ep.01-2
03
裏口の鍵を開け、周囲を警戒しながら奥へ進む。会社内は、夜中のせいもあってかしんと静まりかえっている。足音を立てないように注意しつつ、一歩一歩、歩みを進めて行った。
だいぶ進んだ時、唐突に後ろから足音が聞こえてきた。私は急いで近くの部屋に入る。
「おやおや、これは奇遇ですね」
「ーーーっ!」
声に驚き振り向くと、そこには。
「黒闇陽餡子……」
「暗黒色です」
そうだった。餡子なんておいしそうな名前じゃなかった。
「ご安心を。この会社内には私達黒闇陽しかいませんよ」
「安心できない」
黒闇陽しかいないなんて、最悪だ。もしかしたら私達はまんまと罠にはまってしまったのかもしれない。
「まあまあ、仲良くしましょうよ、白陽陰名木風さん」
絶対嫌だ。
逃げるべきだろう。逃げなきゃ駄目だ、殺される。そう思って私は後ろ手にドアを開こうとする。しかし。
「無理ですよ。私がマジナイをかけましたから……ぐぐぐ」
「マジナイ?」
「呪いですよ、私の得意分野です」
と、いうことは逃げたくても逃げられないということか。
その場しのぎの戦い。出来ることなら戦いたくなかったけれど。
「さて、お相手してもらいましょうか」
「仲良くするんじゃなかった?」
「仲良くしたいところですけどねぇ……ぐぐ、黒闇陽が絡んでいると知ってまだ関わることを選んだのはそちらなんですから。私達は悪くありませんよ。そう思いませんか?」
「…………確かに」
納得しちゃう。
黒闇陽がいる可能性のが高いのに、恐れるくせにのこのことやってきたのはこっちだった。
「でも、死にたくはないんだよ」
ふうっと息を吐いて、私はナイフを取り出す。
「それは、私もです」
暗黒色は、にやにやと笑いながら、余裕綽々としながら、私を見ている。
少しの間、緊迫した空気が張り詰める。
私は動いた。
否、動こうとした。
「な……」
足が動かない?
「何なんだよ……」
冷や汗が伝う。
暗黒色は一歩、また一歩と私に近づく。
「だから、呪い、ですよ」
暗黒色が手に鋸のような刃物を持っている。
ーーー殺される。
「……な」
「大人しくしてくれれば、楽に」
「ナリぃぃぃぃいいいいいいっ!!!」
暗黒色を遮って、声の出る限り叫んだ。
瞬間、一本の矢が暗黒色を掠める。
「なっ……!?」
途端に足が軽くなった。
私は踵を返し、ドアを乱暴に開けて部屋を出た。正直開くかどうか不安だったのだがしっかりと開いた。
私は元来た道を、全速力で走る。
暗黒色のいた部屋が遠ざかって、元来た道を半分以上引き返したところで私はようやく走るのを止め、早歩きに切り替えた。
『馬鹿野郎!殺されるところだったじゃねえか!』
念のためセーラー服の襟につけて置いた、天崎兄ちゃん作の小型通信機から名莉海の声がする。
「わ、私だって逃げたかったんだよ。でも暗黒色のせいでドアが開かなかったんだよ」
『意味わかんねえけど!でも、まあ何か、間一髪助かってよかったな』
名莉海が少し安心したように言った。
「ごめんなんだよ……ありがと」
『う、まあ……とりあえず任務は中止にしようってね。この件は後で』
私は通信を切った。
何故なら、裏口のドアの前。立ちはだかっている少女。明らかに怪しい奴がいたからだ。
黒く、長さがまちまちで整っていない髪に膝丈の闇色のポンチョを身にまとって、俯いている。
「…………」
どうやら私に気がついたようだ。顔を少しだけ上げた。
「ぅ……」
「………………」
「ぅう……黒闇陽のアイドルぅうう、しーちゃんこと黒闇陽死色でしっ!!」
え?
「やぁんっ!外した!?しーちゃんでしよ!しーちゃんでしよぉお!聞こえてましかっ!」
えっと……黒闇陽って言ったな。
黒闇陽……死色?
「ちょっとぉ、セーラー服のおねぇちゃんっ!むししないでくだしぃ!しーちゃんはぁ、虫とか蒸しとか無視とか!慣れてないんでしよ!!」
「……狂ってるね」
率直な感想を口にしておいた。
「えぇ?えへへ……そうでしか?えへへへへぇ」
何やら照れている。褒め言葉になってしまった。そんなつもりは毛頭なかったというのに。
「しーちゃん、だっけ?どいてくれないかな」
「え?あぁ、はいはい。わかりましたでし、どくでしよぉ。毒々でしぃ。……って何ででしか!どくわけないでしよ!!」
「やっぱり?」
もしかしたらどいてくれるんじゃないかなって思ったんだけど、ノリツッコミまでされてしまった。
「しーちゃんはでしね!朱色くんに……んん?何でしたっけ…………。まあいいでし、とにかく何だったかここにいろって言われたんでしよ!だからどかないでしぃぃ」
そこにいる目的を忘れたみたいだが、やはりどいてはくれないようだった。
そこらへんの窓から出たいところだが、残念なことに、裏口から地面までの高さが結構あるので、遠慮したいところだった。
やっぱり戦うしかないのだろうか。
「ふひっ。戦いましか?無理無理でしよぅ?」
「何が無理なんだよ」
「だってしーちゃんのが十倍も百倍も一倍も強いでしから!しーちゃん最強で最恐で最狂なんでしから!セーラー服のおねぇちゃんには負けないでしよぉ」
「そんなの……」
やってみなきゃ、わからない。
私はナイフを構えた。
「でしっ!」
死色は楽しそうに笑いながら、ポンチョの中にしまっていたのだろうか、大剣とも呼べる小さな体に似合わない大振りのナイフを取り出した。
私は死色に飛びかかる。が、さすが狂っていても黒闇陽の一員。軽く避けられてしまった。
「でぇぇえええしぃぃいいっ!!」
「うわっ」
死色は剣を振るう。
間一髪、私は避けることが出来たが死色はすぐに切り返し、私の方に突進してくる。
「……っ」
避けることに精いっぱいの私は、反撃することができない。
「ぴたっ」
突然動きが止まったので、好機かと思い一歩踏み込む。しかし。
「ぐぅぅぅるぐるぐるぐるぐるぅううう!!」
人間とは思えない速さで回転し始めた。これでは近づけない。ナイフを投擲しても弾かれるだろう。
目が回る……だなんて馬鹿なことはしそうにない。
名莉海は援助もしてくれないのか。これでは何のためのチームなんだか、わからない。
「おねぇちゃん」
「……何だよ」
回転を弱めて、やがて死色は止まった。
「全然攻撃してくれないでしけど……つまらないでし。だからぁ、攻撃してきてください!でしでしっ!」
「…………舐めやがって」
若干イラつきを覚えながらも、死色に攻撃する。
「でしでしでしでし!」
可能な限りのスピードで攻撃しているはずなのに、全て防がれてしまう。
「あーもうっ!!」
ムカつく。
何で当たらないんだ!
「それを言いたいのはこっちでしよ」
ふひひ、と笑い声を出してはいるが表情は全く笑っていなかった。
「まだ十分も経ってないでしよ?なのに、しーちゃんとセーラー服のおねぇちゃんの強さ?強さが明らかでし」
「…………」
死色は何を考えたのか、剣を床に投げ捨てた。
「つまらないでし」
不満そうに言った。
今なら攻撃できるはずなのに、私はそれが何故か出来なかった。
したくなかった。
「ほんっっっっとぉぉぉぉおおにつまらないでしよ!!しーちゃん、意気消沈でし!やる気が失せたでし。セーラー服のおねぇちゃん、見逃してあげちゃうでし」
「……何だよ」
「弱いって言ってるでし」
きっぱりと言った。
死色は私に向かって、きっぱりと、『弱い』と。
「出直してこい、でし」
「殺せばいいのに」
弱いと思ったなら、いつだって殺せたはずだ。なのに、こいつは私を殺さない。それどころか見逃すとまで言った。
「しーちゃんは気まぐれなんでしよぉ。明日だったら殺してたかもしれないし、昨日だったらバラバラだったかもしれないでし!ふひひ、今日はそうゆう気分なんでし」
死色は私の横を通り過ぎて、床に落ちていた剣を拾った。
もう私に構うつもりはないらしい。
ぺたぺたと、足音が遠のく。
「あ」
足音が止まった。
「おねぇちゃんのお仲間さん、今頃死んじゃったたりしてぇ。ふひひ」
「ーーー名莉海……?」
私は嫌な予感がして走り出した。
まさか、名莉海の方にまで敵が行っているだなんて。
矢が飛んで来た方向で、大体どこにいるかはわかっている。
早く行かなくちゃ。
「お仲間思いでしねっ」