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サイダー  作者: 有屋誠二
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スーパー最強スペシャルな計画

 こどもの国にチャイムが鳴り響く。国の中心に位置する時計塔から全範囲に聞こえるように日替わりでチャイム委員が時間を知らせるものだ。大人の国とこどもの国の国境、つまり壁まできっちりその音が聞こえるよう、初代委員長が開発・改良したとか。


 今日は夏休みあけた一日目。始業式の日である。そして式の前にみんなで掃除をしなくてはならない。私たち第16班の5人は壁付近の芝の上の掃除担当になっていた。

 芝の上には白い紙屑やら木の葉やら散らばっていた。夏休み中は掃除をする係がいないので散らかっているのは当然だが、いかんせん散らかりすぎではないだろうか。ここは、もしかしたら皆のポイ捨て場になっていたかもしれないと、マナーを疑う。くしゃくしゃに丸められた目に付いたそれを拾い上げると、テストの答案である。テストの答案を捨てることは禁止になっていたはずなのだが。黙って透明な袋にゴミを詰める。


 「あーあ、めんどくせぇ……誰だよ、こんなに散らかした奴」


 一番の腕白少年、ベアは持ってきた箒を剣に、チリトリを盾に見立てて一人空を切って遊んだ。


 「なあ、エイー」

 暫くしてそれにも飽きたのか、真面目に掃除をしていた少女、エイに声をかける。

 「何よ……ちゃんと掃除しなさいよ?」

 しっかり者のエイが手を休めることはない。

 「聞いてくれよー」

 ベアがちょろちょろとエイの周りを動き回り、彼女のイライラはつのっていく。

 「口より手を動かしなさいよ。箒で遊ばない!」

 やっと自分の方を向いてくれたエイに嬉しそうに武器を振り回した。

 「エイが話聞いてくれたら掃除するー」

 「いっつもそういうこと言って掃除しないじゃない。だいたい、あんたこの間だって」

 「あーあーあー、エイがうるさい、キツネからも何か言ってやってよ」

 「ベアがちゃんと掃除しないからでしょ! どうして私が悪いみたいになってるのよ!」


 いつもの二人のやりとりをニヤニヤしながら見守っていたキツネは「おっと、自分のトコにきたか」と一瞬だけ驚いたらしい。その後には何を考えているか分からないような狐目で二人を落ち着かせた。


 「まあまあ、落ち着けって。皆で話しながら掃除すればいいじゃん。エイちゃんもそれならいいでしょ?」

 「それだよ!」


 エイは悩んでいる様子であるが、そこへベアは畳みかける。

 「みんな楽しく掃除ができて、いいことしかない!」

 確かにそうかな、なんて思考が傾きかけたところでベアの勝利だった。


 「よっしゃー、話すよ! ま、みんな座れって」


 掃除しながら、という提案はあっさりと覆された。

キツネにまあまあ、となだめられてエイは頬を膨らませながらも大人しくその場に座った。


 私たち5人は芝の上に丸を作るように座った。

 私は一番幼いタイガを膝に乗せながら本を開いた。


 「よく聞いてくれ! オレのスーパー最強スペシャルな計画のこと!」


 ベアの得意気な表情から、また禄でもないことを考えたか、とエイが大げさにため息をついた。


 「ウサギ? お前も聞けって」


 キツネにはそう言われるが、私はこれでも聞いてるつもりだ。図書室からかりてきた本から目を離さないけど。今日が貸出の最終日だ。読み切らなければ。キツネには、やれやれこの子は全く……というような目で見られてしまう。


 「……ベア、続けて」


 こほん、とわざとらしい咳払いの後。ベアは宣言した。


 「どの部が最強決定戦開幕! どう?」


 「はあ!?」

 「最強決定戦?」

 「最強決定戦」

 「それなあに?」


 タイガだけでなく、その場にいたベア以外が首を傾げた。


 ベア曰わく、部活ごとの対人格闘戦でどの部が一番強いか競うという大会でそれぞれの部活で人数を決めて代表者同士が戦う。勝った部活には豪華賞品が! という……


 「また、ろくでもないこと考えて……」


 問題児ベアの世話係、もといエイの呟き。本当にその通りである。

 帰宅部はどうするんだろう? 帰宅部といってもヒツジだけなのだが。ヒツジなら強いから大丈夫か、なんて思ってしまうくらいには彼は強い。心配はいらないか。


 「じゃあ、早速イベント開催の書類出してこようか」

 「え? キツネ?」


 予想外にもキツネが立ち上がった。彼も掃除に飽きていた一人だったらしい。この班で私と同い年、つまり16班の年長の一人だというのに。


 「さっすがキツネ! わかってるな! ちなみにどの部が優勝だと思う?」

 「ヒツジの独り勝ちじゃないか?」

 「ヒツジ抜きで」


 エイは頭を抱える。ベアだけじゃなくキツネまでも、こんな企画に乗ろうとしている。


 「野球部、強そう」

 「ガタイいいのが揃ってるからなー」


 ヒツジの名前が出た時点でタイガまで目を輝かせ始めた。ヒツジはタイガにとって兄とも呼べる存在で、世界で一番尊敬する人物といってもいい。こどもの国建国からずっと年長者組であり、物事もよく知っているが、そこまで崇拝されるほどかとは疑問に思う。まあ、タイガにだって色々あるのだろう。

 ちなみに二人は光があたると青色っぽく見える黒髪、真ん丸い黒い瞳、バター色の肌、と兄弟といってもいいほどよく似ているが血が繋がっているというわけではないそうだ。


 「ねえねえ、サッカー部は?」

 「ベアが代表だったら無理じゃない?」

 「何だよ。茶道部だってエイが出たら負けるに決まってる!」

 「あんたよりマシよ」

 「まあまあ。ウサギのとこは?」


 また始まった。そして仲裁役のキツネが二人の口喧嘩の最中こちらに話題を投げた。


 私たちは棄権すると思う。読書愛好会は皆、運動が苦手だ。この前の訓練の実技でも、ほとんどが下の方の順位だった。私たちは戦えない。戦わない。ただ、敵に遭遇した時のために逃げることだけを教わった。だから逃げ足だけは速い。単純な徒競走なら上位を狙える人材ばかりだ。体力が心配だけれど。

 「じゃあさ、読書愛好会とか、参加しない部活は賭けよう!」

 「賭ける? どの部が勝つかってこと?」


 ベアはドヤ顔で頷く。


 「はいはい。それで、何を賭けるの?」

 エイはもうベアを止めるのを諦めたようだった。

 「夕飯とか?」

 「面白そう!」


 盛り上がる3人を制したのはタイガだった。


 「だめだよ。こどものくにの約束、忘れたの?」


 『約束』と言われて、ベアもエイもキツネもほんの一瞬だけ息を止めた。3人がふと目を逸らしたのは「そっか」とか「そうだよね」という無言の返答。

私はタイガの髪を撫でながら話題を変えた。


 「他の部は強そうだよね。刺繍愛好会とか園芸部とか、弓道部とか」


 刺繍に園芸に弓道が強そうには思えないと、ベアもエイも青色、藍色の瞳をぱちくりさせた。

 ふふふ、とキツネは不敵な笑みを浮かべる。


 「刺繍愛好会の入部条件は逃走中のハンター並みだし、園芸部は夜な夜な温室で人食い植物と戦ってるし、弓道部は弾丸を素手で掴む位の動体視力と反射神経持っている!」


 二人からは「マジで!?」「すごい!」と感嘆の声が上がる。


 「今のオレ達なら大人なんて簡単に倒せるぜ!」


 ベアが箒を空に掲げた。さながら物語で読んだ勇者のように。


 「俺、大人見たことある!」


 キツネの一言にベアのテンションはさらに高まる。

 「2メートルくらいで角があって血走った赤い目、鋭いツメとキバがあった。でも俺は2体、いや5体……いや10体倒してきてやったぜ!」

 「すげー! もっと詳しく教えて!」


 私たちの世代は大人と遭遇したことも、見たことすらない。ずっと壁の中で平和に暮らしてきたからだ。もっと前の世代には実際に大人と戦った子供たちもいるらしいので、年長者組に聞けばよく教えてくれるだろうが、キツネが大人を知っているはずはない。

 禁止されている壁の外に出たことがあるなら話は別だが、そんなことしたら大騒ぎになっているはずで同い年の私が知らないわけがないのだ。とはいえ、彼のプライドのために私は黙っていることにする。

 「え? あ、ああ、それでな……」

 その時、言葉に詰まったキツネには運良く無線が入った。

 ヒツジと同じ年長組のリッさんの声だ。


 「みんなー始業式始まるよ! 体育館に集まって!」


 掃除用具とゴミ袋を片付け、体育館へ向かった。その最中にもベアの計画について議論がなされたが、あまりにベアとエイが白熱しすぎて、チャイムが鳴り、5人で息切らしながら始業式に参加したのは言うまでもない。


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