9. 学院の生活では
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学院に入学して早くも三週間が過ぎた。講義については心配していた追加の講義を含めても、家庭教師の教育の賜物なのか、はたまた入学して間もないからなのか、今のところは問題なくこなせている感じだ。
日々の訓練については学院の敷地内で行うことを結局諦めることにした。
毎日学院の敷地をこっそりと抜け出しては、日の出前の市街地で行うことに落ちついている。ボクが一人で外に出ることを心配する侍女のフォナを少しでも安心させるために、念のための男装をしての訓練だ。
敷地を抜け出すにあたって、当然ながら学院というものは多くの貴族の子女を預かる場であるために、しっかりとした警備の部隊が存在していたのだが、ボクは警備の職員に対して順番に腕比べを挑んでは一対一での勝負行っては、順番に倒してしまった。そうして彼らを残らず打倒しきった後で『市街地に出て何かがあっても全て自分で責任を取る。あなた方の責任に問わせることは絶対にしない』と制約をして、日の出前の時間帯限定で、堂々と外に出られるように取り計らうことに成功したのだ。
かなり強引な手段ではあったかもしれないが、ちょっとやそっとの相手にならば害されることはないだろうということを警備の者たちにも判ってもらえたので、その点についてはよかったと思う。
「おはようリュートくん。今朝もがんばるねぇ」
「おはようおばさん、そっちこそ朝早くからご苦労さま」
「おっ、リュートぉ、毎日よく続くな」
「おう、おっちゃん。これがボクの仕事みたいなものだからな」
日の出前であろうとも、やはり宿屋の従業員や食堂の料理人など朝早くから活動する人が当然ながら市街地には居るわけだが、こっそり仕入れておいた安い男物の動きやすい服を着て、髪は目立たないように編み込んでから束ねて服の中に入れる等、できる限り少年に見えるように工夫した。
結果、何人かの顔見知りが街中にできたが、ボクのことを男の子と思わせることに成功していて、貴族の支援を受けて学院に通っている平民の少年である“リュート”という仮初めの立場を名乗ることで、気易く彼らに接することもできるようになったのだ。
平民を名乗る以上護衛等もないため、夜明け前とはいえボクは男物の服を着て一人で市街を自由に歩ける開放感に感動したものだ。
前世では当たり前だった一人での外出が今は立場のこともあって制限されてしまっているために、実は窮屈に感じていたのだろうか。それとも、既に意識せずとも少女として振る舞えるようになっているとはいえ、根本に男の部分があるために男として自由に振る舞える事について心のどこかで喜びでも覚えているのだろうか。
ただひとつ言えることは、ボクはこの訓練中だけは各種の柵から解放されているということだ。
街中で走り込みをした後、柔軟運動や部分運動、そして杖術の動作の確認などを行う自己訓練を広場で行う。
日が昇り始めるころには全てを終えて学院の寮に戻ると、自室ではフォナが身を清める準備と着替えを用意してくれている。彼女に軽く礼を言うと湯を浴びて汗を流して香水を軽く振りかけると、学院の制服に着替えて身支度と髪を整える。
そうした後にエルさまたちと食堂へ出向いて朝餐をいただき、それから一日の学院生活が始まるのだ。
◇◆◇
学院生活が始まってすぐはどの学生も周囲の把握に精一杯なのか他者を気にする余裕が少ないものが多かったが、少しずつ学院に慣れたり、周囲の学生と顔見知りになったりする事で少しずつ講義の合間に話をする学生も増えてきている。ボクたちそれぞれも学友という枠に留まらず話す相手は少しずつ増えているし、エルさまとアズベルトさまも親同士の決めた婚約者とはいえ、話す機会は増えてきている。それに引きずられるようにボクやミリーさま、リーネさまもアズベルトさまと話す機会はその他の令嬢たちに比べれば多くなっていると思う。
ただ、貴族の子女が主として通う学院だからとはいえ、全員が全員品行方正かといえばそうではないのだろうと言わざるを得ない部分もある。
大人の社会である社交界でもそうであるように、子供の社会である学院の中にも嫉妬や羨望、陰謀や策略はどうにも存在するらしい。ただ、社交界の荒波に揉まれる前の子供のする事だけに、稚拙というか、底の浅いものが大半の様子だ。しかし、行為を実行に移す側はくだらない感情の発露先を求めてのことかもしれないが、実行に移される側の被害は物理的なものだけでなく精神的なものにまで及ぶ、虐めとその悲惨さを考えれば稚拙だからという理由でそのようなくだらないことを見逃しておく訳にもいかない。
どうしてそのような事を急に考えているのかというと、エルさまの学友に選ばれたことに対してなのか、それに付随してのアズベルトさまとのお話の機会が増えていることに対してなのか、そのどちらともいえないが、ボクらに向けての嫉妬の感情を向けてくる誰かの視線を時折感じているのだ。
現状は大きな被害といえるほどの被害は出てはいないのだが、怪文書というか、嫌がらせのようなことが書かれた手紙が寮の部屋の前に置かれていたり、教養学科を受ける講義室の決められた座席のところに忍ばされていたりするという事態が何度か発生している。
その際に対象にされているのは、三人の中で一番身分的に低い立場にあるリーネさまであるようだ。気味が悪い話ではあるが、手紙だけ、しかも脅迫状のようなものではなく、単なる妬みの感情だけがつづられているようなものであるため、実害が無い以上は学院側も表立って動くことはできないみたいだ。
幸いなことにリーネさまは比較的気が強い方ではあるので、そのような手紙を見つけては即座に破いて捨てているし、ボクやエルさまやミリーさまに向けてはたいしたことはないから気にしないようにと笑い飛ばしているが、これが変に続いたりエスカレートしたりするとやっかいなことになりそうな予感がする。
「リーネさま、気にしないようにとはおっしゃいますけど、さすがに一回二回の話では無いですし、ボクたちでも何かできないか考えてみたいと思いますので、些細な事でも相談してくださいね。
内容から考えるにボクやミリーさまについても他人事の話ではありませんし、出会ったきっかけは他者によるものですが、大切なボクのお友だちであることに違いはありませんから」
「ああ、うん。ありがとうシア。どうにかなる前には相談させてもらうから大丈夫だよ」
次第に巧妙になっていく嫌がらせをどこで特定して歯止めをかけるべきかどうかは難しいことだと思う。
取るに足らない事だと周囲が感じる程度であれば犯人に反省を促すような大きな罰を与えることはできないし、模倣犯のようなものも出てくる恐れがある。しかし、後に残る被害が出てしまってからではもう遅いのだ。そしてこれまた厄介なことに対応が遅くなるとアズベルトさまに動かれてしまう可能性がある。それはリーネさまとのフラグになってしまうかもしれない。そうなってしまってはボクの目標が遠のいてしまう。
変なところでイベントのきっかけになっても困るし、こっそりと調査を始めてみて、犯人の特定を進めてみるとしようか。
それでは、ご読了どうもありがとうございました。