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サイダー  作者: 有屋誠二
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いねむり2

 武器の種類が多すぎて選べない。

 登場シーンも練習し直さないと。

 発声も、滑舌も......

 やらなければいけないこと、たくさんある。

 はあ、とため息をついた。あと3日で子供たち全員が帰省先から帰ってくる。それまでにヒーローズレッドとして......子供たちが憧れるような、あんな大人になりたいって思うようなかっこいいヒーローになるんだ!


 そんな私に近づく少年。


「何やってんだよ、先生!」


「うわああああああ!」


 思わず持っていたハンマーを地面に落とし、クレーターができあがってしまった。


「笑いすぎて腹痛い! さっきから見てたけど、先生面白すぎ!」


「見てた!? チ、チガイマスヨー、センセイ、デハアリマセン。ヒーローズレッド、デスヨー」


 慌ててヒーローズレッドの覆面を被る。


 すると、さらに腹を抱えて笑われた。


「あっはははは! ......ふぅ、大丈夫だよ、他の奴らに言わないから。ぷくくく......それと、卒業組の三人は……いやハニー以外は知ってるよ」


 え? 知ってる? なんで? と問うと涙を拭きつつ応えた。


「知ってるから。ちなみに、アイドルのモモちゃんがピンク、薬屋がイエローでキッチン緑野菜の店長がグリーン、交番のにーちゃんがブルー、で一週間くらい前に先生がレッドになったんだろ?」


 その通りである。

 うまい誤魔化し方が浮かばず、口を金魚のようにパクパクさせていると、急に声をひそめた。


「あのさ、聞きたいことあるんだけど......ダークマン役と助けられた女の人って付き合ってるの?」


 ダークマン役と進行役の二人のことである。

 ん? 付き合う? 二人が?


「同じ指輪してたじゃん」

「えっ? そうなの?」

「先生にぶいなあ」


 目を白黒させる。初めて知った。今まで全く気づかなかった……。


「ばればれだよ。騙されるのは子供くらいじゃないか?」

「ヒツジはまだ子供だよ」


 得意気に特撮班の恋愛事情を暴露したヒツジだったが、まだ子供と言われると、急に不機嫌そうな顔で黙った。卒業間近の子供によくある行動だった。


「どうしてここに? 今は夏休みだから子供は皆、向こう側に……」


 気にせず会話を続けることにする。

 ヒツジは言いにくそうに目線を逸らした。


「......向こう側に行っても、独りだし」

「ヒツジにも家族がいるじゃない」

「ロボットと、調査員だよ」

「うん。家族だよ」


 ヒツジは孤児院の出身だった。

 人が死ににくい世界になって、子供は生まれにくくなった。産まれた子供はそれはそれは大事に育てられるし、両親がいなくなっても大抵は親戚が子供を引き取る。それでも孤児院は潰れることはない。表には出せない事情のある子であったり、生まれつき発達した医療でも不治の欠陥があったりすると捨てられる子供がいるのだ。統計をとると、四年に一人ほどの割合だが、そういう子は孤児院で育てられる。

 育てられるというよりは管理されるといった方が正しいかもしれない。真っ白い孤児院の中で一人につき一つだだっ広い真っ白な部屋を与えられる。家事がロボット達によって行われるのは一般家庭と同じかもしれないが、院には人間同士の触れ合いがほとんどない。時間と規則によってロボット達は孤児院を真っ白に保っている。月に一週間ほど訪れる調査員だけが孤児達が触れる唯一の大人である。

 各地域に孤児院はあり、ヒツジを管理する孤児院にはヒツジ以外の孤児はいない。


「……学校、楽しい?」

「向こう側とは比べられないくらい楽しいよ」

「そっか」


「先生、ここで働くにはどうすればいい?」


「働く? ここで?」


 ヒツジは真剣だった。


「ああ。一回も向こう側に行かなくても、ここで働くにはどうすればいい?」


 祈るようなそんな瞳だ。


 学び場(ここ)の管理は壁を隔てた向こう側、子供たちの帰省先である首都に全て任せられてる。この世界で働けるのは首都から許可を得た大人だけだ。ここを出て手術をし、試験を受けなければ大人にはなれない。

 先生、怒らないでね、と断った上でヒツジは意を決したように言葉を紡いだ。


「おれ、手術受けたくないんだ」


「どうして? 怖くないよ?」

「違うし! 怖くなんてないし! ただ俺は、手術受けたくないんだ!」

「でも、手術受けないと思い通りの大人になれないよ?」

「なんか、嫌なんだ」


 なんか、嫌? 漠然としすぎている理由だ。

 さらに言葉を待っていると、ヒツジは唇を噛んだ後、付け加えた。


「決まりだっていうのは知ってるんだ。でも俺は嫌なんだよ。だって、子供から大人に変わるために子供の頃の記憶、とか......夢とか、そういうのほとんど持ってかれて、代わりに体の大きさとか、好みの顔とか声とか、オプションで金を積めば頭の良さだって付けてもらえる、生きやすい人間になるって」


 そうだね。私が授業で教えた通りだ。


「……それはそういう奴だっているかもしれない。子供の頃の嫌な記憶とか消しちゃった方が幸せな奴もいる。俺だって嫌な思い出とかあるし」


 うん。

 そうだ。

 それがこの世界の仕組みだった。子供はきちんと正しく大人になるために手術をする。生まれ変わるために余分な重い荷物を捨てて新しく役に立つ能力を得る必要がある。努力や運、金で能力が向上するのは当たり前のことだ。


「そうだけど、違うんだよ。俺は記憶とか夢とか忘れたくないんだ。それに……」


 ここでヒツジは一度、息を吐いた。


「ここの奴らと会えなくなるのが嫌だ」


「いつか……いつか、は、会えるかもしれないよ」

「会っても、気づかないかもしれない」

「気づかない、って……」


 言葉につまる。

 そんなことない、なんて軽々しく言えなかった。私も子供の頃のこと、家族のこと、手術を受ける前のことは何にも覚えていないから。

 そしてそれが、もしかしたらとても大切な、宝物みたいな記憶だったのかもしれないって思ったことが、一度や二度じゃないから。


「俺が仮に気づいたとしても、外見も性格も違うようになったら相手が気づかないかもしれない。大人になってここの奴らと他人になるのが嫌だ」


 他人、という言葉が体の奥深くに刺さったような気がした。


「俺さ、ここの奴らのこと家族だと思ってるから」


 首都から先生として派遣された私は本当なら今この場で生徒を正さなければならない。大人に生まれ変わるための手術は絶対で、逆らってはいけないものだ。でも、ヒツジが間違っているとも思えない。やっとひねり出したのは何の意味もない、ただの音だった。


「……家族と、他人、になっちゃうのは寂しいよね」


 遠くの方からチャイム音が聞こえた。


「そろそろ向こう側に里帰りしてたやつら帰ってくるな!」

「そうだね」


 ヒツジは勢いよく立ち上がった。


「心配しなくてもヒーローズの正体は秘密にしといてやるよ」

「ありがとう。......待って」

「なに?」


 私はヒツジを引き止めて小道具箱からそれを取り出す。


「確か、どこにいてもヒーローズの誰かと話せる携帯電話、だったかな……」


 斉藤が作ったらしいと付け加えて手渡すと、胡散臭いものを見るような目で携帯電話を観察していた。

 ふと、何かを思い出したように破顔した。


「どこにいても......? ぷっくくく......紙飛行機の方がロマンあるよ」

「紙飛行機?」

「俺、施設でさ姉貴がいたんだ。よく子供向けの変な話作る姉貴だった。どこにいても手紙を紙飛行機にして飛ばせば届く、とかなんとかいう話を書いてたんだよ。手術受ける前に」

「手紙......紙飛行機......?」

「変な姉貴だろ?」

「......変、だね」

「もう何年も会えてないけど」

「そっか」

「会っても気づかないかもしれないし。姉貴にぶかったからな、先生よりずっと」


 ヒツジは歯を見せて笑った。


「じゃ、俺は()()を迎えに行くよ」

「気を付けてね」

「うん」

「困ったことがあったら相談してね。......ヒーローズは子供の味方だから」


 大丈夫、進路は卒業までに決めればいいよ、と先生らしく励ます。


「ははは。ありがとう、先生」


 ヒツジは走っていった。

 その後も私はその場でポーズをとったり決め台詞を言ったり。子供の声が聞こえてきてようやく焦り、慌ただしく武器を片づけ始めたのだった。



(この嘘つき)


 つまらない映画を見るように無関心を装って立っていた私は視界に映る女に言った。






 誰かの気配を感じた。

 視線がこちらに向いている。

 そいつが近づいた時点で、ぱっと袖口からナイフを取り出して構える。


「おおっ! と......」


「あれ......? 斉藤」


 この図書館の警備員、斉藤悠生だ。


「お前、寝てたぞ」

「あ、そう」


 安眠はできなかったけどね、と心の中で笑った。

 閉館時間ぎりぎりにやっとお前の存在に気づいた、と斉藤は頭を掻いている。

 どこにいても政府直属の謎の組織に狙われるから眠れる場所がなかった。元同僚が勤めている公共施設なら安全かと尾行をまき、図書館に侵入した。図書館は公共施設とされてはいるが、時代遅れと烙印を押され、警備ロボットも掃除ロボットも置かれず、警備員が一人いるだけの状態である。ちょっとだけ厳重な入口さえ突破すればのんびりできた。敵も味方も生命の気配はしなかったが一応念のために自習室の机の下に身を隠していたのだ。

 図書館の雰囲気に安心してつい、いねむりをしてしまった。


「今度は何をしたんだ?」


 そう、唐突に斉藤は尋ねてきた。図書館不法侵入に関して咎める気はないらしい。ほんと、ここの出入口は警備厳しいけど、一回侵入出来ればやりたい放題だよね。


「何の話?」

「また、何かやらかしたんだろう? 首都の第一九番実験場の爆破か? 中央の管理システムのハッキングか? 違法手術者の解放か? それとも」


 情報がはやいなー、と感心しつつ何も言わずに両の人差し指でバツを作り、唇につけて笑った。


「教えられない、か......うん。そうだよな」


 斉藤を危険にするわけにはいかないからね。


 飯でもどうだ、と誘ってくれた斉藤には悪いが今時、監視カメラの穴なんて探して歩くのは骨が折れる。今のうちに地下道を通って移動するしかない。真っ当な人間のいない夜間の地下でしか動けないんだ。

 食事は専ら携帯食。保存食ともいう。緑谷に知られたら怒られそうだけど、時間が惜しいから。

 本当に窮屈な所になってしまった。


 ここ、『大人の国』は。


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