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「昌文、ちょっといいか?」


 矢田が来たのは夕食まであと少しの6時半過ぎだった。


「いいよ。……夕飯、食ってくだろ?」

「え、ああ……いいのか?」

「いいよ。どうせ、うちはいつも多く作ってるんだから」


 拝殿脇の母屋に住んでいるのは僕と千鳥さんと禰宜の山城さん。二人ずつ交代で宿直があるから、五人は常に母屋にいることになる。

 冷蔵庫には常に温めれば食べられるものが準備されているし、姫様が食べることもあるので食事は多めに用意されている。


「……で、何かあった?弓ひくってのは、口実だろ」

「ああ」


 矢田はうなづく。

 弓引きたいだけなら、わざわざあんな風に言ったりしないでいい。僕が毎夜、必ず弓を引いてることを矢田はよく知ってる。


「何か厄介ごと?」

「……いや、厄介ってんじゃなくて、相談事」

「うん」


 相談事?珍しいなぁと思った。スギと違って矢田が何かを相談するなんて滅多にないことだ。それも、僕に。


「……母親が生きていたんだ」


 矢田はぼそっと言った。


「え?」

「死んだと思ってたんだけど、死んでなかった。ただ離婚しただけだったんだよ」

「へえ……」


 他に答えようがなかった。


「でも、俺はずっと死んだって聞かされてたからさ……」


 今更、実は生きてるんだといわれても困る、と矢田は軽く眉を顰める。


「まあ、そうだよね」


 僕も今更母親とか父親とか現れても困る。

 まあ、僕の両親は交通事故死だから現れても幽霊だけど。


「で、何か言って来てるの?」

「……うん。一緒に暮らしたいって」

「へえ~。何で今更」


 思わず言ってしまった。


「ごめん」

「いや、俺もそう思うから」


 だよね。

 だって、幼稚園の時にはもう矢田んちお母さんなんていなかったのにさ。


「……おじさんは何て?」

「ん……好きにしろって」

「じーさまは?」

「恐くて話せねーよ」

「……確かに」


 矢田んちお母さんは、僕の弓の師であるじーさまの娘のはずだ。僕の記憶に間違いはなければ。

 事情はわからないが、子供に死んだと告げるほどの何かがあったわけで、今更、出てきてもねぇ。


「どうすんの?」

「俺的にはなかったことにして忘れたい」


 僕もそうするな、たぶん。


「じゃあ、そう言えば」

「……土曜日会うことになってる。一緒に来てくれないか」

「いいよ。でも遠出はできないから、参道のカフェはどう?」


 僕はうなづいた。

 節分は火曜日。土日はお札と御守りを作る約束だ。


「言っておく」


 矢田はうなづいた。




 ◆◆◆




 夕食は、おでんだった。

 大鍋いっぱいに千鳥さんの作るおでんはかつお出汁のオーソドックスなもの。僕が一番すきなのは豆腐巾着だ。

 油揚げの中に豆腐といろいろな具をいれて油であげ、それをさらにおでんにする手間がかかった一品。具はその時々で違う。今日は、ひじきと人参としいたけを煮たものだった。


(……土日はきっとお稲荷さんだな)


 この材料はそのままお稲荷さんができる材料だ。

 うちは稲荷社があるからお稲荷さんは月に一回は必ず作られる献立だ。食べやすいしみんなが好きだし、何よりも白狐様や子狐さん達が喜ぶ。

 ちょろっと足元によってきた子狐さんに、土鍋からお椀におでんをとりわけてやる。

 くるりと子狐さんは空中で回転するとみずらに髪を結った五歳くらいの子供の姿になってそれを受け取ると戸口に走ってゆく。

 戸口のところにはそっくり同じ顔の子狐さんが二人いて、三人揃って頭をさげるので僕はそれに手を振ってやった。きっと仲良く三人で分けて食べるんだろう。もしかしたら三兄弟なのかもしれない。


(あれ?子狐さん達に兄弟とかそういうのあるのかな)


 今、うちに子狐さん達は全部で十一匹……いや、十一人いる。それなりに大きくなると自分で決めた人に幸運を運んで独り立ちするのでこれまで僕が知ってる範囲でうちで暮らしていた数は百人あまりだろうか……その全員が白狐さまを祖神<おやがみ>とするわけで、そういう意味なら全員が兄弟になる。

 でも、あの三人はいつも一緒だから、もしかしたら特別な理由があるのかもしれない。


(三つ子とか……)


 ちらりと矢田を見る。へこんでいる矢田はそんな子狐さん達には気付かなかったようだった。


「……昌文は、淋しくないのか?」

「え?何が?」


 僕ははんぺんを頬張りながら首を傾げる。


「………一人だろ」


 躊躇うように矢田は言った。確かに僕は両親もいなければ、祖父母もいない。


「んー、でも、みんないるからね」


 でも、千鳥さんや山城さんは家族みたいなものだし、何よりも僕には姫さまがいる。


「……姫さまとか?」

「そう、姫様とか……って、え、矢田、姫様と会ったことあるっけ?」

「……何度か」

「あ、そうなんだ」

「…………………」


 珍しいなと思った。姫様が僕のいないところで誰か他の人間の前に姿をあらわす事はほとんどないから。


「うちって、たぶん、みんなが思うよりたくさんいるんだよね」


 人間じゃなくて神様だけどね。

 姫さまや白狐様や子狐さんに七福さん達、それからクロウ……うわ、人間より神様の数のほうが多い。今、気付いたよ。


「だから、僕は淋しいって思ったことないんだよ」

「……………そっか」


 僕らは淡々と土鍋の中身を減らす。

 味のよく染みた大根にじゃがいも、それから餅きんちゃくにタコの足。牛スジにロールキャベツに鶏はんぺん。どれもおいしい。僕が好きなタネばかりだ。

 ……で、途中で気付いた。食べても食べても気が付いたら補充されている。姫さまが気をきかせてくれてるのかもしれないけど、食べても食べても減らない土鍋って……。まあ、いい。矢田は付き合い長いし、これくらいでは何も言わないだろう。


 ……結局、僕らは土鍋を空にすることは諦めた。


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