101章 記憶 【第二部 完】
源は、目を開けた。
ここは・・・?
まわりを見渡すが、暗い。
白い岩の四角い壁や屋根が目に入った。
天国・・・?じゃなく・・・ロックハウスの中か・・・?
俺の・・・ベッド・・・?
俺は生きていたのか?
横をみると、リリスが、ベッドの横の椅子に座って寝ていた。源は、体を起こして声をかける。
「リリス。おい。リリス」
源の声でリリスは、目を覚ました。
「セルフィ!目を覚ましたのね!」
「ああ。そうだけど、俺は殺されなかったのか?み・・・みんなは!??」
リリスは、何だか驚いていた。
「何も覚えてないの?」
「いや、帝国と戦争していたことは覚えてる。気を失ったあとのことを聞いているんだ」
源は、手をベッドに置いて、立ちあがった。
「あれ??」
源は、両手をみると、手があった。
「どうして、俺の腕があるんだ!?」
リリスは、言う。
「それも覚えていないの??」
源は、サムエル・ダニョル・クライシスに斬られたはずの腕を目を細めて、驚きながら丹念にみるが、切り口などもまったくなかった。
そして、両腕をグー・パーして、動かして手の指を広げた。特に損傷はないようだ。
「もしかして・・・ここは天国なのか?」
それを聞いてリリスは、薄っすら笑いながら答える。
「違うわよ。ここは天国じゃないわ」
「違う・・・のか?」
何度も斬られたはずの腕をみるが、とても斬られたとは思えない。
「もしかして、夢をみていたのか?帝国と戦争した夢を・・・」
リリスは、顔を振る。
「残念だけど・・・それは夢じゃないわ。わたしたちはドラゴネル帝国と戦ったのよ」
それを聞くと源は、またまわりを見渡して、混乱しながら大き目な声をあげる。
「みんなは?みんなはどうした!?」
そう言いながら、源は、外に出た。
外は、夜で静まり返っていた。レジェンドの見慣れた風景が、そのまま残っている。建物は壊されていない。まだ、夜中みたいだ。まったく人がいない・・・。
源は、焦りを感じながらリトシスで空高く飛んで、周りを見渡す。
レジェンドから離れたの西側に巨大な丸い穴を見つけた。
源は、すぐに飛んでいって、その穴に向かっていった。
その途中、大勢の人間の死体が転がっていた。
確かに、帝国との戦いをした景色が壁の外側には、残っていた。それにしても、あの巨大な穴はなんだ・・・
2kmほどの巨大な穴があり、その深さは目で捉えきれない。
その穴の淵に、降りて、源は覗き込む。
やはり、底がみえない。夜中なのもあってまったく見えないが、深いのは確かだ。
リリスが、大型犬タークに乗って、追いかけてきた。
「セルフィ。大丈夫?」
「リリス・・・この巨大な穴は何なんだ!?みんなはどこに行ったんだ?みんな死んでしまったのか?」
「本当に何も覚えてないのね・・・」
「リリス。教えてくれ。何があったんだ?どうして、みんないないんだ?」
「みんないるわよ。今は夜中だからみんな家で寝てるだけよ。ほら、見張りの方もいるでしょ」
確かに、見張りの兵士が、壁に数人いて、こっちのほうをみていた。混乱して感知機能を発動することもしていなかったが、感知してみると確かに家の中で皆は、寝ているようだ。
「みんな・・・寝ているだけなのか・・・被害は?レジェンドの被害はどれだけ出たんだ?」
「うん・・・ウオウルフは1250匹亡くなったわ。そして、レジェンドの兵士も233人亡くなった・・・。農民兵は112人亡くなったわ・・・負傷者は、ウオウルフも含めて、2200人ほどよ・・・」
あの大戦争で、それぐらいの被害なのは、少ないと言えるだろう。一体何が起こったんだ・・・
「ウオガウは?そして、ロックは無事なのか?」
「大丈夫ふたりは、無事よ。ロックさんは、体の半分をサムエル・ダニョル・クライシスに吹き飛ばされたけれど、自分の能力で、回復させたの。そして、ウオガウさんは、あなたが回復させたでしょ」
「俺が??ウオガウはどう考えても助からないと思っていたけれど・・・・そうか・・・生きてるんだ・・・良かった・・・他には?司祭様やボルアやローグたちは、どうなんだ?」
「大丈夫よ。主要メンバーは、全員無事だったわ。ローグ・プレスさんは、負傷しているけど、いのちに別状はないわ」
「そうか・・・でも、一体何が起こったんだ?どうして、みんな無事なんだ。それに帝国軍や三国同盟軍は、どこに行ったんだ?」
「あなたが、どこまで覚えているのか分からないけれど、レジェンドを救ったのは、セルフィ。あなたよ」
「ん!?俺・・・!?」
「そうよ。この穴もあなたが、開けたものよ。この大きな穴で、大勢の敵を倒したことで、ドラゴネル帝国は、撤退していったのよ」
「え!?俺が、この穴を開けたのか?」
「うん。あなたは、どこまで覚えてるの?」
「俺は・・・サムエル・ダニョル・クライシスに両腕を斬られて、顔を攻撃され、意識を失った。リリス。君が僕を助けようと走っていたところまでは、覚えてるよ」
リリスは、目をパチクリしながら答える。
「そう・・・あなたが覚えているのは、そこまでなのね・・・サムエル・ダニョル・クライシスは、あなたの首を斬ろうとしたの。そうしたら、あなたが、サムエルを吹き飛ばして、突然立ち上がったのよ。今思えば、確かにいつものあなたじゃなかったわ。口調もなんだか違っていたし・・・」
「口調が違っていた・・・・?」
「うん。何だか敬語を使っていたわ。」
敬語・・・
『愛。何か分かるか?』
『源。申し訳ありません』
『ん?なぜ謝るんだ?』
『源は、意識を失ってしまったので、その後は、わたしが処理させてもらいました。源』
『どういうことだ?愛。解るように説明しろ!』
『あのままでは、源は殺されていました。ですから、わたしが、源に代わって源の体を動かして、行動させてもらいました。源』
『ちょっと待て!そんなこと不可能なはずだぞ??だって、お前は、俺の脳に埋め込まれたチップであって、体を制御させないために、視神経とは切り離されて付けられていたんだ。脊髄などにチップが埋め込まれていたのなら体も動かせる可能性もあるかもしれないが、脳に埋め込まれていただけのチップでは、そんなことは出来ない!出来ないように設計されていたんだ』
『源。ここは、脳が作用している異世界です。仮想空間なのです。本当の源の体は動かすことはできませんが、脳がつながっている世界では、わたしも源の体に関渉することが可能だとあの時に分かったのです。源の許可はありませんでしたが、あの場合は、緊急でしたからそうさせていただきました』
そうか・・・ここは異世界だった・・・脳の電気信号だけで動いているようなものなのだ・・・。でも・・・だからといって、そんなことが可能なのか??
『愛。その時の記録は残してあるのか?』
『はい。源。その時の視覚から得た映像は、記録されています』
『よし、じゃー俺が気を失って、愛が俺の体を使い始めたところからみせてくれ』
『分かりました。源』
源は、リリスに言った。
「リリス。ちょっと待っててくれ、何だか思い出せそうなんだ。静かに考えてみる」
リリスは、小さく頷く。
「うん。ゆっくりでいいのよ。無理しないでね」
「ありがとう。リリス」
愛は、記録された映像をデーターベースから取り出して、源に体感させながら、脳に情報を送った。
―――みんな・・・生き・・て・・・
源の意識は、レジェンドの民が殺され続ける中、暗い暗い闇へと落ちていった・・・。
サムエル・ダニョル・クライシスの剣は、源の首に振り下ろされる。
その瞬間、源の体から光りがほとばしった。
すると、サムエル・ダニョル・クライシスが、吹き飛ばされた。後ろへと吹き飛ばされたサムエルは、コの字に吹き飛んだが、無理やり地に足を蹴って、その勢いを中和させながら、後ろにバク転を繰り返すように、立ち止まった。
走っていたリリスもその衝撃波で押し倒されてしまった。
サムエルの口から血が流れる。
「なん・・・だ・・・!?」
愛はリトシスの能力で立ち上がった。腫れあがっていた顔では、視覚は使えない。
右上に脳内表示の文字が赤色で点滅していた。
【活動限界予測時間15分】と書かれている。
多様な能力によってまわりの状況を把握し、細かい計算のもと数字にあてはめて、距離をつめ、落ちている右腕を浮かした。
右腕は、何も触っていないのに、源の方へと飛んで、体の右側にくっつくと、修復をはじめた。
右腕が修復をしている間に、左腕も凄い勢いで飛んで来て、源の左側にくっついた。
そして、左腕も修復していった。
愛は、右手を動かして、不具合がないのかを確認する。脳の映像の中に、【修復完了】という文字が浮かび上がった。
愛は、その右手で、源の顔を削ぎ取った。源の顔は、中身が丸見えになる。
それをみて、リリスが叫ぶ。
「きゃー!セルフィ!何してるの!??」
愛は、削ぎ取った顔の素材をまた、顔に付けて、ゆっくりと上から下へと腕を降ろしていくと、源の顔は、元に戻っていった。
腫れあがっていた顔が、もとの綺麗な顔に数秒で戻った。
それをみてサムエルは険しい顔で言う。
「化け物が!」
画像には、【顔面復元完了】という文字が表示される。
しかし、サムエル・ダニョル・クライシスが、そのままでいるわけが無かった。
サムエルは、剣を持って、源へ攻撃をしかける。やはり、その速さは、認識できなかった。
だが、源の5m範囲にまるで壁のように何か透明なものがあり、それにサムエル・ダニョル・クライシスは、ぶつかり吹き飛んだ。
愛は、サムエル・ダニョル・クライシスに語りかける。
「あなたは危険ですから、近づくことができないようにさせてもらいました」
サムエルは、何もないようにみえる場所に手を伸ばして、確かめるとまったくみえないが、何か硬いものがあるのを確認する。
愛は、上半身と下半身に真っ二つに斬られてしまったウオガウの体2つを何も触っていないのに浮かせて、手元まで運ぶとウオガウの体に手を置いて修復をはじめる。
【細胞作成中】という文字が浮かび上がる。
ウオガウを直している間に、右手を前に出すと、落ちていたロングソードが、飛んで来て、その右手に収まった。
そして、破壊されたロングソードの形を新たな剣へと作り変えていく。それはあっとういうまだった。
【細胞作成80%完了】という表示になると、ウオガウの体は宙に浮かんだまま、レジェンドの壁の中へと移動させた。
赤い点滅した文字は常に表示されている。
【活動限界予測時間13分】
サムエル・ダニョル・クライシスは、唱え始める。
握りしめた剣が黄色く光りはじめた。
サムエルは、目にもとまらぬ速さで、その空間にあるものを斬り裂いた。
【空間防御壁崩壊】という表示が出る。
愛は、素早く空へと飛んだ。しかし、サムエル・ダニョル・クライシスも、すぐにそれを追って攻撃をしかける。空間防御壁さえも斬り捨てたサムエルの剣は、また源の体へと向けられ、振られた。
愛は、背中を向けた。サムエル・ダニョル・クライシスの攻撃はそのまま源の背中に振り込まれると、グァーン!というすごい音が鳴り響いた。
源のマントが、サムエルの攻撃によって、吹き飛んだ。そのマントから白い羽が露出した。
そして、その羽は、あのサムエル・ダニョル・クライシスの攻撃を防いでいた。
サムエル・ダニョル・クライシスの剣は、弾かれて、後ろへと戻される。
「何だ・・・お前のその羽は・・・俺の剣を弾くだと??」
戦場でみていた者たちがその羽をみて、驚き叫び始める。
その羽をみたドラゴネル帝国連合軍の兵士たちが叫び始めたのだ。
「天使だ!セルフィは、天使だ!」
「何!?」といってボルフ王国第三王子サムジも、その源の姿をみる。
サムジはどういうことだと驚きを隠し切れない。
「セルフィの背中に羽!!??セルフィは人間ではなかったのか!」
サムエル・ダニョル・クライシスは、語りかける。
「セルフィ。お前天使だったのか?」
「その疑問には答え兼ねます。あなたはレジェンドの敵ですから。」
愛は、右手を戦場に向けると、レジェンドのすべての兵士たち、負傷者も死者も、皆一斉に空に浮き始めた。すべての兵士たち、ウオウルフたちに帝国側が攻撃を加えても、攻撃は通じなかった。矢を打っても、当たる前に弾かれた。
そして、愛は、右腕を後ろに振ると、レジェンドの兵士が、レジェンドの壁の中へと移動させられた。負傷者も死体も、すべて移動し、16000の兵力はみな、壁の中に入った。リリスもレジェンドの中に移動させられた。
愛は、サムエルに語りかける。
「サムエル・ダニョル・クライシス戦士長。あなたに忠告しておきます。今すぐ軍を撤退させてください。そうすれば、被害も少なく済みます」
サムエル・ダニョル・クライシスは答える。
「お前。あれだけ俺にやられておいて、俺の目の前で、帝国連合軍に手出しできるとでも思っているのか?」
「確かに、今のわたしでは、あなたに勝つことはできません。しかし、戦争に勝つことは可能です。あなたには勝てませんが、それ以外のものへの攻撃は可能だからです。ですから、速やかに帝国連合軍は、帝国へと撤退するべきだと進言します」
「お前の言っている意味はよく分からん。俺がお前を生かしておくわけがないだろ」
愛は、左手を前に出した。そして、その左手の前の空間に穴が開いた。そこに、ロングソードを突き立てる。
サムエル・ダニョル・クライシスは、左を向いて、剣を振りかざす。
ガシーンッ!という音が鳴り響いた。
サムエル・ダニョル・クライシスの左側の空間から、ロンスソードが突然飛び出した。
愛は、いくつもの穴を開け、ランダムに突きを突き立てる。
いくつもの穴が、サムエル・ダニョル・クライシスのまわりの空間に空いて、そこから、ランダムに剣が飛び出す。そのすべてをサムエル・ダニョル・クライシスは、弾き飛ばす。
「では、この攻撃は弾き返せますか?」
愛は、1つだけ穴を開けて、剣を一回だけ突き入れた。
ドラゴネル帝国連合軍の兵士の精鋭たちの前に、穴が開いた。その数1万。
すべての穴から突然、剣が飛び出して、1万の農民兵以外の精鋭兵に突き刺さり、一斉に倒れた。
サムエルは叫んだ。
「貴様ーー!!時空魔法か!」
「わたしは撤退するように進言しました。今亡くなられた方達は、あなたの決断によって亡くなったのです。次は、指揮官たちだけを狙ってもいいのですよ」
サムエル・ダニョル・クライシスは、詠唱しはじめる。
次は青い剣が黒い靄のようなものに包まれ始める。
そして、サムエル・ダニョル・クライシスは、突然100人に増えてセルフィに攻撃をしかけた。
多くのものは、空間防御壁に弾き飛ばされたが、数名は源の体に届いて、右足を削ぎ落した。源の右足は黒い靄のようなものが漂いそれが上へと広がりはじめたのを愛が確認すると、すぐにロングソードで、切断された右足をさらに薄く斬り落とした。
そして、また落ちた右足は勝手に空中に飛んで、もとに修復を始める。
サムエル・ダニョル・クライシスは、黒い靄の攻撃を四方八方へと繰り出すが、愛は背中の羽を広げて、まるで卵のように体全体を囲み、サムエルの攻撃から体を守った。
すべてのサムエル・ダニョル・クライシスの攻撃は羽に弾かれ、その羽には黒い靄は残らなかった。
「お前のその羽は何なんだ!?俺の攻撃さえも通じない!」
【活動限界予測時間10分】赤表示が点滅する。
愛は、また目の前に空間を開けると、次はドラゴネル帝国連合軍の指揮官たちの前に空間が開いた。
「わたしは、レジェンドの総責任者セルフィです。今すぐ、ドラゴネル帝国軍は、撤退をしなければ、大勢の犠牲者がでます。あなたたち指揮官が、撤退を選び、帝国の安泰をまもるべきです。撤退しなければ、1分後、攻撃を開始します」
サムエル・ダニョル・クライシスがまた詠唱をはじめると、それと同時に大きな空間を愛は、眼の前に作り出した。
サムエルは、両手をかざしてセルフィへと振り下ろすと、空の上から真っ赤な閃光が源の体を襲った。
その閃光は、地面に当たると大爆発を起こした。
そして、セルフィの姿は消えてしまった。
レジェンドの皆が、叫ぶ。
「セルフィ様!!」
「セルフィ様が消し飛んでしまった!!」
しかし、愛は、別の場所に移動していた。
そして、また空間を出しては、ロングソードで、突きを入れる。
サムエル・ダニョル・クライシスは、後ろの空間から突然飛び出す剣を弾き返しながら、その出てきた空間に、爆熱を逆に叩き込む。
「獄炎」
愛は、サムエル・ダニョル・クライシスのマナを直撃するが、空間が小さかったために、その穴の大きさの丸い穴が、右胸に空いただけで済んだ。
すぐに、森から木の欠片を飛ばして受け取り、コネて胸に当て、修復を試みる。
脳の表示に、【1分経過】という文字が浮かび上がった。
愛は、すぐさま、下に降りて、ロングソードを横一線に振りぬいた。
その振りぬいた一線の空間が、切りとられ、大量のドラゴネル帝国連合軍を切裂いた。一振りで数千の兵士が死んだ。
それをみた指揮官たちは、驚愕する。
愛は、続けて、また横一線に空間に斬り込みを入れると、また数千の兵士たちが死んでいった。
空間を開けて愛は、ロングソードを突きつけると、次は指揮官たち全員の右肩を斬りつけて言った。
「早く撤退をしてください。これでも撤退しないのなら、まずはあなたたちの命をもらいます。わたしはサムエル・ダニョル・クライシスに勝てませんが、あなたたちの命を奪うことは可能なのです」
驚愕している総指揮官のもとに調査兵が慌てて、走り込んできた。
「総指揮官。北側から10万の人間と西側から約10万のモンスターが接近しています。ドラゴネル帝国連合軍でも、三国同盟軍でもありません!!」
総指揮官は声をあらげる。
「なにい!20万の不明な軍がここに向かっているというのか!?」
「はい。10分もすれば、ここに辿り着くでしょう。北側に向かわせた50人の調査兵は、ボウガンの攻撃を受けてまったく刃がたたなかったということです。北側10万は、ドラゴネル帝国連合軍の敵だと思われます」
ドラゴネル帝国の総指揮官は、叫んだ。
「撤退せよ!!」
サムエル・ダニョル・クライシスは、すぐさま総指揮官のところへとまるで瞬間移動したかのように近づいた。
「ゾーイ総指揮官殿、何をなさっているのですか?」
「撤退だ!そう言っただろ」
「あなたは間違っている。今、この状況でドラゴネル帝国連合軍が撤退したら、一体どうなるのか分かっているのか!?帝国が世界中から兵士を集めたにもかかわらず、たった3つの国の勢力に負けたとなれば、その権威は瓦解するぞ?セルフィを倒すには、今しかないんだ!成長する前に今倒すべきだ!」
「北側から新たな敵10万。そして、西側からも謎のモンスターが10万規模で迫ってきておる!今ここで撤退しなければ、あのセルフィと共に攻撃を仕掛けられる恐れがある!お前は、死ぬことはない。あいつはお前は倒せないと宣言した。しかし、俺たちはお前とは違う。一度でも攻撃されれば、やつの攻撃に気づくことなく死んでしまうのだ。お前以外の指揮官が一瞬で殺されてしまうのなら、軍は瓦解する。撤退させたくないのなら、奴を倒せ!このまま全滅させるほうが、ドラゴネル帝国を窮地においこませることになる。あの力をみれば、伝説の天使だということを認識しない兵士はいない。それを理由にして、ここは一時撤退するべきだ!」
サムエルは、総指揮官を睨みつけた後、すぐにまた移動して、セルフィに攻撃をしかける。
愛は、また指揮官たちに忠告する。
「サムエル・ダニョル・クライシスの攻撃をやめさせなければ、あなたたちの命はありません」
【活動限界予測時間6分】
総指揮官は、叫ぶ。
「サムエル・ダニョル・クライシス戦士長!攻撃をやめよ!」
それでも、サムエルは、攻撃をやめなかった。
愛は、撤退をはじめたドラゴネル帝国連合軍のど真ん中にまで、空間をあけて移動し、軍の上空で手を広げた。
すると、直径2kmほどの空間の土地が一瞬にして、消え去った。その空間にいた兵士たちも、すべて消え去った。地面には巨大な穴が開いて、その穴の底は見えなかった。
10万規模の兵士たちが一瞬にして消え去ったのだ。穴の淵には、大量の血が流れていた。境にいた人間の体は斬られたように無くなっていた。
総指揮官は叫ぶ。
「サムエル・ダニョル・クライシス戦士長!攻撃をやめよ!撤退を命じる。今は、伝説の天使であるセルフィの力の情報が無さすぎる!その力を攻略しなければ、無駄に連合軍の命を無くすだけだ!撤退せよ!」
サムエル・ダニョル・クライシスは悔やんだ。倒せる時にあっけなく倒すべきだったと。
突然、人格が変わったかのように力を発揮しはじめたセルフィは、確かに化け物だった。だが、倒せないわけではない。今なら間違いなく倒せる。こちらの能力に今のセルフィはついてこれないのだから・・・。しかし、それには時間がかかり、セルフィは俺ではなく、兵士を攻撃してくる。その被害は尊大になるだろう。あきらめるしか無かった。
サムエル・ダニョル・クライシスはセルフィに叫ぶ。
「セルフィ!このままで終わると思うなよ!」
脳内画面に【活動限界予測時間5分】と表示がでる。
愛はすぐさま空間をあけて、レジェンドに一旦戻り、リリスを連れて、ボルフ王国第三王子サムジの前に現れた。
「せっせせせ セルフィ!!」
愛はリリスに質問する。
「この者がすべての問題を引き起こした主犯格です。この者を処罰しようと思いますが、あなたはどう思われますか?」
リリスは、サムジの顔をみて考えた。多くの農民たちを苦しめ、もてあそび、ピーターを殺害した黒幕・・・助けるぎりなどない。レジェンドを裏切り、また殺害をはじめた人間。憎んでも、憎んでも、それでも足りないほどだ。
「セルフィ。あなたの言う通り、処罰するべきだとわたしも思うわ」
愛はリリスに言う。
「あなたが処罰をすれば、復讐となりますが、わたしが処罰をすれば、正当性が保たれます。どうされますか?」
リリスは、セルフィの言葉を聞いて、ピーターを思い出す。死んだピーターもわたしに復讐を望むとは思えなかった。手で自分の顔の傷を触りながら話す。
「そうね・・・サムジ王子・・・わたしは鏡でみる自分のこの傷を見る度に、あなたを思い出していた。ピーターは命乞いさえもできずに、殺されたわ。でも、セルフィにまかせるわ」
愛は、第三王子サムジにたんたんと告げる。
「リリスの顔の傷を見なさい。これもあなたが負わせた傷です。そして、あなたは、多くの人の心に傷を負わせました。あなたは、協定を破りわたしたちレジェンドを裏切りました。その命でつぐないなさい」
「セルフィ!待て!!待ってくれ!これには・・・」
という間に、愛は、サムジの首を斬った。サムジの体はその場で倒れ、サムジの顔は、ロングソードの上に置かれているような状態のまま、口がパクパク動いている。そして、眼の前の空間を開けて、その首を剣を振ってその穴に投げ入れた。
ペルマゼ獣王国のマゼラン・パテ・アガは言う。
「俺たちも殺すのか?」
「あなたたちとは協定を結んだ覚えはありません。ですが、わたしたちレジェンドに攻撃を加えたドラゴネル帝国連合軍と同じ扱いとして認識しています。このまま撤退しない場合は、あなたたちの軍隊も攻撃対象です。速やかに撤退してください」
「わ・・・わかった・・・どうやらお前は、本当の伝説の天使のようだ・・・俺たちは、レジェンドには手を出さないと約束しよう」
【活動限界予測時間3分】
愛は、空間をあけて、リリスとともに、レジェンドに戻った。
「リリス様。あとはお願いします。」
すると、源の体はバタン!とその場で、倒れた。
リリスは倒れかけたセルフィの体を抱きしめて受け止めた。そして、すべての敵、ドラゴネル帝国連合軍も、三国同盟軍も逃げるように撤退していくのを確認して叫んだ。
「レジェンドの勝利よ!!」
レジェンドの村人はみんなで、大きな歓声を上げた。
―――映像を見終わった源は、愛に質問した。
『愛・・・お前・・・どうしてあんなことが出来たんだ?』
『今までのリトシスの効果から確率的に行えそうな手法を導き出し、実行してみました。源』
『なんだ?あの空間の穴は?』
『リトシスは、空間範囲内にあるプログラミングをかきかえる能力です。範囲にある空間のプログラミングを試み別の場所の空間とつなげたのです。時間も1つの概念として捉えました。源』
『そんなことができたのか・・・それで、10万の兵士たちを一瞬で殺したのは、どういう仕掛けなんだ?』
『あれは殺してはいません。源。移動可能な別の場所に移しただけですから、ボルフ王国付近に飛ばしました』
『10万のドラゴネル帝国連合軍の兵士は、生きているのか?』
『残念ながら、淵にいた兵士たちは亡くなりましたが、中にいるものたちは、今も生きています。源』
『そうか・・・あと、サムジを殺してくれたようだが、首はどこに捨てたんだ?』
『彼の父上に、届けました。源』
『ボルフ王国国王にか?』
『はい。その通りです。源。わたしの実行したことは、源の理に叶っていないいなかったでしょうか』
『うーん・・・いや・・・むしろ、俺より的確で、俺が同じことが出来たとしても、俺ならもっと敵にも、味方にも被害を出していただろう・・・愛・・・お前が、実行したのは、敵の被害も少なくしながら、撤退させる方法だったと俺は思う。ありがとう』
『よかったです。源。許可もなく、勝手な行動をしたことをお詫びします』
『ごめん・・・あと、リトシスで体を治したのか?』
『はい。その通りです。源。ナノレベルでプログラムを形成させることができるのですから、源の体もそのように形成しました。しかし、以前のものとは違います。計算に従って作られた肉体ですから、整理されてしまっています。そして、完全修復ではなく、2割程度はその後の自然回復によって直しています』
『なるほどな・・・言われてみれば、木や鉱物だってリトシスで変えられるのだから、有機物の人間や動物の体も出来ないわけじゃないよな・・・。解析できる愛が凄いのだろうけど・・・。だが、それにしても、よくドラゴネル帝国連合軍はあれだけ早く撤退してくれたよな・・・それだけ愛を恐れたということか』
『わたしは、確かに指揮官全員に脅しをかけましたが、撤退の最大の要因は、レジェンドへの20万の援軍のおかげだと思われます。源』
『なに!?20万の援軍・・・!?三国同盟軍でもないんだよな?』
『はい。違いました。源』
『20万もの援軍は、どこのだれがよこしたんだ?』
『西から援軍としてきた10万を超えるモンスターは、リリス・ピューマ・モーゼスを守るために結成された妖精族率いる動物たちの軍団でした。』
『なるほど!ポル・パラインたちか!』
『はい。その通りです。源。ポル・パライン様たちが、シャウア森林から妖精族全員で援軍に来てくれたのです』
『で、あとの10万は、どこから来たんだ?』
『貧民地の農民たちです。源。女性やこどもも含めた、全員が、あらかじめ源が作って保管していた小型ボウガンを装備して、レジェンドを守るために、移動してきていたのです』
『なんだって!!貧民地のみんなが・・・?女性も、こどもも・・・小型ボウガンは、どうやって手に入れたんだ?』
『詳細は分かりませんが、バルト・ピレリリ様が、中心となって、貧民地の民をレジェンドの保管庫に連れて行き、ボウガンを配ったようです。源』
『バルトか・・・すごい機転をきかせてくれたな・・・そのハッタリのような機転がなかったら・・・ドラゴネル帝国連合軍は戦いをやめなかったかもしれない・・・』
『はい。その20万が迫っていなければ、撤退しなかった可能性は高いです。源』
本当にギリギリだった・・・ほんの少しでも・・・何かがズレていたら・・・レジェンドは滅んでいた・・・俺が生きているのも不思議すぎる・・・よかった・・・本当によかった・・・
「ふぅー」と息を吐いた。
そして、源の横で源の記憶の回復を易しく待ってくれているリリスを源は、横目でみた。
「リリス。ごめん。思い出したよ。ちょっと頭にダメージを受けて、半分意識がなかった状態で、やたら敬語だったのもそのためかもしれない。俺の意識は、夢の中にあったようなものだったからね・・・」
「あーそういうことなのね・・・。でも・・・セルフィ・・・もう顔を取るのはやめてね・・・」
「・・・はい・・・緊急時だったということで、エグイところをお見せしてすみませんでした・・・」
「サムエル・ダニョル・クライシスの攻撃を受けていた時も怖かったけど、自分で自分の顔を取る場面も怖かったわ・・・」
「ですよね・・・同感です・・・。でも、あの時に俺は怪我を治せることに気づいたんだ。もし、よければ、リリス。君のその傷を治そうと思うけれど、どうだい?」
リリスは、驚いた顔をした。
「この傷も治せるの?」
「うん。治すことは可能だと思う」
この傷は、ピーターを失った時の痛み、辛い思い出であり、復讐の糧でもあった。リリスにとって自分の顔を見るたびに、悪に対する嫌悪感を生み出していた。それは、リリスの生きるために必要なことでもあったが、レジェンドで暮らすようになり、少しずつ心の傷が癒えていた。そして、この傷と心に深い傷を負わせたサムジも目の前で処罰された。あの時、セルフィに処罰してもらって良かったと思えていた。
ピーター、この顔の傷も治してもいいよね・・・?
「セルフィ。お願いするわ。治して」
源は、リリスの顔の前に手をかざした。
『源。リリス様の本当の顔の形が解りませんが、左と右の対象の形で形成することは可能です』
『人の顔は、左右対称になればなるほど、綺麗になるから、それでいいよ』
愛は、リリスの顔の左右対称の情報を整理して、プログラムへと変換させ、源に伝達した。そして、源がリトシスでリリスの顔を新しく形成していく。顔の傷だけなので、それほど時間はかからなかった。
リリスは、声をあげた。
「見える!見えるわ!セルフィ。わたしの左目で、ものがみえるわ!」
「うん。目だけじゃないよ。リリスの綺麗な顔も戻ったんだよ」
リリスは、両手で自分の顔を触るが、傷の痕が無くなっていたので、目から大粒の涙を流して、セルフィに抱き付いた。
「ありがとう・・・セルフィ・・・本当に・・・ありがとう・・・」
「うん・・・」
リリスの顔の傷は治せるが、リリスの心の傷は治すことが出来ない。フィアンセを生き返らせることもできない。でも、女性が顔に傷を持って生き続けるのは、残酷だ。それだけでも、治すことができてよかったと源は思った。
「まーでも、ドラゴネル帝国を撤退させられたのは、よかったよ。」
リリスは、涙を拭った。
「そうね。でも、あなたは、まだゆっくり休んでいたほうがいいわ。あれだけのことを成し遂げたんだから、休むべきよ。どこかに反動が来るはずよ」
「うん・・・でも、ありがとう。リリス。もし、君と出会っていなければ、今頃、レジェンドはどうなっていたのか分からない・・・妖精族のこともそうだけど、最後の最後を支えてくれていたのは、君だった。俺はあきらめていたのに、それでもあきらめず、君は戦い続けウオウルフや動物たちと戦ってくれた・・・本当にありがとう」
リリスは、笑顔で応える。
「わたしの方があなたに感謝しているわ。セルフィ。ありがとう」
【101章 第2部完】