119章 応用力の訓練
フォーマットの存在を知ってすぐは、見慣れない記号や文字を組み合わせるプロット作成は困難を極めていたが、スミスの熱心さは、それを苦難とも思うこともなくすぐに文字を解読し、自分なりのプロット作成まで発明するようになっていた。
大人であっても苦戦するリザードマン3体をもスミスは、危なげもなく倒すことができるほどだった。日に日に、以前では出来なかった限界を超えることを体験することで、スミスは楽しくてしかたがなかった。
しかし、その様子をソロは、よく思っていないようだった。
ソロは、スミスに近づいて、顔を横に振った。
「ん?どうしたんだ?ソロ。何かあったのか?」
ソロは言葉をすぐに発することなく、スミスの頭をなでて、想いを口に出した。
「スミス・・・。ダメ。遠くにいったらダメ」
スミスは、困惑した顔でソロに言う。
「ソロ。僕はどこにもいかないよ。ソロを残して遠くに行くわけないじゃないか。何か夢でもみたのか?」
ソロは、答えることなく、スミスの頭を撫で続けるが、不安そうな顔は変わることがなかった。
―――いつものように、ソロモン家は、夕食を行っていた。その食卓には、弟ソロの姿は相変わらずない。ソロは、食事は、自室でするようにいわれているからだ。
ソロは、父親リアムと出会うことのないように執事たちにも言い聞かせ、ソロモン家は動いていた。
知能障害は、奇形の分類にされていた。遺跡内からも奇形の生き物が生まれ出てくるように、人間の欠落とされる子孫は、貴族ほど意味嫌われるのが普通だった。
ソロが今でもソロモン家で暮らせているのは、スミスのおかげだった。スミスがソロを一緒に住むことを熱望したからだ。母親であるルイーズさえも、ソロの施設入りを反対することはなかったのだ。
父リアムは、分厚いステーキを切りながら、二人に話しかける。
「今度、家族で、外に出かけよう。数日だが休暇を取れることになった。その後は、長い仕事になりそうだ」
ルイーズは、顔を少し険しくした。
「あなた。次の遠征は、危険なものになるのでしょうか?」
「遠征内容は、極秘だ。プリオターク騎士団の遠征は、1つ1つが特殊で、危険な任務になる。安全な役目など今までにはなかったよ。だが、こうして今でもわたしは生きてお前たちのところに戻って来れている。安心しろ。また、無事に戻って来る」
「安心しろって・・・」
ルイーズは、不満げに言葉を呑み込んだ。
「お前たち家族との時間を少しでも多くしたいと思っている。家族で郊外に出てみないか?」
スミスは、その言葉に入って質問した。
「はい。素晴らしいですね。お父様。わたしも家族で外に出たいです。ソロも、喜ぶでしょう」
リアムは、顔をこわばらせた。
「ソロだと?あやつは、家族ではない。家族以外から生まれたものだ」
「何をおっしゃるのです。お父様。ソロはわたしの弟です。わたしと同じように生まれ、家族のひとりではありませんか」
「いいや違う。スミス。よく聞いておくんだ
この世界では、強くなければ、生きていくことは難しい。普通の生活でさえ、ソロには難しい。それはあやつが、別のところから生まれた欠陥品だからだ。ソロモン家に生まれたのは、間違いだったのだ
そして、その欠陥品のために、手をこまねいては、ソロモン家のためにはならない。スミス。お前が大きくなり、ソロモン家を継いだとしても、ソロは切り捨てる気持ちを持たなければ、一緒にあやつの世界にひきずられることになるぞ」
「お父様。ソロは、欠落品などではありません。ソロは、素晴らしい才能を持っているのですよ。メーゼ祭の時の陣取り合戦に勝利したのもソロの才能あってのことなのです」
「お前は、いつも、ソロをかばおうと必死になる。ソロは、何もしていなかっただろ。わたしも、ソロには、何度か教え込もうとしてきたが、スミスのようには、ソロは、行動することはできなかった。それどころか、誰にでもできる指示さえ行なえないのだよ。ソロに才能があるとは思えん」
「それでも、家族は、家族です。せっかくの家族のお出かけですが、ソロがいくのが禁止になるのなら、わたしも行きません」
「分かった。好きにしろ。ソロを連れてくるのをゆるそう。だが、きちんと世話をするものも用意しておけ」
「それなら、メリンダがいます。いつも、ソロを付きっ切りでお世話していますから」
―――獣人の奴隷であるメリンダは、ソロのお世話役として、日々を過ごしていた。メリンダにとってソロを相手にするのは、他の仕事をさせられることを考えれば、仕事だとは思えないほど、納得できることだった。
だが、ソロとは打ち解けても、メリンダは、スミスのことがどうしても近づきずらい存在として映っていた。
どんなことでも、天才的な才能で行動できてしまうスミスは、別次元の人間のように感じて、何の能力もない自分がどこかしらみじめに感じるからだった。
ソロに対しては逆に、能力が低い分だけ、メリンダの不安を消し去ってくれているように感じていた。
珍しく、ソロモン家当主のご主人夫妻と共に、ソロも外出することになり、ソロのお世話役として、メリンダもついて馬車に揺れながら、旅先へと向かっていた。ソロの傍らには、もちろん、メリンダの苦手なスミスも一緒に常に行動していた。
2台目の馬車には、子供たちだけしか乗っていなかったが、何だか、緊張気味のメリンダにスミスは話しかけた。
「メリンダ。いつもソロのことをみてくれてありがとう」
メリンダは、眉をひそめて厳かに答える。
「とんでもございません。お坊ちゃま。それがわたしのお仕事ですから」
「うん。まーそうなんだろうけど、ソロもメリンダのことは、好きだと思っているはずだよ。僕らは、同じ歳の子とはあまり出会うことがなかったから、嬉しく感じるんだよ」
「は・・はい。ありがとうございます」
ソロは、メリンダの頭を撫で始め優しく微笑んだ。
帝国市街を抜けるとそこからは、道は舗装されているわけでもないので、馬車はガタガタと揺れた。
だが、プリオターク騎士団の団長の馬車は一流なので、普通の馬車と比べればその衝撃は緩和される。3台の馬車の両脇に、護衛として、5人の騎士が、馬に乗って警護していた。
3台目には、荷物と執事たち数人が乗っている。
「でも、こんな旅行をするなんて、ひさしぶりだな。以前、ソロがもっと小さい頃に、隣町に行くために、馬車に乗って移動したことがあったけど、あの時も旅行ってわけじゃなかったからね」
隣町にある施設見学をするために、ソロと一緒に行った時の話だった。だが、その施設をみて、スミスは、ソロにはふさわしくないと、激しく反対をして、ソロは家に暮らすことになったのだ。
「そ・・・そうなのですね。貴族の方々は、旅行などはよくされるものだと思っておりました」
メリンダは、何とか話しを続けようとスミスの言葉に反応を示す。
「他の貴族はどうかは知らないけど、ソロモン家は、お父様が遠征にいくことが多くて、旅行にいく機会はほとんどないんだ。戻ってこられた時は、僕の剣術の相手をしてはくれるんだけど、忙しいお父様は時間が取れないんだよ」
メリンダは、そわそわしながら、相槌を打つ。
「ところで、メリンダは、獣人のお母さんとソロモン家に仕える前まで、どこにいたの?」
「わ・・・わたしは・・・トリアティ師団国のはずれの村で生まれ育ち、そこで暮らしておりました」
「トリアティ師団というと、確か、エジプタスと関係した由来がある獣人の国だよね?」
「はい。その通りでございます」
「それでどうして、ソロモン家に来ることになったの?トリアティ師団って帝国に連盟しているから、帝国と戦っていないと思うけど・・・?」
「ワグワナ法国との争いで、わたしたちの村が襲われたのです。ほとんど壊滅状態になった村に来られたのが、ご主人様でした。そのままだとわたしたちは、飢え死にしてしまうところでしたが、メイドとしてなら雇ってやるとお誘いを受けましたので、母とともに、ソロモン家に従事させてもらうことになったのです」
「そうか・・・。命があっただけでもよかったけれど、大変だったね・・・」
「はい。皆様方には、とても感謝しております。ですが、わたしは田舎の村で生まれ育ったものですから、何もできません。貴族の方ともソロモン家に来てからはじめて話したものですから・・・粗相をおゆるしください」
「それにしても、メリンダは、言葉遣いがとても礼儀正しいね。ご両親がきちんと育てられたんだろうね」
「そ・・・そんなことありません・・・礼儀作法などはまったく教えられたこともないような家ですから・・・申し訳ありません」
「へー。その割には、ちゃんとした話し方だよ。そういう人が身近にいたとか?」
「分かりませんが、ほ・・・本を・・・」
「本?」
「はい。本を読むのが好きでしたから、村の人たちが持っている本などを良く貸してもらって読んでいました」
「本が好きなんだ!」
「は・・・はい・・・」
スミスは、とても嬉しそうな笑顔でメリンダにあることを許可した。
「俺もソロも、本を読むことが好きなんだ。ソロは、俺が持っている本は、全部読んでるんじゃないかな。メリンダも本が好きなら、俺の部屋の本は、いつでも、持っていって読んでもいいよ」
「と・・・とんでもありません!そ・・・そのようなこと・・・」
「いいんだって、同じ本を読めば共通点も多くなるし、仲良くなれるじゃないか。ソロも本が好きだから、時間がある時は、二人で読めばいいしね」
ソロも、リズムよく嬉しそうに、顔をうなずく。
メリンダが、何か外が気になるように、さきほどとは違う感じで、そわそわしはじめた。
「メリンダ。どうかした?」
メリンダは、頭の上の耳にすこし、手をやるようにしながら、答える。
「な・・・何かが、こちらに近づいて来ています。一匹・・・二匹・・・三匹・・・四匹・・・五匹・・・・五匹ほどの馬らしきものです」
スミスは、ソロに目をやるが、ソロは、特に気に掛けることもなく、先ほどと変わらなかった。
「何だろうか。悪くて盗賊。それとも、お父様に何か報告するために、騎士が近づいているのかもしれないね。でも、敵だとしても、こちらは帝国騎士の護衛が、5人もいるから、大丈夫だよ。ソロも平気な顔しているしね」
そういい終わると、ソロが、顔を振った。
「スミス。スミス」
「え!本当!?俺が出ていったほうがいいの?」
ソロは、うなずいた。
ソロがそう考えるのならと、何が近づいて来ているのかを確かめるために、馬車の窓を開けて、後ろをスミスはのぞきみた。
馬車を護衛している騎士が、注意を促す。
「スミス様。族でございます。どうか危険ですから、馬車の中で待機していてください。窓は閉めておいてください」
スミスは、そう言われたが、何が近づいて来ているのかを確認した。
馬に乗った獣人のウーキー族が馬に乗って、馬車の真後ろまで迫っていた。
ボーガンを持ち鎧をきたウーキー族は、猿系の獣人だが、その肉体は、細いゴリラほどの強靭な体と速さを誇った強敵モンスターと言われている。
特殊騎士団のプリオタークの者たちなら、勝てるかもしれないが、旅行の護衛をまかされたぐらいの騎士程度では、怪我をしてしまうかもしれない。
スミスは、外に顔を出すのをやめて、ソロとメリンダの様子をうかがう。ソロは、未だに平然とした顔のままだが、メリンダは、青ざめて、おびえていた。
「ウーキー族の野盗みたいだね。メリンダのいうように5匹ぐらいが馬に乗って向かって来ているね。でも、安心して、あれぐらいなら、簡単に倒せるからさ」
「スミス様!無茶はおやめください!」
「大丈夫だよ。でも、俺が何もしなければ、騎士の誰かが怪我をするかもしれないから少し待ってて」
スミスは、手のサインと呪文を小さく口ずさんで、プロットを作成すると、フワっと体が浮くように馬車のドアをあけて、そのまま馬車の上に、身軽に移動して、外に出ていって、馬車のドアを閉めてしまった。
メリンダも驚いていたが、外にいた騎士のひとりも、驚いて声を荒げる。
「スミス様!どうか。馬車の中にお入りください。敵は、ボーガンなどの矢も装備していますから、馬上からでは、その矢からスミス様をお守りできません!」
「分かったよ。すぐに馬車の中に戻るから、少しだけゆるしてよ」
スミスは、平然とした顔つきで、馬車の上の荷物置きの枠に、足をひっかけて、馬車の天辺で、仁王立ちになる。
馬車は、速度を上げて走っている最中で、激しく揺れている。だが、スミスは、少し浮いているかのように、それほど、揺れている様子はなかった。
3台目の馬車の後方10mほどで、3人の護衛の騎士が、5匹のウーキを相手にして、戦っていた。馬車に近づけさせようとしないようにしている。残り二人が、馬車を守る。
ウーキー族は、馬の上であるにもかかわらず、バランスよく騎士の攻撃をかわした。
人間にはできないであろう体勢で不自然に、また起用に戦うので、騎士たちは翻弄されていた。
スミスは、自分がいるところから、敵の位置の距離を測り、プロットを作成していった。そして、組み立て終わると、視界阻害を発動させた。
ピンポイントで、ウーキー5匹とそのウーキーの乗っている馬の視力を低下させると、ウーキーたちの動きがあきらかに、にぶくなる。
うち2匹は、馬自体が、地面に足を取られて、転倒した。残り3匹は、かろうじて走ってはいたが、突然の視力低下に度肝をぬかれたのか、騎士に視点をあわせられずに、焦っていた。
3人の騎士は、相手に何が起こっているのか分からなかったが、同じように攻撃を繰り出すと、簡単にウーキーにダメージを与えた。
スミスのプロットを併合している視界阻害の効果は激しく、まったく騎士たちの攻撃が認識できていない。
次々とウーキーは、攻撃を受けて落馬して、馬車を追うことをあきらめた。
スミスは、コンコンと馬車のドアをノックすると、中からメリンダが、ドアを開けてくれたので、スっと馬車に入り込んだ。
「大丈夫でございますか?!」
「うん。何ともないよ。ウーキーもあきらめたようだし、もう攻撃してこないかな」
ソロもうなずく。
「どうして、ソロは、外も見てもいないのに、分かるんですか?!それに平然とされています」
メリンダは、しまった!という感じで、口に手をやった。
「申し訳ありません・・・。ソロ様・・・」
スミスは笑っていう。
「俺たちだけなら、ソロでいいと思うよ。俺のこともスミスって呼べばいい。友達として一緒に旅を楽しもうよ。そっちのほうがいいからね」
「つい・・・申し訳ありません・・・」
「君もソロと一緒にいるから何となくわかってるとは思うけど、ソロは才能があるんだ。どういう才能なのかは、俺にもハッキリとは分からないけど、まわりで起こる出来事を的確に把握しているようなんだ」
「やっぱり・・・そうなのですね!」
「メリンダも知ってたんだね。だから、今みたいに、何か不足の事態が起こった時は、もしかしたら、俺よりもソロと一緒に行動したほうが安全かもしれない。危険などから身を守れるからね
もちろん、俺もふたりを守るよ。でも、メリンダもさすが獣人だね。この馬車の中で、危険が迫っているのを聞き取るんだから」
メリンダは、少し腑に落ちないといったように、質問した。
「あの・・・ソロ様のことは、ご主人様たちはご存知なのでしょうか?」
「俺は何度もソロにはとても特別な才能があるとお父様たちには、言ってるんだ。でも、お父様たちは、弟を守ろうとして俺が大げさに言っているとしか受け取らない。知ってるはずだけど、信じてくれないんだよ」
「そうなのですね・・・」
「魔法や体術は解りやすい才能だから重宝されるけれど、ソロのようにまわりにあまり解ってもらえないのは、大変だ。祭りで優勝できたのも、本当はソロのおかげなんだけどね
でも、ウーキーも、今ので懲りたと思うから、もう襲っては来ないだろう。旅行を楽しもうよ。そうだろ?ソロ?」
ソロは、頭をかしげた。
「うーん・・・また、来る可能性もあるのか・・・せっかくの旅行なのに・・・」