言葉を聞く必要性はありません」
「お母様!」
スミスが、注意するように声をあげると、ルイーズもそれ以上は、何も言わなかった。
スミスは、場の雰囲気をそらすように指示をだした。
「では、農村のほうへ馬車を移動させましょう」
スミスは、村の広場に3台の馬車を停車させ様子を見に行こうとした。
ルイーズも様子を見に行こうとすると、ソロは、ルイーズの腕を掴んで、引っ張りはじめた。
大きな声をあげた。
「手を放しなさい!わたしに触らないで!汚らわしい!」
それでも、ソロは、ルイーズの腕を放そうとはせず、馬車に連れて行こうとしているのか、引っ張っていた。
ルイーズとその息子ソロとの間柄に、他の人たちは、目を伏せた。
スミスだけが、ふたりに声をかける。
「お母様!ソロになんてことを言うのですか!おやめください!ソロも、お母様の手を放すんだ。」
スミスが、ソロの腕を掴んで、ふたりを離した。
「ソロ。見てごらん。モンスターどころか、人すらいないんだよ。メリンダは、3kmも離れたモンスターを感知できるのに、そのメリンダも、慌ててないだろ?大丈夫だから、落ち着くんだ」
メリンダも、同意した。
「ソロ様。スミス様のおっしゃる通りです。この村には、わたしたち以外の気配がまったくありません。大丈夫だと思います」
ソロは、苦しむように両手で自分の顔を覆って、うなり始めた。
「ううううぐぐううう・・・」
「ごめん。メリンダ。ソロを馬車に乗せて、落ち着かせておいてくれるかい?少しだけ、村の様子をみたら、すぐにここから離れるからさ」
「はい。分かりました。スミス様」
メリンダは、慣れたように、優しくソロの腕を掴んで、馬車に誘導して、馬車のドアを閉めた。
その様子をルイーダは、鋭く睨んで不機嫌な態度を表した。
その後、スミスたちは、村の様子を見に行ったが、騎士の言った通り、人がひとりも見当たらなかった。死体もなければ、血痕もない。
ただ、家具などは、不自然に倒されていたり、何かが暴れたかのように散乱して、衣服が破られて落ちていた。
騎士のひとりが、予想を語る。
「村人がいない間に、空き巣にでも入られたのでしょうか・・・」
プリオターク騎士団の騎士、リューイが答える。
「確かに、空き巣のようにも思える。だが、物取りにしては、変な荒らし方のような気もする・・・気に入らない衣服を荒らしているのに、タンスは開けっぱなしにしているわけでもないのは、何故なのか・・・」
スミスも困惑しながら話す。
「村人がひとりも、戻ってきていないのも、おかしすぎます。盗賊やモンスターに襲われたのなら、遺体があってもいいですが、そんな痕跡もない・・・家具だけをみたら、食事の用意をしているかのようですから、突然、村人が消えたようにも思えます」
「確かに、スミス様のおっしゃる通りですね。突然消えた。もしくは、作業や食事を一旦中断して、どこかに急いで移動したのかですね」
リューイやスミスの話を聞きながら、護衛騎士も気づいたことを話す。
「火事にあった家は、暖炉から出た火が燃え広がったかのようです。火をそのままにするのは、さすがに、不自然すぎます
この農村の規模なら100人は超える村人がいて、そのすべての村人が、同じように突然作業を止めたのは、なぜなのでしょう?」
リューイが顔を振る。
「皆目、検討がつかない・・・」
「わたしは、少し村の上から全体をみてみます」
そうスミスは伝えると、外に出て、浮遊術を使って空から様子を伺うが、やはり、ひとりとして村人はいないようだった。
だが、一軒だけ、建物の中が火の光りが灯されていることに気づいて、その家へと移動して、ドアを開けた。
中に入ると、スミスは、ギョッとした。
なんと、その建物の中にいたのは、マーレ・ソーシャスその人だった。
「なぜ師匠が、ここにいらっしゃるのですか!?」
スミスは、大きな声をあげるほど、驚いた。
魔族であり、悪魔の姿をしているマーレは、微笑みながら、スミスに話しかける。
「魔法を教える時に、言っているであろう?いつ何時であっても、修行の一環だとな。旅をしている時も、修行なのだよ。スミス」
「わたしが聞きたいのは、どうして師匠が、ここにいるのかということです!」
「これも魔法だ。移動を司る魔法を使えば、動作もないことだ
ただ、師匠として、弟子に忠告しに来た
お前の弟は、お前に忠告したが、それをお前は、聞く耳を持たなかった
お前の弟は、優れた能力を持っているようだ。師匠であるわたしの言葉なら忠告を聞くことができるか?」
「何のことです?何かまずいことでも起こるというのですか?忠告とは何ですか?」
「心してこの困難を乗り越えて見せよ。生きるということは、苦難の連続だ。苦しみや悲しみの先に、本当の強さを手に入れることができる。スミス。わたしはお前に期待しているのだよ」
「苦難・・・」
他の護衛の騎士が慌てたように、建物の中に入って来た。
「馬車が!ソロ様たちが乗った馬車が、移動して走り出してしまいました!」
「なんだって!?ソロの馬車が?」
スミスは、マーレに目を向けたが、マーレの姿はすでに無かった。一瞬目を放した間に、消えてしまったようだ。
スミスは、すぐに、広場に戻るが、ソロとメリンダが乗った馬車は、かなり遠くへと走り続けていた。
スミスは、騎士の馬にまたがり、馬を素早く動かして、追いかけようとしたが、悲鳴のような声が静かな農村に鳴り響いた。
「ギャーーーーッ!」
「なんだ?」
騎士の誰かが、叫び声をあげているようだ。
スミスは、馬をぐるりとまわして、叫び声の方向に体を向けたが、何が起こったのか、視認できない。
次の瞬間、スミスは、馬と一緒に、吹き飛ばされ、建物のレンガの壁に、ズガッとぶつかった。
スミスは、意識が飛んだ。
「スミス様!スミス様!」
騎士の声が聞こえるが、すぐには、反応できない。
「うわー!こいつらー!」
ズガ、ドゴゴゴゴゴ
まわりで、何かが起こっている・・・。
スミスは、右手を顔に当てて、必死で意識を取り戻そうとするが、なかなか動くことが出来ない。
顔を振って、何とか、周りをみるが、まわりには、あの奇妙なモンスターが大勢いた。
『なんだ・・・どうして・・・あいつらがいるんだ!?』
モンスターの一匹が、馬と一緒に倒れているスミスに、手を伸ばそうとしてきた。
だが、プリオターク騎士団の騎士リューイが、モンスターの腕を切り払った。
「グアアアア!」とモンスターが声をあげる。
「スミス様!大丈夫ですか!?立てますか?スミス様!」
スミスは、自分の体に手をまわして、怪我などの状態を確かめる。倒れた馬に、足が挟まっているが、特にひどい怪我はないようだった。
「は・・・はい。それほど損傷は・・・ないようです。ただ、頭をぶつけたようで、意識が朦朧として・・・」
スミスは、馬から足を引き抜き、何とか立ちあがった。
その間も、モンスターたちの攻撃をリューイが防いで、スミスを守ってくれていたが、そのリューイの左腕は、すでに無かった。
今いる騎士で一番の実力者のリューイが、血だらけになっている。
スミスは、まわりを見渡すが、護衛の騎士たちは、ほとんど虫の息でモンスターに、ボロボロにされていた。
騎士の鎧の上からモンスターは、拳をぶつけるが、鎧をひしゃげてしまうほど、威力があり、まったく鎧が防御をなしていない。
「ぎゃー!」
騎士だけではなく、執事たちも襲われ、食べられていた。
ソロたちは、馬車で移動している。むしろ、ここにいるより安全かもしれない・・・でも、お母様は・・・?
「お母様は、どこですか?」
リューイは、血だらけになりがら、大きな声で叫ぶ。
「駄目です!それどころではありません!スミス様。あなたも危険なのです。今はご自分だけが助かるように動きなさい!とにかく、ここから離れてください!助けようとしなくてもいい!」
スミスは、浮遊術を発動させた。そして、空にひとりだけ移動する。その間の攻撃は、リューイが防いでくれていた。
空から全体をみて分かったが、10匹ほどのあのモンスターが、暴れまわっていた。
一匹でも手こずったのに、それが一斉に、10匹に暴れられているのだ。
突然、どこから現れたのか、まったく分からない。
意識が混濁していて、浮遊術もおぼつかない。
モンスターがいないところを把握して、建物の中に、入り匂いを消すために、ウォーターで体を覆うと、その場に倒れるように、座り込んだ。
スミスは、体を震わせていた。自分の知っている身近な執事たちが、無惨に、モンスターに襲われていた光景を目の当たりにしたからだ。
もう助けようもない・・・
そう思っていると、そこに、マーレ・ソーシャスが、現れた。
「し・・・師匠・・・どうか、助けてください。みんなを・・・お母様を・・・」
マーレは、優しい声で、語る。
「スミス。これは試練だ。これを乗り越えなければいけない。だが、今のお前には、あれらを倒すための力が不足している。お前が望むのなら、お前に力をやろう。」
「力・・・」
「そうだ。あの数のモンスターにも打ち勝つことができる力だ。わたしと契約するか?」
「はい・・・契約します・・・わたしに力をお与えください・・・」
マーレ・ソーシャスは、マントから5cmほどの小さな瓶のようなものを取り出した。それは、紫色や緑に光っていて、禍々(まがまが)しいオーラのようなものが漂い針のようなものが突き出していた。マーレは、それをスミスの胸に突き刺して、体の中に流し込むと、魔法陣を組み立てていき、スミスの胸に、刻印を張り付けた。
「ああああ・・・」
スミスは、苦しんだ。