何時か、そして何処かでの出来事。
短いです。
――後に『英雄王』と呼ばれるトリスタン・ルフェルドも、その出自の初めから英雄と呼ばれるに相応しい人物であった訳ではない。最初の転機はまだ八歳に過ぎず流浪の最中の、最初の隠遁の地にたどり着いた時の事。
彼は四歳の歳に帝国の侵攻を受け国と家族の全てを失い、忠臣であった一人の鎧鋼機士に連れられ三年の放浪の旅を送る。その後、帝国領にありながら僻地である為に監視の薄い東方領の山岳地域に機士と共に隠れ住むことになる。
その地に隠れ住む事一年。長い放浪と束の間の安住を得ていた彼はこの日、後の人生を大きく変える事となる一人の少年と、運命の出会いを果していた。その出会いは――
『何見てるんだよチビ。キン○マ潰すぞ!』
かなり酷い言葉とともに始まっていた。
☆☆☆
山岳地域の子供が少ないこの村で、唯一自分と歳が近い子供がいると言う話は聞いていたが、実際に顔を合わせるのはこの日が初めてであった。
羊飼いをしているという少年は、東方人特有の赤み掛った肌に黒髪で、人懐っこそうな顔をしているが、初めて見る彼の事を物珍しそうな顔で見ていた事が癇に障り、先の乱暴な言葉を浴びせたのだが、羊飼いの少年はと言うと、ジッと、トリスタンの頭の上から爪先まで見やり、
『僕はまだ五歳なんだからチビで当たり前だよ。でも、その僕と大差ない身長なんだから、そっちの方こそチビじゃないか』
澄ました顔で言われ、八歳のトリスタンはカッとなり、
『言ったな、この短足どチビ!』
『僕は背は低いけど、バランスから言えば君より足が長いよ、元王子様」
『こ、この……口の減らない山猿が!』
『言い返されて怒るなら言わなければいいだろ、都会育ちのモヤシッ子!』
不毛な言い合いは、あっと言う間に取っ組み合いの喧嘩になった。山間の草むらの中、互いに引かず殴り合う。
が、酸素の薄い山岳高地での喧嘩。加えて未成熟な肉体の者同士、息が続く訳も無く十分も経たずに両者ヘロヘロになり揃って草むらの中に倒れ込む。
『ハァハァ……と、年下のチビの癖にやるじゃないか……』
『そ、そっちこそ……ゲホゲホッ……山育ちの僕の体力に付いて来るなんて凄いじゃないか』
『俺に本気で殴りかかって来たのはお前が初めてだ。亡国とは言え一応王子だぞ、俺は』
『僕だって喧嘩なんかしたのは初めてだよ。何せ、ここに子供は僕しか居なかったから』
寝ころび、派手に顔を腫らせた二人は、互いに顔を見合わせ、どちらからと無く笑い出す。
『気に入った。これからはお前を俺の一番の家来にしてやる。嬉しいだろチビ!』
『いきなり上から目線?やだよ家来なんて』
『おまっ……人の好意をあっさりと断るなよ!』
『手下扱いのどこが好意なのさ?友達すらいないのに、家来なんて面倒臭そうなのゴメンだ』
『贅沢な山猿だな……解った、なら友達にしてやる。それなら文句ないだろ!』
『……友達?僕と元王子様が?』
『元言うな!俺の友達って家臣連中だけだから皆オッサンだったし、歳の近い友達って居なかったから丁度良い。多少チンチクリンだけどこの際だ、俺の一番の友達にしてやろう!』
トリスタンの言葉はどこまでも偉そうだったが、羊飼いの少年は勢いよく上半身だけ起こし、
『友達……いいな、それ!ここには年寄りしか居なかったから僕も友達は初めてなんだ!』
ボコボコに腫れ上がった顔でニカリと笑う。余りにも嬉しそうな顔に、トリスタンも笑う。
『よし決りだ。今日からお前は俺の友達だ!』
そう言って右手を差し出すのを、羊飼いの少年は不思議そうな顔で見る。
『……何その手?』
『何だ、知らないのか?友達になったらまず握手をするんだ!ええと……そう言えばお前の名前何だっけ?村長から聞いた覚えがあるけど。ええと……おる……おま……まる……おまる?』
『携行トイレじゃないんだから。僕の事はルスティでいいよ。東方地域じゃありふれた名前で、村にも十二人位いるし。皆は愛称のルスティで呼ぶから、王子様もそう呼んでくれて良いよ』
羊飼いの少年――ルスティは おずおずと、差し出された手を握りながら言う。
『じゃあ、お前も俺の事はスタンと略称で呼んで構わないぞ。よろしくなルスティ!』
『うん!こちらこそよろしく、スタン!』
幼い少年二人は堅く握手を交わし合う。
『へへへへ……友達か……ようやく僕にも友達ができたんだ……嬉しいなぁ!』
余程嬉しかったのかルスティはトリスタンの手を握ったまま何度も手を上下させる。余りにも嬉しそうだったので――苦笑しながらではあるが――トリスタンも彼の気の済むまで、繋いだ手を離さずにいた。
『って、待てコラ!何時までやってるんだよ!そんなに振るな、頭まで揺れて来たじゃないか!』
『いいじゃないスタン。握手ってヤツをするのも、僕は初めてなんだ!最高だね、握手!』
『うるさい馬鹿、これはもう握手とは言わない!うわ、目が回って来た……離せコラ!』
踊り出しそうな勢いで握った手をブンブン振り回し始めたルスティと、その手を何とか離そうともがくトリスタン。だが、屈託なく笑い声を上げている少年に、トリスタンは呆れつつも――その顔に、国を失ってから浮かべた事が無かった笑みを、はっきりと浮かべていた。
この時、トリスタン・リフェルド、八歳。羊飼いのルスティ、五歳。この出会いこそが、大陸統一目前まで迫った巨大帝国を倒す、最初の切欠である事を知る者はまだいなかった。
閑話的な物で短めですので、今日は午後に
も投下します。次回はロボット回。
(予定)です。('ω';)