二話目
今日も処理に困るイライラ感とゆううつ感を持て余しながら生徒会室の扉を開ける。
案の上、兄はそこにはいなくて、代わりにというかなんというか、会長がもくもくと書類を片付けていた。来たばかりだというのに、思わずもう一度扉を開けて寮の自室に帰りたくなる。
「はぁ…」
「お前、来て早々にため息とか失礼だな」
むっとした声で不満を言う会長は敢えてスルー。今はそんな気分じゃないんだ。
転校生が来てそろそろ一か月近くが経とうとしている。その間、僕と会長以外の生徒会は仕事はこなすものの、ほとんど生徒会室に顔を出すことはない。仕事は自室でさっさと片付けて、残りの時間はあの転校生と過ごしているらしい。
別に文句はないけど、みんなでいたときのあの居心地の良い時間が転校生のせいで壊れたみたいで、子供みたいに八つ当たりしちゃいそうだ。
理不尽にも、あの子が来なかったらよかったのに、なんて恨み言さえ出てきそう。
兄は、不安じゃないんだろうか。イライラしたり、隣にいない存在にぽっかり穴が開いたような、そんな物足りない感じはしないのかな。僕だけがこんな、突然世界に一人だけになったような、そんな寂しさを感じているかな。
僕の世界は、狭くて良い。会長をいじるのが楽しくても、副会長が優しくても、会計のノリが良くても。僕たちの世界は、僕たちだけで良い。それはあの転校生が興味深い存在でも、おんなじことなはずなのに。
ねぇ、兄さんは、ちがったのかな。
「…おい」
「…んー、なに会長」
ボスン、と音を立ててソファーに横たわる。今はだれにでも八つ当たりしてしまいそうで、返事はおざなりになった。
「双子兄の元に行けばいいだろう、何をそんなにうだうだしてる」
傍にいないことに苛立つなら、傍にいけばいい。その会長の言葉は正論だ。
正論すぎて、苛立ちが増してくる。
傍に行ったって、兄が転校生と仲良くしてて、僕の方を見ないことは分かりきっているのに。
今日は転校生とこんな事をした、と時々くる報告にさえ、やり場のない怒りを覚えるんだ、直接見たらきっと、僕は本当に転校生に当たり散らして、そして兄に嫌われてしまうかもしれない。
「会長に、関係ないでしょ」
「毎日毎日顔を見る度にため息をつかれる身になれ。こっちの気が滅入る」
そんなこと言われたって、僕にもどうしようも出来ない。言葉にせずとも伝わったのだろう、会長はわざわざ立ち上がり、僕に紅茶を入れてくれた。
無言で紅茶を飲む僕と、僕の頭をぽんぽんとなでてくる会長。
今までならあり得ない光景なんだけど、最近はこの光景が当たり前になりつつある。初めてされた時には、触られる事が好きでない僕はそれはもう拒んだ。兄以外の人に、頭どころか身体のどこかに触れられるなんて耐えられない。
だけど毎日毎日されれば、なんだか僕も慣れてきてしまうわけで。
しょうがねーなぁって感じの目でこんな事をされれば、僕もいつまでも拒んではいられない。いつもは僕らにいじられてばかりの会長のクセに、こんな時ばかり年上顔をするんだからずるいと思う。
「もうそろそろ、頭なでるのやめてくれる」
「やめてほしけりゃ、前みたいに笑うんだな」
僕が笑ったって、会長の得になるわけじゃないのに。俺様というには、少し過保護すぎる人だ。甘いなぁ、なんて内心で苦笑しながら。
僕はどうしようもないほど膨らんでいた苛立ちが、わずかに小さくなっていくことを感じていた。