120章 レインボー
父リアムは、スミスに声をかけた。
「スミス。お前、馬車から外に出たらしいな。何か手助けでもしたのか?」
スミスは、やっぱりバレてると思いながら、気まずそうに、目をそらした。
「手助けというほどのことでもありません。お父様
少しだけ、敵の視力低下をほどこしたまでです
前回のゴブリン遺跡の報酬で得た視界阻害を使用しただけです」
「そうか。でも、今回は家族で旅行しようというものだから、護衛として雇っている騎士たちに守りはまかせればいい
戦うのが目的であれば、お前の行動はいいが、守られるべきお前が、騎士を守る道理は、少ないぞ。それに、お前の行動で誰も怪我をすることはなかったが、隊の方針を無視して、勝手に動くと、隊全体がバランスを崩してしまい兼ねない。勝手な行動は本来は慎むべきだ」
「申し訳ありませんでした」
「いや、分かればいい。それにお前の能力の高さを再度、確認できた。個人的には、嬉しい。よもやモンスターの族に襲われるとは思わなかった。よくやったな。スミス」
「ありがとうございます。お父様」
「これを期に、スミス。お前には教えておくが、最近、トリアティ師団国付近で、不審な動きがある」
「メリンダたちの国ですね」
「そうだ。トリアティ師団国は、獣人の国だが、比較的温厚な種族が、国で生活をしている
メリンダなどの猫族系もそのひとつの種族で、大人しい気質ももちあわせている
帝国にも服従し、反乱を起こすということもない。しかし、十数年ほど前から少しずつ何かと事件が起こり、最近では、その事件が活発化しはじめている」
「どのような事件なのでしょうか?」
「トリアティ師団国が動いているかは、定かではないが、獣人の暴走のような事件が続いている
もともとの獣人の形ではないものへと変貌をとげて、そのまま暴れはじめるというものだ
トリアティ師団国としては、この事件は、ワグワナ法国による獣人への攻撃だとワグワナ法国に疑念を抱き訴えてはいるが、帝国としても、その証拠がみいだせないでいる
メリンダたちを助けた時も、その事件の解明のために出向いたのだが、その時は、ワグワナ法国がトリアティ師団国を攻め入ったことによる紛争だったので、事件の謎は未だに掴めていない
さきほどの族も獣人のウーキーだった。何か関係している可能性もある。とにかく、誰の仕業かは分からないが、獣人の姿を変えてしまうような者がいるということだ
猫族なども関係なく、あらゆる種類の獣人が変貌して、事件を起こしているということは、帝国も無視できない出来事なのだ」
「帝国は、あらゆる生き物が共生して、生活しているからですね?」
「そうだ。トリアティ師団国の獣人に出来るのなら、帝国の獣人にも、そのような事件を起こさせることは出来るということになる。だから、お前も、ヘタに見知らぬ人間には、近づくことは控えておけ」
スミスは、遠回しに、マーレのことを言っているかもしれないと思った。
魔法の師であるマーレは、見た目からしても魔族の種族だ。普段はマントで身を隠しているが、コオモリのような羽を背中につけ、黒い角が横に2本生えている。
はじめてみた時は、プリオターク騎士団たちもその姿形のため警戒していた。だが、プロット作成など魔法の枠のレベルを超えさせてくれたのは、マーレだ。
マーレ師匠は、新しい時代の幕開けが来ると掲示していたし、自分を心配してもくれる。父のいう事件もそのひとつの時代の変化かもしれないと思える。スミスにとって色々なことを教えてくれるマーレは尊敬するべき人物だった。
「はい。お父様。見知らぬ人物などには注意を払うように致します」
「今の情報は、くれぐれも外には漏らすことはないように。ルイーズにさえ、仕事の内容は伏せていることだからな」
「分かりました。お父様」
―――3台の馬車は、谷間を抜けて、山の奥地へと進んで行った。標高も高く、草木などの数も減るほどの場所なので、人間の姿を見かけなくなった。
母ルイーズやこどもたちは、なぜこのようなところに行こうとするのかと父リアムに質問するが、リアムはついてからのお楽しみだと笑うだけだった。
木さえも生えなくなった標高2500mを超えた場所に、2kmにも及ぶ平地が現れ、そこには、湖があり、その湖を囲むように、平地一杯に、あらゆる色の花が咲き乱れていた。
ルイーズやメリンダは、その綺麗な自然をみて、声をあげた。
「これは七蓮という花で、木さえも生えない標高でも生える生命力が高い花で、種類こそ1つだが、あらゆる色が咲くことで、レインボーフラワーとも言われている
仕事で移動している途中で発見した場所で、ここのことを知る者は少ないだろう
わたしが着た時は、真冬であったのにも拘わらず、それでも花を咲かせ続け、花の芽を閉じるのは、春だけだというものだ」
「素晴らしいですわ。あなた。このような何もないと思っていたところに、突然、天国のような綺麗な光景をみられるとはまったく思いもよりませんでしたわ」
「喜んでくれて嬉しいぞ。ルイーズ」
パンパンッとリアムが手を叩くと、執事たちが、綺麗な草原の上に、テーブルやイスを用意し、用意していた食事などを並べはじめた。
「まるで宝石のような美しさですわ。あなた」
嬉しそうな母ルイーズの顔をみて、リアムも喜んでいた。また、その二人をみて、スミスも嬉しさを感じた。
ソロを含めた4人で、テーブルを囲み、食事と共に、その美しさを堪能した。七蓮の花の美しさのためか、ソロを前にしても、母ルイーズは機嫌がよかった。
食後は、スミス、ソロ、メリンダで、自由な時間を過ごした。
メリンダは、美しい七蓮を摘もうと手を伸ばしたが、生命力が高いからか、簡単には抜けなかった。
「面白い花だな。普通の花よりも数段、生命エネルギーが高いみたいだ」
「そうなのですね。とても綺麗です」
スミスは、指先を地面と平行にスライドさせると、ポロポロと七蓮の花は、切れて倒れた。それを拾い集めて、ソロに渡すと、スミスは、耳打ちした。
すると、ソロが、その花束をそのままメリンダに横渡するようにあげた。
メリンダは、とても喜んだ。
「ありがとうございます!」
―――夜になると、執事たちが、鉄の台を置き、その上で焚火を焚いて、寒さ対策をほどこした。標高が高い場所なので、温かい時期でも冷えるからだ。テントを用意して、その夜は、草原で寝泊まりする予定にした。
しかし、暗くなるのと同時に、焚火の近くで囲んでいたソロとスミスとメリンダだったが、また、メリンダが、そわそわしはじめた。
「誰かがこちらへやってきます」
「また族か?」
「申し訳ありません。分かりません。ただ、馬のようですが、午前中の馬ではないようです」
リアムは、護衛の騎士たちに対処するようにと命じた。
近づいてきたのは、3人の騎士だった。
リアムに小声で報告をすると、リアムは、護衛騎士が乗っていた馬を用意するようにと命じて、スミスを呼んだ。
「スミス。どうやら例の獣人騒動が帝国でもはじまったようだ。わたしは、これからすぐに帝国に戻って調査をはじめなければいけなくなった。明日は、ルイーズを連れて、お前たちは戻ってくれればいい。みんなを頼んだぞ」
「分かりました。お父様。お気を付けて」
「うむ」
リアムは、ルイーズにも少し状況を説明して、用意させた馬に乗って、騎士2人と共に、戻った。騎士のひとりは、護衛として残していった。