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サイダー  作者: 有屋誠二
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いねむり1

 朧気なチャイムの音が響いた。

 ああ、あの時の夢か。少し離れてぼんやりと立ち尽くしたまま私は()()()を見つめる。

 私たち大人はリハーサルを始めた。

 少年が一部始終を見ていることになんて気づかずに。


 進行役がマイクを持った。


「みんなー、おっはよー! 早起きできてえらいぞー! みんなに会えて、お姉さん嬉しいなー! え? なになに? 昨日の夜遅くまで起きてたせいで起きられなかった子がいる? 早寝早起きできないと良い大人になれないぞ!」

「早寝早起きぃ~? そんなもの必要ない!」


 その声は……! と進行役に視線を誘導される。

 怪しげな音楽とともにダークスーツに身を包んだ男ーーダークマンが登場した。


「あなたは、ダークマン! ダメな大人の見本、ダークマン!」

「遅寝遅起き万歳だー! ダークマン登場。ぐへへへ。」

「キャー! 助けてー、ヒーローズ!」


 ちゅどーん。

 爆発音が響き、背後から吹き上げた色とりどりの爆煙が徐々に五人の大人の姿に変わる。

 ヒーローズの登場である。

 真ん中に立つ、本来ならばリーダーであるはずのヒーローズレッドは挙動不審で極端に目立っていた。悪い意味で。


「止めるんだ。ダークマン。……ん? あれ? えーと、えーっと……」


 ピンクが小さく舌打ちをしたような気がする。

 私はさらに焦って頭が真っ白になっていく。


「止めるんだ! ダークマン!」


 見かねたブルーが私の代わりにセリフを叫んだ。


「規則正しい生活をしよう! ヒーローズイエロー!」

「朝ご飯をちゃんと食べよう! ヒーローズグリーン!」

「爽やかな挨拶をしよう! ヒーローズピンク!」

「大きな声で笑おう! ヒーローズブルー!」

「……えっと、えっと、ヒーローズレッド……」


 次のセリフは? 次の動線はなんだったっけ?

 パニックに陥り、涙目である。反射で身体が動いてしまったが、踏みとどまる。これは夢だから私があの頃の私に教えてあげられることは何もない。

 私の様子で悟ったブルーがさり気なく私の立ち位置に立つ。


「……子供たちは俺たちが守る! 子供と正義の味方、ヒーローズ、参上!」


 ちゅどーん!

 爆発とともに私以外はかっこいいポーズを決める。

 ヒーローズとダークマンの戦闘が始まった。

 戦闘、といっても互いに攻撃して、攻撃されて、吹っ飛ぶ、フリをしているだけの動きが定められている戦闘シーンである。私は辛うじて加わっており、五対一の戦闘シーンに見えないこともない。

 戦闘終盤になって事件は起きた。


「イエガーハート!」

「ベジタブルソード!」

「スタービーム!」

「ブルーガン!」

「あ……えっと……レッドパンチ!」


 レッドだけ必殺技が決まっていなかったのである。思わず突き出した拳がダークマンの右頬にはいった。


「ぐえっ!」

「あ、ごめんなさい」

「レッド、そろそろだ!」

「え……?」

「……みんな! 必殺技だ!」


 ブルーに助け船を出されてもピンとこず、またもやブルーが中心に立った。四人の動きから何となく先を読んだ私はここでやっとヒーローズ集合必殺技の場面であることを思い出す。

 組体操。

 組体操くらいしかできないのである。設備的な問題で。

 五人手をつないで『大銀杏』の型から変形してピラミッドを作る。頂点に立つのは動揺を上手く隠したブルーだった。


「子供たちをダメな大人になんかさせない! ダークマン、覚悟!」

「ぐはっ!……早寝早起き病知らず……」


 ダークマンは倒れ、ヒーローズは勝利する。


「「「「子供たちは我々が守る!

 」」」」


 私以外のヒーローズが決めポーズを取る中、最後にもう一度だけ背後で爆発が起こった。


 進行役が手を叩くと五色の不思議な照明は消え、ヒーローズも変身をとく。


 進行役のお疲れさま! の一言で辺りはざわつく。

 ダークマン役も「ちーっす」と覆面を剥ぐ。


 顔面を青くする私は後ろから肩を掴まれた。


「あたし、あんたに言いたいことあるんだけど」


 ピンク役ーー百瀬桃子(ももせとうこ)だ。

 するとグリーン役の緑谷(みどりや)拓馬(たくま)とイエロー役のアイリーンもそれに加わった。


「わかってるわよね?」


 そう尋ねられて、いや、確認されて私は頷いた。

 レッドになって数日しか経っていない。だが、言い訳にはならない。さっきのリハーサルでのヒーローズレッドは100人中100人が見苦しいと思う出来だっただろう。明らかに挙動不審で声も出せてなかった。

 私たちはヒーローズで......子供たちの憧れ。自覚をもたなければならないのに。


「……すみません」

「しっかりしてよね! 台本は渡されてるはずでしょ!?」

「はい……」

「たとえ渡されたのが直前であっても、覚えないといけないよ。大人なら」

「はい……」

「さっきから、そのただ謝ってばっかりの態度も気に入らな」

「あのさ!」


 凹んでいるとブルー役の斉藤悠生(さいとうゆうせい)が輪に入ってきて言った。


「あのさ、レッドだけ武器が決まってないっていうのもなんかなーって……」


 ……そういえば、そうだった。


「だからさ、俺らで武器考えてやろうかなって」


 百瀬だけは「何でモモたちが」と不満そうだが、残りは意欲的だった。百瀬も数人に説得されるとその場に残った。


「よし。ちょっと待ってて」


 斉藤は武器を取りに小道具置き場へと向かった。

 戻ってきた斉藤は箱の中から多種多様の武器を取り出す。斉藤は副職で武器の製造も手がけているから本物も含まれているかもしれないが、舞台ではフリでしか使わないから安全のはずだ。


 剣、鎖鎌、機関銃、くない、メリケンサック......


 メリケンサックはやめてほしい、というダークマン役からの要望でメリケンだけ別の箱に移される。

 あ、日本刀なんかもある。


 緑谷が一枚の布を取り上げ用途を尋ねた。斉藤は布を掴み、百瀬に言った。


「これにちょっと攻撃してみてくれ」

「え? 大丈夫?」

「ああ」


 百瀬は弓矢を斉藤に向けて放つ。

 斉藤は布を使ってそれをはじいた。


「すごーい、モモびっくり!」

「攻撃をはじける。他にも、どこにいてもヒーローズの誰かと話せる携帯電話とか、水を切れる釘バットとか……」


 まるで武器商人である。

 好きなの持ってっていい、と彼は私を見つめたが、決めかねている様子で黙ってしまう。迷うとさらに斉藤は武器を紹介し始め、こうなったら解放されるのはずっと遅くなる。

 一人、また一人と帰っていく。


「あたしもお先するわ」


 百瀬が時計を見ながら告げたとき、その場にいるのは私と斉藤だけだった。

 こんな時間になっても残ってくれてるなんて意外と優しいんだな、ってこの時思った。


「ふ、ふん! 本番は恥かかせないでちょうだい」


 素直にお礼を言ったらそう言い捨てて帰って行った。

 選ぶのにまだ時間がかかりそうだと告げたら、ゆっくり選べと笑われた。

 斉藤はヒーローズ五人のうち最年長。お兄ちゃん属性である。


「レッドってさ、身体能力は俺たちの中で一番高かったよな?」

「そうだね」

「じゃあ……この武器なんか……」


 個性に合わせた武器を! と瞳が輝いていた。


 途中で無線の音が入り、斉藤は現場に出動しなければならなくなった。

 私は片付けをきちんとするからと斉藤の背中を押した。


「あー……ごめん! よろしく! 無理すんなよ、もうすぐ新学期なんだから」


 帰り際でも斉藤は優しい。



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