114章 陣取り合戦
ドラゴネル帝国は、小さい戦争も含めると50以上もの戦争を毎年のように行っていた。プリオターク特殊騎士団の役目は、戦争になりそうな国の反乱をいち早く制圧させるものでもあり、戦争を起こすことさえもさせないということも多々あった。そんなものを含めたら帝国が関わる戦争は100を超える。
毎年のように戦われる戦争の数だけ、帝国は戦略や戦術の知識を増していった。帝国には、あらゆる戦争の記録が蓄積されていたのだ。
プリオターク特殊騎士団長のこどもとして、生まれたソロモン・ライ・スミスは、それらの軍略録書も読んでいた。いつかは、父ソロモン・ライ・リアムの跡をつぐことが夢でもあったからだ。
しかし、大きな戦争ほど、1個人の能力が戦局を左右するものだということも理解していたので、帝国最強騎士であったサムエル・ダニョル・クライシスにも憧れた。
サムエル・ダニョル・クライシスは、モンスターでもなく、魔法使いでもない人間であるのに、その力は絶大で、今まで一度も負けたことがなく、帝国を勝利へと導いた鬼神だったからだ。
メーゼ神教を信じる者たちは、サムエル・ダニョル・クライシスを勇者だという者さえいた。
スミスも、サムエル・ダニョル・クライシスのように、剣でも、魔法でも対応できる人間種族の最強戦士になることがソロモン家の跡をつぐ以上に、夢だった。
スミスの弟ソロも、スミスの隣で、読書をしていたが、ソロは、スミスとは違って、家庭教師などの教育をされていないので、本当に読めているとは思えなかった。スミスが、変わりに先生のようになっていたが、ソロはいつも薄っすら笑みをうかべて頷くだけだ。
スミスは、魔法の書物も沢山読んだ。
魔法は、本来生き物が、使えるものではなかった。今でも、独自で魔法を開発するということは不可能だとされ、遺跡などから封印の珠を使って外から取り入れる力であった。手に入れた魔法であれば改良することもできる。同じ魔法であっても個人の能力や熟練度によってその効果は、枝分かれするが、大きな枠の中では、固定されていた。スキルに関してはスキルよりも効果は低いがアーツというものが開発されていたが、魔法は封印の珠が必要なのは常識だということだ。
スミスは、マナ力も高く、何といっても、その魔法の知識によって熟練度が飛躍的に高かった。
ウォーター系とファイア系の低レベルの魔法をそれぞれ持っていたが、その使い方が上手で、武器などに炎や水気などをまとわせたり、水で小さな動物を囲むこともできた。
炎でも、動物を囲むことも、やろうと思えばできる。
スミスの知識は、魔法の家庭教師よりも上だった。家庭教師のほうがレベルの高い魔法を持っていたが、それをスミスが持っていれば、もっとうまく使いこなすだろう。
帝国市内では、毎年のように祭りが行われた。メーゼ神教により、集められたこどもたちが、お互いの能力を使って、相手の陣地にある旗を奪い合うという行事も行われる。ソロモン家は、ローゼン通りの代表になる。
帝国の塀の外に人々が集まり、こどもたちが10対10で、お互いに1kmの範囲の領土を守り合うというものだ。旗を取った方の勝ちになる。各自、頭にハチマキをつけているが、途中でそれを取られたものは、戦線離脱となる。旗を取るか、それとも相手のハチマキを取るのかで、また作戦も変わってくる。
スミスには、魔法さえも持っている特別な存在として、注目されていた。だが、そのチームには、スミスの弟のソロも入れられていたので、優勝候補とは思われていなかった。
10の通りの10個のチームが、優勝を狙って競い合う。
戦う場所は、5カ所あり、地形も違えば、足場も変わる。1km範囲の外には、大人たち観客者が集まり、それぞれの目が終了後の審議の答えとなる。
ソロモン家は、ソロを出そうと考えてはいなかったが、スミスが、ソロが出ないのなら、自分もでないと言い張ったので、仕方なくソロも祭りに出させることにした。
スミスは、まだ10歳で、ソロは7歳なのに、ソロモン家ということもあり、ローゼン通りのリーダーとして指揮をとる。練習では何度か戦ったが今のところローゼンチームは負けたことがなかった。
そして、本番の祭り第一試合目がはじまろうとしていた。
スミスは、ソロに優しく話しかける。
「ソロ。今回の地形は、森だ。森の山道は、3つに分かれていて、相手の旗があるのは、2km先になる。10人を配置するならお前ならどうする?」
ソロは、顔を右や左に動かして、腕も止めることが出来ないまま、答える。
「右に5人早く。中央に2人遅く。左にスミス遅く。ここに2人」
右の道は、山道の中で、一番広い道だが、一番距離がある。中央の道は、一番距離が短いが、丘になっていて、登り下りの地形だ。左の道は、山道とは思えないような、もう使われていない荒れた道だった。
チームメイトたちは、知恵遅れのソロに、リーダーのスミスが、話をしているのを聞いて、いつも通りだが、不安に襲われる。スミスは、ゲームだとでも思って、弟にも楽しませようとしているようだが、そんな弟の言葉を実行しようとするからだ。
案の定、スミスは、皆にその指示を出した。
「よし。ここには、ソロと1人が、旗を守るんだ。そして、5人は、急いで、右側の道から相手の旗を奪いに動け。そして、中央には、2人が丘の上まで行って待機しろ。その後の行動は、本部の太鼓の音で判断するんだ。俺はひとりで、左側から相手の陣地を狙う。もちろん、攻撃の要は、右の道の5人だ。分かったな?」
チームメイトは、いつものように、不安げな顔をしながら、スミスの指示に従う。
だが、太鼓の指示をするのは、ソロだ。全体の状況は、大人たちの高い音の太鼓で表されるが、ソロの指示でチーム全体が動かされることになる・・・。
スミスは、指示を済ませると、大人に向かって手をあげた。
まわりの大人たちが、決まったリズムの太鼓とラッパを鳴らし始める。作戦終了の合図が、その地域に鳴り響いたのだ。
時間差で、相手側の作戦も終わったようで、太鼓とラッパも2km先から鳴り始めた。
その5分後に、一斉に、太鼓とラッパが、試合開始の音を鳴らし始めた。
5人は、急いで、広くて距離のある右側の道を走っていく。2人も、早めに、丘の上へと昇っていく。
スミスも、素早く左の道、ほとんど森の中だが、森の中を慎重に進みながら、道の中間地点まで進んで行った。
中央の丘を登った2人が手をあげて合図をしていた。
本拠地にいた子が、ソロに話しかける。
「中央の丘に4人の敵がいるみだいだぞ?」
ソロは、答える。
「邪魔をする。邪魔をする」
「えと、中央2人は、その4人を邪魔するように指示すればいいんだな?」
ソロは、顔をあちこち動かしながら、うなずく。
仲間は、慌てながら太鼓を鳴らした。
トン・タンタン。トン・タンタン。
その合図を聞いて、丘の二人は、木に隠れて、近づく4人を待ち構える。
右側の5人は、全速力で走っていたので、すぐに森に隠れようとしていた2人の敵を発見し、5人で、2人のハチマキを奪って倒した。その勢いのまま本陣へと向かう。
左の道には、獣人の子が2人、森の中を素早く動いて移動していた。スミスは、その2人の接近に気づいていたので、すぐに木の上に乗って、その2人を待ち伏せした。
トン・タンタンという本陣からの太鼓のリズムで、中央にも敵がいて、その中央が一番敵の数が多いのだということも分かった。
たぶん、中央の丘は、制圧されてしまうので、この森でも素早く動けるこの獣人の2人をこのまま本陣に向かわせてしまえば、こちらは負けてしまう。
ふたりが、スミスの潜んでいた木を通りすぎようとした時、スミスは、炎をあらぬ方向に打って、森を燃やした。
1km四方を囲んで見学している観客たちは、ギョっとして、少し騒いだので、獣人の子ふたりは、その場で止まった。振り返って森が燃えているのを発見する。
「敵がいたのか?」
「いや、俺にも分からなかった」
ふたりは、当たりを見回すが、スミスは、上手に木の裏に隠れて、姿をみせない。
獣人は、匂いを嗅いでは、敵を探すが、スミスは、戦う前から森の草木を体に付けて、自分の匂いを消していたので、簡単には見つからない。
「人の匂いがかすかにするな。やっぱりこの道にも誰かがいる」
「でも、人数は、少ないから、ほっといてもいいだろ?」
「そうだな。でも俺たちがそれよりも早く旗を取ればいいんだからな。無視していくぞ」
と移動しようとしたひとりの獣人の顔に水が囲んだ。
ブクブクブク
と泡を立てて、苦しみだした。水の中では息はできない。もうひとりが、その水を顔から払おうとするが、水に触ってしたまった手から半分の水が、腕を登って、もうひとりの顔も覆ってしまった。
ふたりして、苦しみはじめる。
スミスは、すぐに木を降りて、姿を現し、ふたりのハチマキを取ろうとするが、ふたりは、抵抗する。
しかし、水の中にいるような状態なので、視界も悪く、スミスに触ることもできないまま、二人はハチマキを取られてしまった。
まともに獣人と戦っていたら、スミスの水気は、躱されていたかもしれないが、不意を突かれたことで、二人をすぐに倒すことに成功した。
すぐに火をつけた場所に水気を打って消火した。
まわりから、太鼓が鳴り響き、ふたりがハチマキが取られたという情報が、鳴る。
だが、中央の仲間の二人が、四人からハチマキを奪われた音も鳴り響く。
逆に、右側の5人は、敵二人からハチマキを取って本陣に向かっているようだ。
これで、8対6で、人数的には、こちらがリードしている。敵は、中央から4人で、距離が短い道からソロと仲間ひとりしかない本陣に攻めていくことになる。
逆に、こちらは、右側から5人で、敵本陣の二人を相手に旗を取りに行っている。
スミスは全体の状況を把握して考える。
なら、僕は、自分たちの本陣に戻って、旗を守り、時間稼ぎをしたほうが、正しいだろう。
スミスは、素早く、自分の陣地へと戻りはじめた。
ソロのいうように、左側からゆっくり進んでいれば、すぐに本陣に戻れていたな・・・と少し後悔しながら、スミスは、陣地へと素早く戻り、間に合えば敵の4人を食い止めようと行動する。
敵の旗は、右側から向かった5人にまかせよう。
ローゼン通りチームの本陣では、ソロと仲間がひとり中央の丘から4人の敵が来るのを眺めていた。
仲間のひとりは慌てふためいていた。
「おい!ど・・・どうする・・・?どうするよ・・・おい・・・4人も中央から走ってきているじゃないか!!ここに着いただけで旗は取られるぞ?」
ソロは、ゆっくりと歩き出した。
「おい!どこにいくんだよ?」
ソロは、笑顔で返事をする。
「倒す。倒す」
ソロの変な動きと話方を見て、仲間は反論する。
「お前が倒せるわけねーだろ!?」
ソロは、その意見を言われても、ひとりで、中央の道に向かって歩きはじめた。
そして、敵の4人が、ソロの目の前に走り込んできた。
ソロは、道の真ん中で、座り込んで、ブツブツと何かを言い始めた。
敵の4人は、ふたりのハチマキを奪い取ることに成功して、士気をあげながら、余裕の表情で旗を狙いに移動していたので、おかしな敵を目にして、笑いながら立ち止まった。
「おい。何でお前、こんな道端で、座ってるんだ?お前俺たちの敵だろ?」
「こいつ。ソロモン家の化け物だよ」
「あーあの知恵遅れで、奇形とかいうやつか。おもしれー」
と言いながら、ソロのハチマキに手を伸ばそうとすると、ソロは、寝転んで次は、転がりはじめた。
「おもしれー!こいつ、次は転がりはじめたぞ」
「もういいよ。こいつは、戦力外だから、ほっとこう。可哀そうだからハチマキは、取らないでおいてあげよう」
「面白いもの見せてもらったからな。ゆるしてやるよ」
4人の顔に同時に、ウォーターが炸裂した。
ソロがバカにされている間に、スミスが、本拠地について、中央にソロと4人の敵がいることに気づいて、ソロを助けに来ていたのだ。
4人は、突然、まわりが水だらけになって、慌てふためく。
スミスは、ひとり、ふたりとハチマキを奪っていき、奪った相手の顔から水を消していった。
だが、ひとりは、ファイア系の魔法を発動させて、水を蒸発させた。
それをみて、スミスは感心した。
「炎使えるんだ」
「舐めるなよ。モンスターの兄貴が!」
スミスは、その言葉を聞いて、しらけたような目をして、内心怒りを抱いた。
「俺のことは何とでもいってもいいが、ソロのことをそんなこと言うな!」
「言ってるのは、俺だけじゃないだろ。周りのみんな、化け物だって言ってる」
中央の敵は、あと二人。ひとりは、ウォーターで苦しんでいる。そして、もうひとりは、炎の魔法でスミスの攻撃を阻止した相手だ。
勝ち誇ったような顔で、敵はスミスに毒を吐く。
「モンスターの兄貴。お前は、ウォーター系のようだが、俺は、ファイア系の魔法が使えるんだ。お前の負けだ」
「いいや違うね。負けるのは、お前だ。お前は息が出来なくて、苦しんで負ける」
「だから、水は通じないって・・・」
という間に、敵の周りに火が取り囲んだ。
顔を取り囲んだ火は、空気を消費させて、苦しみだす。
「ファイア系の魔法は、火耐性を持っていない子なら危険だから使えなかったけれど、君は持っているんだから使えるよね」
だが、敵も負けじと炎を放って、スミスを燃やそうとするが、お互いにファイア系を持っているだけに、火耐性があって、スミスを倒すことは出来なかった。敵は、顔のまわりに火をつけられて、そのまわりの空気が薄くなり苦しんだ。
水気で苦しんでいる敵と炎で苦しんでいる敵は、ふたりとも、自分からハチマキを取って、降参した。
まわりの太鼓の合図が鳴り響いた。スミスが戦っている間に、味方の5人が、敵の旗を手に入れたようだ。
スミスは、ソロに手を差し伸べた。
「ソロ。お前のおかげだよ。今回の戦いで、一番活躍したのは、お前だ。ソロ」
「活躍した。活躍した」とソロも笑顔をみせた。
終わってみれば、8対1と圧勝だった。
大会で優勝したのは、スミスたちのローゼン通りのチームだった。その中でも一番活躍し、42人のハチマキを奪ったソロモン・ライ・スミスが表彰された。
ソロモン・ライ・スミスは、一度も敵からハチマキを奪われず、チームは、無敗で優勝を勝ち取った。
ソロモン・ライ・リアムは、とてもスミスを褒めた。自分が思った以上の活躍をみせた息子にお祝いのパーティとほしいと言っていた本をプレゼントした。ソロというハンデをチームに参加させても、優勝させたことが、さらに嬉しさを父は感じていたのだった。