10. いざ男装生活
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結局ボクはリーネさまへの嫌がらせを働く者を特定するための調査に動くことにした。今のところ、怪しげな手紙の発見現場は講義室と寮の二箇所だ。
ボクたちに向けられる嫉妬の視線の主がひとつというわけではなさそうなので、犯人が誰かということを特定しても蜥蜴の尻尾切りにならないかという懸念はあると言えばある……。しかし、嫌がらせを行う者が複数居たとしても、罰を与えられる方向に持っていければ見せしめにはなるかもしれないし、とりあえず犯人の特定をして嫌がらせを止めさせる方向にもっていきたい。
寮での手紙の発見は、朝方に身支度を終えてエントランスに出た時、夕刻に一日の講義を終えて部屋に戻った時、食堂で晩餐をいただいた後に部屋に戻った時といったように様々な時間に見受けられる。
問題は、どの時間についても寮内の住人であれば部屋の外を無条件で通ることができることだ。最上階にはボクたちしか住んでいないから実際のところは用事がない限りは上がらない気もするのだが、急いで移動すればこっそりと手紙をドアの下に忍ばすことくらいはできるだろう。
寮の出入りには学生もしくは学生付きの使用人であるかどうかは名入りの身分証にて各寮常駐の警備職員のチェックが入るし、正式な書類による申請がない限りは使用人の変更も効かないので、成り済ましは難しい。出入りの記録は寮の住人であれば誰でも参照できるようになっているし、警備に加えて寮監も常駐しているので改竄は無理だろう。
これまで手紙を見つけた時間には特に部外者が寮に入っていたということはなかったが、学生本人ではなく使用人が指示されて代理で行っている可能性があるのでこちらも使用人で対抗して調査してみよう。
「フォナ、少しいいかな。申し訳ないんだけどひとつ貴女に頼みたいことがあるんだ」
「なんでしょうシア様、私にできることでしたらお受けいたしますが」
「どうもエルさまの学友という立場に嫉妬してかどうかよくわからないんだけど、怪しげな手紙がリーネさまのお部屋に時折忍ばされているみたいなんだ。
何方がそのようなことを行っているか調査をしたいから、ボクたちが講義に行っている時にも廊下に気を配ってくれないかな。犯人がわかれば最良だけど、時間帯が分かるだけでも収穫だと思う。でも、大事になるといけないし危険かもしれないから、犯人を捕まえることまではしなくてもいいよ」
「まあ、そのようなことが……。わかりました。使用人室からならば部屋の前の廊下の気配にも気が付きやすいと思いますし、微力ながらお手伝いさせていただきます」
「ありがとう、そう言ってくれて助かるよ。ボクらが寮に居ない時間に発生する可能性もあるみたいだからボクだけだと限界もあったんだ」
説明した状況に不快感を示し、対応の手伝いについても快く引き受けてくれた。寮の方はこれで何とかなるだろうか。手腕に期待というところだ。
講義室にて手紙を発見する場合だが、講義室に限らず、学院内の施設は基本的には学生が無断で施設を利用することを嫌ってなのか、施錠が徹底されている風潮が見受けられる。講義を行う日中は開放されているものの、講義の終わった夕刻から翌日の朝方までは講義室についても施錠されていて学生が立ち入ることはできない。
普段ボクたちは揃って歓談しつつ食事をすることが習慣となっているため講義室への到着は早いわけではない。そういうことも鑑みると、これは誰でも考えるようなことかもしれないが、しばらくの期間早朝に講義棟に張り込んで捜すのが一番だろうか。
いざ犯人を見かけたというとき制服だと脚を無闇に露出させるべきではないとかいう理由で無駄に長くなっているスカートが邪魔になるかもしれない。
学院の講義を受ける際、男女ともにそれぞれ皆が制服を着ている。『学院の式典では制服を着用すること』とも指定されているし、身分に関係なく平等な服装となる。貴族の支援を受けて入学してくる平民身分の学生も申請すれば制服が無償で支給されるとのことで、学院内での服装に苦労しなくても済むということもあるらしい。
でも、ボクは気づいてしまったんだ。皆当然のように制服を着用しているけど、制服を着ることが決まっているというだけで、着用に関する細かな規定が定められて居ないことを……。
◇◆◇
フォナに寮での警戒を依頼してから一週間が経ったが、相変わらず犯人の尻尾を掴むことはできていない。それというのもこの間、寮では嫌がらせが発生していないのだ。
その代わり、思い付きを実行に移すためにボクは男性制服を取り寄せて着用し始めた。
無償支給される既製品だと体格の都合上、一番小さな大きさのものでもまだ着られているような感じになってしまうが、そこはボクの実家も辺境伯家であるからして、あまり使わない特権を使い、特別に丁度良い大きさになるように仕立てて貰った。ついでに素材や縫製についても動きやすいように調整するように注文を付けてはみたが、できあがってきた制服は普段の鍛錬で着ているような服のような動き心地でとにかく驚いてしまった。だが、この服であれば少々激しめの動きにも杖術にも問題なく対応できそうだ。相変わらず切らせて貰えない髪も髪型次第で何とかなるだろう。
ボクが男性制服を着て講義を受け始めた初日、何故そのような格好をしているのかという質問を多数受けることとなったが、女性制服では動きづらいこと、制服はどのように着用すべきかの規定は存在しないことなどを挙げ、皆を強引に納得させた。一部の学生から凛々しいだの可愛いだの騒がれる羽目になったのは計算外だったのだが……。
「シアさま、色々仰ってましたけど、結局のところ男性制服を着るようになった本当の理由はなんですの」
「他の皆に言ってた理由が全てではないのがわかっちゃいましたか。何かあった時に皆さんを守れるようにとか、嫌がらせをしてきている相手を捕まえるのにこちらの方が動き易そうでしたからね」
「では私たちのためにですか」
「趣味の問題もあったりするので気にしないでください。ただ、ボクの両親にはなるべく伝わり難いようにご配慮いただけると嬉しいですね。今まで色々見逃してきて貰ってる身ではありますけど、さすがに男装は母様がどんな反応をするのかが怖いので……」
「なるほど、じゃあ今聞いたことも含めてあたしたちの中にしまっておけばいいんだね」
「お願いします」
「あと、試しに朝方の講義室で怪文書を仕込む人が居ないかを見張ってみたいのですが、数日の間、朝だけ別行動をさせて貰っても大丈夫ですか」
「それくらいなら大丈夫だと思います。私の目の前で事を起こす人はさすがに居ないでしょう」
エルさまに了解を取り付け、講義室の朝方の張り込みの準備はできたも同然だ。明日から朝一で講義棟へ出向いて、廊下で気配を探れば誰かが来る事くらいはわかるだろう。幸いというか、同期の学院入学者は貴族としての“お付き合い”がある可能性も含めて絵姿を覚えさせられたので、どこの誰かはわかるはずだ。
使用人ではさすがに分からないが、講義棟に使用人が来るようなことはまず無いから講義棟に入った時点で非常に目立つ。あまり使うのは好きではないが、ボク自身の立場もあるから問い詰めればいいだろう。
稚拙な悪戯とはいえボクの周りでコトを起こしたことは許せない。報いを受けさせてやろう。
それでは、ご読了どうもありがとうございました。