僕は父のようになりたいと探偵業を始めた
僕は、父が生前に営んでいた探偵業を継いでいる。
父の背中を見て育ち憧れを懐いていたのは確かなのだけど、僕自身が探偵をしようと本気で考えていた訳ではなかった。
ならば何故この道を歩むことになったのかは、ただそういう流れになったとしか言えない。
今は回想に耽る時でもないな。
仕事に集中しなければならないのだし。
とは言え、気が乗らな……いやいや、依頼なのだから真剣に向き合わなければなるまい。どのような依頼であろうとも、お客様が居てこそ探偵業が成り立つのだから。
これはつい2時間程前のこと──
「わたくしの娘が行方不明なんです! どこを捜しても居ないわ! 早く見つけて!」という電話から始まった。
取り乱して切羽詰まったご婦人の言葉を受け、これは大事だ下手したら子供の命に関わるかもしれない。興奮する心を抑え、しっかりと気を引き締めて掛からなければならないと気合いを入れていたのに。
なんとか電話口でご婦人を宥め直ぐさま車で駆け付けたら……行方知れずの娘が猫と聞いて、玄関先で危うく膝を付くところだった。
事は人命に関わるかと緊張に張りつめていたのだから、これでは気が抜けてしまうのも仕方ないと思う。
そして警察が来ないことに納得した。
電話口で言っていた『警察なんて当てにならないわ!』の言葉の意味を理解するのが遅かった。
たぶん110番のオペレーターさんはしっかりとペットであることを聞き出していたに違いない。
そりゃあ、出動しないよね。しても通りがかりで偶々異変に気付いた交番勤務の優し〜い駐在さんとか? それも手が空いてる時じゃないとさ。
気付けよ僕! 通報したのに警察が当てにならないってご婦人が言った時点で!
冷静に対応しているつもりで、全くなってなかったようだ。
自分の未熟さ加減に落ち込みそうになるのを気合いで堪える。落ち込むのは後でもできると、自らを奮い立たせて捜索している。
例えそれが依頼主宅でのペットの捜索であろうとも。外に逃げ出した……なのではなく、あくまで邸宅内のみでのペット探しだとしても!
しかし、件の愛猫ミルキィちゃんはどこに居るのかな。もう一時間以上捜しているのになかなか見つからない。いくら広い邸宅で部屋がいくつも有るとはいえ、しらみ潰しに見ていけば別段、難しいことでもないはず……なのだけど?
おかしい、首輪のセンサーで敷地外に出ると警報が鳴る仕組みがあるのに。
(さすが金持ち、やることが凄い!)
なんて感心している場合ではない。
心配と見つからないイライラで、ひんやりピリピリした空気が僕の背後から押し寄せてくる。
これは最早、不具合や故障を起こしたと考えた方が良いかもしれない。愛猫娘警報システムは故障などしないと全幅の信頼をおいている依頼主さまに、もう一度不興を買う覚悟で。
『ミルキィちゃんが好奇心でお外へ出かけしてしまったのでは?』と相談しようと思う。眦を吊り上げるだろうご婦人が恐いけども!
(どこに居るのミルキィちゃんっ)
瞳を閉じて強く思う。ホントに依頼主さまが恐いから!
何よりも今ごろ心細さや不安を抱えているかもしれない猫ちゃんの事が心配でもあるから!
──……ダシ、テ……
んん、今何か聞こえたような……?
ご婦人かと思い、何か言いましたかと尋ねる。唐突に振り返って聞いた僕の言動に怪訝な顔を向けられてしまった。どうやら違うようだ。
頭をひねりつつ捜索を開始しようとしたその時。
──ママ……デタイ……ヨ……
え? やっぱり気のせいじゃない!
どこから聞こえるのか? 微かに耳に届いた感じは、か細い子どもの声に思う。
(だして……出たい? 閉じ込められているのか?!)
まさか依頼主が、どこかに子どもを監禁して──
(いやいや、早まるな)
憶測だけで判断するな。確認を疎かにして失敗したばかりじゃないか。警察オペレーターさんの冷静さを見習うべきだ。
(家に来ていた親戚等の子供が、何らかの事情で身動きがとれなくなった……とか)
様々な可能性があるのだし。
相変わらずご婦人に不自然な点は見られない。声に気が付かなかったのか聞こえない振りをしているのか。
何にしろ、今は救出を求める声に応えるのが急務だろう。
僕は聞こえてきた方角へ脚を踏み出した。ご婦人は首を傾げながらも後を付いてくる。そんなご婦人の様子に気を向けていられないし無視することを選ぶ。
導かれるように僕の脚は迷いなく進んだ。
[ 呼ばれている ]
理性を通さずに自然と身体が動く。意識がふわふわとする。嫌な気持ちにならないので、僕は不可思議な感覚に身を任せることにした。
辿り着いたのは、もう既に捜し済みのウォークインクローゼット。
そこは六畳程の収納部屋である。そう部屋だ。僕の子供時代の自室(四畳半)より大きいのだから、ここがウォークイン"クローゼット"だなんて認めない。認めないったら認めない!
洒落た靴や洋服、カバン等──おそらく頻繁に使用しているアイテムは取りやすく並べられ、その他は品の良い収納ケースやクローゼットに収められているようだ。
室内を良く見回してみるものの子供の姿など影もない。
なのに僕は、目に付いた小さめな収納棚の引き出しを上から順番に開けては閉めるを繰り返し始める。
ご婦人は許可もなく行動する僕に「な、なんてことを! 失礼だわ!」と喚きたて止めようとした。
嫌がるのも当たり前だろうね。女性特有(下着類)の衣服が入っている可能性だってあるのだし。
それでも静止に手を止めない。自分でも非常識なことをしている自覚があるのだ。こんな狭いところに子供が収まるには無理があることも理解している。
理解しているのに、なぜこんな事をしているのだろう? 自分自身に不信感を感じ始めていた。
そんな僕の不意を突くかのように唐突に周りから全ての音が消え去る感覚に囚われた。
──……ココ……
瞬きとともに音が戻り止まっていた時間が動き出す。
自分の手は最後の一番下の引き出しを前にしていた。
予感がした。この先に進んだら僕の何かが変わってしまうと。普通じゃないことが当たり前になっていく──常識が崩れてしまうような恐ろしさを。
だからといって、このまま引き返す訳にもいかない。猫捜しの依頼が達成できても出来なくても、この棚を確認するのを止めれば後悔することになる。
生涯、中に何かがあったのかと気にし続けて。
正直言って好奇心を刺激されているのもある。僕は意を決して取っ手に手をかけた。
お洒落な彫りが施されたベージュの引出しをゆっくりと引いていく。
最初に目に入ったのは書籍。アルバムらしき物が中央から左端にかけて有り、右端には手のひら程の幅がある。そこには、いろいろな種類の風呂敷が数枚重ねて仕舞われていた。
特に異常はないようだ。
直前まで感じていた可笑しな感覚はなんだったのだろう。疲れているのかな……
自らに懐疑的な思いが過る。
ふと、取っ手に触れたままの手に僅かな振動が伝わる。
「……ん!?」
驚きで思わず引出しを最後まで引っ張り出すと──
奥にあった白い塊が膨らんだ!
突然のことに、僕は息が詰まり尻餅を付いた。身動きが取れずにソレを凝視する。
ソレが何かを理解した時、僕は眼を見張らずにはいられなかった。
「ネ、ネコ……?」
ムクリと起き上がり僕に振り向いたのは真っ白でふわふわの美人な猫さんだった。
「にゃあ」と可愛らしい声をあげて尻尾を揺らす。
僕が驚愕から覚めるより早く、ご婦人は素早い動きで愛猫を抱き上げている。
「ミルキィちゃんっ、大丈夫? 怪我は無い?!」
やっと会えた娘の無事確認に余念がない。ミルキィちゃんは甘えるようにご婦人の胸に頭を擦りつけていた。
ご婦人は猫を構い倒している。
僕はその光景をただただ茫然と眺めることしか出来ない。あまりの現実に理解が追い付かないのだ。
(声は幻聴だったのか?)
猫が言葉を発することなんて不可能だ。先程まで感じていた不可解な感覚もスッパリと消え失せている。
白昼夢でも見ていたのだろうか。
鈍い頭を抱えたまま、ゆっくりと立ち上がる。腰が抜けてはいなかったけど気を抜くと脚が震えそうだ。
愛猫娘の無事を確認できたご婦人は満足そうな表情を僕に向けた。
ちょっと前までの険悪さは欠片もない。
まるで、そんな事実なんて無かったとでも言うような満面の笑顔を。
「ミルキィちゃんを見つけてくれてお礼を言うわ。本当にどうもありがとう」
「い、いえ──」
コミュニケーションが取れる状態でなかったので、言葉を掛けられてもまともな返事を返せなかった。
「それにしても、よくココに居るって分かったわね」
混乱から立ち直ってなくても僕は無理やり意識を会話へと持っていく。
「それは……探偵の勘です」
咄嗟に出た言葉がこれだ。しかし……
探偵の勘なんてものは今まで発揮したことなんてないけどね!
あれ? 自分にツッコミを入れたら混乱が薄れてきたぞ?
「凄いわ! これがプロなのね。でも、一度目は分からなかったみたいだけど、どうしてかしら?」
(えっ、そこ聞くの?!)
あまり深堀しないでくれと思う。困るから!
「すみません。調子が悪かったようで……」
他になんて答えれば良いんだ──これ以上の回答があるなら誰か教えて欲しい。遠い目をしても良いだろうか?
ご婦人は首を傾げつつも、そういうものかと納得したようだ。
「まぁ、良いわ。あなたが居なければ、まだ暫くは見つからなかったと思うし」
本当はもっと早く見つけて欲しかったとの不満が僅かに表情に浮かんだが、概ね満足いただけたようだ。
「あなたに頼んで良かったわ。あの人の息子なだけはあるわね」
「……はっ?」
僕を息子と言うご婦人に恐る恐ると問いかける。
「あの、父を知っているのですか?」
キョトンとした後、合点がいったように答えを返してくれる。
「あぁ、そう言えば言ってなかったわね。以前に依頼を受けてもらったことがあるのよ」
「えっ、そうだったんですか?」
父と面識があったなんて。
「数年前のことだけど、その時はわたくしの息子が行方不明になって……無事に発見してくれたのよ」
(へぇ、息子さんがいるのか。ん? まてよ──)
気になることがあったので詳しく尋ねてみたら……
ご婦人の言う息子とは愛犬のチワワのことだった。ていうか父までペット捜索をしてたのか。父の顧客ってこと以上にソッチに驚いたわ!
なんだか脱力したい気分だよ。親子共々ペット捜しって!
「警察に見捨てられたから、探偵さんを思い出したのよ」
父が亡くなってたのは知っていたけど、他に探偵の当てがなくて保管してた名刺を引っ張り出したそうだ。別の探偵さんが居るかもしれないと。
もし事務所が閉鎖されてたら近場の探偵事務所を探さないといけない。でも検索に時間を掛けたくなかったから僕が居て良かったと喜ばれた。
その時間を惜しんだ為に僕にお鉢が回ったんだね。
少し残念に思う。数ある探偵事務所からウチを選んでくれた新規のお客様だと気持ちが高揚していたからさ。
まだ駆け出しの僕には、父の顧客からの様子見というか義理というか御悔やみ代わりの挨拶的な簡単な依頼しか受けられてなかった。
まぁ、それで僕が使える人物かどうか見極められていたんだろうけど。その結果が良かったのかどうかは知れない。経験の浅い僕には、人生の先輩の機敏を読むのがまだまだ難しい。観察力、洞察力など足りないことだらけなんだよ。
なかなか自分の望む通りにはいかないものだね。
考えてみれば、急いでいる時に悠長に探している余裕なんてないか。持ってるツテを使うのは当たり前のことだし。
落ち込むより縁が出来たんだと思って、この出会いを大切にした方が有意義か。
という訳で気持ちを切り換えていこう。
リビングでお茶をしつつ依頼の手続き関係の話しが済んだ。
その会話中、ミルキィちゃんはご婦人に寄り添いながらソファーで大人しく過ごしていた。その間、何度も視線が合ったのは何なのだろう。ミルキィちゃんが僕を見ている時間が妙に長かった。視線を感じてみればミルキィちゃんがじっと僕を見つめていたので。
猫の習性だったりするのかな?
ちょっと……いや、かなり落ち着かないので早々にお暇しよう。
父の話も少し聞いてみたい気もするけど居心地が悪くなるように思うしね。
因みに、なぜミルキィちゃんが収納棚に入っていたのか。それは引出しを開けてその場を離れてしまい、いつの間にかミルキィちゃんが潜り込んでて気が付かずに閉めた──という事が起こっちゃったと。よくありそうな展開だね。
玄関で依頼主さまと別れの挨拶を交わす。
「では後ほど書類をお送りさせていただきます」
「はい。確認して振込みますわね。本日はありがとうございました。本当に助かりましたわ」
「では、これで失礼します」
終始和やかに言葉を交わし頭を下げ玄関の扉を閉ざそうとしていると──
──アリガト……
か細い声がした。
「……えっ?」
ご婦人に抱かれた猫と目がかち合う。嬉しそうな顔をしている、ように思う。
「どうかしました?」
ご婦人は呆気にとられている僕に不思議そうな声音で問いかける。
「い、いえ、何でもありません。失礼しました!」
すぐに扉を閉ざす。
息をのみ、心臓が早鐘を打ち始めた。走るように車に乗り込み乱れる呼吸に冷静さを失う。
(今のは何だ?!)
幻聴だと頭の隅に追いやった出来事は気のせいなどではなかったのか?
また確かに声が聞こえた。今度はハッキリと!
それも耳で聞いたのではない。意識に響くように届いてだ。
(どうなってるんだ……)
僕は頭がおかしくなったのか。
しばらくの時が過ぎ、自身に特殊な能力があることに気が付く。受け入れ難い現実に悩まされもした。
いつの頃からか──
僕はその力を利用して依頼を解決していくようになる。
超能力的な不思議な力に目覚める探偵
ジャンルは超能力だから伝奇で良いのでしょうか。
それとも探偵だから推理にするべき?
迷ってファンタジーにしてみました。推理小説らしい推理はしていないので。