4話
イトヲカシに呼び出され、訓練相手を無理矢理勤めさせられたランドは翌日もギルドへとやって来ていた。
訓練の相手をしているときにイトヲカシが言った何気ない一言が原因だ。
「あ、お前明日昇格試験な」
あまりにも平然と言うものだから、ランドは普通に二つ返事をし、宿屋に戻ってから気がつくと言う事態となっていた。
だが、焦っても仕方ないと判断したランドは諦めて案外、なんの緊張もすることなく眠りに着いた。
「やっと来たな! 待ちくたびれたぞ!」
ギルドに入るなり快活に笑いながらランドを出迎えたのはイトヲカシだ。
「じゃあ早速試験を始める! なお、監督は察してはいると思うがアタイだぁ!」
「……朝からそのテンションはキツイぞ」
「昨日動いたからな、エンジンかかって来たんだよ!」
「マジかこの人……」
まさか、あれほどまで暴れまわったのにも関わらず、イトヲカシはエンジンが暖まってきたと言う。
恐らく昨日は一睡もしていないのだろう、若干だが目の下に隈が出来ていた。
「……まぁ、いいや。試験は何をするんだ?」
「ん、あぁ、と言っても簡単だ。オークの討伐と調査だ」
「オーク? 何でまた」
先日も発情中のオークを片っ端から始末したばかりなのだ、ぶっちゃけランドとしては暫くは見たくない相手だった。
「お前が発情中のオークを大量に見たって話だ、もしかすると近くに集落を形成している可能性がある。そうなると周りに与える被害が大きくなるからな、今のうちに潰せるなら潰す」
「また面倒な」
オークは、集団行動をするタイプとしないタイプに分かれる。
だが、発情期になると、そんな区別は無くなり一部が行為に及ぶと、それを見かねた他の発情期真っ盛りの個体が集まり、更にそれを見た個体が……と言うように、どんどん増えて行き、そのうち集落を形成するのだ。
更にその集落では延々と行為に及ぶオーク達でごった返し、近くに偶然立ち寄ってしまう不幸な人間はオーク達の格好の餌食となるケースが多発する。
そのため、集落を作られると厄介なのでギルドが総出で潰すのだ。
「んで、人数は」
「あんたとアタイ、以上」
「少なっ! 無理だろ!」
ギルド総出で対象すべき筈の集落破壊をたった二人でやると言うイトヲカシに、さすがのランドも口を挟む。
「お前に通常の試験はわりに合わん、このくらいで丁度良いはずだ。んでもってアタイは暴れたり無いから無双したい、オークの集落は打ってつけで他の奴等は邪魔、以上だ」
「話の9割が自分勝手すぎる」
さも当たり前だとでも言うように、真面目な顔をして暴れたい事を隠しもしないイトヲカシは、続ける。
「それに、この程度クリア出来ないのならAランクはまだまだ遠いぞ?」
「ランクはどうでも良いんだ、金稼げれば」
「おいおい、ギルドマスターになる約束はどうした?」
「どうしたもこうしたもそれはアンタが勝手に言ってるだけだろうが!」
「ほらほら、さっさと行くぞ。おふざけも終わりだ」
「ふざけてるのはお前だけなんですけどっ!?」
ギャーギャー叫ぶランドの背中をイトヲカシは押しながらギルドの徐とへと連れ出し、そのまま試験へと向かうのだった。
◇◇◇
「それで、この分だったのか?」
「んぁ、そうだな。確かこの先の森で盛ってた」
暫く歩くと落ち着いたランドだが、その顔は若干不機嫌だった。
それを見ているイトヲカシは苦笑いを浮かべながら、ランドのモチベーションをあげるために提案をする。
「この仕事終わったら。アタイが相手してあげようか?」
「また訓練か、あんたも大概だな」
「訓練じゃねぇよ。よ・る・の」
ニヤつきながらランドを下から見上げるように笑うイトヲカシ、その心内ではどんな反応を示すか気になって面白がっていた。
帰ってきたのはかなり冷めた目だった。
「いや、結構です。あとあまり近づかないでください」
「他人行儀!? 止めろ、お前にやられるとなんか本当に辛いから!」
「はぁ、下らないこと言う前に監督として集中しろよ。あとこれ報酬出るかな」
イトヲカシの嘆願を無視し、金の話に待っていくランド、既に目は金貨となっていた。
「金の亡者め、安心しろ。ギルドからの依頼として受理してるからな、報酬はでるぞ」
「取り分は俺が10でマスターが0だな」
「取り分って何だろう……まぁ、アタイは暴れたいだけだし構わないよ!」
はっはっは、と森のなかで笑うイトヲカシ、どう見ても油断しまくりな様子。
もちろん、静かな森でそんな真似をすれば──。
「ギャギャァ!」
茂みから飛び出してきたのはゴブリンだった。
飛び出した勢いを利用し、割りと早い攻撃を仕掛けようとするゴブリンだが、その攻撃は届くことはなく、ゴブリンが最後に捉えたのは首から上がない己の体だった。
「ふぅ、油断も隙もありゃしないね」
「油断してない奴が言う台詞か」
ある程度は警戒していたイトヲカシは、ゴブリンが出てくるなり後ろ回し蹴りにより一蹴したのだ。
Aランクの冒険者となると、そこそこ緊張を解していた所でゴブリン程度の奇襲は異に返さない。
暫く森の中を歩いていると、1匹のオークの姿を捕らえ、二人は茂みへと隠れる。
少し周囲を警戒したオークは、二人に気がつかないままに何処かへ行ってしまう。
「向かう先に集落がありそうだな」
「追うよ」
依頼としてが先に走るが、このときランドは思った。「これって俺の試験じゃね? 先導するの俺じゃね?」と。
すっかり試験のことを忘れているのか、イトヲカシは構わず先へ進む。
オークを追ってまた数分、オークは洞窟のような場所へ入っていく。
とは言っても、蟻の巣のように下に向かって入り口が伸びており、気がつかなければ殆ど落とし穴だ。
「こんな所に洞窟がねぇ」
「ランド、さっさと行くよ! 暴れたくてウズウズする」
イトヲカシの視線に無言で頷いたランドは、そのまま洞窟に作戦もなしに突っ込む。
「なぁ、これって調査の筈だろ? 堂々としたらダメだろ」
「同時に潰せるなら潰す依頼だ。結局潰すんだからチマチマする意味はないよ!」
「調査とは」
呆れながらも、後ろから着いていく。
洞窟は結構な広さをしており、横並びなら人が5人は入るほどだ。
オークは様々な集落を作るのだが、それは数にも寄る所がある。
少数なら今回のように地面に穴を掘り、大人数、それこそ数十単位なら村のような造りになるのだ。
「今回は数が少ないんだねぇ」
「この程度で報酬も貰えて昇格できるなら願ったり叶ったりだな」
数が少ないことにより、不満を漏らすイトヲカシ、それとは対称的に金が貰るならこんな楽な仕事はないと喜ぶランド、オークは倒される前提だった。
そして広場の様な所に到着するが、むやみに突っ込むことはせず、手前の岩に身を隠した二人。
さすがのイトヲカシも、己の欲求はあるのだが、腐ってもAランク冒険者だ。その目は真剣そのものだった。
「意外だな」
「何がだい?」
「慎重に行動するんだと思ってな」
「心外だな! アタイはこれでもギルドを統括するマスターだよ、それに無闇に突っ込んでAランクまで上り詰められる訳ないだろ」
「……さすが、と言うべきか」
会ったことがあるのは数回、依頼に関してはこれが初めて共にするのだが、いつもの直情的な彼女から、物事を大して考えてないと評価していたランドだが、それは改める事にした。
やはり、この若さでAランク冒険者とギルドマスターの名を持っているのだ、生半可ではない。
嘗めていたのは自分だな、と嘲る。
さて、件のオーク達は、広場のど真ん中でパーティーをしている。
それは誕生日やお祝い事などのパーティーではない、ほぼ何も纏う事なく、入り乱れたパーティーである。
鳴き声は洞窟中に響いており、はた迷惑この上ない。
「遠距離から攻撃したいが、生憎手段を持ってないんだよな」
「アタイも木っ端微塵にするほどの威力は出せないね」
うーんと唸ったランドは、「やるしかないか……」と呟き、己の体内にある魔力を操作し始めた時だった。
「プゴォォ!?」
後ろから鳴き声が聞こえ、咄嗟に振り向くと、1匹のオークがいた。