13. 一年目も終わって
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時折他グループの小さな諍いを仲裁するということや、ボクに対してよくわからないことを言いに来る年上の学生がいるということはあるものの、穏やかな季節は流れ、新年を迎える時期が近づいてきた。諍いの原因がボクの印象についての意見の対立だったりするたびに毎回内心は頭を抱えたくなるほどげんなりしてしまっていたが、それを見せずになんとかやり過ごすことはできる程度には猫が被れているようだ。
新年を迎える日を挟んで前後四週間ずつは学院も休みとなるため、実家に帰省する学生は多い。休みの前に学院での成果試験のようなものは存在しているが、初年度のそれは単なる学習の定着を見るためのものであるようだ。講義の中身を浚う内容だけでなく、それらの知識を複合してどのような考えを導き出すことができるかという論述まで試されたのは想定外ではあったが、担当教導員のアトメリアル様も皆よくできていたと言っていたことだし、問題はなかったのだろう。
試験も無事終わって今年の授業も残り数日となり、あとは休みを迎えるだけとなったある休息日、エルさまの部屋にてボクたちはお茶を飲みながら雑談に興じていた。
「そういえば、学院ももうすぐ休みになりますが、皆さんは何か予定を考えていらっしゃいますか」
「領地に帰れば、入学前とあまり変わらない生活になりそうですね。父様も母様も領民の皆さまが安心して新年を迎えられるように毎年この時期はいろいろやっているようですから、そろそろお手伝いくらいはすることになるかもしれませんけどね」
「わたしはお父様とお母様任せですわね。きっと宮廷の新年のご挨拶と、お知り合いのところにいくつか挨拶には行くのでしょうけど」
「さすがに新年は実家に戻るけど、戻ると余計な負担になりそうだから休みの大半は寮に残ろうかと思っているよ」
「皆さんそれぞれにいろいろあるのですね。もしよろしければ、年末年始は私と宮廷でご一緒できたらなと思ったのですが。如何でしょうか」
「どうせ寮にほとんど居るつもりだったからそれはありがたいけど、いいのかい。宮廷に相応しい服装なんてあたしもってないよ」
「両親に確認してみますが、エルさまとご一緒させていただけるなら宮廷にお伺いさせていただく形になると思いますわ。でも突然どうしてそのようなことを」
「父上や母上やお姉様、お兄様は良いのですけど、デビュタントを迎えていない私は夜会の多い年末年始は一人で過ごすことが多いのです。そういうことなのでもし良ければ……と思いまして」
「ご迷惑にならないならボクも向かわせていただこうかな」
「じゃああたしもお願いするよ」
「申し訳ないですが、わたしは念のため両親に確認を取りますわ。参加で大丈夫だと思いますけど」
突然の提案に驚きはあったが、事情を聞いてみればエルさまは兄上様がデビュタントを迎えて以降使用人を除けば一人で夜間を過ごすことも多かったらしい。その話を聞いてボクたちは年末年始を宮廷で過ごすことに決めてしまった。
ミリーさまは両親に相談をしてみると話していたが、きっとボクやリーネさまもそうするべきだったのだろう。でも、きっと許してくれると思って即決してしまった。念のためフォナにも聞いてみたが、多分大丈夫でしょうということだったし……。まあ、もうじき実家に帰るし直接聞いてみればいいでしょう。
◇◆◇
今年も残すところ四週間を切り、学院も休みの期間に入ることとなった。休みに入る時期についてはあらかじめ実家に伝えていたので、休みに入って翌日、領地より迎えのための馬車と護衛たちが学院までやってくる。他の貴族家もそのような対応が一般的であるようで、学院の入口付近は大渋滞の様相を呈していた。
エルさまについてはさすが王族ということか、優先的に馬車が送られていたようであるが、一人だけ先に学院を出てしまうことを申し訳なさそうにしていたのが印象的だった。王族らしい振る舞いをすることもあれば、王族らしくない態度でいたりすることもある面白い人なのだなというのをこの一年の共同生活で知った気がする。
どうやら馬車は実家の爵位順に並んでいるらしく、ミリーさまの家のものより我が家のものが先に到着するようだ。
「ミリーさま、リーネさま、学院では今年これが最後になりますが、また年末に宮廷でお会いしますし、その時を楽しみにしています。また三週間後に」
「ではまたお会いしましょう。シアさま」
「三週間なんてすぐだよ、シアさん、またね」
挨拶を交わして我が家の家紋入りの馬車に乗り込む。最初にこの馬車に長時間揺られたのは彼女らに会った園遊会に参加する時だったなと、たいした歳も重ねていないのに妙に懐かしかった。
さて、我が家の領地と学院は結構遠い。近場の領地なら学院から半日から一日あれば十分なところ四日かかる。王都には五日かかることを思えばまだまだ近くはあるのだけど、途中の工程でどうしても市街で宿を取る関係上無駄な時間だと思うのだ。
日が暮れる前に宿に入り、日が昇った後宿を出る。決まりでもあるのかそのようにしていることで、どうしても中途半端な時間に市街地に入ることになるのが勿体ない……。
一度道中で野営をしてみてはどうかと提案してみたことがあるのだが、貴族という立場である以上、緊急時以外に野宿なんかという建前もあるのか知らないが、両親よりもむしろ使用人たちに強く反対されてしまった。
まあ街中でなければ治安が悪い地域であれば野盗が出ないとも限らないし、獣に襲われてしまう可能性もなくはない。使用人たちを休ませて行程を遅らせないという意味も含めて街中で宿を取る方が良いのだろう。
「フォナ、話し相手になってください。暇です」
「何を言ってらっしゃるのですかシア様。普段このような移動のときは景色を見ながら物思いに耽っていらっしゃったのに」
「学友の皆さまと一緒に過ごさせていただくことに慣れてしまったせいか、どうも静かすぎると落ち着かないのです。それに、馬車に揺られて本を読んでいると酔ってしまいますし……」
「しかし、私でもお話しできる話題なんてございますか」
「いくらでもあるよ。使用人がするからと手を出させてもらえないけどやってみたいことはたくさんあるから、それらについて話を聞きたいな」
「例えばどのようなことなのですか」
「料理だとか、お菓子作りだとか、お茶淹れだとかでも十分興味深いね。見ているだけだと何となくやれそうって思っちゃうけどやらせて貰えないのだよねえ」
「それはきっと使用人がやるからと言われていたかもしれませんが、当時はシア様がまだ幼かったからじゃないでしょうか。奥様はお菓子やお茶くらいならご自身でもお作りになられますよ」
「えっ……、なにそれ、ボクもやりたい」
「お屋敷に帰ったらご一緒しましょうか。お菓子作りはともかく、美味しいお茶を入れることは嗜みの一つに挙げられるくらいですからね」
「はい、是非」
幼い頃に断られる文句を事実として信じてしまっていた自分を叱ってやりたいと思ったが、これで自分でも堂々と手が出せることが増えると思うと精神年齢に関わらず嬉しく思えた。
領地に帰る道すがら、ボクはフォナから手を出させて貰えなかった事柄を挙げながらあれもこれもと手を出してみたくなるのだった。
次回は領地で過ごすシアの様子になる……かな。
それでは、ご読了どうもありがとうございました。