ep.01
01
「任務完了……なんだよ」
私は呟いた。
辺りは闇に包まれ、街灯の明かりが点々と心細く道を照らしている。そこに時折影が通った。
冷たい風が頬を掠める。夜空には星が瞬いていた。
「今回の任務、完了って言うか?ってね」
前を走っている連れに、そう言われた。
「……知らないんだよ」
「適当だな、おい」
「そんなことより、さっきからこの付きまとってる殺気は何なんだよ」
誰にもバレずに建物を出てきたはずなのだが、いつからか、ぴったりと張り付くような気配と殺気が私を不快にさせていた。
「さっきから殺気?洒落かってね」
「刺すぞ」
そんなつもりは毛頭ない。
「嘘だよ。それはお……僕も気になってた」
と、唐突にあいつは足を止める。私も走るのをやめた。
「どうやらお出ましのようだな。後をつけてた輩がさ」
そいつは、暗闇から現れた。
全身黒い服のせいか、周りの暗さに溶け込んでいる。
「どうも初めまして……ぐぐ」
笑い声だろうか。気味の悪い笑い方をする奴もいたものだ。
「あんた、ずっと付けてるよね。何の用だってね」
「私は黒闇陽暗黒色……あなた達は何と言う名前でしょう」
「げっ」
隣で声を漏らした。私には全然誰だかわからないのだが。
「私は白陽陰名木風。こっちは白陽陰名莉海なんだよ」
「おい馬鹿!ふざけんな!」
「はあ?」
向こうから名乗ってくれたんだから、こちらも名乗るべきだろうに。兄のくせに常識のない奴だ。
「なるほどなるほど。白陽陰殺陣の方々ですか」
「いやー、誰のことかなあ。僕知らないな」
「何で私達のことを知っているんだよ」
名莉海が責めるような視線で見てきた。
「黒闇陽殺戮衆と言ったら……分かりますがねぇ?」
「………………あ」
ようやく思い出した。
黒闇陽殺戮衆。序列一位の、殺し屋集団。そこのリーダーは……たぶんこいつだろう。
今更、警戒心が増した。
「私達も見くびられたものです。こんな子供に殺られるとは、思ってもみませんでしたよ。来るのは創土さんあたりだと踏んでいたのですがね……ぐぐぐ」
「なああんたさ。僕達帰りたいんだよ。どいてくれないか」
「嫌です」
即答だった。まあ、こちらもどいてくれるとは思っていない。
「嫌です……が、しかしまあ、今日のところは見逃しましょう。どうせこちらも真面目に仕事しようとは思っていませんからね」
「……仕事?」
「南星機関の警備ですよ。機関の社長がどうなったって、正直興味はないのです。おっと、喋りすぎましたね」
よく喋るとは思ったが、もしかして自他共に認めるお喋りさんなのだろうか。面倒な奴だ。
「見逃してくれるんなら、さっさと去って欲しいところだってね。無論、そっちからだぜ?敵に背中を見せるのは不安だからね」
名莉海が暗黒色を睨みながら言った。
「わかってますよ。では白陽陰の方々……名木風さんと名莉海君、また会う日まで」
暗黒色は闇に溶けるように、この場から去った。もう気配は感じられない。
「できればもう会いたくないんだよ」
「同感だ」
私と名莉海はひとつ息を吐いて、私達が生活している場所に帰った。
02
この世の表の話。
南星機関を初めとする、主な六つの財閥が取り仕切っている。
まず南星機関。
続いて東地財閥。
さらに北空財団。
西風財団。
壱万。
最後に弐万。
これらをまとめて主六財閥と呼ぶ。
この世の裏の話。
世間の裏側では殺し屋達が動いている。
まず黒闇陽殺戮衆。
白陽陰殺陣。
蒼ヶ峰狂殺。
緋咄族。
緑玉団。
灰天磨暗殺団。
これらをまとめて色殺と呼ぶ。
そんな殺し屋集団の中の白陽陰に属している私や名莉海は、今夜の任務として南星の社長、真人を殺したのだ。しかしそこには黒闇陽の人間がいた。これは前代未聞の事態。
普通、裏側で動く色殺のような者達が主六財閥のような表側に立つ方に行くはずはないのだ。しかも警備だなんて。
「ただいまー」
「ただいまーってね」
そんなことを考えている間に、借りているマンションに着く。
私と名莉海、二人で暮らしているのだが、部屋は結構広い。
暗い廊下を通って部屋の電気を点ける。
リビングとキッチンが一緒になっていて、テレビが一台、テレビ台の下によく使うチェス盤と駒が一式ある。
「夜ご飯作ろう」
私は冷蔵庫を開ける。
三個セットのプリンが五つ。
「おい名莉海。プリン買いすぎ」
「え?」
「あり得ない……兄ちゃん達から支給される食費をプリンなんかに費やすなんて……あり得ないんだよ」
「いいだろ!おいしいじゃん!」
後で三つ食ってやる。
「冷蔵庫の中が狭くなる」
「あれば食べるだろ、お前もってね」
半分は名莉海の取り分を減らすことが目的なのは言わないでおこう。知らぬが仏。
たまに食べるとおいしいしね。
「何作るんだ?」
「オムライスなんだよ」
「僕も食べるー」
もちろん、私は優しいので名莉海の分も作るつもりだった。が、少し気になることが。
「何で僕なの?」
いつもは俺なのに。
「萌えるだろ?」
「燃えてしまえ」
「断るってね」
僕っ子=萌えるっていうのが意味わからない。名莉海が僕とか気持ち悪い。
「気持ち悪い気持ち悪い」
「それは僕に対してか?」
私は手に持っていた包丁を名莉海に向かって投げた。ちゃんと当てないように。いや、当たってもいいんだけど。
「危ねえ!机に刺さってんぞ!?殺す気か!」
「僕っていうのやめてくれたらいいよ?」
「……仕方ねえなあ。実は無理してたんだ」
名莉海は意外にもすんなりと諦め、机に刺さった包丁を引き抜いて私の方に軽く投げた。それを私は受け取る。
一見危ないことしかしていないけれど、一応殺し屋なので、この程度のことは問題ないのだ。
数十分かけて小さめのオムライスを作り、テレビの前のテーブルに並べる。もう既に日付が変わっているので、完全に夜食なのだが、それ以上に運動(任務)をしているので太ることはない。
「なあ、名木風。やっぱ報告した方がいいかな」
食事の後に食器を洗っている私に向かって、名莉海は言った。私は洗い物を手早く終わらせ、リビングのソファに座る。
「報告って?」
「黒闇陽に接触したことだよ。やばいだろ。しかも今回の件に絡んでくるとか、最悪じゃね?」
「そうだね……ねえ名莉海」
「ん?」
私はめいいっぱいの笑顔を作って、お願いのポーズ。
「あいつに電話してなんだよ」
「嫌だ」
「ちっ」
即答され、私は舌打ちをする。スマートフォンを取り出し、連絡先から渚鉈を押して、電話をかけた。
『もしもし!名木風から電話して来るなんて珍しいね!!何?デートのお誘い?』
「死ね。仕事の報告。名莉海に代わる」
言って、名莉海にスマートフォンを投げた。
心底嫌そうな顔をしていたが、黙って耳に当てる。そこで私は天崎兄ちゃん作の盗聴イヤフォンをイヤフォンジャックに刺した。
『名木風が、そうだよね……私なんかに連絡してくるわけがないよね、私用でね……』
「うぜー。そのネガティブさなんとかなんねーの?」
『無理無理、だって私だもの……』
「報告していいか?」
『…………はぁ』
ため息をつく渚鉈兄ちゃんを無視し、名莉海は報告をする。
「まずえーっと、南星真人は無事殺した。んでも『アレ』はなかったぜ」
『そう……ま、殺しただけでも上出来じゃない?たぶん……』
「そんで問題は帰り道だよ。行きは良い良い帰りは怖いだぜ、まったく。黒闇陽の奴に会っちまった」
黒闇陽、という一言で電話の向こうが緊張したのがわかる。それほど脅威なのだろうか、たった一位の差で。
『黒闇陽には関わらない方がいい。いや、関わるな』
「そりゃあ、こっちだって関わりたいと思ってないってね。だけど、向こうは南星の警備をしてるって言ってたぜ?」
渚鉈兄ちゃんは沈黙する。やがて口を開いた。
『そこは天崎に調べてもらうよ。とにかく、黒闇陽に会ったら逃げること。全力で逃げること。……逃げられなくても決して勝とうとは思うな。その場しのぎだと思って戦え』
「……わかった」
私も名莉海も頷いた。
渚鉈兄ちゃんがここまで言うのはかなり珍しいことだ。それに、白陽陰のリーダーがこう言うんだったら従う他はない。
『じゃあ明日、また任務のことは知らせるよ』
「おう」
それだけ言って、名莉海は電話を切った。私にスマートフォンを渡す。私もイヤフォンを外して立ち上がった。
「寝るんだよ」
「そうだな。もう疲れた」
欠伸をしつつ、寝室へ向かって、ふとんにもぐった。
目を閉じて呟く。
「おやすみ」
枕元から流れる音で目が覚めた。眠たい目をこすって、スマートフォンに目を向けると、天崎兄ちゃんからの電話だった。
「もしもしなんだよー」
『あれ、寝てた?』
「起きたー」
『寝ぼけてるね……。今日の任務のことだけど』
段々はっきりしてきた頭で生返事を返す。
『子会社に僕達が探しているものがあると思う。だからその南星の子会社に今日は潜入。それと黒闇陽が警備をしているっていう情報は全く出回っていない』
「えー、じゃあ警備っていうのは嘘なのかな」
『いや、さすがに裏側の人達に警備を任せているっていう情報を表沙汰には出来ないだろうから、黒闇陽ってことを隠しているんじゃないかな……とりあえずもっと詳しく調べてみる』
「うん。頼んだー」
『名木風と名莉海は任務をよろしく。作戦は昨日と変わらないけど……黒闇陽の誰かに会ったらとりあえず逃げること。無理にやることはないってさ』
「了解なんだよ」
布団を押しのけて伸びをしながら言った。『じゃあ、頑張ってね』
電話を切り、布団を畳む。
天崎兄ちゃんでも調べられない情報があるのかと思う。天崎兄ちゃんというと、色殺の中でもトップクラスの情報屋だ。時々、白陽陰に無害な情報を他の組織に売ったりしている。そんな兄ちゃんがわからないということは、かなり隠蔽されているということだ。これはとっても珍しい。
名莉海の布団を覗くと、もういなかったので、既に起きているらしい。
リビングに行くと、名莉海がテレビを見ていた。朝のニュースを確認しているらしい。
「お、おはよ」
「おはようなんだよ」
食パンをトースターに入れてからソファに座る。
「南星の社長、南星真人死亡、犯人不明だってさ」
「ふーん。ま、犯人バレてるけどね、黒闇陽に」
「確かに。まあバレたところで、警察なんかにゃ捕まらねえよ」
「捕まらないね」
警察に捕まえられるようだったら白陽陰失格だと思う。
「ああ、そうそう。今日の任務、南星の子会社だって。そこにあるらしいよ」
「らしい?ある、じゃなくてか?」
「うん。あると思うって天崎兄ちゃんが言ってたから、確かじゃないのかもね」
「ふーん、珍しいな」
名莉海も私と同じように考えているらしい。
「まあ、そんだけ重要なものを俺達は必要としてるって訳だ。作戦は?」
「ん、昨日とほぼ同じ。目撃者は殺す。そんでまあ、黒闇陽と会ったらとりあえず逃げることだそうだよ。逃げられなかったら、その場しのぎのつもりで戦えってさ。勝つことは考えるなって」
「おーけいおーけい。学校行くか?」
「いいよ。休む」
「じゃ、いっか」
私達は殺人鬼でありながらも、公立の中学校に通わせてもらっている。別に私達が望んだわけではないのだけれど、天崎兄ちゃんが最低限の知識はつけとくべき、と言ったので、『白渚』という偽名を使って通っている。
双子の私と名莉海は、白渚名木風、白渚名莉海として、なるべく一般人として生活するようにしているが、なかなか難しいものだ。
うっかり人にハサミを投げてしまった時は怒られた。
焼けたパンを取り出して食べ、名莉海がテレビ台の下からチェスを出した。
「暇だからやろうぜってね」
「手加減するならいいんだよ」
そんなこんなで、夜。
「この野郎、手加減しろって言ったじゃん」
「したよ!」
結果。
名木風10勝16敗。
名莉海16勝10敗。
「悔しいんだよ……」
少し凹みながら、チェスを片付ける。
名莉海は棚から弓と矢を取り出し、任務の準備をしている。
「ふはは、まだ俺のが強いなってね」
「もういいよ、活字を読む速さは私の方が勝ってるんだよ」
私は立ち上がり、ナイフを取り出し、服に仕込んだ。
服装は私がセーラー服、名莉海が学ランである。私のセーラー服は、中にナイフが仕込めるようになっているので、便利だ。
名莉海の学ランはどうなっているのか知らないが。
「そんなんで勝って嬉しくねえよ……」
まあ、私も活字を読む速さで勝っても全然嬉しくない。
「じゃあ行くんだよ」
交通費となるお金とスマートフォンを持って、私達は家を出た。
南星の子会社は電車に乗って、三駅ほど離れたところにあるらしい。道はだいたいわかっている。
そうして私達は目的地に着いた。
「うわ」
子会社のくせに、本社並みのでかさたった。意味わからない。
「じゃ、俺、どっかのビルの屋上にいるわ」
名莉海はそう言って、私から離れた。私は小さく呟いた。
「ーーー任務開始なんだよ」