115章 天性の才能
ソロモン家に新しい奴隷メイドの親子が入って来た。獣人系の母と娘の二人だ。
父ソロモン・ライ・リアムの隊が、戦った時に、奴隷であったこのふたりを保護したことから召し使えることをふたりが選んだからだった。
ソロモン家には、娘がいなかったので、同年代ほどの女の子が家にいるというのは、新鮮で、スミスもソロも心良く、ふたりの親子を受け入れた。
スミスは、黒猫のような耳をした女の子に手を差し伸べて挨拶をする。
「はじめまして。僕はソロモン・ライ・スミス。そして、弟のソロモン・ライ・ソロだよ。よろしくね」
「は・・・はい!わたしの名前はメリンダと申します。よろしくお願いします!お坊ちゃま」
「スミスって呼んでくれていいよ。僕たちと友達になってよ」
「わ・・・わたしは・・・・メイドとして母と雇われた者ですから、そのようなことはできません・・・」
「そうかもしれないね
俺たちには、そんなに緊張せずに慣れてくればでいいと思ってる」
―――スミスは、相も変わらず勉学と剣術に没頭していた。剣術は、父リアムに教わって、とても10歳とは思えないほど上達をみせていた。練習用の模擬剣でなければ、大人の戦士よりも強いかもしれないほどだった。
リアムは、スミスに剣技の奥義を教える。
「よいか。スミス。戦いとは体を動かしたり、本能で戦っているかのように思えるかもしれないが、それでは力に限界が訪れ、それ以上の強さを手に入れることはできなくなる。確かに身体能力などが高いほうが有利ではあるが、だからこそ、伸びない能力もあるわけだ。本当の強者は、身体能力ではなく、事実に裏付けられた正当性のある意思によって戦うものなのだ」
「お父様。事実に裏付けられた意思とは、どのようなものなのでしょうか?」
リアムは、剣を腰から引き抜き、スミスにみせる。
「この剣のこの部分をみてみろ」
「鍔ですね」
「そうだ。これは相手の剣を受け止めるために工夫された剣に備わった能力の1つだ。この鍔がなければ、剣を必要以上に動かして、受け止めなければいけなくなる
余分な動きは、攻撃する時間も守る時間も奪ってしまう。身体能力が高い者たちは、この事実に気づけず、力任せに戦い続けるが、思慮深いものほど、事実に基づいて、最短最速最小の動きで無駄なく戦うものなのだ
無駄のある身体能力者と無駄のない戦士では、戦いを五分に持っていける。能力に差があってもだ
時間さえ稼ぐことができれば、相手は無駄が多いだけに体力を消耗し、こちらは無駄な動きがないだけに体力は温存できるというわけだ
曖昧な情報は裏切るが、事実は裏切ることはない。剣に鍔があるという事実。その鍔や剣の強度、相手の剣の強度など把握して、戦うことが本当の剣士だということだ」
「ゆるぎない事実の情報を発見し続けろということですね?お父様」
「そうだ!さすがはスミス。わたしの息子だ。お前は賢い。天性の才能にあふれている。誰に言われるでもなく、あらゆることを発見し、それを利用できる能力がある。そして、その能力を事実に基づいた情報を多く蓄えていくことこそが、実につながる生き方となり、お前を守ってくれるようになるんだ」
「そうすると、いくら時間があっても足りませんね。お父様」
リアムは、息子のその言葉を聞いて、理解していると分かり薄っすら笑った。
「そうだな。だからこそ、剣技にも型があり、自分独自の動きではなく、無駄のない型を体と精神に植え付けて、理解しながら、行動へとつなげることが重要となるのだ」
リアムは、息子スミスに、あらゆる剣術や拳闘の型を教え込み、情報を蓄えさせていった。これらの型は、とてもゆっくりと教えらるものだが、決して無駄なことではなく、1つ1つに意味があり、最短最速最小で編み出されていた。それらの情報を多く持てば、新たな最短最速最小の戦い方を発明することもできるようになる。
言葉を教わらない赤ちゃんは、言葉という基礎、型を知らないので、話せる言葉は制限されるが、言葉という型を持てば、沢山の情報を手に入れていくことが可能になる。これと同じように、あらゆる分野には、それぞれ型という考えぬかれた情報があり、まずは型を習得することが次なるステップにとって重要だということだ。
本能で動くものは、恵まれているだけに極端に情報不足に陥り、すぐに限界の壁にぶち当たってしまうのだ。
この奥義は、スミスには合っていた。スミスをさらに深い知識、知恵としてその成長を加速させていった。
―――ソロモン家のメイドとして母とともに仕えるようになったメリンダは、未来を有望視されているスミスに、近づくことが出来なかった。何も持たない自分と比べてスミスは、能力があり違う世界の人間のように感じたからだ。だが、身体的にハンディキャップを持っていたソロに対しては、同じ苦しみを味わっている共通点として分かり合えたのか、仲良くなっていた。
ソロにとって、兄のスミス以外の友達は、メリンダが最初だった。
ソロがどこにいくにしても、メリンダは、お世話係として、ソロの傍を離れず、ソロを助けた。
ソロは、高い塔に登ることが好きだった。ソロについてメリンダもよく塔に登って街並みをみた。
「ねー。ソロ。どうして、あなたは、この塔が好きなの?」
「人がいっぱいいる・・・」
「人・・・?ソロは、人をみているのね」
メリンダは、高い塔の上から顔を出して、街並みを歩く沢山の人たちをみた。
露店で働く人、その露店で物を買ったり、飲み食いしている人。物を運ぶ人。歩いてお店をまわる人、様々なひとたちがドラゴネル帝国の市街地では動き回っていた。
「色々な人たちがいるのね。わたしの国とは全然違うわ・・・」
ソロは、下に指を指して、メリンダにある女性を教えた。
「青い服。白いナフキン・・・」
長いスカートの青い服を着て、頭の上に三角ナフキンを被ったお店の女性が、せわしく街中を行ったり来たりして、働いていた。
「あの働いてる女性ね。彼女がどうかしたの?」
ソロは、次に遠くの方を指さした。
「黒い服。白い帽子の男とぶつかって倒れる・・・」
メリンダは、指の先にそれらしい男性を探すが、人が多すぎて誰の事だか分からなかった。
「誰だろ・・・・わたしには分からないわ・・・」
数分絶っても、女性は変わらず動き続けて変わったことはない。ソロが頭の中で空想していることを声に出しただけだったのだろうとメリンダは思った。
だが、そう思ったすぐ後に、さきほどの女性が、黒い服の白い帽子を被った男性とぶつかった。
「え!!?」
その女性は、本当にぶつかった後、道に倒れてしまった。男性は、すぐに謝って女性を立たせて、その場を離れていった。
「ええ!!?どうして!?どうして、あのふたりがぶつかるって分かったの!?」
「メリンダ。楽しい?」
ソロは、キョロキョロした動きをしながら、優しい笑顔をみせた。
「偶然?これ偶然よね?」
メリンダは、そう思うしかなかった。数秒後にぶつかるのなら、その動きなどで分かるかもしれないけれど、ソロが言ったのは、5分も前のことだったからだ。
「ソロ。他の人のことも分かる?」
少年がお店で食べ物を食べ始め、食い逃げをすることや露店を出している若者とその隣の露店のオヤジさんが喧嘩してオヤジさんが喧嘩に勝つことも言い当てた。
「どうして、分かるの!??」
ソロは、笑顔のままだ。
「メリンダ。楽しい?」
「たの・・・って・・・楽しいけど・・・どうしてわかるのよ・・・」
メリンダは、真剣に街並みの人々の動きをみて、ソロのように分かるようになるのか試したけれど、やっぱり分かるはずもなかった。
「わたしと会う前からずっと街の状況をみてきたからソロは、街のことなら分かるのかもしれないわね。それにしても、不思議よ」
メリンダは、無理やり理屈を作って不思議なことを納得するようにした。
―――ソロモン・ライ・スミスは、まだ10歳だというのに、見習い騎士として、父と一緒の部隊で、遺跡探検にいく許可を得た。母親のルイーズは、もちろん、早すぎると言って反対したが、剣術を教えていた父ソロモン・ライ・リアムは、息子の成長のために、連れて行くことに決めた。
スミスは念願の遺跡探検に参加させてもらえるとして、とても喜んだ。しかも、あこがれるプリオターク特殊騎士団とともに行動が出来るのだ。
プリオターク騎士団は、普通の騎士よりも能力が高い戦士が多い。マナの保有した数も多く、実践での戦い方をどうしてもみたかった。
ドラゴネル帝国内にいると害意のあるモンスターと出会うことは、滅多にない。巨大な帝国の都市は、その城壁で守られているので、襲ってくるモンスターは入り込めないからだ。
農民などは壁の外に農地があるのでモンスターと出会うことがあっても、貴族の家で生まれ育ったスミスは、そのようなモンスターとはほとんど出会ったことがなかった。しかも、遺跡になどいけるわけもなかったので、喜んだのだった。
その遺跡探検のために、10歳の息子にあう鎧を鍛冶屋にオーダーして、リアムは作らせていた。剣も扱いやすい少し短めの剣になっている。とはいえ本物の武器なので、リアルな重さがある。練習用の模擬剣は、わざと重いように作られているが、本当に斬れる剣をはじめてスミスは実践で使うかもしれないのだ。
鎧をつければ、こどもなので動きは極端に遅くなる。それでも身を守るために必要な武具なので利用する。命を守ることに特化した鎧なので猶更重いし、動きが制限されてしまう。
薬草やポーションをしっかりと準備して、父とともに、遺跡へと向かう。
馬は大人と変わらない騎馬を用意され、今回は、10人編成の遺跡探検で、浅い階層だけにする予定だ。プリオターク騎士団としては、遊び程度のことだが、遺跡にはじめてはいるこどもにとっては、緊張感を振り払うことは出来なかった。