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「……宮さま、よろしゅうございますか?」
「あ、はい、どうぞ」
僕は文机から顔をあげる。すすっと戸が開いた。
山城さんともう一人……今日から来る深沢さんだな、たぶん。
「……本日より、こちらに勤務する事になった深沢です」
姫様と白狐様の姿はない。まだ新人さんには会う気がないらしい。
「宮司の御倉昌文です。よろしく」
新人さんは、山城さんの後ろで頭を下げている。
「深沢篤です。よろしく御願いします」
静かな声音だったけれど、どこか押し殺している感じがする。
顔をあげた。
(……あ……)
顔をあげた
視線が交わる……僕にはわかってしまった。
この人、邪眼だ。
眼差しが強い光を帯びる。けれど、僕にはこういったものはまったく効かない。何せ、姫様は僕に超過保護だから。
「あのね、僕に邪眼は効かないよ。……山城さん、教えてあげなかったの?」
僕はにっこりと笑ってみせた。
「……言葉で説明するよりも実際に体験したほうが理解が早いかと思いまして」
山城さんも良い性格だよね。
「あのね、術とかそういうの僕は効きません。でも、試すのはやめて下さいね。自動的に倍返し以上で自分にはねかえります」
どうやら深沢さんはとりたてて僕に害意があったわけではないらしい。本人が怪我とかしてないから。
でも、唖然とした顔をしている。そんなに自分の邪眼が効かなかったのが不思議なんだろうか?
「……一応、権宮司ということで来ていただいているんですが、皆さん、長続きしないので最初の三ヶ月は見習ということになっています。本庁に申し入れをしてありますけど、見習の間は権禰宜と同じ扱いになりますので承知しておいて下さいね」
「……別に職階はどうでもいい」
ぼそりと深沢さんが言った。
うーん、見た目とこの無愛想で損してるだろうな……この人。
「……と、いうと?」
「俺は呪われてる。だから、ここに送り込まれた。ここなら、いいだろうってことで……」
厄介払いだ、と呟いた。
「それは生まれつき?それとも、後から呪われたの?」
「…………………」
深沢さんは僕を見て、目をしばたかせる。そして、やや視線をそらした。邪眼だからなのだろう。きっと、まっすぐ見ないように心がけているのだ。
「大事なことなんで教えてもらえますか?」
「……………生まれつきだ。だから、邪眼なんだ」
「ぶぶー、それは違います。邪眼っていうのは別に呪いじゃありません」
「……そうなんですか?」
驚いたように山城さんが身を乗り出す。
「そうだよ。前に白狐さまに聞いたことあるもの。……邪眼っていうのは、単に力ある眼ってだけだよ。その眼を見て死ぬとか、倒れるとかそういうのは貴方の力が強いから、弱い人間がそれにあてられるだけ。もし、ただ見ただけで人が死んだ事があるとしたら貴方の力がよほど強くて、たまたまその相手が弱ってたんだろうね。……邪眼っていうのは、そこにこめられる力が何であるかが問題なんだよ。だから邪眼だから呪われているっていうのはありえません。そういう風に理由をつけたのは人間です」
「呪い、じゃない……」
呆然としたように呟く。
「そうだよ。草薙の人なのにそんなことも知らないの?」
そして、僕のその発言に山城さんと深沢さんが凍りついた。
「……どうしたの?」
「み、み、宮様、どうしてそれを……」
「え、白狐様と姫様に教えてもらった。山城さんが昔そこにいたってことも聞いたよ」
山城さんの上体がよろーりと揺れる。
「あれでしょ、草薙って霊能と異能の研究やってるショッカーみたいな秘密結社なんでしょ」
霊能者や異能者を集めた世間には秘密の集団だって言ってたもん、二人が。
「……ショッカー……」
「秘密結社……」
二人は衝撃を受けた表情のまま凍りつく。
「言っておくけど、秘密結社の人だろうと何だろうと、うちの職員である以上、仕事はちゃんとしてもらうし、うちのルールに従ってもらうからね」
僕は呆然としている二人にきっぱりと宣言した。