32. 気持ちの在り方
投稿がいつもより少し遅くなってしまいました……。
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ご指摘くださると幸いです。
王都の水源となる湖畔からの景色は今まで興味がなかったもののなかなかに綺麗なもので、ボクは現実逃避も忘れて見入ってしまった。都市部に程近い場所でもこれだけの景色や澄んだ水が楽しめるのは前世の世界と違って環境汚染に気を遣う必要があるような産業が発達していないからだろうか。
ふと逃避しかけていた現実に戻ってみればボクの左側にはウェド様が立ち、ミリーさまには右腕を掴まれている。我に返って周囲を見ればエルさまとリーネさまが少し後ろからこちらを生暖かい視線で眺めていた。
「エルさま、リーネさま、じっとこちらを見てないで何か言ってください」
「いや、仲が良さそうでいいことだなって思ってね」
「仲がいいのは良いことですからね」
いいことを言っているように聞こえるけどお二人とも表情で台無しです。なんですかその傍観者ならではの笑顔。
「確かに仲は良いでしょうけど、ミリーさま、何か今までと距離感が違いすぎませんか」
「あら、シアさまもわたしも女同士なのだからこれくらい大丈夫でしょう」
「まあ駄目とは言いませんが……」
素敵な笑顔で迫られてしまうと嫌とは言えずどうしたものかと考えてしまう。下手に距離をとるのも傷つけてしまうかもしれない。
「そろそろ食事にしよう。せっかく近衛の方々に持ってきて貰っている訳だしさ」
「そうね、その後に散策でもしましょう」
困り始めた私を見かねたのかやっと助け船を出してくれる二人。特に反対意見もなく、護衛の方も一緒にと食事を取ることになった。
この世界には人に食べさせるのは食器がうまく使えない子供相手だけという風潮があってよかったと思う。『あーん』などとやられたらたまったものではない。
幸いにも食事は個々に用意されていた。でも、今回のような日帰りの日程なら携帯食にまでしなくても、容器に入れたお弁当みたいなものがあってもいいのにと思う。そういえばこの世界って弁当箱みたいなもの存在しないな……などとまたもや現実逃避の思考に流れる。なぜならば……。
「あの……、ウェド様、ミリーさま、あまり見られていると気になって食べられないのですけど……」
「ああ、済まない。城以外の場でシアを見ることが無いものだから気になってな」
「シアさまごめんなさい。先日から何故かシアさまが気になってしまって仕方がないのです。ほどほどにしなければと思ってはいるのですがなかなか自重できなくてごめんなさい」
どちらも嫌いになれないどころか、どちらかというと好きな人ではあるので簡単に許してしまうボク。自分でちょっと情けなく感じてしまうけど、しょうがないことなのか。
食後、馬をゆっくりと引きながら散策をすることにしたが、このような場所を歩くことはなかなかあるものではないので新鮮な気分だ。
「このような場所が王都からそれなりに近いところにあったんですね」
「ええ、近くてもこの先には山しかなくて街がある訳ではないので人はあまり来ないのですよ」
「そうだな、宮廷からは定期的に水質確認に官吏が派遣される程度だから景色はいいと思うが立ち寄るのに便利な場所でもないからな」
エルさまやウェド様は王族として王都の状況に絡めてこの水源についても教育を受けているのだろう。ボクも領地の方に関しては話を何度か聞かされたことがある。
「これだけの水があれば多少の日照りが続いても大丈夫そうですね。うちの実家の領地の水源とは比べ物にならないです」
「あたしのところは山の近くだから湖や川じゃなくて山からの湧き水を何か所か水源にしてたかな。ここまでの水は海以外では初めて見るよ」
話しながら湖畔を歩くが王都方面へ伸びる川とその周辺以外はほとんどが木に覆われている森になっている。この森もあるからこそ豊富な水が湛えられているのだろうな。
◇◆◇
「シアさま。少しいいですか」
宮廷への帰り道、往路と同様の馬上でボクに掴まるミリーさまに後ろからこっそりと話しかけられた。
「どうしましたか、ミリーさま」
「あの、わたしがシアさまを慕うのはご迷惑でしょうか」
「……、いや、別にそのようなことはありませんが、どうしてまたそのようなことを」
「先日の宮廷に連れてきていただいたときや、お父様やお母様との話し合いの機会を作っていただいたときから、何かシアさまがとても気になるのです。自分でもどこか変かもしれないと思いながらも止められなくて……」
首筋にミリーさまの頭が当たる感触がした。俯いているのだろうか。馬上ではおいそれを振り返ることもできないので表情はわからない。
「深く考えなくてもいいと思いますよ。人が気になる、好意を抱く、ボクはそういうものは身分も性別も関係ないものだと思いますから。そのような気持ちを抱え込むのも伝えるのもその人次第ですしね」
「それでよいのでしょうか」
「心の動きは自分だけのものですから」
「でも、男性が男性を、女性が女性を好きになるということはどうなのでしょう」
聞こえてくる声色だけで判断するなら少し心配そうというか沈んだ声色に聞こえるな。
「多くの方の概念からすると褒められたものではないかもしれません。でも、好ましく思ったり、仲良くしたいと思ったり、一緒に居たいと思ったり、その気持ちは否定されるものではありませんからね。
愛し合うことは確かに尊いことかもしれませんが、必ずしもそのようになって婚姻を結ぶとは限らないですし、この国の貴族でも政略上の必要性からの婚姻の方が多いくらいですよね。
愛情にも恋愛、友愛、親愛などといろいろありますし、パートナーとしてお互いを尊敬しあう者同士であれば恋愛感情などなくてもうまくいくと思います。相手を大切に思う気持ちはいろいろな形があるんです。
だから、人を好くこと、好かれることをボクは否定しません。まあ、それも相手に迷惑をかけない範囲に限りますけどね。ミリーさまはボクに迷惑をかけたいと思いますか」
「いえ、そのようなことはありません。けれども、いいのでしょうか、このような気持ちを抱えてしまっても」
「大丈夫ですよ。今ボクのことを今まで以上に好ましく思ってくださっていることもこの間のことが原因の一過性のものかもしれませんし、将来的にはもしかするとより好ましい方が現れるかもしれません。人の気持ちは移ろいゆくものですからその時その時の気持ちを大切にしていけばいいのではないでしょうか」
「……、その、ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことは何もありませんよ」
「それでもわたしがお礼を言いたいのです」
「では、お受けしましょう」
ボクに似合いもしない話をしたものだと思うけど、重く考えて悩むようであれば変に拗れてしまうことも考えられるし、知らないふりができるような関係でもない。伝えられるときに伝えるのはきっと大切なことだと思う。
宮廷に戻ってから部屋でミリーさまに話した内容を反芻してみたが、ボクもいつまでもウェド様から逃げ続ける訳にもいかないと感じた。昼間ミリーさまに話した内容を自分に置き換えてみると、下手な相手と婚姻を結ぶくらいなら恋愛感情は抜きにしてパートナーとしてウェド様と婚姻をというのは有りなのかもしれないと思うわけだ。
もちろんいきなりそんな話を持っていくのも気が引けるし、陛下が定めた期限まではまだ随分時間がある。このままの関係を続けてみた上で、ウェド様が他に惹かれる女性が出てこないのであれば、受けてもいいのかもしれない。
幸いにも王位の継承権についても第一位に定められているのは第一王女のフィアネミリア様である訳だし、ボクがウェド様と婚姻を結ぶことになっても王妃になる訳じゃないという点についても考えてもいいかなと思う一因ではある。
以前の陛下の話からしても、実家をボクが継ぐことに問題はなさそうだというのも大きいかもしれない。これが男児優先の継承権だったら逃亡すら考えていただろう。ボクが王妃とかありえないもの。
ミリーさまから気持ちを伝えられたことで、ボクの中の気持ちも少し整理できたかもしれない。自分の中だけで悩み続けても答えはでないけど、人を介すると思わぬ方向に答えは出るものだと思う。
やっぱり愛情優先の結婚はボクには無理だろうとは改めて思ったけれど、少しこの先についても考えてみようと思えたのは今日の収穫だ。
ご読了どうもありがとうございました。