俺がヒーロー
ヒツジ君は実は……
という話です。
式の後、ヒーローは去った。
カッコよくヒーローは去った。
カッコよく「とぅ!」というかけ声と、シュバッと音が聞こえるようなカッコいい動作で皆の前からカッコよく去った。
自室に戻った俺はフーフーと乱れる呼吸を正しながら周りを見渡す。カーテンは閉めた。鍵も掛かっている。隠しカメラは仕掛けられてはいない。
周りに誰もいないのを確認し、変身を解除する。
「ふう……」
俺最高!
今日もかっこよかった!
いやっふぅぃ!
シークレットブーツを脱ぎ捨て、マントを外す。いつものTシャツに着替えなくちゃな。赤い生地に優しい怪獣ジンギスが大きくプリントされたお気に入りの服だ。替えはゆうに20着を超える。ちょっとくらい余韻に浸りたいと、ばふりとベットに倒れ込む。夏用のサラサラした敷布団の上をゴロンゴロン転がる。
皆、楽しい夏休みを過ごせたみたいだった。
そう! 何を隠そうこの俺はこどもの国のヒーロー! 皆の憧れ! 夏休みのイベントでも笑顔のために張り切っちゃったぜ!
ふふふ、と口が勝手ににやける。
ふと、目にかかる前髪が気になって掴んだ。
「伸びたな」
勝手に切って失敗するのが怖いので得意なやつに切ってもらおう。
何が怖いって? タイガを真っ当に育てようとしてる女子たちがだよ!
一回、ワルに憧れて髪を染めたことがある。全部染めたんじゃなくて、旋毛から耳の後ろまで位の範囲の髪にメッシュを入れただけだ。もちろん赤色だ。それを見たタイガが何を思ったのか、自分も同じように染めると言い出したのだ。実際、片方入れた。尊敬する俺とお揃いにしたいんだとかなんとか。過去に尊敬されるようなことはしてないけど。
俺、ヒーローに変身してなくてもカッコいいからだな! きっと!
それからはタイガの見本になるようにとか、真似したら困るようなことしないで、とか説教された。怖かった。もうしないと誓ったので、おちおち変なまねはできないのだ。前髪切るの失敗したらタイガが真似して、きっと俺が怒られる。団結した女子は怖い。
「ヒツジ! 大変!」
たそがれていると、突然ドアが開いた。何事かと起きあがると、淡い栗色の髪を振り乱しながら腰に手を当てるリッさんがいた。どうして入ってこれたんだなんてのは針金二本も持っているリッさんを一目見れば理解できるだろう。こいつは鍵開けの名人だ。
「何だよ?」
こいつの辞書には俺のプライベートなんて文字はないんだろうと思う。ノックもせずに勝手に入って来やがって。いくら呼んでも気づかなかったじゃない! って怒られるのは避けたいから、無駄なことは言わない。
「他の子たちがこっち来てる! ヒツジのお見舞いとか言って!」
は? まじで? どうしよ。俺がヒーローであることは俺とリッさんだけが知っている秘密だ。
シークレットブーツとマント、どこに隠そう?
「えっと……とりあえず具合悪そうにしてて!」
「お、おけ!」
リッさんに毛布を被せられ、俺は死んだ人みたくなっている。
子供たちがわらわらと部屋に押しかけてきたのは、俺が横になってすぐだった。危ないところだった。
「りっさん、足はやーい」とか「全然追いつけなかった!」とか「つっかれたー」など、口々に言い始めた。最年長組を舐めてもらっては困る。訓練と実戦の経験値が違うのだ。
「大丈夫か?」
皆の息が整い始めた頃になってようやく一人の女子が部屋に到着し、ドアにもたれ掛かった。肌も髪も真っ白い、虚弱体質少女のウサギである。毛布の端から覗くと、何だかいつもより顔色が悪いようにみえた。
「久々に……こんなに、走った……」
「運動不足、おつ」
この場で一番幼いタイガに介抱されている。
「走りすぎて……出そう……うぷ……」
出されちゃ困る。
それにそこまで必死になって走ってこなくてもよかったんじゃないのか?
「おいおい、大丈夫か」
「ヒツジ」
リッさんに笑顔で制されて何事もなかったかのように倒れる。大丈夫。ばれてない。
「ヒツジ、お見舞いに来たよ」
「ヒツジ大丈夫?」
「訓練はいつも一番なのに情けねーぞ」
ウサギの顔色が良くなってくると、子どもたちが俺を心配し始めた。
俺の見舞いにきたはずのウサギは未だにタイガとキツネに介抱されている。
「昨日の夜遅くにヒツジの部屋、電気ついてたけど、寝不足か?」
たしかに昨日の晩、遅くまで起きていたが、宿題ではなく式の予行のためだ。
だがここは皆の夢を壊さないため! 肯定しておいた。俺はヒーローだから!
「俺と同じじゃん!」
「約束、第5」
タイガはぷくっと頬を膨らませて俺とベアを睨んだ。怒られてしまった。以後、気を付けます、とベアと共に反省しておいた。
「ホントになんともない?」
やっと回復したらしいウサギが尋ねた。俺は首を縦に振った。まだ目が元気になっていないような気がする。病人よりも具合が良くなさそうだ。人の心配する前に自分の心配してほしい。
「本当に?」
ああ、と笑った。本当に心配性だなあ。本当のことをいうと、ちょっと嬉しくもある。生まれてから今まで、ほとんどを子どもの国で生きてきた。壁をこえた国の外では俺を心配するやつなんていなかった。
タイガが俺の額に手を触れた。目を丸くして驚いたようだったのは、俺の体温が低かったからだろう。
お前の体温が高いからだよ。
小さな手のひらはあったかい。寒いんじゃないかと尋ねられて、大丈夫だと答えた。
「嘘ついてない?」
「嘘? つくわけないだろ。約束、第9」
タイガは約束第9をゆっくり言葉にした。
「大切な人に嘘をつかないこと」
良くできました、と髪をくしゃくしゃに掻き撫でると嬉しそうに目を細める。
「お前らに嘘なんてつかないよ」
大人でもあるまいし。