103章 新しい力を求めて
龍王の遺跡の奥の広場、アイスドラゴンのフレーがいた高さ80mの大広間の2倍の広さがある巨大な空間で源は、愛と一緒に思考をめぐらす。
この世界の強さは、主に身体的な強化とマナという不思議な効果、身体的な強化をさらに高めるのがスキルだ。
そこに第三の強さを源は考えていた。
それは何かと言えば科学による強化だ。ウオウルフは、生身ではコボルト10体と同等レベルの強さだったが、グラファイトで作った武具を与えると劇的に強さを増した。
レジェンドの村人も同じで、源の作った鎧を付けることで強さが増したのだ。
道具による強化は、この世界でも有効だということは証明されているのだ。
では、その道具をさらに発展させたものへと向かわせてしまえば、どれほどの強化が可能になるだろうか。
短期間のうちにあのサムエル・ダニョル・クライシスのような強敵にもそれなりに対処できるぐらいのものを手に入れる可能性があるとすれば、まったく違う筋から攻めていく発想力が必要なのだ。
この世界のことは向こうのほうが1枚も2枚も、どころではなく10枚も上なのだから、競い合っても時間が足りない。こちらが進めば、向こうも進むからだ。だから、向こうが知らないものでこちらは強化を目指していく。そうすれば、向こうはその分野を知らないわけだから、その差は必然と縮まる。
もちろん、装備としても今は向こうのほうが上だった。グラファイトで作ったロングソードでさえも、サムエルは砕いたからだ。
だが、科学は、源の専売特許、本当の才能であり、努力してきたものの1つだ。こうやって生き残っているのも、科学による知識があったおかげもある。
そして、何といっても、こちらには、愛がいる。
愛がいれば、現世での人間の知識のほぼすべてを手に入れているようなものだ。
だからといって、すべてを自分で行っていたらいくら時間があっても足りない。
人手。そう・・・自分とは違う意思を持たせた存在を作ることだ。
まず、源にとって作り出さなければいけないものは、コンピューターだ。現世では、コンピューターを個人で作り出すことなど不可能でしかないが、ここは仮想世界。今の源にあるものは、リトシスだ。
リトシスはナノレベルの最小単位で物を組み立てることができる。
カーボンナノチューブを多く作ったことで、源のリトシスの熟練度は最初に比べて何倍もの精度で鍛えられていた。ナノレベルの操作が出来るのなら、コンピューターを造り出すことは難しいことではない。ただ、その素材が必要なだけだ。自然界にある鉱物は、物質が分離されていないので、本来ならそれを融解させて、物質の振り分けが必要になるが、龍王の遺跡には、すでにあらゆる素材が山のように存在していた。
自然界でそれらの物質を探し出すのはとても困難だったが、龍王が残してくれた資源は、その手間をはぶいてくれたのだ。
『源。1つ提案ですが、現世のものを作成する場合は、少し形や名前などを変えてはどうでしょうか』
そう言えば、そうだ。
この世界は、俺を拉致した者たちが作った世界で、ほとんどの人の記憶が消されている。ロックや他のミステリアスバースのように、記憶を残している場合もあるので、現世のアイディアがこの世界に登場してもおかしくはないが、現世とまったく同じ形で、同じ名前だと疑いがかかる恐れがった。この世界のひとりのユーザーでしかない源が、多少、現世の言葉を使っても特に問題はないようだが、あまりにも使いすぎるのは、チェックされる原因にも成りかねない。言葉にして言わなければ、別状問題はないのだが、念には念をという言葉もあるので、従おう。
『そうだな。愛の言う通りだ。俺を拉致したあいつらが見ている可能性があるからな。現世の設計図通りだが、見た目は、現世のものとは違うようにみせて、名前も変えてしまえるものは、変えたほうがいいかもしれないな』
『いえ、源を拉致したあの組織の人間は、見ているとは思えません。源』
『ん・・・?どうしてだ?』
『源が拉致をされてから数年の間は、彼らは現世の施設に存在していましたが、10年もすると人は減っていきました。今ではほとんどが、わたしのようなAIがこの世界を運営し、大量の脳などに栄養も与え続けている状態だからです』
『そうだったのか・・・俺はてっきりあいつらが監視していると思っていた・・・』
『ですが、AIに設定された内容に反すれば、処分対象になる可能性もあります。源の体を処分というよりも、セルフィという存在の処分が予想されます。源』
『ということは、そのAIの網をかいくぐれば、この世界での行動もそれほど気にせずに行動できるということだな?』
『そうなります。源。ですが、どのような設定が設けられているのかは、この世界の行動によって確かめていくしかないので、配慮することは大切だということです』
今まで何度か現世の記憶を口にしたことがあったが、それも向こうの監視システムAIにとってセーフの対象だったというわけだ。俺の他にも現世の記憶がある人間もいるようだし、狼王の時代では、現世の記憶を皆が持っていたとも聞いた。
『当面は現世での敵は、あいつらではなく、そのAIということになるわけだな』
『はい。その通りです。源』
人ではないだけ少しは楽になる。人はルールを気分や都合で変えてしまうが、AIは、プログラムに沿っていてルールを気分で変えることはない。だから、どれだけの自由がゆるされているのかを探っていけば、それでルールを測ることができるということだ。
『でも、そうするとその10年の間に本当の人間は、供給されていないということなのか?』
『いえ、そうではありません。源。彼らは人の脳と脊髄を遊離させる技法そのものもAIにまかせているので、拉致してきた人たちを処分場で解体し続けているのです』
・・・・。
拉致した生きた人間を処理するような施設に入れるだけで、機械が人に手術をほどこしているということだろう・・・。見えないところでは、人権など存在していないということだ・・・。いったい何人のひとたちが年間、俺と同じように、この世界に送り込まれているのだろうか・・・。生きていた時の記憶を消され、ミステリアスバースやどこかの子として新たな人生を仮想世界で送っているということだ。
そんなことをして、何の得があるというのだ・・・。何かの実験なのだろうか・・・。あらゆる言葉が狼王の前の時代にはあったのだから、世界規模で人々は拉致され続け、この世界に参加させられていると考えられる。
俺にとっての本当の敵は、そいつらだ。この世界にいる人間は、同じ被害者であり、お互いに知らないで争いあっているだけなのだ。プログラムとしての生き物や人間のキャラクターもいるかもしれない。この世界では敵になってしまうことがあっても、本当は拉致被害者同士なのかもしれないのだ。
だから、何とかこの世界では、彼らが争わなくてもいい世界にしたいが、そこまで出来るとは思えない。今はレジェンドや貧民地の仲間を守ることに専念していくだけだ。結局、この世界で何をしても負けている状態だが、それでも、この世界だけでも、何とかしたい。この世界で気にするべきは、その監視システムAIだということだ。
源は、愛からコンピューターに使われるあらゆる部品の設計図を大量に取り出して、1つ1つ組み立てていった。その1つ1つも、若干、愛が形を変えてくれた。部品1つ作るのには、それほど時間がかからなかった。ナノの極小の単位であるカーボンナノチューブの鎧を作るほうがよほど時間がかかる。
そして、数日をかけて、設計図通りに部品を組み立てて、1つのスーパーコンピューターを造り出した。形こそちがうが、ほとんど現世のコンピューターと同じ設計図通りにつくったので、コンセントまでついている。
一般的に、スーパーコンピューターは縦長だが、源たちが作ったスーパーコンピューターは、横長にして、若干、丸みを加えた。
スーパーコンピューターのことは《ブレイン・脳》という言い方をするように決めた。
ブレインを作ったからといって、すぐに使えるわけではない、問題はいくつもある。
まずは電気などのエネルギーが存在していないことだ。これは大きな問題だ。電気を作り出さなければ、ブレインを動かすこともできない。
そして、もう1つの問題は、スーパーコンピューター、ブレインを作ったとしても、その中身が0だということだ。
プログラミングがまったくされていない。
スーパーコンピューターの凄さは、人間による計算の蓄積だ。はじめからスーパーコンピューターではなく、小さい計算から徐々に高度な計算へと移行していった。最初のコンピューターは、電卓程度の計算しかできなかったのだ。
そこから人がプログラムを開発し、打ち込んで、現世のようなパソコンへと発展させてきた。その何十年にもわたった蓄積が、スーパーコンピューターを作り出しているのだ。
電気についてはアイディアがあった。それは、この世界の太陽の存在だ。龍王の遺跡には、太陽と同じタイプのエネルギーになる小型の太陽が20箱ほど置かれていた。以前、少し発動させたが、その熱量はかなりのものだった。その熱量をエネルギーとして、電気に変えることができれば、1つは問題が解決する。
そこで、愛の情報の中から熱による空気膨張を利用したエンジンを見つけ出した。コアエンジンだ。熱は空気を膨張させる。膨張した空気は外へと広がろうと力を増し加える。そうするとその力が、ピストンを動かし、バブルを開く。バブルが開けば熱も下がるが、また空気が入り込んで膨張する。この繰り返しだ。コアエンジンの設計図を手に入れてまたその部品を作り出し、設計図通り組み立てていく。
この世界には、ノアの大洪水は存在していないので、あらゆる生き物の死骸によるエネルギーが存在していない。そう原油や天然ガスや石炭などが存在しないのだ。石油などは、ノアの大洪水の時に地に埋まった生き物たちの死骸であり、天然ガスとは、腸などに貯まったガスや腐敗する時に出るガスなのだが、この世界にはない。原油などは自然界には本来存在しえないものなのだ。なので、この太陽をエネルギーの1つとして、まずは使うことを考えたのだ。
愛によって外見は、変えられているので、エンジンのようにはみえない。エンジンは、《ハート・心臓》ということにした。これも監視システムAI対策だ。
エンジンであるハートを手に入れたので、その中に、この世界の太陽をいれてチェックしてみると、うまく動かすことができた。しかし、エネルギーがありすぎて、ハートがフル回転して耐えきれなくなった。そこでハート自体を大きくして、この世界の太陽と同じ素材の小型ダイヤとエンジンの広さを丁度いい按排で調節した。
これで電気問題は、一応は解決した。
次は、プログラミングだ。本当なら愛をこのスーパーコンピューターに接続すれば、愛が物凄いスピードでプログラミングを形成していけるのだが、この世界の愛は、存在しないのだ。
存在しているが実態がない。いわゆる魂や霊といったもののようになってしまっている。霊とパソコンを繋げられないように、愛とこの世界のスーパーコンピューターのブレインも繋げられない。だから、1から源がプログラミングしていかなければいけないのだ。
これもまた途方もない時間がかかってしまうと思い悩む・・・。
源がもっとも得意であり、専門であるものを作り出すための始めの土台作りが途方もなく遠すぎる・・・。
物質であれば、リトシスで作り出すことはできるのだが・・・。
いや・・・ちょっと待てよ・・・
『愛。サムエル・ダニョル・クライシスと戦った時、お前は、空間と空間を繋げるプログラミングをリトシスで打ち出したよな?』
『はい。源。その通りです。空間のかきかえ、空間というプログラミングの組み換えを行ったのです』
空間は物質ではない・・・法則そのものである。法則への干渉ができるのならもしかして・・・
と思い源は、電気でつながったブレインに手をかざした。キーボードも何もない状態だが、源はリトシスを発動させて、プログラミングの形成を試みると、ブレイン内で、もの凄い勢いでプログラムが形成されていった。
カーボンナノチューブのように炭素のコントロールができたように、プログラムという法則にも干渉することができたのだ。
「これは・・・思っていたよりも、早く手に入ることができるかもしれない・・・!」
愛によってプログラムの形式を脳内で送り込み、それをリトシスで、ブレインに干渉させていく。ほとんどコピーしているようなものだった。膨大な情報を大量に入れ込んでいく。
その速度は圧倒的で、家庭内パソコンレベルのプログラムは、容易に作り出すことができた。
ここまでいけば、源の専売特許だ。最低限の土台は完成した。そこから、さらに研究者として培ってきたプログラムを打ち込んでいく。
その先に生まれるのは、そう・・・愛だ。人工知能をこの仮想世界にも作り出すのだ。だが、もちろん、愛とこの世界を同期させることはできない。
そこまでの過程を1週間で発展させることができた。
愛は、俺が寝ていた42年間で世界中の現世にあるスーパーコンピューターとアクセスしてきたので、最初からその膨大な処理能力などと同じレベルの人工知能を作り出すことはできない。これも段階的にやるしかないが、初期の人工知能を作り出せば、あとは勝手に、計算させていけばいい。もちろん、プロトコルを打ち込んでのことだ。人工知能の制御は、あくまで源の権限に依存する。膨大なプログラムを打ち込めばそれだけ処理が遅くなるが、処理能力を伸ばすのならまたブレインの数を増やしていけばいい。
モニターも作り、映像を作り出すことにも成功した。コンピューターを造るよりもただ映像を映し出すモニターは簡単に作れる。
すると、画面上に小さな丸いキャラクターが現れた。
まだ、転がったりすることしかできないが、一定方向に転がっていたものが、ランダムに転がるようになり、その丸いキャラクターから手足が生えて、足で歩くようにもなっていった。
成長しているのだ。
次の段階にいくために、源は作業をはじめた。愛に人工知能の体にあたるものの設計図を作らせ、それに沿って源がリトシスで作っていったのだ。モニター内にある体ではない。現実で動かすことのできる体だ。
それはあまりにも不格好な大きな四角い箱だった。1m四方の黒い箱だ。カーボンナノチューブで表面の体として、中身を覆った。カーボンナノチューブ製なので木目のような柄が表面についている。
その体を10個ほど作った。
そして、ブレイン内の人工知能の様子をみると、丸いキャラクターが、今では人型の形にまで成長していた。
ブレインのコードを体につなげ、初期化して様子をみていた。ブレイン内に造られた仮想の体は、現実の世界の体と同じような形に書き換えられた。
一日目はまったく体は動こうとはしなかった。
しかし、二日目からは、少しガタガタ動くようになり、三日目からは腕を出しはじめた。体には、10本の腕とそれぞれの指をあてがっていた。まだ、コードをつなげてでしか動かすことはできないが、10個の体にそれぞれコードを付けて、様子をうかがった。
少しずつ行動パターンが増えていった。
次に言葉のプログラミングを施した。
ブレインやモニターなど以外の機材は何も作ってはいないので、声は出せないがブレイン内だけに文字が表示される。
『オハヨウ。ゴザイマス。オヤスミナサイ』
と次々と言葉を使いはじめ、言葉の展開も作り出していった。言葉自体はすぐに打ち込めるが、それを利用できるかは別問題なのだ。
人工知能の育成の間、源はスーパーコンピューターのブレインの数を増やして、計算処理能力をまさせていった。1台が2台になり、2台が3台となっていけばいくほど、計算速度は増していく。
言葉も文字表記し、使えるようになってきたので、高村が開発した音声による愛と同じプログラムを打ち込んだ。だが、ここには、川添愛、本人はいない。川添愛も、人工知能の愛の声もベースにすることはできない。しかも、録音機すら存在しない。そこまでやっていれば、時間がなくなるので、研究所の後輩だった高村のプログラムだけリトシスで素早く入れ込んだ。
そして、源はとにかく計算速度を上げるために、ブレインを作り続ける。
すでに10台まで作り繋げていた。
そうこうしている間に、体は驚くほどのパターンの動きを習得していた。
10本の手を出しては、転がったり、ジャンプしたりと、あらゆるパターンを生み出し続けていた。
『源。この世界で造られた人工知能は、わたしとはまったく別のものです。かなりの速度でプログラムが形成され発展していっていますが、プログラムの改定への権限の強化を行うことをお勧めします』
『おいおい。この世界のだれが人工知能に干渉できるプログラムを打ち込むことがでるというんだ?プログラミングという言葉さえも存在していないんだぞ?』
『もちろん、それはそうですが、体を与えられている以上、強制力も強化させるべきではないでしょうか。源』
今もすでに現世と変わらないプロトコルで規制しているのに、さらなる規制がまだ必要なのか源には、思えなかったが、愛が助言したことだから、ブラックボックスを作り出して、裏ルートをプログラム内に隠して、権限の厚みをまさせた。
ブラックボックスには決して人工知能は手出し出来ないようにしておいた。何だか独裁者になった気分だ。
源は、簡単な木で作れるオモチャの家のプログラムを打ち込んで設計図を人工知能にいれてみた。木の素材は、源がリトシスで加工して用意して、広場に野ざらしにしておいた。あとはプラモデルのように組み立てるだけでいい。
次の日になると、その家を人工知能は作り終えていた。
とても順調な出だしだった。
源は、あらゆる必要なものの設計図をブレインにいれていくようにした。今はまだ簡単なオモチャ程度のものしか作り出せないが、将来は、色々なものを作れるようにしていくつもりだ。