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サイダー  作者: 有屋誠二
3/6

私たちのヒーロー


 体育館にチャイムが鳴り響く。このチャイムは時計塔からではなく、校内放送によるチャイムである。放送委員が流しているため、時計塔とは管轄が違う。

 もうすでに16班以外は集合して、床の色とりどりの線につま先を合わせて整列していた。慌てて駆け込んで、指定の位置に着く。

 全員の動きが止まったところで、司会のリッさんがマイクを握った。

『これから始業式を始めます』

 礼のピアノ伴奏は音楽クラブ所属の初等部に上がったばかりの女の子だった。小さな手で必死に鍵盤を押さえている。全体的に少しだけ間延びする礼だったが、本人はやりきったと誇らしげだ。

 諸注意や、明日からの授業の知らせが続いていく中で、徐々に生徒たちは落ち着きがなくなっていく。


 そこでヒーローが壇上に上がった。


「やあ、おはよう」


 久方ぶりのヒーローの登場である。銀色の仮面に真っ赤なマント、その下には建国初期から子供たちがずっと憧れ続ける黒をベースとした赤線の入った軍服。その黄金のボタンのように、ついさっきまで手遊びをしたり欠伸をかみ殺したりしていた子供たちの瞳でさえも輝き始める。


『おはようございます!』


「いい挨拶だ。それでこそ、こどものくにの一員だ。皆、こどものくにの約束を守って楽しい夏休みを過ごしただろうか?」


 「うん!」とか「楽しかったよ!」という元気な声があちらこちらから飛び出す。それはよかった、と頷くヒーローは仮面のせいで表情は分からないが、満足そうだ。


「お前はどうせ宿題やるの忘れてて昨日遅くまで起きてたんだろ」

「なっ!」


 16班の隣の列、15班のネコがからかった調子でベアをつついた。どうやら図星だったらしい。嘘をつけず、変なところで素直なベアの顔には「何で知ってるんだ?」という驚きがそのまま書いてあるみたいに見えた。そのやり取りに、2つ前に並ぶキツネはきっとニヤニヤしているだろう。見なくても想像できる。


「それは本当かい?」


 ヒーローまでも話に入ってきてしまった。こうなっては、笑顔で誤魔化すとか、嘘をつくなどはできない。ベアは口を閉ざしたまま何もない頭上を見上げた。


「こどものくにの約束、第9、だよ」


 私の前にいるタイガが口を開いた。はっと息をのむ音がして、それがベアのものだと言うことに気づくまで二秒かかった。


「うん、夜更かししたのは本当……でも、宿題はちゃんと終わったもん!」

「偉いな。だけど、宿題は早めに終わらせること」


 こどもの国の約束、第5である。その言葉に、ベアは素直に頷いた。


「いい子だ」


 ヒーローの声は凛々しさの中に子供たちへの慈しみを感じさせるようだった。子供たちは口々に夏休み中の思い出を話し、ヒーローは一つ残すことなくそれらを聞いていた。そして、一人につき最低4つ以上言葉を返す。今日この場所にはこの地区の子供たち50人はいるのだが、一人一人との会話を楽しんでいるみたいに見えた。

 最後の一人との会話が終わったところで丁度良く、高い鐘の音が聞こえた。式の終了3分前の音である。


「おっと、時間だ。それじゃあ、みんな! 今日も一日、約束を守って楽しく生きよう! また会う日まで!」


 そう言い残してヒーローは颯爽と駆けていった。

 子供たちも駄弁りながら散り散りになる。と、ここでいつもなら16班も個人で解散となるのだが、ベアがとあることに気づき、リッさんを呼び止めた。


「あら、どうしたの?」

「なんでヒツジはいないの?」


 リッさんはちょっとだけ瞬きを繰り返した後、体調不良かな……と答えた。何だか曖昧な、あやふやな返事だ。

 確かに言われてみれば、私が物心ついたときからヒーローが登場する場所でヒツジがいた覚えがない。式の前には何も良わずにいなくなってしまうし、イベントではふと姿を消してしまう。いつもいつの間にか消えて、いつの間にかその場にいるのだ。不思議である。


「ヒツジってヒーローに会ったことある? いっつも体壊してる」

「言われてみれば、ヒツジって入学式も終業式も出てないよね」

「ばーか、お前らと違ってヒツジは成績優秀だから出なくていいんだよ」


 私が疑問に思ったことを子供たちが口にし出すと、リッさんが慌てて否定した。


「そんなことないわ。……ヒツジはちょっと……体壊しやすいのよ」

「そうなのか?」

「ヒツジって体弱いのか」


 リッさんがそうよ、と答えてしまったために周りは一斉に心配し始めた。


「お見舞い行かなきゃ」

「お見舞いだ、お見舞い!」

「何持っていけばいい?

「ヒツジ、何持ってけば喜ぶかな」

「何だろうな」


 リッさんはやっちまった...という表情で虚空を見つめている。どうすればこの事態に収拾がつくのか考えを巡らせているようだ。建国以来の才女と呼ばれるリッさんでも焦っている時では思考力が鈍るらしい。ああ、えっと、その、とか繰り返している。普段は落ち着いたお姉さんの姿しか見ないから、何だか新鮮だし、可愛い。


 待て待て、皆考えてみろ、とキツネが周囲に諭した。救世主とキツネを仰ぎ見たリッさんだったが、その期待は裏切られることになる。


「自分が病気の時に何があったら嬉しいか」


 その一言で議論に加速させてしまう。

 何だろ? とか、うーんとか悩む子供たち。病人は安静にさせておくというのが普通なのでいつもならストッパーが止める。今回はリッさんが珍しく慌てていて子供たちの暴走を止める人は一人もいない。

 ふと、エイが呟いた。

「......オムライス」

 呟きを耳に入れた付近の子供が騒ぎだす。その騒ぎは波のように伝わっていった。

「唐揚げ!」

「スパゲティ!」

「カレー!」

「ステーキ!」

「ラーメン!」

 ウサギちゃんは何が良いと思う? と隣にいた女の子に尋ねられた。始業式でピアノの伴奏をしていた子である。

 頭の中でヒツジを思い浮かべる。ヒツジが好きなもの。肉料理。辛いものが食べられない。ワサビの鼻にツンとくる辛さも、香辛料の舌にピリピリくる辛さも苦手。優しいあったかい味が好き。玉ねぎが嫌い。好き嫌いは直した方がいいと思う。パンよりもお米が好き。そういえば、先月の給食ではあの料理の時にテンションが上がっていた。


「ハンバーグ......?」


 子供達は目を見開き、それだ! と叫んだ。

 それって、ただ皆の食べたいものじゃないかな、なんていう考えは置いておこう。私もハンバーグは好きだから。ただ焼いたやつより、煮込みハンバーグの方が好き。中にチーズを入れたやつは切ったときに肉汁と一緒にとろけたチーズが溢れてくる。給食の大人気メニューだ。

「ちょっと待って! 病人にそれはちょっと……」

 やっと落ち着いてきたリッさんが止めにはいるが、もう遅い。一度上がった熱はなかなか冷めない。

 タイガが首を傾げた。


「じゃあ、何が、いい?」

「……ヒツジは皆に会うだけで元気になると思うなあ」

「そうかな」

「うん、きっとそうだよ」

「えへへ」

「私、皆に会えるかどうか、ヒツジに聞いてくる」


 いかにもヒツジが言いそうなことだ。口数が少ないタイガだが、その表情や仕草、顔色で感情は分かりやすい。

 リスは照れたタイガの頭を撫でた後、走り出した。全力疾走だろうか、すぐに背中が見えなくなった。


「りっさん、待ってよー、行っちゃった……」


 追いかけるように走り出す者、ゆるゆると後を歩く者、道草をくう者、様々だ。

 我が16班はベアとタイガが走り出したため、全員で追うことになった。

 あれ? 私、体力ないけど、大丈夫かな......?

 途中までは皆と一緒、よりは速く走れるのに途中からふくらはぎあたりがピクピクしてくるのだ。あーつりそうだなー、なんて思って一旦止まると自分の身体が疲れていることを思い出したみたいに急に息切れして動けなくなる。そうならないように少しゆっくりめに走るとしよう。動けなくなったら皆に迷惑かけちゃうし。


 タイガは途中からキツネに抱きかかえられた。

 いいなあ、楽そう......。

次回はヒツジ君が初登場します。

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